1: 2020/04/29(水) 06:23:04.26
22年前の初夏。キング・カズが人間・三浦知良をあらわにした瞬間を見た

1998年6月2日。日本が初出場したフランスW杯を目の前にしてカズは代表から外れた。「外れるのはカズ、三浦カズ」と声を震わせて発表する岡田武史監督の手には、
なぜかホテルのルームキーが握られていた。外す方も外される方も極限の状態にいた。

その直後、カズは合宿地のスイス・ニヨンを離れた。「ミラノ(イタリア)のフォーシーズンズホテルに向かったらしい。すぐに追いかけてくれ」とサッカー担当キャップから指令を受けた私はアルプスを越え、約500キロ離れたミラノへ飛んだ。
翌日。最初にカズに接触できたのは、私、日刊スポーツのN記者、テレビ局スタッフ2人の計4人。そのうち、テレビ局スタッフは日本テレビから依頼を受けた現地の外国人だったので、遠めからカメラを回しているだけだった。

普段、おおらかなキングは「今は勘弁してくれ。成田空港で会見する。それまで待ってくれ。今はまだ話せる気持ちじゃないんだ」と声を荒らげた。「1枚だけ写真を撮らせてほしい」と頼んだが、断固拒否した。
「オレの気持ちを分かってくれよ!」

カズの気持ちを分かった、と軽々しく言うつもりはないし、記者として正解か分からなかったが、私もN記者も、そこで取材を断念した。だから、6月4日付の本紙には私が撮影した写真は掲載されていない。
(日本テレビからの)クレジットが入った画像には激高するカズと途方に暮れる私の姿が映っていた。
翌日、もう一度取材を頼もうと待っていたが、前日と状況は一変。報道陣は約20人に膨れ上がっていた。ひとりのカメラマンがカズが姿を見せると同時に断りなくシャッターを切ると、カズはキレた。

「フィルムを出せ!」
そのカメラマンが「フィルムは出せない」と断ると「じゃあ、そのカメラごと出せ! ほかのを買ってやるから!」

このミラノの時ほど感情をむき出しにしたカズを見たことがない。

帰国したカズは、宣言通り成田空港で会見に臨み「代表としての誇りと魂は向こうへ置いてきた」という名言を残した。キングとして威厳あふれる名言も素晴らしいが
「オレの気持ちを分かってくれよ!」という魂の叫びは、より鮮明に耳に残っている。W杯に対する三浦知良の思いをあらためて感じる。(竹内 達朗)

◆1998年フランスW杯 悲願の初出場を決めていた日本は、岡田武史監督の下、25人の代表候補がスイスの直前合宿に参加。開幕直前にカズ、北澤豪、市川大祐が登録メンバーから外れた。
カズと北澤はチームから離れ、市川は帯同した。日本はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカに3連敗を喫し、1次リーグ敗退。地元のフランスが決勝でブラジルに3―0で完勝し、初優勝を飾った。

◆三浦 知良(みうら・かずよし)1967年2月26日、静岡市生まれ。53歳。静岡学園高を中退してブラジルへ留学し、86年にサントスとプロ契約。読売クラブ(現東京V)、ジェノア(イタリア)などを経て2005年に横浜C加入。
国際Aマッチ通算89試合55得点。J1通算321試合139得点。J2通算249試合24得点。177センチ、72キロ。家族はタレントのりさ子夫人と2男。

◆竹内 達朗(たけうち・たつお)1969年、埼玉県生まれ。50歳。東洋大時代に箱根駅伝に3回出場し、3回ブレーキ…。92年入社。

4/29(水) 6:00配信 スポーツ報知
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200429-04280259-sph-socc

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https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1588074156/