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Jリーガー


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欧州でプレーする姿が見たかった。海を渡らなかったJリーガーたち 

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なぜユースを辞めてまで高校サッカーに? 現役Jリーガー、青森山田への“異例の転入”を回想 

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和製ロナウド、小野伸二2世...。消えていった天才Jリーガーたち 

1: 2020/12/31(木) 09:13:01.94 _USER9
新型コロナ渦に見舞われた2020年。スポーツ界も東京五輪・パラリンピックの延期決定など多くの打撃を受けた。そのなかでもスポルティーバでは様々な記事を掲載。2020年に配信された記事のなかで反響が大きかったものを再公開する(9月6日掲載)。

 多くの天才が現れては消えていくのが、スポーツ界の定めである。

 サッカー界も例外ではない。育成システムが確立された現在は、アカデミーから昇格してスムーズにトップチームに組み込まれるケースが増えているとはいえ、プロの壁に阻まれて消えてしまった選手も少なくない。

 ひと昔前は、その傾向がさらに強かった。その背景には様々な原因が考えられるが、期待の大きさとは裏腹に、いつの間にか名前が聞こえなくなった早熟の天才たちは枚挙にいとまがない。

 まず思いつくのが、森崎嘉之だろう。1994年度の全国高校選手権で、市立船橋高のエースとして活躍したストライカーである。

 当時流行ったサラサラヘアをなびかせて、飄々とプレーする姿が印象的だった。両足から強烈なシュートを放ち、打点の高いヘッドも武器とした。決勝では帝京高を相手にハットトリックを達成する漫画のような活躍を見せ、母校を初の日本一に導くとともに、大会通算8ゴールを挙げて得点王にも輝いている。

 ところが、鳴り物入りで加入したジェフユナイテッド市原(現千葉)では、泣かず飛ばずに終わってしまう。在籍はわずか2年で、ナビスコカップ1試合に出場したのみ。リーグ戦の出場はなかった。

 鈴木和裕や茶野隆行といった同じ市立船橋高から加入した同期が順調に成長を遂げていく一方で、森崎は試合に絡むことさえ叶わなかった。たった2年で市原を戦力外となり、当時JFLだった水戸ホーリーホックに移籍。その後、横河電機サッカー部でプレーしたのち、1999年に現役を退いている。

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「和製ロナウド」と称された矢野隼人も、大きな期待を背負った超高校級のストライカーだった。

 坊主頭に鋭い眉毛と、やんちゃなイメージを醸すFWは、本家さながらの得点センスと高校生離れしたフィジカルを武器にゴールを量産。1998年度の全国高校選手権では、ひとつ年下の田中達也と帝京高の攻撃を牽引し、準優勝に輝いている。

 高校3年生だった1999年には強化指定選手としてヴェルディ川崎(現東京V)に加わり、Jリーグデビューも果たした。高校生がプロの舞台に立ったインパクトは強烈で、将来を期待したファンも多かった。

 しかし、現実は甘くはなかった。翌年、正式にV川崎に加入したものの出場機会に恵まれず、2002年にはJ2のヴァンフォーレ甲府にレンタル移籍。その後東京Vに復帰したが、チャンスを掴むことはできず、現役を引退。地域リーグのFC刈谷で現役復帰したのち、現在は指導者として後進の育成に励んでいる。

「小野伸二2世」と注目を集めたのは、佐野裕哉だ。ドリブル、パス、シュートと、あらゆる攻撃性能をハイレベルで備えたアタッカーは、清水商高の3つ上の先輩である天才の後継者として注目を集めた。

 U-16日本代表にも選出されるなど、早くから全国にその名を轟かせていたが、成長を妨げたのはケガだった。高校卒業後に東京Vに加入するも、ケガの影響もあってほとんど出番を得られなかった。

12/31(木) 6:50
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20201231-00916260-sportiva-socc

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「日本サッカーのために売却」 ブラジル人Jリーガーの“完全移籍”に海外注目「確認済み!」 

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<年俸120円Jリーガー安彦考真>誤解を恐れず伝える 日本サッカー界は衰退していく 

1: 2020/12/25(金) 10:35:45.01 _USER9
全力で駆け巡ったJリーガーとしての1095日。12月20日のJ3最終節。交代ボードに背番号「41」が掲げられた瞬間、僕はあふれる涙を必死に堪えた。それは交代することの悔しさでも、ピッチから去る寂しさでもない。戦い抜いた1095日に対する感謝と、スタンドからの大きな拍手に対する感動からだった。

18歳のオニエ・オゴチョクウとの交代も感慨深いものがあった。24歳年下の彼は僕にとっては息子みたいな存在。18歳という年齢で母国ナイジェリアを離れて戦っている彼は、どこか僕がブラジルで戦っていた姿と重なるものがある。オニエ、世界は広い。広い視野で世界を駆け抜ける選手になってほしい。

メンバー交代をした後、監督や選手と抱き合い、僕の目は涙であふれていた。最後にパーソナルトレーナーの奥村が僕を迎えてくれた。2年間共に戦ってきた彼との抱擁のあと、僕はロッカールームへと入った。そこで号泣した。1人で涙のロッカールームとなった。

僕はこの3年間で多くの経験を手に入れた。そこには日本サッカー界の未来があった。僕の率直な感想を誤解を恐れず伝えておこうと思う。これからの日本サッカー界は衰退していく。それは今まであぐらをかいてきた協会関係者やクラブ関係者、そしてサッカーさえできていればいいと考える選手とテクニカルスタッフ。コロナで見て見ぬふりをしてきた現実が360度どこを見ても見えるようになってしまった。クラブ経営は厳しくなり、お願い営業ばかりのスポンサー集めは限界を迎えた。そして、選手の意識はプロフェッショナルと思えないところまで沈んでいった。一連の不祥事は日本サッカー界そのものを表していると思う。

どうしてもスポンサーに頼らなければならないサッカー界だが、このコロナでスポンサーをつなぎ留める術がなくなった。苦しいのはサッカー界だけではない。そんな中で「お願い」では引き留めることはできない。しかし、今更スポンサーメリットなど見つけられない。その結果、見て見ぬふりをする。「費用対効果など出さない」。そう言っていたクラブスタッフの言葉を思い出す。それはやぶ蛇だからだ。

以前、研修で訪れたドルトムントでは、10歳で人生のABCプランを立てさせる。そのうちのひとつにサッカーではない仕事を想像させる。ドルトムントで下部組織からトップまで昇格できるのは一握りの選手だけ。その他の多くの選手は昇格できない。もちろん他のクラブへ行くことはできるが、多くの選手はそれを望まないという。それは、ドルトムントに関わり、育ててもらった恩をクラブへ返したいという想いが強いからだと言う。人生のABCプランを立てさせることで、サッカー選手ではない自分を想像し、その結果ドルトムントのスポンサーになるという流れができているようだ。

日本にもこんな育成方法があったらすてきだと思うが、それは無理な話だ。海外クラブは子どもたちに投資をしている。必要な設備なども含め、アカデミーへの投資額は大きなものだ。日本の場合はどうだろうか。投資というよりは、子どもたちからお金を集めて、クラブ経営やコーチの人件費に充てている。子どもたちの夢でクラブとスタッフが生き延びる流れは本当に健全なのだろうか。


12/25(金) 7:59 日刊スポーツ
https://news.yahoo.co.jp/articles/d01531295ae600a436bda97dcd544c9f540a6051

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