Samurai Goal

金子達仁


スポンサード リンク





<金子達仁=スポーツライター>この6―0を恥だと考える選手がいてほしい、とわたしは思う。  

1: Egg ★ 2019/10/12(土) 09:09:25.49 ID:FgnhiIwg9
日本人にとってW杯がはるか仰ぎ見るような存在だったころ、W杯に出場したチームとの対戦は特別な意味を持っていた。だから、ロス五輪の予選でニュージーランドと当たることが決まったときは、本当にドキドキした。
 結果は完敗に終わったが、W杯スペイン大会の出場国と戦えただけで満足している自分がいた。

 W杯が開催されたスタジアムでの試合も特別な経験だった。だから、初めてウェンブリーでイングランドと戦うことになったときは、仲間うちで大騒ぎになった。

 エンパイア・スタジアムに日本が立つ!66年W杯決勝の舞台で日本が戦う!

 だから、埼玉スタジアムで日本と戦うことになったモンゴルに、「いつも通りの力を出せ」というのはいささか酷な話だったかもしれない。彼らは、キックオフの前から勝利を諦めてしまっているように見えた。特別な舞台と特別な相手。気持ちはわからないでもない。

 それでも評価したいのは、手も足も出ないまま翻弄(ほんろう)され、スコアを重ねられたにもかかわらず、彼らが最後まで闘志と規律を失わなかったことである。

 アジアの中には、勝負が決まるとラフプレーの衝動に身を委ねてしまう国があるが、彼らは違った。指揮をとっていたドイツ人の監督は、一流の戦術家、戦略家というわけではなかったが、チームをまとめる人格者ではあったらしい。

 日本からすると、いささか評価の難しい試合でもあった。

 J1とJ3、あるいはJFL、大学生チームとの試合であっても、一方のシュートがゼロで終わることはまずない。この試合のシュート数32―0という異様な数字は、両国の力の差がアジア2次予選ではちょっとありえないほど開いていたことを物語っている。

 従って、6―0というスコアをもって「難しいホーム初戦をクリアした」と評価する気にはわたしはなれない。けしからん、と目くじらをたてる気はないが、手放しに喜ぶ気にはとてもなれない。日本はもっと点をとれたし、シュートを枠に飛ばせたし、相手GKにもっと仕事をさせなければいけなかった。

 何より物足りなさを感じたのは、32本のシュートのうち、「絶対に決める!」という断固たる決意の感じられたものが、決して多くはなかった、ということである。

 南野のシュートにはあった。先制点だけでなく、すべてのシュートを彼は「決める」つもりで放っていた。だが、「とりあえず打っておこう」「枠には入れなきゃ」的な決意なきシュートも、また多かった。

 これほど力の劣る相手に決められなくて、拮抗(きっこう)した試合でどうして決められるというのだろう。結局のところ、この先の目標をどこに置くかでこの大勝の評価は変わってくる。アジア予選を突破するのが最大の目標だというのであれば、文句のつけようのない試合だった。

 だが、W杯で上位に進出するのが目標だとしたら?世界を驚かせたいと目論(もくろ)んでいるのであれば?

 この6―0を恥だと考える選手がいてほしい、とわたしは思う。(金子達仁氏=スポーツライター)

2019年10月11日 13:10 スポニチ
https://www.sponichi.co.jp/soccer/yomimono/column/kaneko/kiji/20191011s000023CF273000c.html

写真
no title

【徹底分析】<金子達仁>シュートを「決めろ!」とは言わない日本人  

1: 2018/09/25(火) 23:29:00.67 _USER9
前日付のスポニチに載っていた柔道・井上康生監督の言葉が印象的だった。

 「柔道は常に期待され、常勝軍団であることが求められる。(中略)そういう期待があるからこそ、我々は強い気持ちで戦うことができる」

 期待は、時に重圧にもなる。選手にとっては必ずしも愉快な状況ではない。だが、世界で最も柔道選手に過酷なこの国の空気が、肉体接触を伴う競技でありながら、日本の柔道に国際競争力をもたらしている。わたしは、そう理解している。

 その空気をサッカーに、と言いたいわけではない。簡単なことではないし、時間もかかる。ただ、ヒントにすることはできるし、長く患ってきた病への対処法にもなるのではないか。そんな気がしたのだ。

 決定力不足、という病に対しての。

 テレビでサッカー中継を見て、解説者のこんなフレーズを聞いたことはないだろうか。

 「シュートで終わったからいいですねえ」

 解説者に限ったことではない。日本のサッカー関係者のほとんどは、そう考えている気がする。子供や学生のサッカーを見ていても、チャンスになると「打っとけ!」と叫ぶ仲間やコーチの何と多いことか。

 恥ずかしながら、わたし自身、何の疑いも持たずにそう叫び続けてきた人間の一人である。ただ、冷静に考えてみると、これはおかしい。相当におかしい。

 サッカーにおけるフィニッシュは、シュートを打つことではない。得点を決めることなのだから。

 だが、なぜか日本人は「決めろ!」とは叫ばない。「打て!」「打っとけ!」と叫び、それがどんな結果に終わろうとも、ひとまずは肯定される。

 つまり、打つ選手は、決めることを期待されていないのである。少なくとも、五輪に臨む日本の柔道選手や、欧米のストライカーたちほどには。誤解を恐れずに言いきってしまえば、世界で最も甘やかされ、期待されずに育っていくのが、日本のシューターたちなのだ。

 先週のブンデスリーガで興味深い場面があった。デュッセルドルフ対ホッフェンハイム。圧倒的に攻めたのはアウェーのホッフェンハイムだったが、クロアチア代表のクラマリッチが超決定機を逃したこともあり、1―2で敗れた。

 するとどうなったか。試合後のテレビでは、クラマリッチにマイクが突きつけられたのである。

 日本人の感覚からすれば、死者に鞭(むち)打つというか、水に落ちた犬を叩くにも似た行為だが、見方を変えれば、それだけクラマリッチは決めることを期待されていた、ということにもなる。

 期待されるストライカーとされないストライカー。「決めるしかない」との思いでシュートを打つ選手と、「打っとくか」の選手。照準器のついた銃で狙う選手と、「あのあたり」へ打つ選手。両者の決定率には、何の違いも出てこないだろうか。

 いよいよ欧州CLが開幕し、ファンは日本と海外のサッカーを両方愉(たの)しめる時期になった。わたしが痛感するのは、Jリーガーたちの決定機に対する思いの薄さである。(金子達仁氏=スポーツライター)

2018年09月20日 18:00スポニチ
https://www.sponichi.co.jp/soccer/yomimono/column/kaneko/kiji/20180920s000023CF239000c.html

金子達仁「世界一を口説き文句にできない日本サッカー界」 

1: 名無しさん 2016/08/20(土) 13:03:59.80 ID:CAP_USER9
 これがトシというものなのか。はたまた、単なる寝不足の影響か。昼夜逆転で五輪にかぶりつきながら、壊滅的なまでに抵抗力をなくしてしまった自分の涙腺に驚かされている。

 水泳。感動した。柔道。感動した。重量挙げ。三宅選手のバーベルへのキスに激しく感動した。体操も、女子バスケットも、卓球も、バドミントンも、とにかく、猛烈に胸を打ってくれる。ギリシャをあと一歩のところまで追い詰めた水球の奮闘も忘れられない。結果だけでなく、内容でも気持ちを揺さぶってくる競技のなんと多いことか。

 これ、わたしだけの話だろうか。

 Jリーグが発足して大ブームが巻き起こっていたころ、野球界が本気で懸念していたことがある。「運動能力の高い少年が野球ではなくサッカーに流れてしまうのではないか」という懸念である。現状の野球とサッカーを比較してみると、果たしてその懸念は正しかったのか、杞憂(きゆう)だったのか迷うところではあるが、とにかく、野球界が猛烈な危機感を抱いていたのは事実である。

 わたしが子供だったころ、周囲にいた運動能力の高い友人たちの中で、卓球を志した者は皆無だった。バドミントンを目指した者も、重量挙げに取り組む者も、見たことがなかった。というより、よほど特殊な理由がない限り、日本の少年たちには、マイナーとされるスポーツに接する機会そのものがなかった。

 だが、これだけ多くの競技がテレビで中継され、その魅力が伝えられるようになってくると、話は変わってくる。卓球の水谷のように、競技のメジャー化をはっきりと意識して戦っている選手もいる。わたしは今回、生まれて初めて男子の卓球に熱狂したし、おそらく、日本中にそうした方が生まれたのではないかと思う。

 当然、これからは卓球を志す子供たちも増える。なにしろ、射程の中には「世界一」が入っているのだ。魅力を感じない方がおかしい。

 さて、サッカーは大丈夫だろうか。というか、かつて野球界が抱いたような危機感が、サッカーの現場には生まれているのだろうか。

 Jリーグの発足は、野球界を刺激した。なでしこの躍進によって、女子バレー、バスケの関係者が強い危機感を抱いたらしいことはあちこちで聞いた。「このままじゃいけない」という思いは、多くの場合、その競技を強くする。

 野球少年だった釜本邦茂さんがサッカーを始めたのは、「やれば海外に行けるぞ」と口説かれたのが理由だという。もしわたしがマイナー競技の関係者だとしたら、こんな口説き文句を用意する。

 「やれば世界一を目指せるぞ」

 今回の五輪で、多くの日本人が、多くの競技で日本人が世界の頂点を争う瞬間を見た。いまだ世界一を本気では目指せていない日本サッカー界にとっては、厳しい時代の到来である。(金子達仁氏=スポーツライター)

http://www.sponichi.co.jp/soccer/yomimono/column/kaneko/2016/

no title

金子達仁「日本はまだ決定力より保持率で勝負すべき!決定率よりは、決定的場面の数で勝負すべきだ」 

1: 名無しさん 2016/07/15(金) 19:37:22.09 ID:CAP_USER9
W杯の出場国が16から24に拡大された時、ベテラン記者たちは“水増し”によるレベルの低下を嘆いていた。
実を言えば今回、欧州選手権に関してわたしが持っていた印象は、かつて先輩たちがW杯について抱いていたものと同じだった。

だが、出場国が増えてもW杯はW杯のステータスを保ち続けたように、欧州選手権もまた、欧州選手権のままだった。
というより、こんなにも新鮮で、かつ驚きの多かったユーロはちょっと記憶にない。

国歌吹奏の際、作曲家、作詞家の名前をきちんと明記していたWOWOWの中継も嬉(うれ)しい驚きだった。
少なくともわたしは、世界のどの国の中継でもこうしたテロップは見たことがなかったし、ともすればマニアックな方向に走りがちだったサッカー中継に、新しい視点をもたらしてくれた、とも思う。

こうなれば、次の国際大会の際には、国歌の和訳も紹介していただけるとありがたい。その国の人たちがどんな歌詞で心を一つにしているのか。俄然(がぜん)興味がわいてきたからだ。

大会のアンバサダーを務めたハリルホジッチ監督の解説も興味深かった。特に「ボールを保持しているチームが勝てる時代は、もう終わった」という言葉には、思わずニヤリとさせられた。

確かに、フランスに敗れたドイツは、そしてポルトガルに敗れたフランスは、ボール保持率では優勢だった。
この概念を世界に広める上で大きな役割を果たしたスペインの早期敗退も、ハリルホジッチ監督の言葉の正しさを裏付けているようにも見える。

だが、今にして思えばボール保持率にこだわるサッカーの弱点に、誰よりも早く気づいていたのはグアルディオラだった。
バルセロナ時代、あえてイブラヒモビッチを獲得したのも、バイエルンでレバンドフスキにこだわったのも、それゆえだったのだろう。なるほど、決定力こそは保持率を打ち破る最大の武器ではある。

ただ、だからといってグアルディオラは保持率へのこだわりを捨てたわけではない。
保持率は勝利を約束するものではなくなったかもしれないが、敗北の可能性を減らす手段として最上のものであることに代わりはない。

いまのところ、日本のサッカーにはDFの失点に髪の毛を掻(か)きむしって激怒し、プレー続行が不可能になれば涙を流して悔しがるような絶対的ストライカーはいない。
出る杭(くい)を打つのが好きな国民性を考えると、今後もぞろぞろと出てくることは考えにくい。

わたしは、たとえ世界の趨(すう)勢(せい)が決定力重視の方向に向かおうとも、日本だけはボール保持率にこだわるべきだと思う。決定率よりは、決定的場面の数で勝負すべきだと。

さて、ハリルホジッチ監督のコメントは、一般論だったのか、それとも、日本代表監督として、だったのか。そこが何より、興味深い。(金子達仁氏=スポーツライター)

2016年7月15日
http://www.sponichi.co.jp/soccer/yomimono/column/kaneko/2016/kiji/K20160715012965770.html

no title

金子達仁「南アフリカを粉砕、この内容ならメダルに手は届く。レスターがプレミアで優勝するより何百倍も高い確率である」 [無断転載禁止]©2ch.net  

1: 名無しさん 2016/07/01(金) 10:56:52.73 ID:CAP_USER9
【コラム】金子達仁 2016年

この内容ならメダルに手は届く

南アフリカに勝利し、サポーターの声援にこたえる手倉森監督

 まず安堵(あんど)し、次に頭を抱える――手倉森監督の心中を察すれば、きっとそんなところか。

 たとえばアルゼンチンでは、W杯前の最後のテストマッチをイスラエルと戦い、そこで敗れるのが本大会へ向けての吉兆と見なされていた時代があった。前哨戦、壮行試合の内容は、本番の結果を担保するものでは断じてない。

 とはいえ、ここで最悪の試合をしてしまったら、不安いっぱいでリオに乗り込まなくてはならなくなってしまう。監督としては、当然、収穫や手応えを期待する。

 この日、選手たちはその期待に見事応えた。というより、応えすぎた。これほど期待に応えられてしまうと、監督としては頭を抱えるしかない。本大会へ連れて行けるのは、オーバーエージの3人を除くと、たった15人しかいないからである。

 中島は素晴らしかった。矢島も最高だった。大島の冷静さも光っていた。だが、己のリオ行きを確信できている者は、果たしているかどうか。そもそも、手倉森監督の中での答えが出ているかどうか。選択肢の中には海外でプレーしている選手もいる。誰を入れ、誰を外すか。決断し、発表するその瞬間まで、監督の気持ちは揺れ続けるのではないか。

 長時間の移動による疲れがあったせいか、南アフリカは試合途中から明らかに集中力を失ってしまっていた。とはいえ、不運な形で喫した先制点をはね返した点は高く評価できる。アジア最終予選で北朝鮮相手にアップアップだったことを思えば、チームのポテンシャルは大幅に底上げされている。特に、チーム全体がフィニッシュのイメージを共有しつつあるように感じられるのは、大いに心強い。

 ただ、今回の南アフリカを含めたアフリカ勢との対戦が、本番のナイジェリア戦の予行演習になると考えるのはいささか危険である。

 「君たちの目には同じに見えるだろうが、ナイジェリア人の運動能力は、我々ガーナ人から見ても怪物的なんだよ」

 いまから20年近く前、リスボンの空港でばったり出くわしたガーナの、というよりアフリカの英雄だったアブディ・ペレの言葉を思い出す。南アフリカやガーナとナイジェリアを同一視するのは、同じアジアというだけで、イラクと日本を同一視するに等しいということは、肝に銘じておいた方がいい。

 ただ、アジア3位だったイラクと日本との間に、天と地ほどの実力差があったわけではないことを考えれば、アフリカ3位の南アフリカを粉砕したことは、胸を張っていい結果である。

 居心地のいい日本で出せた結果が、そのまま本番で出せるとはもちろん限らない。けれども、この日のサッカーが披露できれば、五輪でのメダルは十分に手の届くところにある。少なくとも、レスターがプレミアで優勝するよりは、何十倍、何百倍も高い確率である。(金子達仁氏=スポーツライター)

[ 2016年6月30日

http://www.sponichi.co.jp/soccer/yomimono/column/kaneko/2016/

no title

金子達仁「岡崎依存…これ以上は危険 海外で自国民が活躍すると舞い上がりがちな日本人」 

1: 名無しさん 2016/04/02(土) 00:05:31.92 ID:CAP_USER*.net
アフガニスタン戦とシリア戦の2試合を、あらためてビデオで見直してみた。
あらためて感じたのは、岡崎の存在感である。

高校卒業時、名うての目利きでもある恩師にプロ入り自体を反対された選手が、
日本はおろかプレミアでも注目される存在になるのだから、つくづくサッカーの未来はわからない。

おそらく、来るべき最終予選でも、岡崎が攻撃陣の軸となるのは間違いない。
ただ、これ以上彼への依存度が高くなってしまうようでは、最終予選はともかく、本大会での躍進はかなり難しいものになるだろう。

岡崎が所属するレスターは、大方の…というか
ほぼすべての評論家やファンの予想を覆し、リーグ戦残り7試合の段階でいまだ首位を走っている。

2位との勝ち点差は5。過去、この時期にこれだけの差をつけていたチームは、すべてそのまま逃げきっているという。
レスターというチームの歴史、規模、予算などを併せ考えると、空前絶後の大番狂わせなるか、といったところである。

もちろん、その中で岡崎が果たした役割は大きい。

現地メディアの評価も極めて高いと聞く。だが、海外で自国民が活躍すると舞い上がりがちな日本人としては、
肝に銘じておかなければならないこともある。仮にレスターが優勝し、岡崎の評価がさらに高まったとしても、MVPは他にいる、ということである。

今季ここまで、岡崎がレスターのために奪った得点は5。プレミア1年目ということを考えれば必ずしも悪い数字ではないが、
19点をあげイングランド代表にも抜擢(ばってき)されたバーディーや、ハリルホジッチ監督もよく知るアルジェリア代表マフレズ(16点)に比べると、やはり見劣りはする。

レスターというシンデレラ・ストーリーの一員だからといって、岡崎に過大な期待を寄せてしまうのは、短絡的かつ危険である。

今回の日本代表2連戦。わたしがいささか失望したのは、岡崎とパートナーを組んだ選手についてだった。

たとえば金崎。シュートを打ってアピールしようという姿勢は見えたが、決めることではなく、打つこと自体が目的になってしまっているように感じられるシュートもあった。
より多くの点を決める選手は、より多くのシュートを放っているものだが、しかし、目的と手段を取り違えてはいけない。

たとえば宇佐美。あれほど相手を圧倒した試合で、サイドバックの酒井高よりもシュート数が少ないというのは理解しがたい。
シリア戦での彼に欠けていたのは、金崎の気概だった。

岡崎のレスターでのパートナー、バーディーは、7部リーグでもプレーしたことのある苦労人である。
なぜそんな選手がプレミアで得点を量産しているのか。金崎と宇佐美にはぜひ真剣に考えてもらいたい。

もって生まれた才ならば、2人の方がはるかに上なのだから。(金子達仁氏=スポーツライター)

2016年4月1日
http://www.sponichi.co.jp/soccer/yomimono/column/kaneko/2016/kiji/K20160401012316530.html
no title

金子達仁「日本のサッカー界は、選手の肉体を大きくすることに無頓着すぎ 「剛よく柔を制す」思考を」 

1: 名無しさん 2016/03/27(日) 18:27:12.48 ID:CAP_USER*.net
プロ野球の世界に憧れ、しかしプロにはなれなかった若者たちが集まるクラブチームを取材した時の話である。
プロになれた者となれなかった者。その違いはどこにあるのか。プロ野球の経験者でもあるコーチから聞いた答えが、強く印象に残っている。

「ドラフトの下位で入った子とここの子なら、差はほとんどないと思います。ただ、入った瞬間から、どんどんと差はついていく」
プロの方が高度な練習をしているから、ではない。

「プロに入った子は、寮のメシを食ってどんどん身体を大きくしていく。でも、ここでやってる子には、それだけの食費がないんです」

いま大学ラグビー界では帝京大が黄金時代を迎えている。社会人とも好勝負を演じるようになった彼らを倒すために、
他の大学はどうしたらいいのか。あるラグビー関係者からは、いたってシンプルな答えが帰ってきた。

「わたしだったら、まず帝京の選手たちがとっているより多くのカロリーを、自分のところの選手にとらせるようにしますね」

もちろん、カロリーを多くとったところで、選手たちの実力が簡単にアップするはずもない。
ただ、帝京大の強さには理由があり、自分たちも対抗する手段を持っていると自覚することで、いまある差を埋める最初の一歩となり、いつかはアドバンテージにもなりうる――とのことだった。

わたしの高校の後輩に、息子が高校で野球をやっていた、という人間がいる。甲子園出場はまず無理にしても、県のベスト8ぐらいならば可能性はある、という公立高だったそうである。

「そこの監督が、技術で私立の学校に勝つのは無理だから、とにかく身体を大きくしよう。身体を大きくするために、食べて食べて食べまくる合宿をやろうって言いだしたんです」

いまのところ、その学校が甲子園に出場したという話は聞いていないが、
しかし、食べて身体を大きくしようという合宿は、後輩の息子が卒業したいまも続けられているという。
そして、後輩の息子は、その合宿で爆発的に身体が大きくなったのだという。

サッカーは、むろん野球やラグビーとは違う。ただ、高校サッカーに出場する選手たちの華(きゃ)奢(しゃ)な身体をみていると、
日本のサッカー界は、選手の肉体を大きくすることに無頓着すぎたのでは、という気がしてくる。

中田英寿さんは外国人を競り合いではね飛ばすことに喜びを見いだしていたが、以来、そういう日本人選手には出会えていない。

柔よく剛を制すという言葉を愛する日本人は多いが、わたしは、剛よく柔を制すサッカーがあってもいい、と思う。
ひ弱なテクニシャンを、鍛え上げられた肉体で蹂(じゅう)躙(りん)してしまえ、という考え方があってもいい。その際、手をつけるべきは、まず食である。

金子達仁氏=スポーツライター
http://www.sponichi.co.jp/soccer/yomimono/column/kaneko/2016/kiji/K20160324012272000.html

 関連記事
http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=7176&page=1

一方で、ヨメからすると生まれた直後から息子にヘヴィメタルを聞かせ、昭和のウルトラマンや仮面ライダーの主題歌を聞かせ、
『六甲おろし』と阪神の選手たちのヒッティングマーチを覚えさせて“息子を自分色に染めようとしている夫”がまるで理解不能のようだから、

写真
no title

金子達仁「公衆トイレにはその国の民度が表れるというが、GKを見ればその国の土台がわかる、とわたしは思う」 

1: 名無しさん 2016/03/05(土) 09:55:42.54 ID:CAP_USER*.net
公衆トイレにはその国の民度が表れる、というが、
ならば、GKを見ればその国の土台がわかる、とわたしは思う。GKとは、育成のポジションだからである。

わたしが子供のころ、スペインのGKは欧州の笑い物でしかなかった。フランス、ポルトガルのGKも相当にお粗末で、
イングランドやドイツ、イタリアの守護神に比べると下手くそなアマチュアにしか見えない代表選手も時にいた。

だが、バルセロナの成功に触発されるクラブが増えてくると、GKの産地には大きな変化が生じてきた。
かつてお笑いでしかなかったスペインは、いつしかGKの輸出大国となり、かつて「GKファクトリー」とも呼ばれたイングランドからは、パタッと自前のGKが出てこなくなった。

サッカー選手でありながら、GKの練習と本質はフィールドプレーヤーのそれとはまるで違う。
必要なのは徹底した反復練習であり、感覚やひらめきといった曖昧な要素が入り込む余地はあまりない。よって、若いころからきちんとした教育、練習を積んでおけば、大きなアドバンテージとなる。

つまり、GKを見ればその国の育成がうまくいっているかがわかるのである。

いいGKを輩出するようになったスペインは、ついに世界王者となった。ベルギーやスイスといった小国も、一流GKが出てくるようになって侮れない存在となった。
ドイツについては、あえて触れるまでもあるまい。育成システムの構築に出遅れたイタリアやイングランドとの差は明らかである。

Jリーグの発足が決まったあたりから、日本のサッカーも本格的に育成に力を入れるようになった。
するとどうなったか。創成期からしばらくの期間、Jリーグには高卒や大卒で即レギュラーとなるGKが続出したのである。
彼らが、感覚や経験値でプレーしていたそれまでの世代とは違い、正しい練習を積んできていたからだった。

ただ、ほとんどのJクラブにとって、GKがもっとも大切なポジションでなかったことも事実だった。
ジーコやリネカー、リトバルスキーを獲得するクラブはあっても、シルトンやクレモンスを獲ろうとするクラブは皆無だったからである。

なので、GKを愛するものとしては喜ぶべきことなのかもしれない。先週末開幕したJリーグで、実に多くの外国人GKがプレーしたことを。

だが、日本のサッカーを愛する者としては、心配もしなくてはならない。創成期のJにも、韓国人の選手はいた。
だが、韓国人のGKはいなかった。あの当時、日本の育成の方が韓国よりも優れていたからだとわたしは思っている。

先週末、J1とJ2あわせて5人の韓国人GKがプレーした。高卒のGKが即レギュラーになるケースも、とんとご無沙汰な気がする。
男子はリオへの切符を手にしたが、果たして、日本の育成は大丈夫なのだろうか。(金子達仁氏=スポーツライター)

2016年3月3日
http://www.sponichi.co.jp/soccer/yomimono/column/kaneko/2016/kiji/K20160303012146370.html
no title

金子達仁「劇的な一戦だったU-23決勝 日韓戦はラグビーW杯の南ア戦に比べて感動はなかった」 

1: 名無しさん 2016/02/05(金) 07:51:08.35 ID:CAP_USER*.net
確かに劇的な一戦ではあった。アジアの頂を争う戦いで、相手は韓国で、しかも0―2からの逆転である。
間違いなく前代未聞にして、ひょっとしたらもう二度とお目にかかれないぐらいに希(け)有(う)な戦いでもあった。

だが、感動はなかった。
まったく興奮しなかった、と言えばウソになる。だが、ラグビーW杯における日本対南アフリカ戦に比べると、
込み上げてくるものの熱や質がまるで違っていた。

ラグビーで感じたのが「感動」だとしたら、同じ言葉を当てはめるのが憚(はばか)られるぐらい、気持ちの中に熱くなれない部分があった。
原因ははっきりしている。

決勝までの全6戦。日本が戦ったスタジアムは、すべてガラガラだった。
素晴らしい試合が成立する上で絶対に欠かせない「最高のオーディエンス」というピースが、完全に欠落してしまっていたのである。

わたしが心底失望させられたのは、開催国のカタールが登場する試合ですら、スタジアムが満員にはなっていなかった、ということである。
勝てば本大会出場が決まる、韓国との準決勝でさえも、スタンドには空席が目立っていた。見たところ、せいぜい1万5000人程度のキャパしかないスタジアムだというのに、である。

こんな国で、W杯を開催していいのだろうか。
カタールでW杯が開催されるまでは、まだ6年の猶予がある。とはいえ、もしW杯でも今回のような事態が起きれば、大会の印象は痛ましいまでに暴落することになる。

たとえW杯本大会への出場経験がなかろうとも、サッカーが根付いた国であれば、開催することに反対しようとは思わない。
だが、こうも招致に成功した理由がオイルマネーしかないことを見せつけられると、このまま放置しておいてよいものか、との考えが頭をもたげてくる。

だが、日本人に彼らを批判する資格がないこともわかっている。
最高の試合を演出するためには、最高の観客が不可欠である。そして、最高の観客は、最高のスタジアムでなければ発生しえない。

カタールには、観客がいなかった。ただ、彼らにはまだ6年の月日があり、最悪、動員をかけてスタジアムを埋めることも考えられる。
それがどれほど奇矯なものであるかは、今回、北朝鮮の“応援団”が証明していたが、いないよりはマシだ。

日本には、スタジアム自体がない。
陸上トラックのついたスタジアムは、無人のスタンドと同じぐらい、サッカーを、あるいはラグビーをスポイルする。

そして、まだ時間的余裕のあるカタールと違い、日本のラグビーW杯開催までは、あと3年しかないのである。
「こんな国で、W杯を開催していいのだろうか」――ラグビーを愛する英国人にそう言われたら、わたしには返す言葉がない。(金子達仁氏=スポーツライター)

http://www.sponichi.co.jp/soccer/yomimono/column/kaneko/2016/kiji/K20160204011982150.html

no title

スポーツライター金子達仁 テクニシャン減少で露見した“球際に弱い”日本 

1: Pumas ★@\(^o^)/ 2015/04/24(金) 22:37:29.37 ID:???*.net
ずいぶんと昔、ドーハで韓国人記者に言われたことを思い出した。「日本の選手はまるでカニだな。横に進むばかりだ」

まだJリーグは生まれたばかりで、韓国人のJリーガーは広島に1人いるだけ、という時代だった。
日韓のサッカーが混じり合うことはほとんどなく、双方の国は、互いの影響をほとんど受けることなく、自分たちのスタイルで戦っていた。
日本人選手を「カニ」と評した記者の国のサッカーが、わたしには「香車」ばかりの単調なものに感じられた。

「結局のところは球際。試合前も球際で強くいけば日本は何もできないから、という指示が出る」

前日のスポニチに、ACLで浦和を敗退に追い込んだ水原・鄭(チョン)大(テ)世(セ)のコメントが載っていた。
彼が言っていることは、基本、20数年前に韓国人記者が言っていたのと同じことだと思う。球際を強く、激しく行けば、大半の日本人選手は安全第一
――横か後ろにボールを動かすことを選択する。相手からすれば、急所を衝(つ)かれる危険性が大幅に減少するわけだ。

では、日本はどうするべきなのか。

鄭大世は、ハリルホジッチ監督が球際の強さを求める発言をしていたことを評価していたという。
相手から「何もできない」とまで言われてしまうような弱点を修正しようとするのは、当然の発想でもある。

ただ、球際の強さにこだわるばかり、自分たちの特色、武器を放棄してしまっては本末転倒になる。
20世紀後半から21世紀初頭にかけての一時期、日本サッカーが韓国を大きく引き離したと見られる時期があった。

あの時、日本サッカーは「カニ」であることをやめたのか。否。良くも悪くも安全第一に走りたがる傾向は変わっていなかった。
にもかかわらず韓国を圧倒できるようになったのは、攻める時間と機会を相手に与えなくなったから、だった。
端的に言えば、MFたちの技量が韓国を圧倒していたのである。

先週も書いたが、ここ数年、日本のサッカーは中盤にタレントを揃(そろ)えていた時代から、前線に粒が揃う時代へと移行しつつある。
ゴール前で素晴らしい才能を見せる選手が珍しくなくなった半面、中盤のアーティストは確実に減少傾向にある。

日本のサッカーが球際に弱く見えるのは、日本サッカーが球際に弱いからではなく、強度のプレッシャーに耐えうる技量のMFが減ったからではないか、とわたしは思う。

球際の強さに勝機を見いだすのは、もちろん正しい。けれども、球際の弱さを補う方法もサッカーにはある。
理想は、Jリーグの中にまったく異なる道を目指すチームが混在するようになること。

異質なものに対する対処能力の不足は、球際の弱さ以上に深刻な、日本サッカーの弱点だからである。

(金子達仁氏=スポーツライター)
http://www.sponichi.co.jp/soccer/yomimono/column/kaneko/2015/kiji/K20150424010229990.html

no title



ブログパーツ


RSS
social_64px_color_feed social_64px_color_feed social_64px_color_feed social_64px_color_hatena
検索
カスタム検索

月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ


アクセスランキング
お問い合わせ

名前
メール
本文
QRコード
QRコード
記事検索