Samurai Goal

遠藤保仁


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中村俊輔、G大阪・遠藤保仁が歴代最多タイのJ1通算631試合出場に「だって、あいつ海外行ってないから」 

1: 2020/02/24(月) 10:32:58.37
◇23日 明治安田生命J1第1節 横浜M1-2G大阪(日産)

 G大阪の元日本代表MF遠藤保仁(40)が2-1で勝った横浜Mとの開幕戦にフル出場し、偉大な記録に肩を並べた。2018年シーズン限りで引退した元日本代表GK楢崎正剛(43)=元名古屋=が持つ631試合のJ1最多出場記録に並んだのだ。

試合後、報道陣から祝福された遠藤は「非常にうれしく思う」と素直に喜んだ。日の丸を背負って一緒に戦ったほか、
プロとしてのキャリアをスタートさせた横浜フリューゲルス(1998年シーズン限りで横浜Mに吸収合併)でも同僚だった楢崎さんに追いつき、「先輩である正剛さんの記録に並ぶことができて光栄に思う」と話した。

 この日プレーした日産スタジアムはルーキーだった98年3月21日の横浜M戦でデビューを遂げたピッチでもある。「巡り合わせがいいのか運がいいのかわからないですけど、勝利で飾れたのでよかった」とホッとした表情をのぞかせた。
昨季には公式戦通算1000試合出場も達成している鉄人は、「(これからも)若い選手に負けないようにしたい」とさらなる充実を誓った。

▽横浜FC・中村俊輔(遠藤のJ1最多出場タイ記録に)「だって、あいつ海外に行ってないから(笑い)。おめでとうございます。コンディション、メンタル、技術を含めヤットにしか持ってないものを自分で築き上げた。いい選手だと思う」

2/24(月) 6:20配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200224-00010005-chuspo-socc

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【サッカー】<”なぜガンバ大阪は横浜F・マリノスを撃破できたのか?”>選手たちが明かした“スペシャル戦術”の全容・・・
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1582507732/

<G大阪MF遠藤保仁>J1最多出場記録「631」に到達!楢崎正剛氏に並ぶ…開幕先発も21年連続に更新 

1: 2020/02/23(日) 13:16:16.87
ガンバ大阪MF遠藤保仁が、23日に行われる明治安田生命J1リーグ開幕節の横浜F・マリノス戦のスターティングメンバーに入り、元日本代表の楢崎正剛氏が持つJ1最多出場記録「631」に並んだ。

 2018年にフィールドプレイヤーとして初のJ1通算600試合を達成した遠藤は、昨年8月2日のJ1第21節・ヴィッセル神戸戦で、日本人としては初となる公式戦1000試合出場も達成。世界でも1000試合に到達したプレーヤーは少なく、達成者は元イタリア代表のジャンルイジ・ブッフォンや、元スペイン代表のイケル・カシージャスなど。世界的名手と肩を並べる金字塔を打ち立てていた。

 また、遠藤は1998年のプロ入り後から23年連続で開幕戦出場を達成。先発による開幕戦連続出場は21年連続となる。

 鹿児島県出身の遠藤は1980年生まれの40歳。地元・鹿児島実業高から1998年に横浜フリューゲルスに加入し、プロデビュー。同年でフリューゲルスが消滅したため、翌年に京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)へ移籍。2001年からはG大阪に在籍し、今季で20年目のシーズンを迎える。

 G大阪では2度のJ1リーグ制覇、4度の天皇杯優勝、2度のナビスコカップ優勝に大きく貢献。2008年にはAFCチャンピオンズリーグを制覇し、クラブ・ワールドカップにも出場した。個人としても2014年にJリーグMVPを獲得。優秀選手賞とベストイレブンは12回ずつ受賞している。

 また、日本代表としても長く活躍。3度ワールドカップのメンバー入りを果たし、2010年の南アフリカW杯のデンマーク戦では直接FKを決めて、日本代表を2度目の決勝トーナメント進出に導いた。国際Aマッチでも歴代最多の152試合に出場。15得点を記録している。

2/23(日) 11:53配信GOAL
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200223-00010018-goal-socc

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<元日はTOKIO×嵐 ウルトラマンDASH>遠藤保仁、小野伸二、中澤佑二が、三度目の正直で奇跡を起こす! 

1: Egg ★ 2020/01/02(木) 19:56:53.04 ID:vjOos7Pv9
月1日放送の「元日はTOKIO×嵐 ウルトラマンDASH」(日本テレビ系)で、日本のサッカー界を代表する遠藤保仁、小野伸二、中澤佑二が三度目の集結。今年も“動くターゲットにボールを入れる”ミッションに挑んだ。

プロゴルファー・渋野日向子が「エスカレーターで昇っていく獅子舞の口にボールを入れる」、スポーツクライミング・楢崎智亜が「地面へ一歩も足をつかずに電車内に仕掛けられた時限クラッカーを解除する」、ライフル射撃・一ノ渡桜が「自動ドアの開閉ボタンを打って開けた上で、店内に吊るされたマスカットを1粒だけ撃ち落とす」など、今回も難易度の高いミッションがズラリ。

なかでも注目されたのが、前々回・前回と失敗に終わったサッカー選手への連係プレーが必要とされるミッション。2018年は「走る自転車カゴにボールを入れられるか」、2019年には「走るバスの窓にボールを入れられるか」という内容で、ドリブルで人混みを避ける・川向うにいる選手へパスをつなぐ・ターゲットは常に動くなど、厳しい条件が並ぶ。

今回も「遊園地内を走るバスの窓へボールを入れられるか」というとんでもない内容だが、遠藤保仁、中澤佑二、そしてふくらはぎの肉離れで全治4週間の療養中である小野伸二に代わり、大久保嘉人が助っ人として参戦した。

ターゲットとなるバスはアトラクションの間を走行するために全体が見え辛く、失敗する度に3人は、持ち時間を秒単位で調整・回転をかけて球速や軌道を修正するなど、プレー内容を練り上げていった。なかでも最後にヘディングでバスの窓を狙う中澤選手は、昨年現役を引退したために収録1か月前から自主練習を始めたほどの意気込みで「見てるとやりたくなるね、やっぱり」「これすごい楽しみだったんで」とこぼしていた小野選手とともにヘディングの最終調整を行った。

制限時間は10分のため、最後の挑戦となる3回目。俊敏なドリブルと的確なパス、そして計算し尽くされたヘディングで、3人はついにミッションをクリア。中澤は「ホントに良いボールが来て、もうこれは決めなきゃいけないってプレッシャーだったんですけど、でも伸二がやっぱ後ろでいろんなアドバイスをしてくれてたんで、それで背中を押された感じで決めることができました!」と感無量。一方の小野は「すっごいうれしいですけど、参加してないんで…」と悔しそうな表情を見せながらも「参加してない回に成功されるっていう(笑)」とネタにして笑いを誘った。

1/2(木) 18:56配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200102-00218386-the_tv-ent

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G大阪 遠藤(39)去就決断は「時間をかけて」28試合 1得点 4アシスト  

1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/12/10(火) 07:25:20.71 ID:CHHQ+p5e9
大阪府吹田市内のクラブハウスで解団式を行った。
今季はリーグ7位に終わり、4年連続の無冠で終了。

契約延長の提示を受けている元日本代表MF遠藤は「3、4日では決まらない。少しずつ話して決めていきたい」と時間をかけて決断する考え。
また横浜Mからオファーを受けたMF小野瀬は「迷惑はかけられないので」と近日中にも両クラブと話し合いの場を持ち、決断する考え。
元スペイン代表MFスサエタ、MFコンチャ、DF青山の契約満了も発表となった。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191210-12090250-sph-socc
12/10(火) 7:08配信

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MF遠藤 保仁
フリガナエンドウ ヤスヒト
背番号7
身長/体重178cm/75kg
生年月日1980年1月28日
出身地鹿児島
血液型AB
所属チーム名桜島中-鹿児島実業高-横浜フリューゲルス-京都パープルサンガ
主な経歴06、10、14W杯、99U-20W杯
個人タイトル09アジア年間最優秀選手賞、08ACL最優秀選手賞、14Jリーグ最優秀選手賞、03、04、05、06、07、08、09、10、11、12、14、15Jリーグベストイレブン、13J2MostExcitingPlayer

G大阪が遠藤保仁(39)に残留オファー 来季にも楢崎超え 23試合1得点  

20191019-10190775-nksports-000-4-view[1]




1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/10/19(土) 20:55:54.44 ID:YqQEEE069
ガンバ大阪MF遠藤保仁(39)に、クラブが残留オファーを出すことが19日、分かった。

クラブ幹部が「必要な戦力」と明かした。
現在、J1出場625試合で、元日本代表GK楢崎正剛の631試合に迫る。
ただ4日札幌戦に続き、この日も出番はなく、残り5試合でタイ記録、記録更新ともに来季へ持ち越しが決まった。
本人もG大阪での達成を願っており「やれる限り、やりたい」と話している。

10/19(土) 20:09配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191019-10190775-nksports-socc

遠藤保仁、衝撃のJリーグ海外助っ人は? 「一度も勝てると思えなかった唯一の選手」 

20190902-00214560-soccermzw-000-5-view[2]

G大阪・遠藤保仁「やめる気ない」日本人選手初1000試合出場を達成!39歳Jの鉄人が金字塔  

1: Egg ★ 2019/08/03(土) 09:47:44.93 ID:vudq44jN9
「明治安田生命J1、神戸2-2G大阪」(2日、ノエビアスタジアム神戸)

J1G大阪のMF遠藤保仁(39)が神戸戦の後半途中から交代で出場し、Jリーグやカップ戦、フル代表の国際Aマッチなどを合わせた公式戦で日本選手では前人未到の通算1000試合出場を達成した。
遠藤はJ1では元名古屋のGK楢崎正剛のリーグ通算最多出場記録631試合にあと10と迫る歴代2位の621試合で、日本代表としても歴代最多152試合に出場している。試合は神戸が2点差を追い付き、連敗を3で止めた。

後半19分、これが公式戦通算1000試合目の遠藤が交代出場でピッチに入ると、G大阪サポーター席から大きな拍手がわき起こった。
守備的MFの位置に入り、ゲームを落ち着かせようとしたが、2失点で引き分け。「(PKからの)失点で相手が勢いづいてしまった。勝てる時もあれば、そうでない時もある」と、淡々と試合を振り返った。

今季は宮本監督が、下位に沈むチームを変えるカンフル剤として若手を積極的に起用した第12節のC大阪戦から、39歳のベテランは先発を外れることが多くなった。
ただ、途中出場でも、仕上げのパスやゲーム運びで持ち味を出し、存在感は全く薄れていない。宮本監督も「判断の質の高さで違いを生み出してくれる」と認め、信頼を寄せる。

鹿児島実高から横浜フリューゲルス入りした1998年の開幕戦出場以来、プロ22年目での大台到達。「うれしく思う。サポートに感謝したい」と素直な思いを口にしつつ、次なる目標に視線を移す。
GK楢崎(名古屋)の持つJ1歴代最多出場記録の631試合にもあと10。「自分自身はやめる気はない。もっとサッカーを楽しんでうまくなりたい」。同世代の選手が引退していく中、サッカー界の鉄人は歩みを止めない。

8/3(土) 8:30配信 ディリースポーツ
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190803-00000023-dal-socc

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G大阪、“復活”宇佐美&パトリックが躍動も…神戸と痛恨ドロー 遠藤1000試合の節目を飾れず 

20190802-00208100-soccermzw-000-5-view[1]

<小野、稲本、遠藤、小笠原…>世界準優勝から20年...黄金世代とはなんだったのか?  

1: Egg ★ 2019/04/22(月) 09:17:49.47 ID:1Vxq/zCG9
 小野伸二をはじめ、稲本潤一、遠藤保仁、小笠原満男、中田浩二、高原直泰、本山雅志らきわめて個性的で質の高い選手がこの世代に集まった。奇跡としか言いようがない。

 彼らが中学生だった時代にJリーグが開幕し、プロという目標はできたが、サッカーの素地はそれ以前に形成されている。みな、育った地域も環境もチームもバラバラだ。指導者レベルもいまほど高くはなく、指導方針もそれぞれのチームの監督次第だった。彼らはそれぞれの場所で純粋培養されて育ってきたのだ。

 それが個性となり、お互いの違いが武器になった。現在のように指導が画一的で、個性がスポイルされる時代には、彼らのような強烈な個性と高い能力の持ち主が一堂に会するという奇跡は起こりにくくなっている。彼らは日本中に放牧されたなかから集められた「天然の一級素材」だったのだ。

 黄金世代が、その名を日本サッカー界やファンに轟かせたのは、1999年のナイジェリア・ワールドユースである。FIFA主催の世界大会で日本は史上初となる準優勝に輝いた。

 この「準優勝」という結果が黄金世代のスタートになった。

 もし、彼らがベスト8くらいで終わっていれば、「優秀な選手が揃った世代だった」というレベルの評価に終わり、それほど注目もされていなかっただろう。だが、決勝に進出し、世界と互角に戦ったことで彼らは高く評価され、世間の注目を浴び、多くのひとに見られることでさらに成長していった。下の世代の選手には、「あの舞台に立ちたい」と思わせるモチベーションを生んだ。そして、ファンには「日本サッカーは捨てたもんじゃない」と今後への期待を膨らませてくれた。

 これが非常に大きかった。


 この前年、フランス・ワールドカップに初出場した日本代表はグループリーグで3連敗を喫し、世界がとんでもなく遠いことを選手もファンもメディアも思い知らされた。その結果、ワールドカップ前に大きく膨らんだ期待はあっという間に萎み、世界との差に日本サッカー界は打ちひしがれていた。そんななか、世代別カテゴリーとはいえ、若き精鋭たちが世界の強豪を打ち負かし、決勝にまで進出したのだ。その偉業は98年の悪夢から日本を目覚めさせ、選手たちは「俺たちでもやれるんだ」と自信を取り戻し、2002年日韓ワールドカップに向けて大きな希望の灯をともした。

 黄金世代が日本サッカー界のV字回復、その着火剤となったのだ。
 現在に至る日本人選手の海外移籍の流れを作ったのも、彼らだった。

 最近では前回のU-20ワールドカップで堂安律が活躍し、オランダへの移籍が決まったが、99年のワールドユース後は大会のベスト11に小野と本山が入ったのにもかかわらず、誰ひとりとして海外移籍が実現しなかった。当時は、中田英寿がセリエAでプレーしていたが、日本代表のトップの選手しか海を渡れなかったのだ。それほど海外移籍は狭き門だったのである。

 小野たちが海外に行くまでナイジェリアから2年間の時間を要している。

 彼らはスポンサー枠や客寄せパンダではなく、個々の力を評価され、しかも有名クラブへの移籍を実現させた。小野はオランダの強豪フェイエノールト、稲本はプレミアリーグのビッククラブであるアーセナル、高原はアルゼンチンの強豪ボカ・ジュニオルスである。その後、中田浩二、小笠原満男らも欧州に渡った。

 小野は、その技術の高さと独特のセンスで入団1年目から活躍し、UEFAカップで優勝、その後もオランダやドイツで活躍した。アーセナルでの稲本は1試合も出場できずに苦しんだが、02年日韓ワールドカップで活躍してフルアムへの移籍を勝ち取り、約9年間、海外でプレーした。

そうした彼らの活躍と努力の跡に海外への道が開かれ、その後、長谷部誠、本田圭佑、香川真司、長友佑都、岡崎慎司らが海外移籍へのチャンスを掴んだ。いま、若い選手たちが比較的容易に海外へ飛び出していけるのは、自らの実力もあるが、小野たちが作った道でもあるといっても過言ではない。

2019年4月20日 18時9分サッカーダイジェスト
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/16346760/

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「遠藤保仁選手がとうとう、、、」G大阪で画像差し替え 

20190401-43465413-gekisaka-000-3-view[1]


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