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世界一足の速い選手? 今季最高“時速37km”をマークしたユナイテッドMF  ブラジル代表フレッジに英注目  

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1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/12/24(火) 06:27:17.42 ID:UCOt1xBx9
ユナイテッドのブラジル代表MFフレッジ、エバートン戦で驚異的なスピードを披露

世界的に足の速い選手の重要性が高まっているサッカー界。プレミアリーグの強豪マンチェスター・ユナイテッドにもスピードのある選手たちがたくさんいるなか、
データ分析会社「OPTA」が算出したデータによれば、現地時間14日に行われた第17節エバートン戦でブラジル代表MFフレッジのスピードが今季最高の時速23.17マイル(約37km)を計測したようだ。英紙「ザ・サン」が報じた。

サッカー選手の個性と言えるスピードは、現在世界的に重要視される能力の一つとなっている。特にユナイテッドは、スピード感あふれる選手たちが多数在籍。
12月にはイングランド代表FWジェシー・リンガードが21.39マイルを記録すれば、昨季まで所属していたベルギー代表FWロメロ・ルカクも22.5マイルを記録している。

そんななか、今年は最初の17試合のうち15試合でイングランド代表FWマーカス・ラッシュフォードとウェールズ代表FWダニエル・ジェームズがトップスピードを記録する試合が続いた。
8月のクリスタル・パレス戦ではラッシュフォードが22.56マイルを計測。ジェームズはシェフィールド・ユナイテッド戦で22.18マイルを記録するほどだ。

しかし、そんな2人の記録を破ったのがブラジル人MFフレッジだった。プレミアリーグ第17節エバートン戦で記録したスピードは、驚異の23.17マイル。
これは米国南部から中米にかけて生息する鳥類ミチバシリ(ロードランナー)の一般的なスピードとされる20マイルを、遥かに上回る数値となっている(ただし、一部のロードランナーは27マイルを出す)。

そんな砂漠の鳥と呼ばれるミチバシリを凌ぐスピードでピッチを駆け回るフレッジ。
今後、ユナイテッドの試合観戦時には、フレッジのスピードに注目してみるのもいいかもしれない。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191224-00236513-soccermzw-socc
12/24(火) 6:01配信

バティストゥータ氏「激痛のあまり足を切断してくれと頼んだ」引退後の壮絶な日々を回顧  

1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/10/19(土) 20:11:32.99 ID:YqQEEE069
アルゼンチンのレジェンドであり、セリエAで一時代を築いたストライカー、ガブリエル・バティストゥータ氏が、引退後に激痛と運動障害に悩まされていたと語った。

バティストゥータ氏はイタリアメディア『コリエーレ・デラ・セラ』のインタビューで「痛みが激しく涙が止まらない時もあった。
医師に『足を切断してくれ』とも頼んだんだよ」と当時のことを振り返っている。

「私が現役のキャリアを終えるとともに、足の関節がおかしくなっていることが判明した。
骨と骨の接合部分の軟骨がすり減っていてね。当時の体重は86~87キロほどあったんだが、少し動くだけでも激痛が走ったんだ」

「(マルコ)ファン・バステンも同じような問題を抱えていたようだね。関節を悪くして苦しみ、28歳でピッチから去った」

「私は痛みが最も酷い時、何日かベッドから出られなかった。痛くて痛くて『もうこんな毎日を送るのはイヤだ』と涙が止まらなかった。
そんな状態があまりに続くものだから、知り合いに医師に頼んで『足を切断してくれ!もうこんな人生はイヤなんだ』とまで言ったよ」

バティストゥータ氏は「そんな状態がしばらく続き、痛みに耐えながら改善策を見出そうとしていた。少なくとも6~7年続いたんだ。そ
して特殊な装具を使ったりして、ようやく普通に歩くことができるようになった」と続け、引退後は長らく関節の激痛に悩まされていたことを明かした。

1969年生まれ現在50歳のバティストゥータ氏はアルゼンチンにニューウェルス育ちで、
トップデビュー後にリーベル・プレート、ボカ・ニュニオルスと名門を渡り歩き、1991年にイタリアのフィオレンティーナへ移籍。

フィレンツェでは9シーズン過ごし、94-95シーズンには26ゴールで得点王のタイトルを獲得。
また、この間セリエAでは9年連続でリーグ戦168ゴールを奪う活躍を見せた。
スクデットを獲得するために移籍したローマでは中田英寿氏と同僚になり、初年度の00-01シーズンから悲願のリーグ優勝を経験。
インテル、アル・アラビと渡り歩いて2005年に現役を引退した。

アルゼンチン代表としても1991年~2002年の間に78試合56得点をマークしており、リオネル・メッシ(68得点)に抜かれるまでアルゼンチンの代表最多ゴール記録を保持していた。

日本が初めてワールドカップに挑んだ1998年のフランス大会初戦では、アルゼンチンのエースとして日本から決勝点(0-1)を奪った。
また、1994年のギリシャ戦、1998年のジャマイカ戦と、異なるW杯2大会でハットトリックを記録した唯一のプレーヤーでもある。

1990年代に“世界最高のゴールハンター”、“バティゴール”とも称されたアルゼンチンのレジェンドだったが、
引退後しばらく表舞台に出てこなかった理由は、医師に足の切断を直訴するほど痛みに悩まされていたことが大きかったようだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191019-00010026-goal-socc
10/19(土) 20:01配信

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