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「メッシやC・ロナウドはいない。だからこそ…」ペップ、圧巻の強さ誇るチームに自信 

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1: 2021/02/17(水) 19:33:07.19 _USER9
マンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督が、現チームに自信を見せた。

今季は序盤戦こそ躓いたが、11月末からは無敗を継続するマン・シティ。プレミアリーグ第23節でリヴァプールを4-1で下すと、第24節にはトッテナムにも3-0と快勝。1試合未消化ながら2位マンチェスター・ユナイテッドに7ポイント差をつけ、現在イングランドトップリーグ記録となる公式戦連勝記録を「16」にまで伸ばすなど、圧倒的な強さを見せている。

グアルディオラ監督は、見事な結果を残し続けるチームについて言及。スーパースターが不在が故に、チームとして戦うことを強調。選手たちを称えた。

「我々には独力で試合に勝てる選手はいない。(リオネル)メッシも、クリスティアーノ(ロナウド)も、(キリアン)ムバッペも、ネイマールもね。だからこそ、チームとして戦わなければならない」

「正直に言えば、毎試合4ゴールを決めてしまうような選手がいたら最高だと思う。だが今シーズンは、今ここにいる選手は誰も変えるつもりはない。全員だ。だからこそ、キャプテンのフェルナンジーニョを称えたい。彼はピッチ内外で、良くない時期に団結させるのを助けてくれた」

「偉大なチーム、偉大な選手は悪い時期にこそ示してくれる。良い時期にプレーするのは簡単だ。今シーズンは悪い時期もあったね」

直近の公式戦では23試合無敗(20勝3分け)、この間たった6失点と敵なしのマン・シティ。グアルディオラ監督は、チームの姿勢やパフォーマンスに絶対的な自信を持っているようだ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/79f3dc503ae25db56c9688511a3d32faad8c9b70

妄想だったザックジャパン「やれるという自信が、慢心に変わっていた。それに、誰も気づいていなかった」 

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1: 2020/04/29(水) 22:59:58.56
強いはずだった。ただ、後になって思えば、それは思い込みでしかなかった。史上最強とも言われたザックジャパンは、たまったうみを抱えたまま集大成の14年ワールドカップ(W杯)ブラジル大会を迎えた。1次リーグ初戦、コートジボワール戦(14年6月14日)で、そのうみは痛みを伴って噴出する。それは会場の記者席にまで伝わっていた。

日本は前半16分にMF本田のゴールで先制した。1点リードの後半14分。ザッケローニ監督はFW大久保を投入しようとした。交代を待つ、その時、コートジボワールもエースFWドログバを送り込もうとしていた。横目で見た同監督は、大久保がピッチに入るのに待ったをかけた。ベンチも選手も動揺した。

ドログバが入った2分後の後半18分48秒に同点、同20分28秒には勝ち越しを許す-。悪夢の100秒間。

その背景は、大久保の投入で突き放すか。それともMF香川に代えて今野を入れる、もしくは長友を1列前の左MFに上げることで中盤の守備を安定させるか。そんな迷いだった。守備的で16強入りした10年南アフリカ大会後の4年間、日本は美しいパス回しから攻撃をするポゼッションサッカーへと理想を追い求めていた。ドログバが入ることを察知した瞬間、ザックの脳裏をかすめたのは守り切ること。だが、理想を捨てる決心がつかなかった。

「交代でチームの動きを良くしようとしたが、試みは失敗に終わった。積極的に、攻撃的にプレーすべきだった。残念ながら通常のプレーができなかった」

大久保の投入は勝ち越されてから。手遅れだった。冷静さを失ったチームは、秩序さえ崩れた。最後は1度も試したことのない、DF吉田を前線に上げてのロングボールでの攻撃しか手がなかった。

史上最強は妄想だった。我々、番記者もそう思い込もうとしていただけにすぎなかった。前年の13年コンフェデレーションズ杯は3戦全敗。同年10月の東欧遠征もW杯出場権を逃したセルビア、ベラルーシに完敗。その頃、終盤に身長のあるFWハーフナーを入れてロングボールでの攻撃を試そうとした。しかし理想に執着するあまり、ロングボールを蹴らずにパス回しを続けていたこともあった。

逆サイドの速攻を警戒し、ザッケローニ監督はサイドチェンジを禁じていたが、選手からの要望で解禁されたのはW杯1年前のこと。対話を重視し、Jリーグ得点王のFW大久保をW杯にサプライズ選出した際も長谷部主将に相談したほど。選手に信頼され、人望も厚かったように思う。

ただ「いい人」で勝てるほど甘くはない。11年アジア杯で優勝。13年10月の東欧遠征で不穏な空気が流れても、その1カ月後にあった欧州遠征で10年W杯準優勝国オランダと2-2で引き分け、当時1年間無敗でFIFAランク5位のベルギーには3-2で勝った。

収穫と課題、光と影、希望と不安-。両面あっても収穫が課題の解決にふたをし、根拠のない光と希望が影と不安を打ち消していた。

理想を貫きW杯は1勝もできずに敗退。選手から漏れた言葉は印象的だった。

「やれるという自信が、いつしか慢心に変わっていた。それに、誰も気づいていなかった」

ザックジャパン最後の日。ブラジルの合宿地イトゥで最後の会見を終えた同監督を、番記者みんなで見送った。それほど、報道陣からも愛されていた。弱々しい後ろ姿、ふと振り返り、見せた悔しそうな表情。あの光景が、今でも忘れられない。【益子浩一】

[2020年4月29日12時0分] 日刊スポーツ
https://www.nikkansports.com/m/soccer/japan/news/202004280000314_m.html?mode=all



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