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現役引退


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元イタリア代表デ・ロッシが現役引退を表明、家庭の事情で 

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1: 久太郎 ★ 2020/01/07(火) 11:40:48.18 ID:PAZpsbIO9
【AFP=時事】サッカー元イタリア代表MFのダニエレ・デ・ロッシ(Daniele De Rossi)が6日、現役引退を発表した。

 イタリア・セリエAのASローマ(AS Roma)で18年を過ごしたデ・ロッシは、昨シーズン終了後にアルゼンチン1部リーグのボカ・ジュニアーズ(Boca Juniors)に加入。公式戦では7試合の出場で1得点を挙げたが、家庭の事情でイタリアに戻らなければならなくなったと明かした。

 36歳のデ・ロッシは「故郷に帰らなければならない。ボカとサッカーから離れる」とコメントした。「私の心をつかんだクラブを去り、サッカーや自分の情熱にも別れを告げる」

 アルゼンチンに渡ってからけがに悩まされていたデ・ロッシは「体調面で深刻な問題はない」としたが、家族や娘のそばにいる必要性を感じており、「私も家族が恋しいし、家族も私が恋しい」のだという。

 デ・ロッシは2004年から2017年にかけてイタリア代表としても117試合に出場し、2006年に行われたW杯(World Cup)では優勝も経験した。

 デ・ロッシは「イタリアでサッカーの仕事を続けるつもり。どんな職種になるかは分からない」と続けた。

「ここはあまりに遠すぎて、日常的に(故郷の)人たちと連絡を取り合うのが難しい。ローマかその近郊の街で暮らすつもり」

 昨年5月にローマを退団した際、現役を続けたいと話していたデ・ロッシは、アルゼンチンへの移籍が決まると「ボカでプレーせずに引退はできない」と述べていた。

 デ・ロッシのアルゼンチン移籍を取りまとめたのは、ローマ時代の元チームメートで、当時ボカのスポーティング・ディレクター(SD)を務めていたニコラス・ブルディッソ(Nicolas Burdisso)氏だった。

 その後ボカのSDには、ブルディッソ氏に代わってファン・ロマン・リケルメ(Juan Roman Riquelme)氏が就任したが、それでもデ・ロッシは新たなフロントとの間に問題はなかったと主張した。

 デ・ロッシは14歳の娘について、「イタリアに残っている唯一の家族であり、父親がそばにいなければならない」と語った。「彼女が危険な目に遭っているわけではないが、私はそこにいる必要がある」 【翻訳編集】 AFPBB News

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200107-00000009-jij_afp-socc

<元日本代表MF明神智和>41歳で現役引退...シドニー五輪、2002年W杯など出場  

1: Egg ★ 2019/12/02(月) 15:51:41.00 ID:OQGSLmpA9
J3のAC長野パルセイロは2日、同クラブに所属する元日本代表MF明神智和が2019シーズン限りで現役を引退することを発表した。

 明神は1978年1月24日生まれの41歳。柏レイソルユースから1996年にトップチームに昇格し、クラブ初タイトルとなった1999年ナビスコカップ優勝などに貢献した。

 2006年に移籍したガンバ大阪では2008年AFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝や2014年J1優勝などのタイトルを獲得し、キャプテンも務めた。2016年は名古屋グランパスでプレーし、翌2017年から長野に在籍している。

 J1での通算497試合出場は歴代9位。J2とJ3を含めてリーグ戦通算555試合(26得点)、公式戦合計723試合(33得点)に出場している。

 U-23日本代表として2000年シドニー五輪にも出場し、同年には日本代表にもデビュー。2000年アジアカップ優勝や2002年日韓ワールドカップ決勝トーナメント進出などに貢献し、通算26試合出場3得点を記録した。

「チームからは来年も選手契約のお話をいただいたのですが、プロサッカー選手として求められるものに応えられないと感じ、引退という決断に至りました」と明神はクラブを通してコメント。「たくさんの出会いに恵まれ、多くの方々に支えられてここまで現役を続けることが出来ました。本当にありがとうございました」と感謝の思いを述べている。

12/2(月) 13:24 フットボールチャンネル
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191202-00350874-footballc-socc

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元イタリア代表MFモントリーボ、古巣ミランへの憤りと共に34歳で現役引退!  

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1: 久太郎 ★ 2019/11/13(水) 20:56:17.47 ID:aVfuEiUf9
元イタリア代表MFリッカルド・モントリーボ(34)が現役引退を発表した。同選手が13日、イタリア『コリエレ・デッロ・スポルト』のインタビューで明かした。

昨シーズン終了後にミランを退団した中、フリーの状態が続いていたモントリーボだったが、『コリエレ・デッロ・スポルト』の独占インタビューを通じて現役引退を認めた。

「今すぐプレーをやめる」

「家族と共に今後もミラノに住み続けることになると思う。だけど、今後自分が何をやっていくかはまだわからないよ。それには少し時間が必要だ」

また、今回のインタビューでは自身最後の所属クラブとなったミランへの憤りを語っている。

「(自身最後の指揮官となったジェンノーロ・ガットゥーゾ監督について)彼は僕を干した理由について何も説明しなかったよ。今はもう気にすることではないけど、移籍を拒否することもしていなかった。問題は自分自身にないことは明らかだったし、自分の求める質問は一度も返ってこなかった」

「(カピターノ剥奪について)ボヌッチの加入以降、モンテッラやミラベッリに彼へ腕章を譲るべきだと言われたよ。ただ、個人的には自分を含めボナヴェントゥーラのようなプレーヤーのサポートもあってその必要はないと返答した。だけど、当時の会長ヨンホン・リーの決断によって決まった」

「(2018年プレシーズンツアー招集外について)説明はなかったよ。ミラン・ラボで記録したフィジカルテストの数字は良かったけど、それは何の考慮もされなかった。決定は出発前日にチームマネージャーからテキストメッセージで送られたよ」

「それ(ミラン)が自分を引退に追い込んだと言ってもいいんじゃないかな。7年間も在籍していたにも関わらず、ファンにお別れの挨拶をする機会さえも与えられなかった」

イタリア屈指の育成の名門、アタランタでプロキャリアをスタートしたモントリーボは、繊細なボールコントロール、キック精度、パスセンスを武器に新時代のトレクァルティスタとして台頭。その後、2005年にフィオレンティーナに完全移籍を果たすと、徐々にポジションを下げてレジスタやインクルソーレの役割を担い、2010年からはヴィオラのカピターノにも就任した。

そして、2012年にはミランへのステップアップを果たし、その翌年にはロッソネロのカピターノに就任。負傷を除き2015-16シーズンまでは中盤の主力として活躍も、その後は混迷を極める名門の中で出場機会を失い、2017-18シーズンにはイタリア代表DFレオナルド・ボヌッチ(現ユベントス)に腕章を譲ることに。

昨シーズンはケガの影響もあったものの、屈辱の出場機会0に終わり、契約満了に伴い今夏にミランを退団していた。

アタランタ、フィオレンティーナ、ミランの3クラブでのプレーを通じてセリエA通算380試合に出場し28ゴールを記録。チャンピオンズリーグ(CL)では通算25試合に出場。ただ、キャリアを通じてはミラン時代の2016年に獲得したスーペル・コッパが自身唯一のタイトルとなった。

また、世代別チームからイタリア代表の常連だったモントリーボは、U-23代表の一員として北京オリンピックに参加したほか、2007年10月にデビューを果たしたアズーリでは通算66試合に出場し2ゴールを記録。2010年の南アフリカ・ワールドカップ(W杯)と、ユーロ2012の2つの大舞台を経験していた。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191113-00364400-usoccer-socc

サッカー界一の男前!元イタリア代表マルキージオが現役引退…3日にユーヴェ本拠地で会見  

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1: 久太郎 ★ 2019/10/03(木) 21:04:43.25 ID:4Xbx9+/q9
元イタリア代表MFクラウディオ・マルキージオが現役引退を決断したようだ。イタリア紙『Gazzetta dello Sport』が2日に伝えている。

 現在33歳のマルキージオはユヴェントスの下部組織出身で、エンポリへレンタル移籍で加入した2007-08シーズンを除き、ユヴェントスに計25年間に渡って所属した。同クラブではイタリア・スーパーカップやコッパ・イタリア、7シーズン連続のセリエA制覇など多くのタイトル獲得に貢献した。

 マルキージオは昨夏にユヴェントスを離れてゼニトへ移籍。しかし、同クラブではひざの負傷に苦しみ、7月1日に双方同意の上で退団を発表していた。

 フリーとなっていたマルキージオに対しては、スティーヴン・ジェラード監督が率いるレンジャーズや中国のクラブが獲得に関心を示していた模様。しかし今回の報道によると、マルキージオは選手キャリアに終止符を打つことを決断したという。

 マルキージオの引退会見は3日にユヴェントスのホームスタジアムで行われる予定だ。また、同選手とユヴェントスは良好な関係を築いており、引退後はクラブのスタッフとして復帰する可能性もあるようだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191002-00985477-soccerk-socc

元カメルーン代表38歳エトーが現役引退を表明…バルセロナやインテルで活躍  

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1: 久太郎 ★ 2019/09/07(土) 10:42:14.85 ID:J+N3VsTC9
バルセロナやインテルなどで活躍した元カメルーン代表FWサミュエル・エトーが、38歳で22年間のキャリアにピリオドを打ったことを公表した。

エトーは6日、自身の『Instagram』を通して「終わりを迎えた。みなさんから受けた多くの愛に感謝を」とのメッセージを発信している。

1981年生まれのエトーは1996年にレアル・マドリーの下部組織に入団し、レガネス、マジョルカへのレンタルを経験。2000年にマジョルカへと完全移籍を果たすと、ここでゴールハンターとしての才能を開花させ、2004年にはバルセロナへと加入。

2009年まで在籍したバルセロナではUEFAチャンピオンズリーグを2度制し、2009年に加わったインテルでは初年度からチャンピオンズリーグ優勝を経験。

その後アンジ・マハチカラ、チェルシー、エヴァートン、サンプドリア、アンタルヤスポルを経て、2019年2月まではカタールSCに籍を置いていたが、以降は無所属の状態が続いていた。

カメルーン代表としては118キャップで56ゴールをマークし、アフリカ・ネーションズカップでは2度の優勝を経験。2010年の南アフリカ・ワールドカップでは、グループリーグの初戦で日本と戦ったことでも知られる。また、五輪代表としては、シドニーオリンピックで金メダルを獲得した。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190907-00010005-goal-socc

“神の子”トーレスは鳥栖に何をもたらしたか? 誰もが認めた衝撃と「一流の振る舞い」 

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F・トーレス、引退理由は「自分のベストに到達できてない」現役ラストマッチは8.23神戸戦  

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1: 幻の右 ★ 2019/06/23(日) 11:39:10.91 ID:zQJ1wzMW9
サガン鳥栖の元スペイン代表FWフェルナンド・トーレスが23日、東京都内で現役引退会見に出席した。

2018年にアトレティコ・マドリーから鳥栖入りしたF・トーレスは21日、「エキサイティングな18年間を過ごした後、僕のフットボールキャリアの幕を閉じる時が来た」と現役引退を表明。そして23日、引退会見に出席したF・トーレスは、「私はサッカー選手としての人生を引退します。ラストマッチは8月23日のヴィッセル神戸戦です」と、明治安田生命J1リーグ第24節、ホームでのヴィッセル神戸戦が自身の引退試合になることを明かした。

また、その理由としては「古くからの友人であるイニエスタとの直接対決を、それを日本でできるということで決めました。神戸には友人でW杯を共に戦ったダビド・ビジャもいます。最後の試合で自分ができることを尽くしながらやりたいと思います」と話した。

また、引退理由として、F・トーレスは「自分の中でサッカーのパフォーマンスに対するレベルというものがあります。引退を決めた理由は、自分のベストのレベルに到達できていないのではないかという疑問点があったからです。自分がベストのコンディションで最後までやり続ける、そこに到達できなくなるのであれば、自分の今のレベルでサッカー人生を終えたいと思い、引退を決意しました」と語った。

現在35歳のF・トーレスは、2001年に17歳でアトレティコ・マドリーのトップチームデビュー。2007年夏に移籍したリヴァプールで4シーズンにわたって活躍した後は、チェルシー、ミランと渡り歩き、2015年1月にレンタルでアトレティコに復帰した。2016-17シーズンに完全移籍すると、翌シーズンにはヨーロッパリーグ制覇を経験。2018年からは鳥栖で新たな挑戦をしていた。

また、F・トーレスはスペイン代表としても長く活躍。2006年のドイツ大会から3大会連続でワールドカップ出場を記録し、2010年の南アフリカ大会では史上初の優勝に貢献。同じく2004年から3大会連続で出場したEUROでも2008年、2012年大会の連覇を経験した。

GOAL 6/23(日) 10:26
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190623-00010014-goal-socc

フェルナンド・トーレス選手 現役引退のお知らせ 【サガン鳥栖】 

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1: 幻の右 ★ 2019/06/21(金) 14:23:24.95 ID:3ietNdod9
フェルナンド・トーレス選手 現役引退のお知らせ
この度、本人のSNSでも報告がありました通り、フェルナンド・トーレス選手が今シーズンをもちまして現役を引退することになりましたのでお知らせいたします。
なお、時期などの詳細につきましては後日発表いたします。

SAGANTOSU
Official Web Site
https://www.sagan-tosu.net/news/p/3967/

本人Twitter
https://twitter.com/Torres/status/1141934249362124801

I have something very important to announce. After 18 exciting years, the time has come to put an end to my football career. Next Sunday, the 23rd at 10:00AM, local time in Japan, I will have a press conference in Tokyo to explain all the details.See you there. https://t.co/WrKnvRTUIu

動画
https://video.twimg.com/ext_tw_video/1141933997859020800/pu/vid/960x540/myWHHIMGCD-h9ZL6.mp4
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

プロ入り1年で決断…法政大出身の松本DF武藤友樹、23歳で現役引退  

1: 2019/01/10(木) 15:44:01.45
松本山雅FCは10日、DF武藤友樹が2018シーズン限りで現役を引退することが決まったと発表した。

武藤は1995年生まれの23歳。柏レイソルU-15、八千代高校を経て法政大に進学した。
松本へ加入した昨季、公式戦の出場は天皇杯の1試合のみ。プロ入りから1年で、現役引退を決断することとなった。

現役引退にあたり、武藤は以下のようにコメントしている。

「このたび、現役を引退することを決断しました。山雅サポーターの皆様、1年間という短い間でしたがありがとうございました。次のステージで頑張りたいと思います」

https://news.nifty.com/article/sports/soccerking/12192-890368/
2019年01月10日 15時06分 サッカーキング

https://f.image.geki.jp/data/image/news/2560/233000/232611/news_232611_1.jpg
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