Samurai Goal

横浜F・マリノス


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「この移籍にも運命を感じている」。山中亮輔、赤いユニフォームをまとう決意 

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酒も衣も口にせず…中沢佑二氏の恩師語る不変の情熱 




「ボンバーヘッド」の愛称で親しまれた元日本代表DF中沢佑二(横浜F・マリノス)氏が8日、40歳で現役引退を発表した。左膝痛などに悩まされながら最後までピッチに戻る道を探った末に、きっぱりと決断した。

同日、自身のブログでも引退を発表。「ありがとう」のタイトルでつづられた中にこうあった。

村田先生

ブラジルに行きたい!プロサッカー選手になりたい!という夢に対して親身になって相談にのってくださり本当にありがとうございました。

先生がご馳走してくれた焼鳥は一生忘れません(笑)

(本文まま)

 ◇   ◇   

中沢氏に焼き鳥をごちそうした「村田先生」は、当時を懐かしく回想した。

「『好きなのを頼め』と言ったら、本当にメニューの端から全部頼んだんですよ。全部たいらげてました。でもお酒は一滴も飲まずに、20時半には『明日も練習があるので』と言って帰っていました」

三郷工技術高(埼玉)サッカー部監督として、高校時代の中沢を指導した村田義昭さん(61)。定年退職した現在は、非常勤で浦和東高のサッカー部を指導している。

地元の行きつけだった焼き鳥屋に2人で入ったのは、中沢がヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)に正式入団する直前のこと。ブログにあった焼き鳥の記憶は村田さんもはっきりとあった。

お酒もまったく飲まないストイックさで知られる中沢氏。その姿は高校時代から変わらないという。

「食事でトンカツを食べに連れて行ったら衣は全部とっていた」

風邪をひいて練習を休むことも、自己管理がなっていないから。全国区の強豪とは言えない学校で、中沢氏ほどの向上心を持つ選手を村田さんは見たことがなかった。

自分に厳しすぎる性格は、知らぬ間に仲間にプレッシャーを与えた。

「彼が3年生で主将のときは、後輩が10人くらいやめてね」

主将の姿勢に、生半可な気持ちではついていけない。身を引く選手も少なくなかった。サッカーのために、どれだけのものを犠牲にするか。昨季も、入念なケアのため試合や練習の後に帰路につくのはきまって最後。注ぐ情熱は変わることはなかった。

中沢氏が高校卒業後にブラジルへ留学したのは有名な話だ。きっかけは高3の夏に行ったブラジル遠征。同国の強豪アメリカの下部組織と試合や練習を行い、食事の席もともにした。ブラジル選手の身体能力や技術に驚かされるばかりだった遠征の中、練習生として声をかけられたのが中沢氏だった。

「今すぐ学校を辞めて、ブラジルにいきたい」。

またとないチャンスに目を輝かせる中沢氏。村田さんは背中を押した。

「ちょっと待て、卒業してからにしなさい。なんて言いながらね」

大学からも複数のオファーはあったが、教え子のストイックさと情熱にかけた。ブラジルでは契約がかなわず帰国も、99年にV川崎(現東京V)とのプロ契約にこぎつけた。

 ◇   ◇   

01年夏。村田さんは春日部東高にうつり、合宿を張っていた。横浜に移籍する直前だった中沢氏が訪れ、体力強化のためにインターバル走を繰り返す選手を見て聞かれた。

「ゲームはやらないんですか」

選手にとっては苦しい練習だが、冬の高校選手権に向けた積み重ねも欠かせない。

「夏なんて、死ぬための練習だよ」

冗談を返すと、もう1度すっと選手のほうに目をやった中沢氏は答えた。

「そしたら、僕も1本やりますよ」

汗まみれになって本気で走り、高校生に大差をつけてゴールした。

「あんなにムキになって…」

やると決めたら追い込まずにはいられない。そんな、変わらない教え子の姿がうれしかった。

練習後、2人で合宿所の食堂に向かった。冷たいたぬきうどんをすすりながら聞いた言葉を、村田さんは忘れずにいた。

「J1でだめになったら、いさぎよくやめます」

なにも言葉を返さず、胸にしまった。

 ◇   ◇   

昨季、出番がない教え子を案じていた。ただ、なにかを聞いたりすることはなかった。高校時代からそうだった。自分で考え抜いて決める姿を見守ってきた。だからこそ、引退の一報を静かに受け止めた。

「追い込みすぎるほどの気持ちはものすごいけど、体はぼろぼろだったんじゃないかな」

夢だったJリーグで、04年には日本人DFとして初めて年間最優秀選手に。J1通算593試合出場は歴代3位だ。日の丸を背負い、2度のワールドカップ(W杯)に出場した。練習生の立場からしがみつくように勝ち取ったプロ契約から20年。すべてをサッカーにささげてきた男が、プロサッカーの舞台から離れることを決めた。

「最後まで、自分に正直な男でした」

走りきった教え子を包むような、あたたかい声色だった。

◆岡崎悠利(おかざき・ゆうり) 1991年(平3)4月30日、茨城県つくば市生まれ。青学大から14年に入社。16年秋までラグビーとバレーボールを取材。16年11月からはサッカー担当で今季から主に横浜とFC東京、アンダー世代を担当。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190115-00446923-nksports-socc



1 2019/01/151(火)
この中澤選手と村田先生のエピソードはよく聞くし本でも読んだけどやっぱりすごい先生、なにより良い大人だなって思う。
今の時代、選手権で全国に行ったり活躍してない存在で高校卒業して海外行くなんて言っても受け入れてくれない先生、親は多いと思う。無名な選手が海外でプロを目指すよりは進学して企業などに就職してもらった方が安心だから当たり前と言ったら当たり前かもしれない。
でもそこで一方的に夢を否定せず、背中を押し続け、時には黙って話を聞いてくれる…
人の夢を、その人を信じて応援し続けるって簡単じゃないはず。親でさえ、子供の夢を信じて応援し続けるなんて難しいから。
このエピソードを聞く度に、世の中の先生と呼ばれる立場の人、なにより親は本人が毎日必死で夢と向き合って努力し続けているのなら、ボンバーの言葉を借りるようだけど期限を作って応援してほしいと思うし、自分もそうなりたいとつくづく思う。


2019/01/151(火)
マルディーニも現役中に揚げ物食べたことがないと言っていたが、やはり息が長い選手は徹底してるな。


2019/01/151(火)
ブラジルに渡った時は苦難の連続だったね!サッカー選手とは認められずにバカにされる事も多々あったけれど、日本代表に選ばれてからはやっと認められたって感じだったっけ?それも努力の賜物ですね。


2019/01/151(火)
>「彼が3年生で主将のときは、後輩が10人くらいやめてね」
リアルにスラムダンクの赤木だな。この先生は安西先生。


2019/01/151(火)
彼の下積みから歴代日本選手のスターの一人に成り上がった事は代表で活躍前から知っていたが、その影で支えてくれた恩師までは知りませんでした。
それにしても中沢は男やなー!次の新しいステージでも活躍期待してます。


2019/01/151(火)
カズも酒もタバコも一切やらないといっていた。ストイックなまでに健康的な生活を送ってる。

選手寿命が長い選手は、それ相応の努力をしているということだ。


10 2019/01/151(火)
雑草魂そのもの。このストイックさは本当に凄い。
まだまだ現役で見たかった選手ですが、
お疲れ様でした。


11 2019/01/151(火)
40で引退か…
一昔前だったら考えられなかった
それほどストイックに一日一日を大事に過ごしたんだろうな


12 2019/01/151(火)
ボンバー今までありがとう。膝のテーピングをしてのプレーや足が遅くても最後に身体を投げ出す気持ちは忘れません。


14 2019/01/151(火)
話をよく聞いて、相手が本当に困ったりした時に必要最低限だけれどアドバイスして、あとは生徒の考えを尊重する。
とても素晴らしい指導者だと思いました。


15 2019/01/151(火)
カズが50過ぎまで現役でいる事で、ひと昔前よりもサッカー選手の引退年齢が伸びている気がする。もちろん技術の高い選手や普段から節制しているからこそだろうけど、でもそんな見本を示し続けているのもカズだと思う


16 2019/01/151(火)
中沢選手と闘莉王選手のセンターバックは最強だった!


18 2019/01/151(火)
とにかく、少年のようにサッカーが好きだったという記事を読んだことがある。
現役を引退しても、「好き」という気持ちを永遠に持ち続けて欲しいです!
本当に凄いプレーヤーです。
お疲れ様でした。


19 2019/01/151(火)
プロフェッショナルの鑑。
技術ももちろんあったけど、
気合いのディフェンスって感じだった!!


21 2019/01/151(火)
良い話で、感動した。


22 2019/01/151(火)
炭酸飲料も飲んだことがないと言っていた。


23 2019/01/151(火)
中澤のストイックさは気さくさとは裏腹に本当に尊敬できるところ。
9年前だったか、ノンフィクションが出たことあったけれど、こんなにストイックな選手がいるのかと思ったよね。

唯一そのノンフィクション作品で残念だったのが、他の人をやたらとけなす内容だったことかな。


25 2019/01/151(火)
選手としては勿論、その人間性が素晴らしいと思う。


26 2019/01/151(火)
ストイックだな。だからこそ長年トップアスリートとして君臨できたのだろうな。お疲れ様でした。引退後はたまには、好きなものを好きなだけ食べて下さい。


27 2019/01/151(火)
おぉ
とても良い話し
感動しました
(T-T)


30 2019/01/151(火)
いつかジウベルトシウバと対談してほしい。


31 2019/01/151(火)
良い指導者に出会う
これが1番大事なことかも。


32 2019/01/151(火)
ここまでストイックな生活して、制御していたからこの歳まで出来たと思う。


34 2019/01/151(火)
カッコイイ!


35 2019/01/151(火)
ごめん、酒は飲むし豚カツの衣は大好きだ。身体に悪かったのか…


37 2019/01/151(火)
中澤さんは衣食べないのかぁ。一時期は朝カレーされてたなぁ。

カズさんは素うどん食べる時はネギやかまぼこも食べない。

こういう話は好きだなぁ。


38 2019/01/151(火)
恐らくここまでストイックな選手は後にも先にも出てこないだろう


39 2019/01/151(火)
中沢の功績はストイックさが表面に出ないこと。


40 2019/01/151(火)
かっこよすぎる
目立つ髪型しててもチャラついた雰囲気は皆無だったのは、中身がしっかりした男だったからなんだな、とわかった


42 2019/01/151(火)
本田圭佑もそうだか、スポットライトが当たらない部分が人とは違う。人並みじゃないんだな。









<FC東京復帰の久保建英>決意の“プレー証明型”宣言!「一番アピールするつもりでいく」 

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1: 2019/01/13(日) 14:20:20.71
J1のFC東京は13日にシーズン始動。横浜F・マリノスへの期限付き移籍期間が満了し、半年ぶりの復帰となった17歳のMF久保建英は「一番アピールするつもりでいく」と強い決意を語った。

 バルセロナの下部組織で育った久保は2015年に帰国。FC東京の下部組織で経験を積み、17年11月にFC東京とプロ契約を結んだ。長谷川健太監督体制となった昨季は、開幕戦の浦和レッズ戦に途中出場するなど、4試合で出番を与えられたが、プレー時間は計58分だった。さらなる成長を求めてシーズン途中に横浜FMへの期限付き移籍を決断し、元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタ擁するヴィッセル神戸戦で移籍後リーグ戦初出場を果たすとともに、J1初ゴールをマーク。横浜FMではリーグ戦5試合1得点の成績を残した。

 1月12日に期限付き移籍期間満了に伴い、FC東京復帰が決定。翌13日のチーム始動日には前年を上回る720人のファンが詰めかけたなか、久保は笑顔で約1時間半のメニューをこなした。長谷川監督は「建英がどうなるか最後まで分からなかった」と話しており、久保は復帰を含めた新シーズンのプレー先について、ギリギリまで熟考していたようだ。

 横浜FMでの成長について問われた久保は、「自分がここで言っても始まらない」と切り出し、「それはこれからピッチの上で見せていければいい」とプレーで証明していくことを誓った。

「キャンプが始まってそこのアピール次第。一番アピールするつもりでいくだけです」

 昨季FC東京で主に起用されたサイドハーフは、長谷川監督の標榜するサッカーにおいて肝になるポジションの一つで、攻撃だけでなく、激しいアップダウンやプレッシングなどハードワークが求められる。プロ3年目を迎える久保がどのようなプレーを見せるのか、FC東京のみならず、日本のサッカーファンからも注目が集まる。

1/13(日) 13:34配信 フットボールゾーン
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190113-00161559-soccermzw-socc

【サッカー】<横浜・久保建英>今季はFC東京に復帰!5月のU―20W杯にも選出
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1547246101/

<横浜・久保建英>今季はFC東京に復帰!5月のU―20W杯にも選出 

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1: 2019/01/12(土) 07:35:01.75
昨年8月にFC東京から横浜に期限付き移籍したU―20日本代表の久保建英(17)が、今季はFC東京でプレーすることが11日までに分かった。

バルセロナの下部組織出身の久保は出場機会を求めて昨夏に横浜に電撃移籍。8月25日の神戸戦では待望のJ1初得点を決めるなど成長を証明した。横浜は今季もレンタルの延長を希望していたが、最終的に所属元のFC東京に復帰することがこの日までに決定。18歳を迎える6月にバルセロナに復帰することが既定路線だが、さらなる飛躍が期待される今季は5月のU―20W杯での活躍も期待されている。

2019年01月12日 05:30 スポニチ
https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2019/01/12/kiji/20190111s00002179372000c.html

<浦和>代表デビュー最速弾・山中亮輔を獲得!横浜FM慰留も…複数年契約に国内破格の移籍金2億円超  

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1: 2019/01/10(木) 05:47:20.91
浦和が横浜MのDF山中亮輔(25)を完全移籍で獲得することが9日、分かった。関係者によると横浜Mは全力で慰留に努めたが、将来的に海外移籍も見据え、その上でアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)に出場する浦和への移籍を決断した。契約は複数年で、国内では極めて高い2億円超とみられる移籍金は満額が支払われる。

 左サイドバックを主戦場とする山中は積極果敢なプレーと強力な左足のシュートが持ち味で、昨季は32試合出場4得点を記録。日本代表の森保一監督(50)も「左利きを生かした攻撃で、スペシャルなものを持っている」と高く評価し、昨年11月には日本代表に初選出された。初戦となった同20日のキルギス戦では、日本代表デビュー最速となる開始108秒での代表初得点を記録した。今回のアジア杯ではメンバー入りしなかったが、22年カタールW杯を目指す森保ジャパンの貴重な戦力だ。

 浦和の左サイドには日本代表経験があるDF宇賀神友弥(30)がいるが、オズワルド・オリヴェイラ監督(68)は「競争力のあるチームになると期待している」とACLに出場する今季に向け、さらに選手層を厚くする狙いがある。

 ◆主な日本人の国内高額移籍金 2007年1月、千葉から浦和に移籍した元日本代表MF阿部勇樹(25)が4億2000万円。04年1月に清水から浦和へ移籍したMF三都主アレサンドロ(26)と、97年1月に横浜F(消滅)からV川崎(現東京V)へ移籍したMF前園真聖(23)が3億5000万円。※年齢はすべて当時

 ◆山中 亮輔(やまなか・りょうすけ)1993年4月20日、千葉・柏市生まれ。25歳。柏の下部組織を経て10年に2種登録され、12年にトップチーム昇格。14年に千葉に期限付き移籍し、15年に柏復帰。17年に横浜Mへ加入。各年代別の日本代表に選出され、16年リオ五輪は負傷のため落選。18年11月20日のキルギス戦でA代表デビュー。国際Aマッチ1試合1得点。J1通算89試合6得点、J2通算23試合3得点。171センチ、65キロ。

1/10(木) 5:03配信 スポーツ報知
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190110-00000009-sph-socc

<横浜FM中沢が引退>安室さんの大ファンで「生まれ変わったら奈美恵様のバックダンサーになりたい」  

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1: 2019/01/08(火) 11:49:24.94
全てをサッカーにささげた。中沢は午後10時の就寝時間から逆算して練習、体のケア、食事と全ての行動を分刻みでこなした。練習前のミーティングが5分長引き、「この5分間でどれだけケアできると思っているのか」と大声で怒ったこともあった

 とことん突き詰める性格はサッカー以外も同じ。引退した歌手・安室奈美恵さんの大ファンで「生まれ変わったら、奈美恵様のバックダンサーになりたい」と公言する。ライブを見るため、チケット応募券付きCDを複数枚購入。DVDは公演ごとに保存用と観賞用を2枚ずつ買い、安室さんについて語った原稿のゲラは自らチェック。納得するまで直すため、赤ペンでの修正箇所は膨大だという。

 左膝の手術後は「必ず治す」と詳細は語らず、約3か月間治療とリハビリに専念。後半37分から出場した現役最後のC大阪戦は患部にテーピングをせず、走り抜いた。「マリノスのユニホームを着て、サポーターの前でプレーする幸せを感じた」。全力で駆けた20年間が凝縮された8分間だった。(田中 雄己)

1/8(火) 3:03配信 スポーツ報知
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190108-00000046-sph-socc

40歳中沢佑二 現役引退へ 横浜から契約延長オファーも左膝などの状態上がらず決断 

1: 2019/01/08(火) 04:20:03.92
1/8(火) 3:00 スポニチアネックス
40歳中沢 現役引退へ 横浜から契約延長オファーも左膝などの状態上がらず決断

 横浜の元日本代表DF中沢佑二(40)が現役引退を決意したことが7日、分かった。近日中に発表される。長年抱える左膝痛などの影響で、昨年8月にGKを除くフィールドプレーヤーでは歴代最多だったリーグ戦連続出場記録が199試合、連続フル出場が178試合でストップしていた。横浜は新シーズンに向け契約延長を求めたものの、「納得できる状態でなければ戦えない」と潔くスパイクを脱ぐことを決断した。

 高校時代はプロになる目標が周囲に笑われるような無名選手だった。卒業後に留学したブラジルでは用具がなくなり、練習中はパスが回ってこなかった。契約がかなわず帰国すると、母校で練習。苦難と挫折を味わいながら夢にしがみついた。年齢を偽り、後輩と出たV川崎(現東京V)との練習試合で得点。練習生からプロ契約にこぎ着けた。02年に横浜に移籍し、03年からのリーグ連覇に貢献。日本代表でも長く活躍し、日本サッカー史に残るセンターバックにのし上がった。

 普段の生活からプロフェッショナルを貫いた。ストレッチや体のケアに時間を割き、酒や揚げ物、スナック菓子などは一切、口にしなかった。チームの精神的支柱としても、ピッチ内外で存在感を発揮。加入間もない若手を食事に連れて行き、プロサッカー選手としてのイロハを説いた。

 近年は慢性的な左膝痛に悩まされており、シーズン開幕前には「最後の一年」とキャリアの終焉(しゅうえん)が近いことを示唆していた。昨季限りで引退したGK川口能活(J3相模原)、MF小笠原満男(鹿島)に続き、一時代を築いた名選手がまた1人ピッチを去ることになった。

 ◆中沢 佑二(なかざわ ゆうじ)☆経歴 1978年(昭53)2月25日生まれ、埼玉県出身の40歳。三郷工技高卒業後、ブラジルへ1年間留学。99年V川崎でプロデビュー。02年横浜に移籍。

 ☆サイズ 1メートル87、78キロ。利き足は右。血液型AB。

 ☆愛称 「ボンバー」は若手時代に目立つためにしていた髪形のアフロヘア(ボンバーヘッド)に由来。空中戦でヘディングに強い意味も。09年からはユニホームの名前も「BOMBER」に。

 ☆代表歴 日本代表として06年W杯ドイツ大会、10年南アフリカ両大会に出場。国際Aマッチ出場は歴代6位タイの110試合で17得点。

 ☆練習生 V川崎の練習生時代、埼玉県内の実家から都内の練習場まで片道2時間、自費で電車を乗り継いで練習参加。

 ☆タイトル プロ1年目の99年に新人王。横浜でリーグ連覇に貢献した04年に日本人DFとして初のリーグMVPを獲得。ベストイレブンは6回受賞。

 ☆ストイック 夜10時就寝、朝6時起床と早寝早起き。

 ☆趣味 18年に引退した歌手・安室奈美恵さんの大ファンを公言。


横浜の元日本代表DF中沢
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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190108-00000001-spnannex-socc

元日本代表李忠成、マリノスに完全移籍!レッズと契約更新叶わず「残念ながら契約更新はなかった」  

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1: 2018/12/27(木) 12:54:53.53 _USER9
横浜F・マリノスは27日、浦和レッズより元日本代表FW李忠成が完全移籍で加入することを発表した。

Jリーグへやってくる可能性も?2019年に契約満了となるトッププレーヤーたち

FC東京アカデミー出身の李は、現在33歳。04年のトップチーム昇格後、05年に柏レイソルに加入し、5シーズン過ごしたあとに09年から3シーズンサンフレッチェ広島に在籍。11年のアジアカップでは日本代表に選出され、決勝のオーストラリア戦では値千金の決勝ボレーを決めた。アジアカップでの活躍が認められ、イングランド・プレミアリーグのサウサンプトンに完全移籍を果たした。しかし、出場機会を満足に得ることができず、13年にFC東京へレンタルで復帰。その後サウサンプトンへ復帰したが、リーグ戦での出場はなく、14年に浦和へ加入した。今季はリーグで20試合に出場し、3得点をマークしている。

浦和での5シーズンで、JリーグYBCルヴァンカップ、AFCチャンピオンズリーグ、天皇杯と3つのタイトルを獲得した李は、浦和残留を望んでいたが契約更新に至らなかったことを明かした。

「2019年もそんなチームでみなさんと共に戦い、Jリーグ・ルヴァン・天皇杯・ACLと全てのタイトルを獲り、また喜びを共に分かち合いたかったのですが、残念ながらレッズからの契約更新はありませんでした」

その中で複数クラブのオファーを受け、最終的に横浜FMを選んだことを明かした。

「サッカー選手として次に進む道を考えなければいけない中、複数のクラブのお話の中から横浜F・マリノスの一員として共に戦うことを決めました。僕は、サッカーが好きです。体が動かないと自覚するそのときまで僕はサッカーをやっていたい。1パーセントの妥協なくサッカー選手として日本一に向かって全力でプレーするのみだとそのとき決意しました」

最後に「1人でも多くの人たちと夢をみるすばらしさと、実現する喜びを共有できたら嬉しく思います。 本当にこの5年間すばらしい時間をみなさんと歩めたことを幸せに思います。ありがとうございました」と感謝の言葉を記した。

また、李は横浜FMの公式サイトを通じて、新シーズンへ並々ならぬ決意を述べている。

「伝統あるチームでプレーできることに自分自身への期待と責任を感じています。監督、GMからの「日本一を獲る」という熱い思いを伺ったとき、過去僕が感じた感動がまた身体を駆け巡るのを感じました。僕にできることは、今まで培ってきた経験をプレーだけではなく、精神面でもチームに還元していくことだと思っています。一ミリの妥協もなく、日々練習に取り組み、試合ではチームの勝利に貢献できるよう、持てる限りの力を発揮していきたいと思います。

夢を持つ素晴らしさと、それを実現する大きな喜び、マリノスに携わる全ての方々と共に感動したいと、今はその一心でいます。一日も早くマリノスの一員と認められるよう全力で走っていきます。2019シーズンより、「横浜F・マリノス 李忠成」に熱い応援、お願いいたします。熱い応援に全力で応えて行きたいと思います!」

横浜FMは同日に、FW伊藤翔が鹿島アントラーズへ完全移籍すると発表。さらに、ウーゴ・ヴィエイラやオリヴィエ・ブマルの契約満了も決定しており、前線の補強が急務だった。

12/27(木) 12:17 GOAL
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181227-00010011-goal-socc

横浜 李忠成の獲得決定的!FW補強が急務で白羽の矢 20試合3得点 

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1: 2018/12/26(水) 07:33:51.93 _USER9
横浜が来季新戦力として浦和の元日本代表FW李忠成(33)を獲得することが25日、確実となった。
複数の関係者によれば、この日までに条件面などで合意し、近日中にも正式発表される。
今季チーム得点王のウーゴ・ヴィエイラが契約満了、伊藤翔も鹿島への移籍が決定的な状況となり、FW補強は急務だった。

今季の李は出場20試合3得点も大半が途中出場。
季初先発となった最終節のFC東京戦では2得点と気を吐き、J1通算291戦70得点の決定力を見せつけた。
ピッチ外でも「座禅」に取り組むなど、さまざまなことに挑戦する向上心は若手に好影響を与えそうだ。
日本代表としては11年アジア杯決勝で決めた左足のボレー弾が有名。
ルヴァン杯では16年にMVPに輝き、17年はACLで10戦4得点と大舞台での強さも特長だ。頼れるレフティーがトリコロールの一員に加わる。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181226-00000011-spnannex-socc
12/26(水) 6:00配信

https://soccer.yahoo.co.jp/jleague/players/detail/400530/122
成績

<ラグビーW杯>Jリーグに影響!横浜M、大分も最長2か月使えず/秩父宮ラグビー場使用の可能性浮上 

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1: 2018/12/13(木) 05:43:33.47 _USER9
ラグビーの聖地として知られる秩父宮ラグビー場(東京・港区)で、1964年の東京五輪以来55年ぶりにサッカーの試合が行われる可能性が12日、浮上した。J1・F東京が来季のルヴァン杯で使用することを検討しており、すでにJリーグと共に現地調査も実施。本拠地の味の素スタジアム(東京・調布市)が、19年のラグビーW杯に向けた大規模改修工事を行っており、平日に使用できないことから候補に浮上。Jリーグが行われれば史上初めてとなる。

 Jリーグが来年のラグビーW杯によって受ける影響は大きい。同W杯の12会場のうち、8会場がJクラブの本拠地。F東京の味スタでは開幕戦を含む最多8試合、横浜Mの日産スタジアムでは7試合、来季からJ1に昇格する大分の大分銀行ドームで5試合が開催される。会場によっては最長2か月使えず、今季のリーグ戦に照らし合わせると、7、8試合に相当する。

 Jリーグの規約では、第4章55条1項で「同一大会でアウェーゲームが3試合以上連続しないこと」と定められており、敵地では2試合連続までしかできず、大会期間中もホーム開催が求められる。だがリーグも来季は規定通りに運営することは厳しいと理解しており、特例として条件を緩和することを検討中。11年には東日本大震災による節電を考慮し、照明を1500ルクスから1000ルクスに緩和した例もある。20年には東京五輪も控える。来季はリーグを円滑に進めるためにも、サッカー界だけでなくスポーツ界全体で協力し合う必要がある。(F東京担当・井上 信太郎)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181212-00000258-sph-spo



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