Samurai Goal

柳沢敦


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「急にボールが来たので」 柳沢敦、『QBK』について「1年以上そう言われていたことは知らなかった」 

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1: 2020/05/11(月) 16:10:45.95
<サッカー、あのときの一言~11>

「急にボールが来たので」。06年6月18日。W杯ドイツ大会1次リーグ第2戦のクロアチア戦でそれは起こった。後半6分。FW柳沢敦がDF加地亮からの右クロスをゴール前で右足アウトサイドで合わせた。相手GKは加地につられゴールは無人。だが、シュートは右に外れ、試合は0-0のドローに終わった。

試合後、柳沢は「うまくいかなかった。インサイドで蹴れば、また違った結果になったかも」と振り返り、言った。「急にボールがきたので」。あの時、加地のクロスはシュート性の強いもの。サッカー関係者には「サッカーを知っている人だったら難しいプレー」と語る人もいた。だが、舞台はW杯。それも1次リーグ第1戦で敗れていた日本にとって絶対に落とせない試合だった。インターネット上の掲示板では言葉の頭文字をつなげ「Q(急に)B(ボールが)K(来た)」と表現されるなど、ファンの脳裏にも残るシーンとなった。

大会直後は「W杯のことは振り返りたくない過去のことです」と口を閉ざした柳沢だったが、時間がたつにつれてあの場面に触れるようにもなった。この言葉については「そう言ったかは記憶にないんだよね。まあ言ったから、そう出てるんだろうけど」と振り返り、「QBK」については「1年以上そう言われていたことは知らなかった。(ネットは)あまり見ないようにしてた部分もある。見たくなかった」と話した。

17年にはJリーグの企画に登場し、当時の日本代表監督だったジーコ氏にあの場面を謝罪したこともあった。ジーコ氏は「謝ることは何もないよ。ああいうことは、サッカーにはつきものだから」と優しく返した。忘れられがちだが、あの時、柳沢は大会直前の練習で右太もも裏に軽い肉離れを負い、急ピッチで調整していた。同年3月には右足小指を骨折しており、メンバー入りもギリギリ。ジーコ氏もそれはわかっており「果たして間に合うかどうかという状況だったけど、ヤナギは精神力でリカバリーして、間に合わせてくれた。だから、こっちが感謝したいくらいだよ」と語った。そして、後輩選手たちにその経験を伝えるよう付け加えた。

現在、柳沢は古巣鹿島のユースチームのコーチを務めている。ジーコ氏の言葉にもあるように、きっといつの日か、同じ舞台で後輩たちがその悔しさを晴らしてくれるだろう。


5/11(月) 16:00配信

日刊スポーツ
https://news.yahoo.co.jp/articles/0b6a96243dfa5b709069c98b3ac51fa2fa01164f

日本史上最高レベルの「パスを呼び込む才能」 日韓W杯では“身体能力”もエグかった 

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1: 2020/05/10(日) 03:19:29.24
【歴代名手の“私的”技術論|No.2】柳沢敦(元日本代表FW):日韓W杯を見返して驚かされた“上手さ”だけではない能力
2002年の日韓ワールドカップを戦ったFW柳沢敦【写真:Getty Images】

2002年日韓ワールドカップの日本代表の試合を見直してみた。といっても数年前のことなのだが、日本が初めて出場した1998年フランス大会から順番に見返していった。

3戦全敗だった98年大会のチームは、なかなか技巧的だった。中田英寿、名波浩、山口素弘のMFトリオが上手い。FWへクサビを入れ、レイオフしたボールをサイドへ散らす攻撃は、ハマると鮮やかだった。

4年間をワープして02年、初戦のベルギー戦(2-2)を見て驚いてしまった。

4年前にあった技巧的なパスワークは影も形もなく、パスは3本とつながらない。中盤をすっ飛ばしてのFWへのロングボールばかり。まるでヨーロッパ下部リーグの試合のようではないか。こんなんだったっけ?

この試合は現地で見ている。その時も少し蹴りすぎだとは思っていたが、こんなに酷い内容だったとは当時は感じていなかった。あれから20年近く経過しているし、98年から02年までの過程を飛ばして見たからだろう。
日本とベルギーはともにグループリーグを突破してベスト16へ進んでいる。どちらも弱いチームではなかった。

ロングボールばかりのラフな展開と感じたのは、4年間でサッカーが変化していたからである。

フランス大会では中田英が、ドリブルでスペースを突き進む姿が何度も見られた。グイグイ持ち出していく推進力は素晴らしかったのだが、4年後のベルギー戦ではそんなプレーはほとんど見られなかった。
中田英が劣化したのではなく、4年間でサッカーが変化していたのだ。ドリブルで突き進むようなスペースがない。やろうとしても奪われるか、ファウルで潰されるか。陣形はコンパクトになり、中盤のスペースはなくなり、試合の基調が潰し合いになっていた。

互いにコンパクトで密集した中盤をつなぐのは難しい。そこでトップへのロングボールを多用していたわけだ。思い返せば、フィリップ・トルシエ監督は最初からそのつもりでチームを作っている。

「10~15秒の攻防が200回あるのが現代のサッカーだ」(トルシエ監督)

ガンガンぶつかり合って、ボールを奪ったら可能な限り直接的に相手ゴールへ向かう、いわゆるダイレクトプレー志向がはっきりしていた。
トルシエがかなり極端な戦術志向の持ち主だったのは確かだが、当時のサッカー自体が全体にそんな感じだったのだ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/11c831315d397edde026eb92d41c144a7e01110c
5/9(土) 20:10配信

柳沢敦、「自宅でうどん作り」動画紹介に「ラーメン作れ!」の声が殺到の“理由” 

1: 2020/04/23(木) 06:50:27.78
元サッカー日本代表で現在はJリーグ鹿島アントラーズのユースチームでコーチを務めている柳沢敦が、鹿島アントラーズのユーチューブ公式チャンネルで、自宅での過ごし方を明かした。

柳沢といえば、かつて06年のドイツW杯で決定機を逃した際の「急にボールが来たので」発言がそれを略した「QBK」という言葉でいじられてしまった苦い過去も思い出してしまうが、そんな彼は自宅で何をしているのか。
意外に思うかもしれないが、なんと家族でうどん作りにトライしてみたのだという。
残念ながら上手に作ることはできなかったが、次はそば作りにも挑戦してみたいと話している。

これに対して「なんでラーメンを作らないのか」「そこはラーメンだろ!」と厳しいツッコミがネットに上げられることとなった。なぜラーメンなのか。

「このツッコミには思わず笑ってしまいました。とても愛のある指摘だと思います。
彼のことをよく知っていないとできません。というのも、柳沢のお父さんは富山でラーメン店を営んでいたからです。
ラーメン店の息子が同じ麺類で、ライバルのうどんやそばを作っちゃいかんだろ、ということなんです(笑)」(スポーツ紙記者)

柳沢のお父さんが経営していたのは、富山県にある「8番らーめん大泉店」。
現在は別の人に経営を譲っている。

「8番らーめんは北陸地方を中心に展開しているラーメンチェーンで、当地ではとても有名です。人気は野菜がたっぷりと乗った野菜ラーメン。
また、渦巻き模様のナルトの代わりに、『8』と描かれたかまぼこが乗っています。北陸に行ったら必ず食べるというファンも少なくありません」(フードライター)

柳沢にとってラーメンは大切な思い出のはずなのだ。

「今の彼にとって富山の頃のことはどうでもいいのかもしれません。富山出身のスーパースターとして県民からもてはやされた柳沢ですが、QBK騒動やコーチになってからの不貞騒動ですっかり評判を落としてしまいました。
何でも富山県民にとってサッカー選手といったら今や柳沢ではなく、中田英寿なんだとか。
中田は現在、日本酒のPR役をしていて、富山の酒蔵に足繁く通っているそうです。そのため中田のほうが支持されていると聞きました」(週刊誌記者)

中田と柳沢といえば、シドニー五輪代表チームのエースとして注目を集めたライバル同士。
不仲が伝えられたこともある相手に今さら“負けてしまう”とは、柳沢も思っていなかったに違いない。

https://news.livedoor.com/article/detail/18161532/
2020年4月23日 5時59分 アサ芸プラス

https://www.youtube.com/watch?v=h6CXsXJyswg


【鹿島アントラーズ】柳沢敦ユースコーチよりメッセージ?現役時代のゴールとともに~

https://www.youtube.com/watch?v=v5Bz6n1gX8k


柳沢敦伝説 ~henagi~ QBK

https://www.youtube.com/watch?v=20lp_h_YYGs


柳沢敦チャント

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https://i.ytimg.com/vi/ZgK3vY6DtlE/hqdefault.jpg
https://i1.wp.com/news.happy-affiliate.com/wp-content/uploads/2014/12/QBK-%E6%9F%B3%E6%B2%A2%E6%A6.jpg
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https://beauty-hokuriku.com/wp-content/uploads/2014/08/IMG_3476.jpg
https://livedoor.blogimg.jp/petronius_toyama/imgs/4/c/4ccce99a.jpg

<元日本代表FW柳沢敦氏>家族でうどん作り挑戦明かす「各ご家庭でいろいろな工夫を」 

1: 2020/04/19(日) 18:56:46.74
鹿島は19日、公式ツイッターなどでユースでコーチを務める元日本代表FW柳沢敦氏のメッセージ動画を配信した。

柳沢コーチは「家にいる時間が長くなるかと思います。我が家では、僕が前からやってみたかったうどん作りを家族でトライしてみました。

味はうまくいかなかったですが、今度はそば作りにもチャレンジしてみたいです」と“おうち時間”を有効に使っていることを明かし、
「まだまだ先が見えない中、不安もあると思いますが、各ご家庭で、いろいろな工夫をしながらコロナウイルスに勝てるようにみんなで頑張っていきましょう」と訴えた。

柳沢コーチは1996年~2005年途中、06年途中から07年まで鹿島でプレー。J1通算371試合に出場し108得点を挙げた。

4/19(日) 18:42配信 スポーツ報知
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200419-04190106-sph-socc

写真
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元日本代表FW柳沢敦氏のメッセージ動画
https://www.youtube.com/watch?v=h6CXsXJyswg&feature=youtu.be


元日本代表の「柳沢敦」さんの子煩悩っぷりが話題!美人妻の投稿に「近況が知りたかった」ファン歓喜  

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1: Egg ★ 2019/04/23(火) 13:44:29.68 ID:v6GU9kqD9
元サッカー日本代表の柳沢敦さん。高校生時代から超高校生級のプレイヤーと言われ大人気。Jリーグの13チームから声がかかり、その中から鹿島アントラーズへ加入しセリエAに移籍した経験も。

引退後は鹿島アントラーズのコーチに就任しています(2018年コーチを辞任)。またプライベートでは2003年にモデルの小畑由香里さんと結婚、2010年に第1子の男の子、2012年に第2子の女の子が誕生し子宝にも恵まれました。そんな美男美女夫婦のプライベートをちょっぴり覗いてみることに!

柳沢さんの近況がアップされるたびにファン歓喜
「今日は海へ」との小畑さんのインスタには、水着姿の子どもたち2人を連れて後ろを歩く柳沢さんのバックショット。他のインスタには「子ども達の夏休みにパパも一緒に旅行なんて初めて!思い切りenjoyします!」とも綴っており小畑さんも嬉しそう。

また、3枚目にはお兄ちゃんが妹さんの手をつなぐショットもアップされ兄妹仲の良さにもほっこりさせられます。柳沢さんが大きなパパの背中で浮き輪の穴に入りながら歩く姿も楽しんでいる様子が伝わってきますね。「ヤナギくんが元気そうで嬉しい♡」「お兄ちゃん優しいですね♡」「兄妹ショットすごく素敵」とのコメントも寄せられ、家族仲もとってもよさそうでファンも一安心した様子。

「今日は娘の幼稚園バザー!年長さんはお茶を習っているのでお手並み拝見」とのインスタには柳沢さんと正面に座っている娘さんの横顔ツーショット。綺麗な正座姿で、上手にお点前頂戴できたようで小畑さんも満足気。柳沢さんも見た目がサマになっていてさすがの元サッカー選手、センスの良さを感じます。

「娘ちゃんかわいい♡パパさん元気そうでよかったです」「ヤナさんの近況が知りたかったのでアップ有難うございました」と、柳沢さんの写真をアップする度にファンから「ありがとうございます」の声が殺到し、柳沢さんがファンから愛されているのも伺えますね。

2人の子どもを支える小畑さんはスーパーママ
「娘ちゃん昨日からお泊まり保育へ。入れ替わるように息子の親友がお泊りに。 朝からサッカーや野球、プールまでして、お昼はピザ作り」とのインスタには、息子くんとお友達がおうちでピザを作っているショット。真っ黒に焼けた息子くんの肌はサッカーもやっているとのことで、将来はサッカー選手!?と勝手に期待。また「偉い!!偉すぎる~~!!本当いいお母さんですねー」「めっちゃ喜ぶやつ!ゆかりちゃんもママ業お疲れ様です♡」と小畑さんの休みなく育児を頑張るママパワーに尊敬の声も多数。

また、娘さんの6歳の誕生会には、豪華に飾り付けられた部屋で嬉しそうに娘さんが立っている写真をアップ。メルヘンテイストがたっぷり詰まった誕生会には「母の愛を感じます♡」との声も寄せられていました。この日小畑さんは娘さんに「産まれてきてくれてありがとう♡」と伝えたとのことで、美しくて強いだけでなく優しいママの顔も覗かせていました。

「しばらく実家へ預けていたバンビ嬢♡」とのインスタには小畑さんとワンちゃんとのどっちも可愛すぎるツーショットをアップ。小畑さんは14歳でモデルとしてデビューし、39歳の今も現役で活躍中。現役だけあってその美しさには見惚れるばかり。

「由香里ちゃん JJの頃からずっと好きです。変わらずに、可愛くて綺麗でいつまでも憧れです」との声も寄せられ、小畑さんの衰え知らずの美貌は日々の生活が充実してるからなのでしょうね。さらに「ヤナさんには、もう13年くらい前に練習後に帰るのをひたすら待ち、子供たちと写メを撮っていただきました。いつも変わらず笑顔でサインに応じて頂き、嬉しかったです」との声が柳沢さんには届き、夫婦共々長年ファンから憧れられる存在に。

柳沢さんは現在は家庭を守っているようにも見え、紆余曲折も家族の絆で乗り越えてきた2人の今後も応援していきたいですね。

4/23(火) 12:03配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190423-00000012-mnet-ent

鹿島・柳沢コーチが辞任!不倫の代償はデカ過ぎた!? 

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1 2018/06/08(金) 15:45:05.73 _USER9
6/8(金) 15:32配信
 鹿島アントラーズは8日、5日付の規律違反で自宅謹慎処分中の柳沢敦コーチから辞任の申し出があり、それを受理したことを発表した。

 4日の不倫報道を受けて、クラブは翌5日に柳沢コーチの自宅謹慎処分を発表。「2018年4月6日、J1第6節湘南戦の前日、遠征先のホテルにてチームに無断で第三者と会っていたため。一部週刊誌報道を受けて本人へ事情聴取を行い、規律違反を認めたため、処分を下した」と説明していた。試合前日、鹿島サポーター女性との密会が週刊誌に報じられていた。

 コーチを辞任する柳沢氏はクラブを通じてコメントを発表し、「今回の規律違反は、コーチの立場として許される行為ではありません。クラブに関わる様々な方々へご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございません。チームを離れることになりますが、今後も鹿島アントラーズの勝利を心から祈っています」と陳謝した。

 また、庄野洋代表取締役社長は 「この度、クラブとしてトップチームに関わる規律違反が発生したことを、重く受け止めております。今後、同様の事案が発生しないよう、再発防止の徹底に努めてまいります」とコメントを発表している。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180608-01654783-gekisaka-socc

ゲス不倫で“謹慎処分決定”鹿島・柳沢が規律違反を認める!!『急に・僕が・謹慎処分』 

キャプチャ
1 2018/06/05(火) 11:14:17.54 _USER9
http://www.so-net.ne.jp/antlers/news/release/65795

柳沢コーチへの処分について
2018年06月05日(火)

標記の通り、弊クラブ所属、柳沢敦コーチの規律違反に対する処分を決定しましたので、お知らせいたします。

■処分内容
規律違反による自宅謹慎処分(期間は未定)

■処分の理由
2018年4月6日、J1第6節湘南戦の前日、遠征先のホテルにてチームに無断で第三者と会っていたため。
一部週刊誌報道を受けて本人へ事情聴取を行い、規律違反を認めたため、処分を下した。

鹿島コーチ・柳沢に“不倫疑惑!?”「急に美人が来たの?」と揶揄されるww 

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1 2018/06/04(月) 21:08:14.45 _USER9
元サッカー日本代表・柳沢敦、美人サポーターと不倫&発覚したそれ以上の衝撃

週刊女性2018年6月19日号
2018/6/4

 夜の街で見つけたその男の顔は、ほんの数時間前に所属チームが敗戦したとは思えないほどに綻んでいた。
現役時代のようなジャージ素材のラフな服に身を包んだ男は、渋谷区道玄坂のホテルに消えた。
時刻は深夜0時過ぎ。妻と2人の子どもは、今ごろ自宅のベッドの上だろう……。

梨花との交際を経て、モデル妻と結婚

「どうにも女の影がある。妻子ある身ながら、ときおり茨城県からわざわざ東京に出向いて密会している」

 元サッカー日本代表・柳沢敦についてそんな“警告”を耳にしたのは、今年の初め。
彼は現在、現役時代に活躍した茨城県鹿嶋市が本拠地の鹿島アントラーズでコーチを務めている。
20年来、鹿島を応援する女性は、

「昔から遊んでいたほうだけど、いまでも奥さんの目の届かない地方での
試合のタイミングなどに女性と会ってるってウワサをよく聞きますね」

 確かに彼は現役時代、ピッチの上だけでなく、その外でも数多くの“ゴール”を決めてきたことでも知られる。

「よく知られているのが梨花さんとの熱愛。交際していた'99年当時、
外出禁止にもかかわらず日本代表の合宿から抜け出して密会していたことが発覚し一時、代表をはずされました」(芸能レポーター)


http://www.jprime.jp/articles/-/12513
14年限りで現役を引退、現在は古巣の鹿島でコーチを務める柳沢
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サッカー選手のお嫁さんの理想は柳沢敦の嫁さん!!? 

659: 名無しさん 2016/07/03(日) 07:21:04.55 ID:zYEl0nBl0
モデル=チャラい
アナウンサー=真面目
なんだこの公式

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引退試合後のセレモニーでのゴン中山“QBK”言及あいさつに柳沢は感謝「ゴンさんの優しさを感じた」 

1: 名無しのSamurai
中山“QBK”言及あいさつに柳沢は感謝「ゴンさんの優しさを感じた」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150705-00772046-gekisaka-socc
[7.5 ENCORE 合同引退試合 ANTLERS LEGENDS 5-2 KAY FRIENDS カシマ]

 試合後のセレモニー。3選手それぞれにゆかりのある先輩がメッセージを送った。柳沢敦と対峙した中山雅史が話し始めたのは、今まで誰もが触れ辛かったあの一件についてだった。

「みなさんの記憶にも残っていると思うのですけど、2006年のW杯、クロアチア戦ですよね。あのアウトサイド、分かります。(自分も)下手だからこそ分かります。その前に2001年のイタリア戦でのアウトサイドでのゴールがあったからあそこでアウトサイドで行ったのかなという思いが強いです。その選択、間違ってなかったと思います」

 2006年6月18日、W杯のグループリーグ第2戦のクロアチア戦。当時、FW高原直泰とともに押しも押されぬ日本の両エースとして君臨していた柳沢はもちろん先発メンバーに名を連ねていた。しかし、その試合で“事件”は起こった。

 後半6分、右サイドのDF加地亮からゴール前でフリーになっていた柳沢にボールが渡る。しかし、柳沢が選択した右足アウトサイドでのシュートは枠を大きく外れた。試合後の「急にボールが来たので」という発言がネット上などで一人歩きし、頭文字から「QBK」と揶揄され続けることになった。

 セレモニーまで話すことを決めていなかったという中山。「正直、言うべきかどうか迷った」と複雑な思いがあったことを明かす。それでも話すことに決めたのは、中山自身も1998年W杯のクロアチア戦で決定機を決めきれず、苦しい思いを経験したことで、柳沢の一番の理解者だと感じていたからだった。「失礼になってなければいいのですが」と最後まで気遣った中山。「ヤナギは僕以上の思いを持って現役生活を続けてきたと思う。だから敢えて言わせてもらった」と後輩の労をねぎらった。

 ただ、その思いは柳沢にもしっかり届いていた。しばらく考えたあと、「ゴンさんの言葉は私にとっては有難い言葉だった」と話し始めた柳沢。「僕がいくら言っても解消できない、納得させられない部分をゴンさんが代弁してくれた。優しさを感じた言葉だった。たまに自分でも自虐ネタにすることもある。でもやっぱり周りの人たちが想像以上に気を使ってくれている。こういう場でゴンさんが言ってくれたことで、角が取れればいい。前に進めていなかったわけではないが、一つ、ステップが上がれたかなと思う」。そう話した柳沢の表情は清々しかった。

ゲキサカ 7月5日(日)19時22分配信
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