Samurai Goal

本山雅志


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本山「現役続けるかやめるか迷っている」 来季J2の北九州から戦力外通告 

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1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/12/31(火) 08:22:57.69 ID:mFIW8gen9
 来季J2に昇格するギラヴァンツ北九州から戦力外通告された北九州市出身の元日本代表MF本山雅志(40)が
30日、Jリーグクラブから獲得の打診を受けていることを明かした。
「じっくり考えたい」と体を動かしながら来年まで結論を持ち越す考えだ。

 具体的なクラブ名や数は明かさなかったが「地元に帰ってきてサッカーをやれた喜びがあるので、現役を続けるかやめるか迷っている」
と揺れる胸中を明かした。

2016年にJ1鹿島から北九州へ移籍。今季は故障が多かったこともあり、出場機会はなかったが、
現在は完調に近いという。
30日は福岡県宗像市のグローバルアリーナで行った「新春初夢サッカー大会」で、福岡県内の小学生らとの試合でプレーした。 (末継智章)

■五輪候補福田も参加「地元背負う存在に」

 U-22(22歳以下)日本代表の福田(G大阪)=北九州市出身=が東京五輪出場への思いを新たにした。
大会を主催するG大阪の宮原コーチらの指導を受け、今季はJ1初得点をマークするなど成長。
24~28日の同代表合宿(長崎)に初招集された。
東福岡高の先輩でもある宮原や本山らとプレーした福田は「いつかは地元を背負う存在になりたい。代表に入り続ける」と誓った。

12/31(火) 8:02配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191231-00010005-nishispo-socc

<小野、稲本、遠藤、小笠原…>世界準優勝から20年...黄金世代とはなんだったのか?  

1: Egg ★ 2019/04/22(月) 09:17:49.47 ID:1Vxq/zCG9
 小野伸二をはじめ、稲本潤一、遠藤保仁、小笠原満男、中田浩二、高原直泰、本山雅志らきわめて個性的で質の高い選手がこの世代に集まった。奇跡としか言いようがない。

 彼らが中学生だった時代にJリーグが開幕し、プロという目標はできたが、サッカーの素地はそれ以前に形成されている。みな、育った地域も環境もチームもバラバラだ。指導者レベルもいまほど高くはなく、指導方針もそれぞれのチームの監督次第だった。彼らはそれぞれの場所で純粋培養されて育ってきたのだ。

 それが個性となり、お互いの違いが武器になった。現在のように指導が画一的で、個性がスポイルされる時代には、彼らのような強烈な個性と高い能力の持ち主が一堂に会するという奇跡は起こりにくくなっている。彼らは日本中に放牧されたなかから集められた「天然の一級素材」だったのだ。

 黄金世代が、その名を日本サッカー界やファンに轟かせたのは、1999年のナイジェリア・ワールドユースである。FIFA主催の世界大会で日本は史上初となる準優勝に輝いた。

 この「準優勝」という結果が黄金世代のスタートになった。

 もし、彼らがベスト8くらいで終わっていれば、「優秀な選手が揃った世代だった」というレベルの評価に終わり、それほど注目もされていなかっただろう。だが、決勝に進出し、世界と互角に戦ったことで彼らは高く評価され、世間の注目を浴び、多くのひとに見られることでさらに成長していった。下の世代の選手には、「あの舞台に立ちたい」と思わせるモチベーションを生んだ。そして、ファンには「日本サッカーは捨てたもんじゃない」と今後への期待を膨らませてくれた。

 これが非常に大きかった。


 この前年、フランス・ワールドカップに初出場した日本代表はグループリーグで3連敗を喫し、世界がとんでもなく遠いことを選手もファンもメディアも思い知らされた。その結果、ワールドカップ前に大きく膨らんだ期待はあっという間に萎み、世界との差に日本サッカー界は打ちひしがれていた。そんななか、世代別カテゴリーとはいえ、若き精鋭たちが世界の強豪を打ち負かし、決勝にまで進出したのだ。その偉業は98年の悪夢から日本を目覚めさせ、選手たちは「俺たちでもやれるんだ」と自信を取り戻し、2002年日韓ワールドカップに向けて大きな希望の灯をともした。

 黄金世代が日本サッカー界のV字回復、その着火剤となったのだ。
 現在に至る日本人選手の海外移籍の流れを作ったのも、彼らだった。

 最近では前回のU-20ワールドカップで堂安律が活躍し、オランダへの移籍が決まったが、99年のワールドユース後は大会のベスト11に小野と本山が入ったのにもかかわらず、誰ひとりとして海外移籍が実現しなかった。当時は、中田英寿がセリエAでプレーしていたが、日本代表のトップの選手しか海を渡れなかったのだ。それほど海外移籍は狭き門だったのである。

 小野たちが海外に行くまでナイジェリアから2年間の時間を要している。

 彼らはスポンサー枠や客寄せパンダではなく、個々の力を評価され、しかも有名クラブへの移籍を実現させた。小野はオランダの強豪フェイエノールト、稲本はプレミアリーグのビッククラブであるアーセナル、高原はアルゼンチンの強豪ボカ・ジュニオルスである。その後、中田浩二、小笠原満男らも欧州に渡った。

 小野は、その技術の高さと独特のセンスで入団1年目から活躍し、UEFAカップで優勝、その後もオランダやドイツで活躍した。アーセナルでの稲本は1試合も出場できずに苦しんだが、02年日韓ワールドカップで活躍してフルアムへの移籍を勝ち取り、約9年間、海外でプレーした。

そうした彼らの活躍と努力の跡に海外への道が開かれ、その後、長谷部誠、本田圭佑、香川真司、長友佑都、岡崎慎司らが海外移籍へのチャンスを掴んだ。いま、若い選手たちが比較的容易に海外へ飛び出していけるのは、自らの実力もあるが、小野たちが作った道でもあるといっても過言ではない。

2019年4月20日 18時9分サッカーダイジェスト
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/16346760/

写真
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【画像】鹿島の本山はなんで変なパーマにしたのwww 

851: U-名無しさん@実況はサッカーch 2013/02/07(木) 14:03:32.70 ID:p2rDwM6O0
本山なんで変なパーマにしたの
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