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「最悪のプレー」「信じられない愚行」 19歳FWイ・ガンインの“3度蹴り退場”を韓国も批判「マナーまで酷評」 

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ディ・マリア妻が激白「マンチェスターは最悪の場所。食事もひどい」 

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1: 2020/05/10(日) 22:04:38.27
 現在はパリSGに在籍するFWアンヘル・ディ・マリアの妻であるホルヘリナ・カルドーソさんが『ロサンゼルス・デ・ラ・マニャーナ』の取材に対し、マンチェスター・ユナイテッド在籍時の不平不満を語っている。『ESPN』が伝えた。

 ディ・マリアはレアル・マドリーに在籍していた2014年夏、当時のプレミアリーグ最高額となる5970万ポンドの移籍金でマンチェスター・Uに加入した。伝統の背番号7を任されたが、リーグ戦27試合での成績は3得点。わずか1シーズンでパリSG移籍となり、不遇のシーズンを過ごした。

「アンヘルがやってきて、『マンチェスター・Uからオファーが来た。これで金銭的にも少し安心できるかもしれない』と言っていたのを思い出すわ」。そのように移籍を前向きに捉えていたというディ・マリアだったが、裏腹に不満を抱えていたというカルドーソさん。在籍当時を次のように振り返った。

「ひどかった。マンチェスターは最悪の場所。マンチェスターのすべてがひどかったの。実際、アンヘルとはそのことで何度も喧嘩したわ。私たちはもともとマドリーに住んでいて、アンヘルは私からすると世界最高のチームであるレアル・マドリーでプレーしていた。私たちは完璧だったし、天気も最高。食事も最高だった。そしたら突然、彼がマンチェスターからオファーがあったと言ってきた。私は彼に『とんでもない。一人で行ってきて』と言ったんだけど、彼は『いや、一緒に行こう』と答えたの」。

 同じアルゼンチン出身のFWセルヒオ・アグエロ家族もマンチェスターに住んでいたが、彼らも助けにはならなかったという。移籍以前にアグエロ宅を訪ねていたカルドーソさんは「彼の家に行ったあと、私たちは『またね皆さん。ここを離れるわ』という感じだった。私たちが帰るとき、彼は『どこの国でも行けばいい。イングランドを除いてね』と言っていた。だけど1年後、私たちはイングランドにいた」と皮肉たっぷりに述べた。

 また周囲の人間関係についても「あそこの人々は顔が青白くて、いやに上品ぶっていて、変なひとたちばかり。通りを歩いていて、殺されるかどうかもわからない。食事もひどい。女の子はみんなおめかしをしていて、髪をお団子にしてメイクをしていないのは私だけだった」とカルドーソさん。ディ・マリアがイギリスに戻る未来はなさそうだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200507-43480112-gekisaka-socc

マラドーナは人としては、私が見てきた中でも最悪なひとり。でも選手としては史上最高 

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1: 2020/04/26(日) 20:14:14.16
「私は試合前に退場にできた…」マラドーナは酷かった! 30年前のW杯決勝で笛を吹いたメキシコ人主審が訴える

◆国歌斉唱中にスタンドからの罵声を耳にし…

30年の時を経て、メキシコ人審判が大スターへの不満をぶちまけた。

新型コロナウイルスの影響で、各国リーグが中断や打ち切りを余儀なくされている。
そんななか、インタビュー取材を受ける選手や監督、関係者が増えている。
元レフェリーのエルガルド・コデサル氏もそのひとりだ。

80年代から90年代にかけて国際大会で笛を吹いた名レフェリーが、ウルグアイのラジオ局『Radio1010』で訴えたのは、自身がジャッジした1990年のイタリア・ワールドカップ決勝におけるアルゼンチン代表MFディエゴ・マラドーナの傍若無人な振る舞いだ。

1986年のメキシコ大会に続いて西ドイツとのファイナルに挑んだアルゼンチン。
コデサル氏はこの時、連覇に挑むセレステ・イ・ブランコ(アルゼンチンの愛称)の大黒柱だったマラドーナに目を凝らし続けていたという。
そして、問題行動を目にする。国歌斉唱中にスタンドからの罵声を耳にしたマラドーナがあろうことか中指を突き立てたのだ。

それでも「ファイナルを台無しにできなかった」というコデサル氏は、こう回想した。

「驚いたよ。ただ、私は冷静になるように彼を落ち着かせ、彼自身が何者かを説明した。
マラドーナは世界最高の選手のひとりだったが、それを理解していなかった。規律というものを知らなかったんだ。

あの時、私は彼を試合前に退場にしたかもしれない。
さらに試合中に私がペドロ・モンソンを退場させた時には、私に近づいてきたマラドーナが、『FIFAの盗人め!』と吐き捨てたんだ。あの行為は退場でもおかしくはなかったと思う」

さらに「人としては、私が見てきた中でも最悪なひとりだ」とマラドーナの人柄を非難しながらも、選手としては偉大だった男を、こう讃えている。

「ピッチ上で見せたプレーや西ドイツの果敢なタックルによってパンパンに腫れあがった彼の膝を見た時に思ったよ。
『この男は史上最高なのだ』とね。彼は完全なるカリスマだったし、選手としては一流で、尊敬と称賛に値するよ」

結局、0-1と西ドイツの前に屈し、アルゼンチンのワールドカップ連覇の夢は潰えた。
だが、「ファイナルを台無しできない」とした氏の"ジャッジ"がなければ、マラドーナは試合前にピッチから去り、世界中で物議を醸す事態になっていたかもしれない。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部
2020年04月26日
https://www.soccerdigestweb.com/news/detail1/id=72291

C・ロナウド「2018年は人生最悪の年だった」  

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1: Egg ★ 2019/08/22(木) 14:27:38.85 ID:4o4ekSA+9
FWクリスティアーノ・ロナウドはレイプ疑惑をかけられたことで名誉を傷つけられ、最悪の年を過ごしたと振り返った。英『スカイ』が伝えている。

 C・ロナウドは2009年にアメリカ・ラスベガスのホテルで性的暴行を加えたとして、被害者であるアメリカ人女性のキャサリン・マヨルガさんから告発されていた。10年には和解に至っていたようだが、被害女性は18年に示談金受け取りを強要されたとして和解無効を主張。ラスベガス警察の捜査は今夏まで続いていたが、結果として証拠不十分で不起訴処分となっていた。

 ポルトガルのテレビ番組『TVI』で、C・ロナウドはこの件に直接触れはしないものの、自身の人生の中でも大きな出来事だったことを明かしている。

「2018年はおそらく僕の中で最悪の年だった。名誉を毀損され、本当に傷ついたよ」

「(疑惑について)気軽に話せることではない。だが名誉を毀損されると、厳しいものになる」

 無罪証明に感謝を語り、今では再び誇りを持てるようになったという。

8/22(木) 12:05配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190822-43470770-gekisaka-socc

バルサの21世紀最悪の選手がロナウジーニョとデコの“泥酔放出事件”を暴露!? 

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