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日韓W杯


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“フラット3の申し子”を襲った悲運…森岡隆三が日韓W杯で抱いた苦悩と感謝【日本代表キャプテンの系譜】 

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<元イタリア代表マルディーニ氏>悪夢の日韓W杯を回想!「あそこではいろんな目に遭った…」 

1: 2020/04/25(土) 10:04:34.05
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2002年日韓W杯に出場したパオロ・マルディーニ氏、クリスティアン・ヴィエリ氏ら

ミランのTD(テクニカルディレクター)を務めるパオロ・マルディーニ氏が、インスタグラム上のライブ配信で元同僚のクリスティアン・ヴィエリ氏と対談し、過去のワールドカップ(W杯)を振り返った。

マルディーニ氏は現役時代、元ミラン主将で監督も務めた経験を持つ偉大な父チェーザレ氏の背中を追うように、ミラノで輝かしいキャリアを築き上げて数々のタイトルを手にしてきた。そんなマルディーニ氏のイタリア代表におけるラストマッチは、2002年日韓W杯の決勝トーナメント1回戦の韓国戦(延長の末、アン・ジョンファンのゴールデンゴールで韓国が2-1で勝利)だった。

エクアドル人審判員バイロン・モレノ氏が裁いたこの一戦では、韓国によるラフプレーが流された一方、イタリアのゴールが取り消されるなどアッズーリに不利な判定が続出。

マルディーニ氏自身も頭部に蹴りを入れられたが見逃された。ミラン幹部は当時を振り返り、「あそこではいろんな目に遭った。ボボ(ヴィエリの愛称)、覚えているか?身分証を携帯していないという理由で、我々をスタジアムに入れないようにしていたしね」と明かした。

また、マルディーニ氏はイタリア代表の勝利に終わった2006年ドイツW杯に言及。自身はすでに代表を引退していたため、タイトルを獲得できなかったことを悔やんだ。

「私は優勝を経験した一方で、逃した優勝カップもたくさんある。2006年W杯は本当に残念だった。(マルチェロ)リッピの下で代表復帰の話があったが、私はすでに(ジョヴァンニ)トラパットーニの時に代表引退を伝えていたのでね。元同僚が優勝するのを見た時は、本当に自分が少し不運であるように感じたよ」

4/24(金) 17:04配信 GOAL
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200424-00010020-goal-socc

日韓W杯の韓国戦は「史上最悪の判定」 スペイン紙が“世紀の誤審”に再脚光「疑惑以上」[4/20] 

1: 2020/04/20(月) 21:50:11.63 _USER
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■度重なる不可解な判定で韓国に敗れたスペイン 「疑惑以上のジャッジパフォーマンス」

 サッカー史上に残る“誤審”の一つとして認知されているのが、2002年日韓ワールドカップ(W杯)準々決勝のスペイン対韓国の一戦だ。スペイン紙は「2002年の日韓W杯でスペインが強盗の被害」と見出しを打ち、優勝候補だった当時のチームの悲劇に再びスポットライトを当てている。

 日韓W杯はブラジルが優勝を収めたが、最もインパクトを残したのはアジア史上初のベスト4進出を成し遂げた韓国だった。一方で、その勝ち上がりの過程のなかでは審判団による不可解な判定が物議を醸した。その一つがベスト16のイタリア戦(2-1)で、優勝候補の一角だったアズーリは不利なジャッジに悩まされ、延長戦では明らかなゴールがオフサイド判定となり、エースFWフランチェスコ・トッティは2枚のイエローカードで退場処分に。バイロン・モレノ主審への買収疑惑も報じられるほどだった。

 さらにもう1試合、“誤審騒動”の被害者となったのが、準々決勝で韓国と対戦したスペインだった。後半3分にFKから、MFルベン・バラハが合わせてネットを揺らすも、不可解なファウルの判定で取り消しに。さらに0-0で突入した延長前半2分にも、右サイドを突破したFWホアキン・サンチェスのクロスからFWフェルナンド・モリエンテスがヘディングシュートを放ちネットを揺らしたが、ホアキンのクロスがゴールラインを割っていたと判定され再びノーゴール。だがリプレーでは全くラインを割っていなかったことが発覚し、波紋を呼んだ。最終的にスペインは、0-0の末に迎えたPK戦で3-5と韓国に敗れている。

 スペイン紙「ムンド・デポルティーボ」は「2002年の日韓W杯でスペインが強盗の被害」と見出しを打ち、日韓W杯でスペインが見舞われた悲劇に再び脚光を当て、「W杯史上最悪の判定」と表現している。

「エジプト人のガマル・ガンドゥール主審による疑惑以上のジャッジパフォーマンスがスペインを追い出した」と指摘。「数年後にガンドゥール氏を直撃したところ、『なぜスペイン人は怒っているんだ?』といまだに理解できずにいた。FIFA運営は判定ミスを認めるも、この試合の主審に高評価を与えていた」と説明している。

 スペインは8年後の2010年南アフリカ大会で悲願のW杯初優勝を達成し、08年欧州選手権制覇から始まった黄金期を確かなものとしたが、スペイン人の中では日韓W杯の歴史的誤審は“負の記憶”として、いつまでも心に刻まれ続けるのかもしれない。(Football ZONE web編集部)

https://news.infoseek.co.jp/article/footballzone_258008/
Football ZONE web 2020年4月20日 19時5分

関連
【国際】「史上最大の強盗」日韓W杯の韓国戦をスペインの選手が非難…韓国ネット「もっと誤審はある」「ホームアドバンテージ」[4/12]
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1586668726/

中国メディア「2002年日韓W杯はなぜ『サッカー史上の恥』と言われるのか。説明しよう」 

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1: ジアンゲラ(愛媛県) [CN] 2020/02/01(土) 19:18:48.99 ID:mMv3dNTf0 BE:135853815-PLT(12000)
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2002年日韓W杯はなぜ「サッカー史上の恥」と言われるのか―中国メディア

2020年1月29日、山東生活網は、2002年のサッカー日韓ワールドカップが「サッカー史上の恥」と称される理由について紹介する記事を掲載した。

記事は、02年W杯についてもともとは日本がホスト国として開催することが基本的に決まっていたものの、
当時国際サッカー連盟(FIFA)副会長を務めていた韓国の鄭夢準(チ〇ン・モンジュン)氏が日本の単独開催に異議を唱え、韓国も開催国候補として名乗りを上げたと紹介。
両国による激しい誘致争いを経て、FIFAは日本と韓国の両方で大会を開催する決定を下したとした。

そして、「史上初めてアジアで開催される大会、そして2カ国がホストを務める大会として大きな意味を持った02年W杯だったが、
多くのサポーターを憤慨させる大会になってしまった」とし、大会の運営にあたり種々の準備不足が露呈したと紹介した。

また、同大会が「史上最低の大会」と揶揄(やゆ)されるもう一つの理由として、「審判がホスト国である韓国をひいきしたことがある」と指摘。
グループステージでポルトガルを破って決勝トーナメント進出を果たした韓国について、トーナメント1回戦のイタリア戦で韓国選手がイタリア選手の頭を故意に蹴るもレッドカードが出ず、
イタリア選手が韓国選手に倒された別のシーンではイタリア選手がシミュレーションの反則を取られ一発退場させられるという事態を引き起こしたと紹介している。

さらに、準々決勝のスペイン戦でもスペインのゴールが無効と判定されたり、0-0で迎えた延長終了間際にスペインが得たコーナーキックを蹴る前に
主審が試合終了の笛を吹いたりといった不可解な判定が相次ぎ、結局PK戦の末にスペインが敗れて韓国がベスト4に進出したと伝えた。

https://www.recordchina.co.jp/b777507-s0-c50-d0135.html

「みっともないことするなよ」日韓W杯で韓国に思ったこと――川淵三郎が語る「反日種族主義」 

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1: シコリアン ★ 2019/12/30(月) 13:12:33.90 ID:rjKoY0zS9
週刊文春 2019年12月19日号
https://bunshun.jp/articles/-/22033
https://bunshun.jp/articles/-/22033?page=2

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◆日韓W杯で「えっ」と驚く経験

 韓国の方々は、対日本となると冷静ではいられない面があるのは事実でしょう。私も日韓ワールドカップ共催のときに「えっ」と驚く経験をしました。

 大会の呼称問題です。本来はアルファベット順で「JAPAN・KOREA」のはずが、韓国側が難色を示した。そこでW杯組織委員長のヨハンソンから「決勝は日本で行う代わりに、韓国・日本の順でもいいか」と打診があり、私たちは受け入れた。だが、鄭夢準(チ〇ンモンジュン)韓国サッカー協会会長は「日本から勝ち取った」と名称のことだけ宣伝した。みっともないことをするんじゃないよ、と思ったものです。

『反日種族主義』の出版には、ことによっては身に危険がふりかかるかもしれず、大変な勇気が必要だったでしょう。でも、歴史認識の誤りを放置しておいたら、韓国は衰退していってしまうのではないか。そう考えた見識ある著者の方々の叫びが本書には詰まっている。日本にとっても、これ程ありがたい歴史書はない。

 私は孫にも渡しました。ぜひ大勢の方に読んで欲しい。100万部、行ってもらいたいね。

ブッフォンが日韓W杯の疑惑のエクアドル人主審を語る「彼には哀れみの気持ちもある」  

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1: ぜかきゆ ★ 2019/10/29(火) 17:47:43.15 ID:tUPUUwkw9
疑惑の判定で敗退

ユヴェントスのGKジャンルイジ・ブッフォンが、イタリアメディア『メディアセット』のTV番組『ティキタカ』に出演した際に、2002年日韓ワールドカップを振り返った。

今夏、パリ・サンジェルマンから1年ぶりにユーヴェに復帰したブッフォンは、1995年にパルマでプロデビューを飾ると、2001年にユヴェントスへ移籍。以降、17年間にわたってトリノでプレーし、数々のタイトルを手にしてきた。イタリア代表としても長年にわたって不動の守護神を務め、2006年ドイツ・W杯を制したほか、EURO2012では準優勝に輝いた。

そんなブッフォンだが、2002年には苦い思いを経験した。守護神ブッフォンを擁するイタリアは、日韓W杯決勝トーナメント1回戦において、ホスト国の韓国と対戦。この試合をエクアドル人審判員バイロン・モレノ氏が裁いた。するとエクアドル人主審は、韓国選手によるラフプレーを見逃す一方、ダミアーノ・トンマージのゴールデンゴールを取り消すなどしてイタリアに不利な判定を続け、この結果、イタリアは延長戦に入った117分、アン・ジョンファンに決勝点を許して敗退が決定。試合の行方を左右する疑惑の判定を繰り返した主審に対し、大会終了後も数多くの批判が浴びせられた。

あれから17年の時を経て、TV番組の司会者は、「モレノのことを思い出すことはないか? 私は思い出してしまう」と切り出した。レギュラー出演する元イタリア代表FWクリスティアン・ヴィエリ氏が即座に首を振る中、ブッフォンは自身の考えを明かした。「いや、思い出すことはない。なぜなら彼は、酷い末路をたどったからね。僕は彼に対して、少し哀れみの気持ちを持つこともできる」と告白。2010年には、約6キロのヘロインを米国へ密輸しようとしてニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港で逮捕されたモレノ氏に対し、余裕の態度を示した。

10/29(火) 17:10配信 GOAL
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191029-00010022-goal-socc



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