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日本代表監督


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中村俊輔に聞く 日本代表監督に興味はあるか?  

1: アブナイおっさん ★ 2019/11/09(土) 21:12:45.07 ID:ek3W3M0P9
中村俊輔
「カテゴリーがJ2になった時点で、『落ちている』というふうに思う人がいても、それは間違いじゃない。
僕自身でそれを実感することも確かにある。まだまだうまくなりたいし、
環境が変われば、新しいものを身に着けなくちゃいけない。
自分の身体も確実に変わっているからそれに応じたプレー選択も必要になってくる。
そういう意味での進化を求めているし、進化しなくちゃいけないと考えている」

「ここまで長くやったら、いろんなことをまだまだ体験したいなと思っている。J3まで行ってもいい。
カスカスになるまでやりたいと思っているんです。

なかには、自分のプレーが落ちているのを周囲に見られたくないと思う人もいるだろうし、
いい印象のままで引退するほうが、キレイだし、引退後の仕事にもいい影響があるかもしれないし、
実際そういうふうに言ってもらったこともある。でも、とことん見てみたいというふうに今は考えている。

現役選手でしか味わえないことだから。
そういう時間を過ごすことが、選手をやめたあとにプラスになるんじゃないかなと思うから。
それと、やっぱりうまくなりたいんです。
僕はもっとできる、もっとできるという想いはあるし、自分にしかできないプレーというのをまだまだ発見したいから」

・最後に、選手に限らず、サッカーに携わる人間としての目標を聞いた。「日本代表監督に興味はあるか?」と。

中村俊輔
「それはもちろんやってみたい仕事ですよね。だけど、やりたいからってできるものじゃない仕事だという認識は強く持っている。
運や巡り合わせもあるし、なにより、指導者として結果を残さないと就けない仕事だから。

自分がワールドカップで輝けなかったぶん、もっとできたんじゃないかと思うぶん、選手としては1勝もできなかったから。
監督じゃないにしてもあのチームに関われたり、自分が関わった選手にはワールドカップで勝利を味わってもらいたい。

代表、ワールドカップというのがひとつのモチベーションになるとは思う。
だけど、指導者としては、チームのカテゴリーに関係なく、『あの監督のもとでプレーしたから成長できた』とか
『あの監督とやったから、考え方がこんなふうに変わった』とか、そんなふうに言ってもらえるようになりたい。
指導した選手にはうまくなってほしいし、たくさん勝たせたいという想いが一番です」

横浜Fマリノスを離れることも、そして、これほど長く現役を続けている……
それすら20代の中村にとっては想像できなかったという。
だから、これからの未来も彼の想定外になるかもしれない。

no title

https://blogos.com/article/416340/

日本代表監督「4年契約」長すぎる!1年ずつ3人の監督に任せるのは?トルシエ以外、結果を出せていない現実  

GettyImages-669021084-800x533




1: Egg ★ 2019/03/23(土) 21:54:00.83 ID:sXthjsm99
 1月にアジアカップを終え、初代表組を加えた日本代表が再始動した。

 3月22日、コロンビア戦では初代表の鈴木武蔵をスタメン起用し、アグレッシブに戦ったが0-1で敗れ、厳しい再スタートになった。もう1試合、神戸でボリビア戦(26日)が行われる予定だ。この2試合を含め、2022年W杯カタール大会に向けてチーム作りは静かに進行しているが、監督の選考についてはカタール以降を見据えて今から考えておくべきではないだろうか。

 16日、FIFAの評議会が行われ、2022年W杯カタール大会から出場枠を48か国にすることが検討されたという。そうした改革の姿勢は、昨年W杯ロシア大会でもVARや警告ポイントの導入などで見て取れた。世界のサッカー界は、スピード感を持って新たな取り組みに挑戦し、進化している。

 世界だけではなく、アジアも猛烈なスピードで成長している。

 アジアカップではタイやベトナムの健闘が見られたが、10年前には圧倒的な差をつけていた東南アジアの国々が急激に力をつけてきている。もはや彼らは、ラクな“勝ち点3”ではなくなっている。

「4年間」必要だった20年前

 では、日本は成長の速度を維持し、着実に強くなっているのだろうか。

 W杯ロシア大会で決勝トーナメントに進出し、大会3位になったベルギーを苦しめた。ベスト16で初めてゴール(2得点)を決めるなど少しずつだが進歩している。

 しかし、日本代表の強化のやり方自体は20年前とさほど変わらない。

日本ではチーム作りにじっくりと取り組んでもらうために監督に「4年間」という時間を与えている。しかし、世界やアジアのサッカー界が猛烈なスピードで動いている中、日本は4年契約でのんびり構えていていいのだろうか。93年の「ドーハの悲劇」以降、日本代表監督のチーム作りとその完成度を見てきたが、少なくとも今の時代、4年間という長時間を与えるやり方はそぐわないのではないか。

 20年前は、4年間が必要だった。

 1998年W杯フランス大会に初出場を果たしたものの、日本は世界のサッカー界においては初心者マークのチームだった。カズ、名波浩、中田英寿らがいたものの、まだ世界は日本人選手にとって遠い世界だった。そこで世界を知る外国人監督を招聘し、4年間で戦術を落とし込み、選手を育て、W杯で戦えるチームを作ってもらった。

 だが、今は状況が大きく変化している。

トルシエ以外、W杯で結果を出せていない現実

 多くの日本人選手が海外でプレーするようになり、本田圭佑、香川真司、長友佑都らビッグクラブでプレーする選手も出た。チャンピオンズリーグなどに出場してプレーし、世界を肌で知るようになり、優秀な監督にも触れ、選手の意識が変わった。また、情報は身近になり、世界がものすごいスピードで動いているのを実感できるようになった。20年前と時代背景や状況がまったく異なっている今、監督だけがさしたるチェックポイントもなく、依然として4年間(ザッケローニは2年契約2年延長オプション)を任されているのだ。

 そもそも日本代表を4年間、任された監督はその時間を持て余し、トルシエ以外、W杯で結果を出すことができていない。

3/23(土) 17:00配信 文春オンライン 全文掲載
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190323-00011157-bunshun-spo&p=1

徹底検証!!神戸・リージョ新監督「日本代表監督を狙う」 

1: 2018/09/18(火) 20:00:35.05 _USER9
ヴィッセル神戸の新監督就任が発表されたフアン・マヌエル・リージョ。実際にいつから采配を振るうかは未定とのことながら、日本サッカー界に施す薬として、これ以上のものはない。神戸は、考え得る限りにおいて最高の人物を獲得したと言いたくなる。その選択眼、センスに拍手を送らずにはいられない。

 筆者はこれまで多くの監督に話を聞いた経験がある。サッカー観を触発される監督に、数多く出会ってきた。故ヨハン・クライフはそのひとりになるが、リージョもけっして負けてはいない。

 クライフはスーパースター。現役時代の憧れもあるので、その分ポイントは高くなるが、リージョは14歳のときに選手としての道を断たれたプロ選手経験のない指導者だ。見た目もクライフとは対照的。圧倒的に地味だ。その話には、だからこそ惹きつけられた。

 純粋に話が面白かった。なにより口を突いて出てくる言葉が新鮮だった。ひと言でいえば哲学的。といえば「オシムの言葉」を連想するが、サッカー観をくすぐられる言葉という意味では、リージョの方が勝る気がする。こちらより年下(52歳)なのに言葉に含蓄がある。つい、オシムと同じぐらいの年配者から話を聞かされているような錯覚に陥るのだ。

 新たな視点、概念を提供してくれるので、サッカーの奥の深さを伝えられたようで、サッカーへの興味はさらに膨らむ。日本の指導者からまず聞くことはできない類の話が、次々と飛び出してくるのだった。

 リージョは監督時代、年上の選手からこう言われたことがあったそうだ。

「あなたは1000年ぐらいプレーしてきたような知識を持っていますね。これまで指導を受けてきたプロ選手経験のある監督より、あなたから学んだことの方が断然多い」

 リージョが監督になったのはなんと15歳。21歳のときに、スペイン代表クラスの37歳の選手を指導した経験もあるという。

 さらに言えば、29歳でサラマンカの監督として、スペイン1部リーグの監督最年少記録を樹立(1995-96シーズン)。根っからの監督という、特異な経歴の持ち主なのだ。

 こちらが最初にその存在を知ったのは、1996-97のスペインリーグ開幕戦、オビエド対バルセロナ戦だ。このときリージョはオビエドの監督で、年齢は30歳。一方、バルサの監督はボビー・ロブソンで63歳だった。最年少監督対最年長監督の戦いとして話題を呼んだ一戦だった。

 面白かったのは試合後の記者会見だ。こちらの耳を捉えて放さなかったのは最年長監督の言葉ではなく、最年少監督の方だった。フアン・マヌエル・リージョの名前が刻まれたのはその時だった。そのひな壇の片隅で、ボビー・ロブソンの通訳をしていたジョゼ・モウリーニョ(当時33歳)も、忘れることができないが……。

 リージョをひと言でいうならば「ジョゼップ・グアルディオラが師と仰ぐスペインの戦術家」だ。神戸入りを伝える報道にも、例外なくそのフレーズが用いられていたが、その起源は、実はこのオビエド戦にある。当時25歳だったグアルディオラは試合後、オビエド監督のもとに駆け寄り、こう述べたという。

「あなたはなんでこんなサッカーができるのか」

 オビエドはこの試合、2-4で敗れたが、好感を抱かせるサッカーをした。面白さ、いいサッカー度でバルサを上回っていた。2人は、この試合を機に親密な関係に発展していったという。

つづく

9/18(火) 18:01配信 スポルティーバ
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180918-00010009-sportiva-socc

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