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引退


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<元コスタリカ代表GK>「日本で引退したい。帰化もいい」衝撃受けた“日本文化”とは?「ゴミ箱が…」 

1: 2020/03/27(金) 00:38:37.44
FC琉球に所属する元コスタリカ代表GKダニー・カルバハルは、今季でJリーグ3シーズン目を迎えているなか、今では「日本で引退したい。帰化もいい」と語るほど日本に魅せられているようだ。「日本に恋した」守護神は、衝撃を受けたという日本文化について明かしている。コロンビアメディア「Columbia Deportiva」が報じた。

【写真】「日本で引退したい。帰化もいい」 琉球の元コスタリカ代表GKカルバハル、沖縄で愛妻との私服オフショット

 現在31歳のカルバハルは、母国コスタリカのクラブを渡り歩き、2017-18シーズンにはスペイン2部アルバセテ・バロンピエでプレー。コスタリカ代表としても4キャップを刻んだ守護神は、2018年に徳島ヴォルティスに加入して7試合に出場した一方、同年夏に水戸ホーリーホックへ移籍した。2019年から琉球に在籍し、昨季は30試合出場とフル稼働し、今季も活躍が期待されている。

 来日3年目のカルバハルに注目したのがコロンビアメディア「Columbia Deportiva」だ。記事では「守護神はスペインを経て、日本に恋した。彼は日本で引退し、語学も学ぶつもりだと語っている」と記しており、本人が語った“日本エピソード”と紹介している。

 カルバハルは日本で生活するなか、様々な発見をしたようだ。日本では“常識”ながら、海外から見れば驚く文化も少なくない。その一つが「タクシーが着いた時、ドアを開けてくれる」というものだったようだ。また「お金を直接手渡ししない。トレーにお金を乗せて、手袋をはめた人がそれを受取り、お釣りを渡す」という点にも触れている。

数年後に「日本で引退」プラン 「日本語を書いたり、読んだりする勉強をしている」

 とりわけカルバハルの印象に強く残ったのは、街中のゴミ箱だという。「例えば、日本には外のゴミ箱が少ない。1人1人がゴミを処理し、リサイクルしやすいように明確になっている。ゴミの処理やリサイクルが勝手にできないようになっている」と語っている。海外では大型のゴミ箱を設置してなんでも入れてしまう国もあれば、至るところにゴミ箱を置いてある国もあるなど千差万別だが、カルバハルは日本のゴミ箱事情に心を打たれたようだ。

 2021年12月まで契約があるというカルバハルは、日本での引退を切望している。「今、日本語を書いたり、読んだりする勉強をしている。日本に滞在し、日本で引退したい。帰化して、その機会を上手く活用するのもいい。4、5年後に日本で引退したいと思っている」と今後のプランを明かした。

 現在Jリーグ戦は一時中断されているが、再開後にカルバハルは気迫みなぎるプレーを見せてくれそうだ。

3/26(木) 7:30配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200326-00253541-soccermzw-socc

写真
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引退したサッカー選手ってどんな仕事してるの? 

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1: 2020/03/05(木) 22:45:43.86 0
コーチだって席は限られてるでしょ

元スペイン代表GKカシージャスの現役引退が決定!スペインサッカー連盟会長選への出馬を認める 

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1: 久太郎 ★ 2020/02/17(月) 23:41:11.67 ID:4HqMLNb+9
ポルトに所属する元スペイン代表GKイケル・カシージャス(38)が、スペインサッカー連盟(RFEF)の会長選に出馬する意向を発表。それに伴い、現役を引退することが正式に決定した。

2019年6月に心臓発作を起こし、それ以降ポルトのスタッフとして活動してきたカシージャスは、常々噂されてきた2020年に行われるRFEF会長選への出馬を表明。SNSを通じて「ああ、僕はRFEFが会長選を実施する際、候補に名乗りを挙げる。みんなで一緒に、連盟を世界最高であるスペイン・フットボールの高みまで押し上げよう」とのメッセージを記した。

カシージャスのこの決定は、華やかに彩られた選手としてのキャリアに終止符を打つことも意味する。同選手は「僕のクラブ、ポルトの会長に決断を伝えたよ。クラブには深い感謝の意を示すことしかできない」との言葉で、現役時代の最後のクラブとなったポルトへの謝意を表している。

カシージャスは1990年にレアル・マドリーの下部組織に入団し、1999年にトップチームでデビューを果たした。それから2015年まで在籍した同クラブではサン(聖)・イケルと崇められ、合計721試合に出場して5回のリーガ・エスパニョーラ、2回のコパ・デル・レイ、3回のチャンピオンズリーグ優勝などに貢献している。

その後、合計5シーズン(1シーズンはスタッフとして)在籍したポルトでは156試合に出場して1回のプリメイラ・リーガ優勝を経験。スペイン代表としては153試合に出場し、EURO2008、南アフリカ・ワールドカップ、EURO2012の優勝を達成するなど同代表チームの黄金時代を支えた。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200217-00010034-goal-socc

<イニエスタ>母国イベントで明言!「神戸で引退したい」とコメント。日本で選手としての人生を全うする 

1: Egg ★ 2020/01/10(金) 07:20:20.62 ID:mH14b+zs9
天皇杯で初優勝を飾ったヴィッセル神戸の元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタはスペインで束の間の休暇を過ごしており、バルセロナ市内のショッピングモールで行われたイベントに参加した。そこで行われた記者会見で、「ヴィッセル神戸で引退したい」とコメント。日本で選手としての人生を全うすると宣言した。

 元日に行われた天皇杯決勝の鹿島アントラーズ戦に先発したイニエスタは後半43分までプレーし、巧みにゲームを組み立てて2-0での勝利に貢献。神戸に初タイトルをもたらすとともに、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)の出場権を獲得した。

 シーズン最後に栄冠を勝ち取ったイニエスタはスペインに帰郷し、束の間の休暇を過ごしている。そんななか、バルセロナ市内のショッピングモールで行われたイベントに参加。そこで行われた記者会見でイニエスタは、元同僚のシャビ監督が率いるアル・サッドとACLで対戦する可能性について聞かれ、天皇杯優勝後にシャビ監督と話したことを明かした。

「天皇杯決勝後に話したよ。ACLの出場権を得られるとは思ってもいなかったけど、この冒険がどうなるか見ていてほしい。ACLに出場できるのは素晴らしい出来事。彼にとっても素晴らしいことになることを願っているよ」

 続けて、シャビが引退して監督業を始めたことを受け、イニエスタは自身の今後について語っている。

「ヴィッセル神戸で引退したい。(契約の切れる)1年後、もう1年現役を続ける力が残っているかは分からない。その後、指導者の道へと進むというのは魅力的だ。バルサにはいつか戻りたいと思っている。なぜなら、バルサは僕の人生だからだ。ただ、今はまず選手としての最大限を出し切りたいね」

 現行の契約は2020年シーズンいっぱいまでとなっているイニエスタだが、神戸で現役引退する意思を改めて明言。世界屈指の名手は、そう遠くない未来にJリーグでそのキャリアを終えることになりそうだ。

1/10(金) 6:01配信 フットボールゾーン
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200110-00239940-soccermzw-socc

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元日本代表DF菊地直哉が現役引退…「皆様にはたくさんのご迷惑ご心配をおかけしてしまいました。申し訳ありません..」 

1: Egg ★ 2019/12/30(月) 19:15:18.11 ID:4Tqfoosy9
アビスパ福岡は30日、元日本代表DF菊地直哉(35)の現役引退を発表した。

2010年に日本代表デビューを果たした菊地は、2003年に清水商業高校からジュビロ磐田入団後、アルビレックス新潟、イェーナ(ドイツ)、大分トリニータ、サガン鳥栖、北海道コンサドーレ札幌を渡り歩き、今年から福岡でプレー。今シーズンは明治安田生命J2リーグ10試合に出場した

Jリーグキャリア通算成績はJ1リーグ通算237試合7得点、J2リーグ62試合。11月26日に契約満了による今シーズン終了後の退団が発表されていた菊池は、引退決断を受け、クラブ公式サイトを通じて次のようにコメントしている。

「2019シーズンでプロサッカー選手を引退する決断をしました。たくさんのチームでサポート、応援してもらい幸せな17年間になりました。そして、全てチームのチームメイト、スタッフ、サポーター、スポンサー様、サッカー関係者者の皆様にはたくさんのご迷惑、ご心配をおかけしてしまいました。申し訳ありませんでした」

「そんな自分に、たくさんの方からサポートを頂き、プロサッカー選手として活動させてもらいました。ありがとうございました。感謝してもしきれません。ファン、サポーターの方が試合を楽しみにして、ユニホームを着てスタジアムに続々と集まる光景。スタジアムに向かうバスから見るのが毎試合楽しみで、自分は幸せだなと感じていました」

「サッカーを通じ色んな事を感じ、学ばさせてもらいました。たくさんの素晴らしいチームメイト、仲間にも出逢わせてもらいました。これからもサッカーという競技と皆様に感謝の心を持ちながら、サッカーに携わらせてもらいたいと思っています! 17年間たくさん応援ありがとうございました。これからも菊地直哉をよろしくお願いします」

12/30(月) 18:20配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191230-00367304-usoccer-socc

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神戸DF那須大亮が現役引退を発表…プロ生活と引退の理由を自身のYouTubeで語る  

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1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/12/16(月) 16:58:59.33 ID:8HMPkTDb9
ヴィッセル神戸は16日、DF那須大亮が今季限りで現役を引退することを発表した。

那須は駒澤大学在学時の2001年に横浜F・マリノスでプロキャリアをスタート。
その後は東京V、磐田、柏、浦和を渡り歩いて2018年に神戸に加入。2004年のアテネオリンピックではU-23日本代表のキャプテンとして出場した
闘志溢れるディフェンスと、DFながら高い得点力を誇り、浦和時代の2013年には9得点を記録している。今シーズンはここまで公式戦は3試合の出場となっていた。

YouTuberとしても精力的に活動する那須は自身のチャンネルを更新し、引退に際してコメントを発表。
所属した各クラブへの感謝を述べると共に、「18年を思い返せば長いようで短かった現役生活だったと思います。
18年間100%で走り続けてこられたのも、数えきれないほどたくさんの方々に支えられて、たくさんの方々の思いが自分を支えてくれた」とメッセージを残した。

動画内では引退の理由についても触れており、「数年前にヘディングをした時に脳が揺れる現象が起きた」ことが引退を考えるきっかけになっていたという。
練習の中でも同様の症状に悩まされた中、同僚であるダビド・ビジャの引退セレモニーを見た際に
「100%走り続けたサッカー人生だったのに、100%やれていない自分に気づかされました。
それでも18年間走りづつけた選手としての情熱もあったので、なかなか諦めきれなかった」と葛藤を語っている。

天皇杯を残している神戸だが、那須は「あと2試合残っています。僕の最後の使命はヴィッセル神戸で天皇杯を優勝して、みんなで喜びを分かち合うことだと思います。
みんなで優勝しましょう」と意気込んだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191216-01009569-soccerk-socc
12/16(月) 11:34配信

https://www.youtube.com/watch?v=mpzCsqJ0ExA


ヴィッセル神戸 那須大亮 重大発表

https://soccer.yahoo.co.jp/jleague/players/detail/4424/136

DF那須 大亮
フリガナナス ダイスケ
背番号2
身長/体重180cm/77kg
生年月日1981年10月10日
出身地鹿児島
血液型O
所属チーム名枕崎中-鹿児島実業高-駒澤大-横浜F・マリノス-東京ヴェルディ-ジュビロ磐田-柏レイソル-浦和レッズ

松木里菜「私の膝の軟骨を移植出来ないのかと」Jリーガー夫の壮絶なケガとの闘い、引退に思いつづる  

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1: 久太郎 ★ 2019/12/14(土) 17:27:02.64 ID:t1qQvmwH9
「チューリッヒ」のテレビCMなどで知られるタレントの松木里菜(35)が14日、自身のブログを更新。今季限りでの現役引退を発表したJリーガーの夫、MF谷口博之(34=鳥栖)へ思いをつづった。

 谷口が川崎Fに在籍していた2009年4月に結婚し、同年8月に誕生した10歳の長男を筆頭に1男2女に恵まれた2人。

 「引退。」のタイトルでブログを更新した松木は「『俺、誰かのためにサッカーを頑張りたいって思ったの生まれて初めてだ』結婚する前に旦那さんが言ってくれた言葉です」と恋人時代に谷口から言われた言葉を明かし「その言葉が私の中の根っことなり結婚をする時に彼のサッカー人生の裏方として影で支えられるよう全力で頑張ろうと心に決めました」と仕事をセーブして家庭に専念することを決めた当時を振り返り「私のわがままを聞き入りれ受け入れてくださった事務所にもチューリッヒ自動車保険様にも本当に感謝しております」とまずは感謝の言葉をつづった。

 そして、膝の手術を4度も受けるなどケガとの闘いが続いた夫のサッカー人生に触れ、捻挫などでは絶対に言わないという「痛い」という言葉を夫がこの2年間は何度か口にしていたことを明かした。「私の『痛い』とは次元の違う痛み。術後何カ月も腫れる膝を見るたびにかわいそうで私の膝の軟骨を移植出来ないのかと何度か言ってみましたがそんなことできず…膝の傷や軟骨にいいと言われる食事をなるべく作る事しかできなくて私ももどかしい日々でした」と夫婦でともに闘った毎日をつづった。

 「『今シーズンで引退しようと思う。』と正式に報告を受けた時最初は、もう少し待ったら?これから良くなるかもよ!?なんてつい言ってしまいましたが唇に力を入れ『…痛いんだよね。100%の力が出せないのに選手ではいられないから』と膝をさすりながら言った彼に、もうそれ以上は言えませんでした」と松木。

 「ステージは変わりますが、今は新しい生活に家族でワクワクしています!これからも変わらず家族で頑張っていきますのでどうぞ宜しくお願い致します」と家族5人で撮った写真を添付して最後まで最愛の夫を労っていた。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191214-00000167-spnannex-socc

<セルジオ越後>現役引退を発表した闘莉王に「同じ日系人としても、闘莉王には心からお疲れさまと言いたい」  

1: Egg ★ 2019/12/12(木) 19:15:59.71 ID:tRJS0Fet9
元日本代表DFの闘莉王(J2京都・38歳)が現役引退を発表した。会見には日本代表で長く共にプレーした先輩の楢崎と中澤が駆けつけていたけど、あの3人のトライアングルは最強だったなと思い出すと同時に、ひとつの時代が終わったと感じた。

なんか寂しくなったね。ひとりのサッカー関係者としてはもちろん、同じ日系ブラジル人としても、心からお疲れさまと言いたい。

16歳でブラジルを離れ、渋谷幕張高校(千葉)にサッカー留学したのが始まり。そこから広島、水戸、浦和、名古屋、京都と渡り歩き、J1、J2通算529試合に出場。主にセンターバックとしてプレーしながら104得点という規格外の数字を残した。

あらためて同じブラジル出身の僕から言えることは、言葉も生活習慣も何もかも違う国からひとりでやって来て、よくこれだけ長く一線でプレーし、たくさんの成功を収めたなということ。

僕もひとりで日本に来たからよくわかるけど、最初は本当に大変。日系人といっても日本語を読めない。話せない。だからコミュニケーションを取れない。そして、食事には納豆など生まれて初めて見るものが次々と出てくる。だから誰でも一度はホームシックになる。

しかも彼は10代で来日しているわけだからね。今ほどネットも普及していなかったし、家族ともなかなか連絡を取れなかっただろう。そのストレスは相当なものだったと想像する。

サッカーでも苦労は多かったはず。高校卒業後に入団した広島では外国人枠の影響で出場機会に恵まれなかった。でも、期限付き移籍したJ2の水戸で注目を集め、さらに日本国籍を取得したことが飛躍につながった。

その後の活躍はあらためて言うまでもないけど、浦和でも名古屋でもチームにJリーグ初優勝をもたらし、日本代表では南アフリカW杯で前述の楢崎、中澤と共に鉄壁の守備を築き、初の決勝トーナメント進出の原動力となった。大したものだよ。

ラモスや呂比須、三都主らこれまで多くのブラジル人選手が日本国籍を取得してきたけど、そのなかで最も華やかな成績を残したといっていい。

闘莉王はヘディングが強く、正確なロングパスも蹴れる、優れたセンターバックだ。でも、ご存じのように彼の最大の持ち味は「絶対に勝つ」という気持ち。浦和でも名古屋でも日本代表でも、そういう熱いものをチームにもたらした。

ただ、ドゥンガのような強烈なリーダーシップでチームを鼓舞する一方、時にそれが行きすぎることもあった。大事な試合ともなれば、審判や相手チームの選手はもちろん、チームメイトや監督にも文句を言う。相手にリードされれば、ポジションや布陣を無視してどんどん攻め上がる。負ければサポーターと言い合いをして、悔し涙を流すこともあった。

それでも彼が仲間やサポーターから認められ、愛されたのは、チームのためにいつも全身全霊で戦っていたから。そういう選手は貴重だし、日本人の心をがっちりつかんだ。

これから彼がどういう道に進むのかはわからないけど、まずはブラジルに帰ってゆっくりと休んで、家族との時間を増やし、親孝行をしてほしい。そして、再びサッカーの虫が騒いだら、指導者ライセンスを取ってJリーグで監督をするのもいいんじゃないかな。熱い闘莉王イズムを植えつけたチームがあったら面白いと思うよ。

12/12(木) 6:20配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191212-01103120-playboyz-socc

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引退語るも「丸く」はなってない!本田圭佑「僕の生き方を見て判断して」  

1: 豆次郎 ★ 2019/12/12(木) 01:30:07.18 ID:Sx2GvSaN9
12/12(木) 0:01配信
Number Web
引退語るも「丸く」はなってない!本田圭佑「僕の生き方を見て判断して」


 “終焉”を意識しているのだろうか。

 本田圭佑は、「引退」という言葉を口にした。


 「引退に向かっているし、当然ながら死にも向かっている」

 12月8日、すっかり陽は短くなり、木の葉も落ちて、初冬の気配が漂うオランダ、アーネムの街――。

 エールディビジ第16節、対フェイエノールト戦。自信を失っているチーム同士の試合で、本田は、0-0のまま迎えた81分から途中出場した。センターFWのティム・マタフス、10番のリーシェドリー・バズール、そして6分早くピッチに入ったジェイ=ロット・グロットのアタッカー陣をサポートすべく、金髪の背番号33は精力的に動く。

「『チームのバランス』だと思います」

 この33歳のベテランは、「チームのバランス」を見極め、一歩退き、積極的に“引き立て役”を担った。

 「見ての通り中盤が分断されていたので、ティムがまだプレーしていて、ジェイが僕より前に試合に出ているわけですから、僕が入って僕が得点だけ狙いにいったらどうなるか。明らかですよね。後はバズールも典型的なやりたいようにやるタイプなので、じゃあ僕が入って僕もやりたいようにやっていいのか、という話になってくる。『チームのバランス』だと思います」

 そのスタイルは、かつて2部に落ちたVVVフェンロで、髪を金色に染め上げ、試合前に吐き気を催しながらゴールを量産していた11年前とは、まるで異なるものだ。

 「今21歳で、これからオランダでキャリアを刻むんやったら、中盤を放棄して、得点だけを狙いに行きますけど、さすがにそういう立ち回りは10年前とは変わっているわけで。

 中盤が分断されているということを、気にかけないわけにはいかない年齢で、経験値を持っています。オランダでプレーしている他の日本人選手とは立場が明らかに違うから、当然そういう役回りになりますよね」

東京五輪世代と本田の立場の違いとは?

 「オランダでプレーしている他の日本人選手」――つまりPSVアイントホーフェン所属の堂安律、FCフローニンゲン所属の板倉滉、PECズウォーレ所属の中山雄太、そしてAZアルクマール所属の菅原由勢、FCトゥエンテ所属の中村敬斗といった選手たちは、「これからオランダでキャリアを刻む」、または現在進行形で刻んでいる最中の選手たちだ。

 そういった東京五輪世代と、今の本田は「立場が明らかに違う」。

 オランダにやってきたばかりの頃は黒髪だった日本人の青年は、'09年にキャプテンマークを巻いてフェンロを2部優勝に導き、MVPに輝き、市庁舎のバルコニーで雄叫びを上げると、ファンと喜びを分かち合った。それからおよそ10年の月日をかけて、CSKAモスクワ、ACミラン、CFパチューカ、メルボルン・ビクトリー……文字通り世界各国のクラブを渡り歩いていった。その間、日本代表の一員として戦ったW杯では、栄光も挫折も味わった。他に類を見ない濃密な時間の中で、青々とした果実は、金色に熟していった。

 そして、冒険が一巡したかのように、本田は再びオランダに辿り着く。

 気付けば33歳になり、すっかりベテランのサッカー選手になっていた。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191212-00841774-number-socc
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サッカー元日本代表の栗原が引退 J1横浜M一筋18年   

20191202-00000002-kyodonews-000-8-view[1]




1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/12/02(月) 02:27:00.76 ID:fJTmmHWT9
J1で首位に立つ横浜Mの元日本代表DF栗原勇蔵(36)が今季限りで引退することが1日、関係者の話で分かった。
15年ぶりのJ1優勝を懸けた2位FC東京との最終節(7日・日産スタジアム)が現役最終戦となる。

横浜市出身の栗原は下部組織から2002年にトップチームに昇格。
クラブ一筋でプロ18年を過ごし、今季はここまでリーグ戦出場がなかった。
引退後はスタッフで残留を打診されており、多様な役割をこなす新設ポストに就く見通し。

跳躍力とスピードに恵まれた身長184センチのセンターバックで、空中戦や球際で力を発揮した。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191202-00000002-kyodonews-socc
12/2(月) 2:00配信

https://soccer.yahoo.co.jp/jleague/players/detail/3932/124
成績

DF栗原 勇蔵
フリガナクリハラ ユウゾウ
背番号4
身長/体重184cm/80kg
生年月日1983年9月18日
出身地神奈川
血液型A
所属チーム名原FC-横浜マリノスJrユース-横浜F・マリノスユース



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