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川島永嗣


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今季は一度も公式戦に出られない苦境のGK川島永嗣(ストラスブール)36歳の今も「うまくなりたい」  

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1: Egg ★ 2019/04/20(土) 10:50:57.82 ID:O3D08TDO9
【代表欧州組 直撃行脚】(20)

 川島永嗣(ストラスブール・36)

 ◇  ◇  ◇

2018年限りで川口能活(現U―17日本代表GKコーチ)、楢崎正剛(現名古屋CSF)の偉大なGKがそろって現役を退いた。彼らとともに日の丸を背負った川島永嗣は
「あれだけ人を感動させ続けられた選手のプレーが見られなくなる悲しみは大きい」と寂寥感を覚えつつ、彼らの残したものを引き継いでいく覚悟だ。

■川口、楢崎の引退に「泣きました」

98年フランスから4大会連続でW杯に出場した川口と楢崎。日本サッカー界に君臨した2大守護神に真っ向から挑んでいったのが川島である。

「永嗣は野心があふれまくっていた。名古屋での20年間で、激しくポジション争いをしたという感覚を唯一、抱いたのが永嗣」と楢崎も述懐したが、闘争心を先輩2人にぶつけたからこそ、10年南アフリカW杯から3度の世界舞台に立つことができたのだろう。

「能活さんの引退をニュースで知った時は、すごいショックでした。ナラさんからは年明け早々にメールで連絡をもらいましたけど、正直、泣きました(苦笑い)。僕はずっと2人の背中を追いかけてきたから」と川島は神妙な面持ちで言った。

とりわけ名古屋時代の3年間は、楢崎を超えるための挑戦の日々だった。

「ナラさんを超えない限りは試合に出られないし代表入りして海外に行く夢も果たせないと思っていた。ホントに<最大の関門>でした。GK論なんか一度も交わしたことはないし、いつも隣で一挙手一投足を見ていた。圧倒的に技術が高くて、
『なんであんなプレーができるんだろう』と感心することばかりでした。当時のナラさんは27歳だったけど、僕は35歳になって、あの頃の彼に少し近づけたかなと思えるくらいですよ」と偉大な先輩に敬意を表する。
その2人に追いつけ、追い越せという思いが川島の向上心をかき立てた。

ベルギー、スコットランド、フランスで足かけ9年間プレーした。

欧州5大リーグでレギュラーをつかんだ唯一の日本人GKとなった。

今季は一度も公式戦に出られない苦境を味わっているが、前進することをやめるつもりはない。

「16年夏に(フランスの)メスへ行った時には『こんなに高いモチベーションを持った33歳のGKを見たことがない』と驚かれました。日本にはカズ(三浦知良=横浜FC)さんを筆頭に年齢が高くても戦えている選手は何人もいますけど、
欧州の場合は30代になると気力が低下するのも結構多いから。僕は36歳になった今も『うまくなりたい』と思い続けています」 (つづく)

(元川悦子/サッカージャーナリスト)

日刊ゲンダイDIGITAL / 2019年4月19日 9時26分
https://news.infoseek.co.jp/article/gendainet_536680/

元日本代表GK川島永嗣、今季出場ゼロの苦悩吐露!「ベンチにすら…」「日々もがいている」  

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1: Egg ★ 2019/03/15(金) 10:08:18.28 ID:GYe3xbHQ9
■昨夏に仏1部ストラスブールへ移籍 今季出場がない現状について心境明かす

フランス1部ストラスブールの元日本代表GK川島永嗣が自身の公式ブログを更新し、公式戦出場から遠ざかる現在の心境について綴り、「日々もがいている」「どんな状況においても、ただただ前に進み続けたい」と明かしている。

 大宮アルディージャでプロキャリアをスタートさせた川島は、名古屋グランパスエイト、川崎フロンターレを経て2010年にベルギーのリールセへ移籍。その後は同国のスタンダール・リエージュを経て、スコットランドのダンディー・ユナイテッドに在籍し、2016年から2シーズンにわたってフランスのメスでプレーした。

 2018年夏からストラスブールに籍を置いているなか、川島は14日の自身のブログを更新。「ヨーロッパの生活ももう9年目。9年目になるもなると、空気感で季節が変わるのを感じるようになると、自分もこっちに来てからいろんなものを経験してきたのだな、と感じさせられる」としみじみとした心境を記している。

 その一方、今季はいまだ公式戦の出場がなく、「先週末のLyon戦で約2ヶ月ぶりにベンチに入った。GKというのはつくづく難しいポジションだ」と言及。さらに自身の置かれた状況を冷静に見つめながら、次のように振り返っている。

「ポジションは1つしかないし、そのポジションは頻繁に変わることはない。12月、年末にはベンチに入る回数が増えてきたことで、少しずつだけど、状況を変えられているという自信があった。でも年が明けると、カップ戦以外はベンチにすら入れない日々が続いていた」

目標はベンチ入りではなく出場 「この状況において自分にできるのかを考え抜いている」

 昨夏のロシア・ワールドカップでは正GKとして日本代表のベスト16に貢献した川島だが、新天地でもがき苦しんでいた。今の心境をこう吐露している。

「日々もがいている。1日1日、何か変えられるのではないかと思ってトレーニングしているし、何がこの状況において自分にできるのかを考え抜いている」

 ベンチ入りの回数が増えている状況をポジティブに受け止めている一方、「ベンチに入るのが自分の目標ではない。でも自分の目標はあくまで試合に出ること、そして、より高いレベルのパフォーマンスを出すこと」と強調した。

「どんな状況においても、ただただ前に進み続けたい」

 海外で戦い続ける守護神は、地道に出場機会を狙いながら努力を続けていく構えだ

3/15(金) 8:01配信 フットボールゾーン
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190315-00176300-soccermzw-socc

<「日本人は無理」と言われたフランスで守備選手が通用する理由>GK川島「十分戦えるようになったのは事実」  

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1: Egg ★ 2019/03/11(月) 20:27:14.52 ID:VHtplFMf9
2018年ロシアワールドカップから8カ月。ベスト16入りした日本代表守備陣のうち、川島永嗣(ストラスブール)、酒井宏樹(マルセイユ)、昌子源(トゥールーズ)の3人がプレーするのがフランス・リーグアンだ。川島は今季公式戦出場ゼロと苦しんでいるものの、昨季まで2シーズンを過ごしたメスでは第3GKから絶対的守護神へと上り詰めた実績があるし、酒井と昌子は目下、チームの中心的な役割を担っている。

2010年南アフリカワールドカップ16強の立役者だった松井大輔が初めて同国に赴いた2000年代半ばの頃は、「リーグアンのDFは屈強なフィジカルを誇るアフリカ系選手が中心。小柄でセンの細い日本人にはとてもその役割は務まらない」と言われていた。

 2000年代にフランスに赴いた日本人選手を見ても、ルマンやサンテティエンヌ、グルノーブル、ディジョンと4つのクラブを渡り歩いて一定の評価を受けた松井を筆頭に、当時日本企業が経営参画していたグルノーブルでプレーした大黒将志、伊藤翔、梅崎司もそうだが、あくまでアタッカー系の人材がメインだった。

 例外的に、中田浩二が2002年日韓ワールドカップの日本代表監督だったフィリップ・トルシエ監督との縁でマルセイユへ赴き、同世代の稲本潤一もレンヌでプレーしたことがある。けれども、どちらも大活躍することは叶わなかった。とりわけ中田の方は、トルシエが短期間で解任された後は構想外に近い扱いを受けた。トップチームの練習に参加させてもらえず、希望しないクラブへの移籍を勧告されることもあったようだ。この時代のフランスでは「アジアのDFは使えない」といった蔑視に近い目線も根強かったのではないだろうか。

 あれから10年余りが経過し、リーグアンでアジア枠が設けられるという話が浮上。最大の目的は中国マネーの獲得だと見られるが、この先、本格的に運用が始まれば、日本人にとってもプラスなのは間違いない。2000年代に比べてフランスサッカー界全体がアジアに対する関心を高めているのは事実。日本人選手を取り巻く環境は大きく変わっているのだ。

それに加え、日本人DFのレベルも着実に上がっているのも重要なポイントである。先駆者の川島はこんな見解を示していた。

「日本人選手の質が上がって、フィジカル的にも通用するようになり、リーグアンでも十分戦えるようになったのは事実だと思います。宏樹や源に関して言えば『自分たちはやれる』という自信を持っているのが大きい。宏樹ならドイツ・ブンデスリーガで4シーズンを戦った実績があるし、源にしても鹿島時代にFIFAクラブワールドカップに参戦したリ、ロシアワールドカップも経験して世界トップレベルをよく理解している。そこは間違いなくアドバンテージだと思います」

一部抜粋

3/11(月) 16:00配信 AERA
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190310-00000019-sasahi-socc&p=1

なぜ野球選手はサッカー選手より語学力に劣る?雄星は例外…大谷翔平も、ベンチ内での話し相手はもっぱら通訳 

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1: 2019/01/12(土) 23:52:05.55
「驚くべきことだ」

 マリナーズの菊池雄星(27)が入団会見を英語で行ったことを、同席したディポトGMはこう言って称賛した。サービス監督も「本当に感動した」と絶賛。しかし、これは「日本の野球選手は英語が話せない」という印象が大リーグ全体に浸透していることの裏返しではないか。

 多くの日本人選手の隣には片時も離れずに通訳がいる。大谷翔平(24)にしても、ベンチ内での話し相手は選手より、もっぱら水原通訳だった。

 そんな野球と対照的なのがサッカーだ。

 川島永嗣(35)は日本語以外にイタリア語やフランス語など6カ国語を操り、岡崎慎司(32)は「日本語よりドイツ語の方が堪能」といわれるほどだ。

■システムとモチベーションの違い

なぜここまで差がつくのか。大きな要因は競技の「システムの違い」だ。サッカーは野球に比べ、より密なコミュニケーションが求められるだけでなく、通訳がピッチ上に入れず、直接のやりとりを強いられる。選手同士はもちろん、監督やコーチ、スタッフとの信頼関係を築くためには、ピッチ上だけでなく普段から会話の輪の中に飛び込んでいくことが必要不可欠だ。孤立すればパスが来ない、メンバーから外されるといった“洗礼”を受ける。そこへいくと、野球は通訳がグラウンドへ入ることを許可されている上、ベンチや選手同士の意思疎通はサインが中心。メジャーで英語が話せなくても、起用やプレーそのものに大きな支障はない。

 独協大准教授の中西貴行氏(英語教育学)は言う。

「野球は球種ひとつとっても、ストレートは『ファストボール』、カーブは『ブレーキングボール』。フォアボールも『ウオーク』と違った言い方をする。和製英語が通用しないケースは多い。これらは単語なのですぐに解決できる問題で、通訳が隣で話す言葉に耳を傾ければ自然と身につく。ただ、通訳にベッタリのままではそれもなく、言葉が通じないと英語を話すことを諦めてしまえば、外国人との壁もできてしまいます」

「目標設定の違い」もデカい。

 まずは高校野球の甲子園、そして日本のプロを目指す野球に対し、サッカーは最初から世界を目標にすることが多い。久保建英(17)が10歳からFCバルセロナの下部組織でプレーしたように、国外チームへの門戸が早い段階から広く開かれている。野球はいわゆる「田沢ルール」の壁があり、プロを避けて通りにくいのが現状。高校時代からメジャー挑戦を表明していた大谷も結局、プロで5年間を過ごしたのち渡米した。そんな背景もあって、野球は「活躍すること」より「行くこと」が目標になりがちだ。

「英語の習得や上達の早さは動機づけで差が出ます。海外に行ってどうしたいか、どうなりたいかという明確な目標があれば、モチベーションを高く保っておのずと行動に移し、適応能力も上がってきます。『郷に入っては郷に従え』と、いかにその場の“色”に馴染もうと思えるか。スポーツの場合、難しい文法も必要ないので、比較的やりやすい環境にある。問題は入り口です」(前出の中西氏)

 昨年11月にメジャー志向を明言したDeNAの筒香は、チームメートのロペスと積極的にコミュニケーションを取り、スペイン語は日常会話ができるレベルだ。

 行き着くところは個人の意欲の問題だが、その過程は野球とサッカーで大きな差異があるようなのだ。

2019/01/12 日刊ゲンダイ
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/245243

1 Egg ★ 2019/01/12(土) 08:05:59.30
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1547265952/

“構想外”香川&“苦境”川島の胸中は…森保J未招集2人を直撃!地位奪回を果たすには―。  

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1: 2018/12/27(木) 20:29:15.03 _USER9
2019年1月のアジア杯(UAE)に参戦する日本代表が、8年ぶり5回目の優勝を目指して26日から千葉合宿をスタートさせる。森保一監督(50)は、18年ロシアW杯組のMF香川真司(独ドルトムント)やGK川島永嗣(仏ストラスブール)といった経験豊富な選手を外し、初の公式大会に若手主体で挑む。帰国した2人を成田空港で直撃した。

アジア杯代表23人発表 香川を呼ばなかった森保監督の胸中

 ◇  ◇  ◇

「アジア杯を2度経験した身として言えるのは、楽な試合はひとつもなかったということ。アクシデントも起きるし、審判や雰囲気を含めて簡単な試合はない。試されるものはたくさんある」と語気を強めたのは、この8年間「背番号10」を背負った香川である。日本が4回目のアジア王者に輝いた11年のカタール大会では、準決勝・韓国戦で右足を骨折。15年豪州大会では、PK失敗で8強敗退を強いられた。彼の言葉はやはり重いのだ。

 香川の経験値を活用すべく、森保監督は11月に渡独して直接会談を持ったが、最終的に招集を見送った。それも香川が今季ブンデスリーガ公式戦の出場が、4試合にとどまっているからである。「言うたら構想外。競争したくてもできない状況が続いた。体は万全なのに(戦力と)考えられてないのが屈辱的で練習もロクにできない状況もあった」と本人も欧州9年目にして最悪の扱いを受けたことを明かした。泥沼状態から抜け出すためにも、年明け1月の移籍期間に新天地へ赴く必要があり、憧れの地スペイン行きを熱望している。

「そこ(スペイン)を中心に探しています。自身がイキイキとし、より自我を強調したものを移籍先ではトライしたい。まだまだ成長できると思っているし、次の(22年カタール)W杯まで十分に時間はある。今は純粋にサッカーがしたい」と香川は<所属クラブで出番を得ること>に集中している。それが代表復帰への絶対条件だ。

■どこまでも前向きなGK川島

 川島は、ロシアW杯後に移籍した仏ストラスブールでリーグ戦出場はゼロ。ベンチ入りもわずか4試合。想像以上の苦境にあえいでいる。

「自分は夏の移籍期間の最後に決まったし、すでにチームの骨格ができていたので最初から難しい状態だった。でも少しずつ、地味ながら状況は変わってきている」と本人はどこまでも前向きだ。

 ロシアで壮絶な批判にさらされながら、日本のゴールマウスを守り抜いた強靱な精神力は、依然として健在である。

 川島不在の森保ジャパンでは、東口順昭(G大阪)ら3人のGKが横一線の状態にいる。

「重要なのは、日本人GKが<どれだけ世界レベルで戦っていけるか?>です。一人一人が、その自覚を持つことが大事です」とW杯3大会出場の守護神は後輩にエールを送る。もちろん代表復帰を諦めてはいない。

 地位奪回を果たすには――。19年はクラブでの控え脱出が、何よりも最重要課題になるはずだ。

(サッカージャーナリスト・元川悦子)

2018年12月27日 9時26分
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/15797917/

GK川島永嗣「一つミスすれば厳しく言われるし、いいプレーをすれば1日でヒーロー」  

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1: 2018/12/26(水) 22:49:18.31 _USER9
サッカー日本代表GK川島永嗣(35=ストラスブール)が26日、都内で著書「耐心力 重圧をコントロールする術がある」の発売を記念したスペシャルセミナーを開催し、ワールドカップ(W杯)の秘話などを明かした。

川島はW杯ロシア大会の1次リーグ第2戦・セネガル戦でパンチングミスで失点に絡んだ。そのシーンに「(DFサバリが)完全なフリーだったので強いシュートが来ると。その割にはすごく弱いボールが来た。彼は、マネが見えたのでクロスを出そうか迷ったと思う。強いシュートのイメージが強くなりすぎて」。

予想外の出来事に対応しきれず、パンチングで弾いたボールをFWマネの足に当ててしまった。その失点で、世間の風当たりも強くなった。

川島は「根本的にGKはそういうポジション。一つミスすれば厳しく言われるし、いいプレーをすれば1日でヒーロー。常に隣り合わせ。自分が調子がよくても勝てないこともあるし、自分が良くなくても勝つこともある。本当に、勝敗関係なしに自分が何ができていて、何ができていないかを見つめていないと」と持論を述べた。

セネガル戦の翌日、川島は西野朗前監督と1対1で話す場を設けてもらい「自分への信頼をパフォーマンスに出せていない。申し訳ない」と胸の内を明かした。指揮官に直接、気持ちを打ち明けたことで、胸につっかえていたものがすべてとれた。「後は自分がやるだけ」と前を向くことができたという。

ポーランド戦では好セーブでピンチを救い、指揮官の期待に応えて見せた。W杯ロシア大会は決勝トーナメント1回戦・ベルギー戦でのロスタイムの失点で終戦。W杯での悔しい失点について問われると「セネガル戦とベルギーの最後」と言い切った。

2018年はメス、日本代表、ストラスブールと3チームでプレーした。この1年を「まだまだうまくなるというヒントをもらえた」と総括する。今夏は日本に戻らず、ストラスブールに加入し、欧州でのプレーを続けている。「向こうでやっている中で、やれる感覚がある。その中で挑戦を終わらせたくない。難しさはあるけど、高いところで挑戦する方が成長できるかなと」と説明した。

W杯ロシア大会直前に解任されたハリルホジッチ氏について「リザーブリーグの試合もチェックしていて、常に選手が満足しないようにアドバイスをして、愛情を持って厳しいことを言ってくれた」。ハリルホジッチ氏は現在、同じフランス1部のナントで指揮を執っている。

川島は「メールや留守番電話に伝言を残したのですが、連絡がない」と苦笑し「次、アウェーで対戦があるので、その時に会えるように」と話した。

12/26(水) 22:32 日刊スポーツ
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181226-00429285-nksports-socc

<新天地で出番を待つGK川島永嗣(ストラスブール)>今節に初のベンチ入りを果たす! 

2018-07-02-japan-eiji-kawashima




1: 2018/10/22(月) 11:32:35.49 _USER9
フランス・リーグアンのストラスブールに所属するGK川島永嗣は20日、第10節・モナコ戦(2-1)で今夏加入から初のベンチ入りを果たした。

 川島は21日、自身のインスタグラム(@eijikawashima01)を更新。背番号16のユニフォームの写真とともに「モナコ戦勝利!!」と喜びを語っている。

 2部降格となったメスを退団し、ロシアW杯を経てフリー期間が続いた川島は、8月29日に1年契約でストラスブールに加入。再びリーグアンに戻ってきたものの、リーグ戦6試合でベンチ入りすらできず、苦しい時間が続いていた。

 自身のブログ(http://globalathlete.jp/eiji-kawashima/)によるとリザーブチームで試合に出場しており、19日の更新分のブログでは「試合のリズムが自分の中に戻ってきた」と綴る。

いつでも戦える準備をしているという35歳の日本代表守護神は「とにかく今はいい準備、自分を向上していくための指針、何よりこの挑戦を楽しむという心を忘れずに進んでいきたいと思います」と新天地での意気込みを伝えている

10/22(月) 11:01配信 ゲキサカ
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181022-03324232-gekisaka-socc

GK川島永嗣、10月11日に自著「耐心力」を出版! 重圧に耐える極意を語る... 

1: 2018/10/05(金) 01:29:01.40 _USER9
日本代表として3大会連続でW杯に出場したGK川島永嗣(35)=ストラスブール=が10月11日、「耐心力 重圧をコントロールする術(すべ)がある」(幻冬舎・税抜き1400円)を発売する。

 ロシアW杯からの帰国後にインタビューが行われ、大会を振り返った川島は、涙を流しながら重圧との戦いを告白している。

 また、10年南アフリカ、14年ブラジル、14年ロシアとW杯3大会で日本の守護神としてプレーした川島だが、欧州クラブでの生活は順風満帆ではなかった。特にブラジルW杯後は所属先が決まらず浪人生活も経験。過去にはサポーターに車の窓を割られ、試合中のスタジアムでは前GKの名前を連呼されたこともある。ロシアW杯では1次リーグ初戦コロンビア戦、第2戦セネガル戦のプレーが批判を浴びたが、第3戦ポーランド戦ではチームを救うセーブで日本の2大会ぶりの決勝トーナメント進出に貢献した。

 2010年から日本人GKとして欧州に渡り、何度も訪れた逆境にも耐え続けた川島は今季、フランス1部のストラスブールに所属している。同書では、山あり谷ありのサッカー人生を過ごしてきた川島が実体験を通して身につけた「重圧をコントロールする方法」の極意を語っている。

2018年10月3日 14時5分スポーツ報知
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/15393367/

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川島永嗣が次世代キーパーに物申す!「シュートを止める喜びを感じて」 

1 2018/09/17(月) 12:11:26.09 _USER9
日本代表の守護神としてW杯に3大会連続で出場した川島
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独占インタビュー後編、今振り返るW杯と“まだ見ぬ日本の守護神”に願うこと

サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会で16強入りを果たした日本代表。全4試合にフル出場し、ゴールマウスを守ったのがGK川島永嗣(ストラスブール)だった。

 ティボ・クルトワ(ベルギー)、ジョーダン・ピックフォード(イングランド)ら上位各国には絶対的な守護神が君臨し、GKの存在が脚光を浴びた大会。日本にとって課題となるのは、将来的なGKの裾野拡大だ。少年サッカーでは「やりたい人がいないから」が理由で、背が高い子供がGKを任されることも珍しくない。

 日本代表歴代最多タイのW杯出場11試合を誇る守護神が「THE ANSWER」の独占インタビューに応じ、「『部活と勉強』と7か国語を話すまで」を語った前編に続き、後編ではW杯を振り返るとともに「やりたい子がいない日本のGKと未来」について思いを明かした。

 ◇ ◇ ◇

 日本中が熱狂したロシアW杯。前評判を覆し、16強進出を果たした一方、決勝トーナメント1回戦のベルギー戦では2-0から逆転負けを喫した。川島にとって、3度目の夢舞台はどんな記憶として刻まれたのだろうか。改めて聞いた。

「悔しさを挙げれば、キリがない。それが4年に一度しかないW杯の大きさを意味していると思う。『悔しい』にもいろんな形があるけど、この悔しさは一生、常に持ち続けなければいけない感情。その中でW杯に3回行かせてもらって感じたのは、サッカーが持つスポーツとしての魅力です。

 一つのスポーツで日本はもちろん、世界がこれだけ一つになれるというのはそうあることじゃない。それをピッチの上で、本当の意味で体感させてもらったのは本当に素晴らしい経験になった。そういうスポーツの価値がサッカーを通して広がっていってほしいと思った大会です」

 ロシアで過ごした1か月で一番忘れられない風景を問うと「ベルギー戦で2-0になった瞬間」を挙げた。「今までにない“日本サッカーの先”を見た気がする。今まで代表に関わらせてもらった中でも見たことがない景色でした」と語る。

 しかし、W杯8強という日本サッカーが誰も見たことはない景色は、ベルギーの逆襲によって閉ざされた。近くて遠かった“日本サッカーの先”を一瞬でも見ることができたからこそ、次なる課題も感じている。

「W杯で『ベスト8』『ベスト4』に行くと、口に出すことは分かりやすいし、簡単だけど『ベスト8』『ベスト4』になることの偉大さを改めて感じた大会。偉大なものに挑戦するんだという大きな志をもう一度、持っていかないといけないと思う。今回、W杯を通して見せられた日本人らしさ、日本人だからできることを、世界基準の中で発揮していくことは次につながると思います」

つづく


9/17(月) 10:30配信 the answer
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180917-00037150-theanswer-socc

“守護神”川島永嗣が決して授業中に寝なかったその理由とは? 

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1 2018/09/12(水) 01:38:55.39 _USER9
日本の部活動の在り方を考える「THE ANSWER」の連載「ニッポン部活考論」。
今回のテーマは「部活と文武両道」。登場してくれたのは、サッカー日本代表GK川島永嗣(ストラスブール)だ。

埼玉の浦和東時代は部活はもちろん、勉強も疎かにせず、文武両道を徹底。
大学進学を勧められたほど学業優秀だった。

通常、スポーツ強豪校といえば、選手はスポーツに専念すればいいという風潮もあるが、若き日の川島の考えは一線を画していた。
果たして、なぜ、文武両道を貫いたのか。その裏にあった哲学とは。

そして、プロ入り後はベルギー、スコットランド、フランスと海外リーグを渡り歩き、日本語のほかに英語、フランス語、イタリア語、
スペイン語、オランダ語、ポルトガル語の7か国語を操る。
いかにして、語学を身に着け、日本サッカーの未来を左右する「言葉の壁」について思うこととは。独占インタビューで打ち明けた。

選手権、国体、インターハイと高校サッカー3大大会すべてを経験した浦和東時代。
全国レベルのGKとして「川島永嗣」の名を馳せながら、文武両道を貫いたことはサッカーファンには有名な話。その理由とはいったい、何だったのか。

「『サッカー部だから』と言われるのが嫌だった。サッカー部だから勉強しなくていいと特別扱いされるのが凄く嫌で……。
もちろん、部活はサッカーが中心で、全国大会で成果を残すことを考えている。でも、それで特別扱いを受けて当たり前と思ったりとか、
そういう環境だからできないと思われたりとかが嫌だった。だから、勉強を疎かにしたくなかったです」

高い意識は、とりわけ授業中に発揮されていた。人一倍の練習量を誇っていたため、当時の野崎正治監督(現・浦和南監督)に
「いつ勉強するんだ」と尋ねられると「授業中に全部マスターしますから」と返したことがあるという。

「学校では試験前の1週前から練習ができなくなる。それが嫌だった。1週間も練習を休むことはしたくない。
試験前に勉強をしないで済むために、どこで勉強するかと考えたら授業中しかなかった。宿題も嫌いだったくらい、授業以外でやることはしたくない。
それなら、とにかく授業中に先生が言っていることを聞いておけば、それ以外がテストに出ることは基本的にないわけだから、
授業は寝ないで聞く、ということは徹底していました」

通常、運動部なら授業中に寝ないと放課後の練習に体力が持たないと思ってしまうこともざら。
川島自身も「必死に起きていました」と笑う一方で「寝ているヤツは起こしていたくらい。サッカー部のヤツはもちろん、
逆に隣の席から話しかけてきたら『話しかけてくるなよ、今、授業中なんだから』なんて言っていました」と振り返る。
(以下略)

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180910-00036318-theanswer-socc



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