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1: Egg ★ 2019/04/23(火) 12:56:21.61 ID:v6GU9kqD9
欧州の外国人枠撤廃で下落したJリーグの市場価値

 チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝で難敵ユベントスを倒し準決勝でトッテナム・ホットスパー(スパーズ)と戦うことが決まったアヤックス。最後に優勝したのはミランと決勝を争った1994-95シーズンなので24年前の話になる。

 その翌シーズン(95-96)もアヤックスは決勝に進出。しかし、ユベントスに延長PKで敗れ、連覇を逃した。翌96-97シーズンはベスト4。準決勝で敗れた相手は前シーズン同様ユベントスだったが、1、2戦の通算スコアは2-6で、大接戦だった前シーズンとは異なる大敗だった。

 理由は、このシーズンから欧州内における職業選択の自由(移籍の自由)を主に謳ったボスマン判決の内容が施行されたことにある。有能な若手選手たちが次々とビッグクラブへ引き抜かれていったことで、アヤックスの戦力は大幅にダウンした。

 外国人枠は事実上撤廃された。これは欧州サッカーの近代史を語る時、外せない要素になる。しかし、それが日本の平成サッカー史にも大きな影響を及ぼしたことはあまり語られていない。それまで世界で4、5番手と言われたJリーグの市場価値は、これを機に大きく下落。Jリーグから上質な外国人選手が減っていく原因になった。

外国人枠を撤廃してもなぜ欧州は大丈夫だったのか
 Jリーグの外国人枠は今季、3人+アルファだったこれまでから5人に拡大された。その市場価値は今後、漸次的に回復していくものと思われるが、興隆を極める現在の欧州に照らせば、増枠への対応が遅かったという気がしてならない。

 外国人枠増は、プレーのレベル向上を促す一方で、その分だけ自国の選手の活躍の場を奪うことを意味する。微妙な問題ではある。プロスポーツならば魅せることに一番の重きを置くべきとの声もあれば、それでは自国の選手が育たないという声もある。

 では外国人枠を撤廃しても欧州サッカーはなぜ混乱をきたさず発展したか。それは選手が国をまたいで行き来する習慣が潜在的にあったこと。そして、その環境がボスマン判決の施行後、さらに促進されたことにある。

 自分のレベルに応じた落ち着き先が複数ある。欧州域内に職業選択の自由がある。一方、日本の周辺=アジアにはそうした環境がない。中国Cリーグ、韓国Kリーグでプレーしろと言われても選手は困るはずだ。とはいっても、欧州のメジャー国でプレーできる選手はごく僅か。CL級の強豪となると、可能性はほぼなくなる。日本人選手が出ていく先を見いだせないまま外国人枠を撤廃すれば、循環サイクルは成立しない。

 現在、日本人の海外組が多くプレーするベルギーリーグは、行き場に困った選手たちの一時的な回避地に見えなくもないが、それはともかく、これは平成から令和に掛けて日本のサッカー界が抱える課題といっても言いすぎではない。

 Jリーグの外国人枠も本来あるべき姿はフリーだ。いずれ外国人枠は撤廃されるべきだと思う。サッカーらしさとは何かといえば国際色だ。いろんな国の選手が入り交じってプレーする姿は壮観で、無数の多国籍軍で溢れるところが欧州サッカーの魅力そのものと言っていい。単一国籍軍=代表チームの戦いの中だけにサッカーの魅力を求めるのは、あまりにももったいない。

杉山茂樹 | スポーツライター
4/23(火) 12:27
https://news.yahoo.co.jp/byline/sugiyamashigeki/20190423-00123416/