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三浦知良


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北澤豪さん、カズは「ずるいなと思いましたね」 日本代表落選会見での “魂は置いてきた”発言  

1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/04/30(火) 23:00:02.56 ID:3YhBAMbV9
サッカー元日本代表で評論家の北澤豪さん(50)が30日放送のテレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー夜の特大版 今夜決定!平成ニッポンのヒーロー総選挙」(後6時半)に生出演し、
1998年のサッカーフランスW杯での落選会見の裏側について語った。

日本が初出場を決めたフランスW杯で、開始12日前の合宿中に、三浦知良(52)とともにメンバーから外された。
番組では、帰国後の会見でのカズの「日本代表としての誇りと魂は向こうにおいてきた」という発言を紹介。
それについて感想を聞かれた北澤さんは「ずるいなと思いましたね。こんな言葉、(それまで)ずっと一緒にいましたけど一言も言ってなかったですからね」と当時の感想を語った。

北澤さんは「会見やるときにはちゃんとこういう言葉を用意するんだなって。すごいなと思いました。カズさんのこと二度見しましたから」と話した。

元プロ野球選手のタレント・長嶋一茂(53)は「北澤君の怒りはもっともだと思うけど、カズ選手のこの言葉は大人の対応だと思う。
やっぱりこれで残された人たちが頑張ろうと鼓舞しあったと思うし、2人は影響力があるから恨みつらみを言ったら会見が最悪になる」と評価していた。

http://news.livedoor.com/article/detail/16396306/
2019年4月30日 22時1分 スポーツ報知

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https://www.youtube.com/watch?v=ozR7SiVJrmM&t=263s


1998 KAZU Shock World Cup カズ ショック フランスW杯 落選

<生き証人3人が語る 平成5年「ドーハの悲劇」の真実>「カズの足がもう数センチ長ければ…」  

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1: Egg ★ 2019/04/30(火) 17:22:00.48 ID:CXzcP9mp9
 不動の左SB都並が1993年10月のアメリカW杯最終予選でプレーすることは不可能――。そのことを知っているのはオフト監督、清雲コーチらスタッフに主将のDF柱谷哲二、そして都並本人だけだった。最初に代役候補として招集されたのが、ジェフ市原所属のDF江尻篤彦だった。同年9月のスペイン合宿に帯同した江尻は、宿舎で都並と相部屋となった。もちろん「オフト日本の左SBについてあれこれ伝授してほしいというオフト監督の意図だった」(都並)。しかし、江尻は合宿最初の練習試合に先発したが、後半からセンターバック(CB)が本職のDF勝矢寿延(横浜M=当時)が入った。左SBでプレーするのは初めてだった。

■「バックアッパーは江尻が共通認識だった」

六川則夫「江尻さんは守備力を買われての代表入りだったと思いますが、合宿中の練習を撮っていても<ラモスからパスが出ない>ので江尻さん自身、どのタイミングでオーバーラップすればいいのか、中に絞り込めばいいのか、分からなくなってピッチ上で孤立無援となり、日に日に表情から生気が失われていくのが、カメラのファインダーを通して分かりました」 

都並敏史「相部屋だった江尻のメンタルが、日ごとにダウンしていくのが手に取るように分かった。言っておきますが、ラモスさんがパスを出さないのは、それ相応の理由があったからです。ラモスさんというのは<ここで攻め上がり!><今は守備に専念!>と誰もが予測できるようなプレーに対して、彼独特の感性が合わないとパスを出してくれません。経験値と言ってしまえばそれまでですが、僕にはラモスさんがパスを出してくれるタイミング、同じ左サイドのカズと連係しながら攻め上がる呼吸など分かっていた。でも江尻にそれを求めるのは酷でしたね」

森雅史「(熱狂的サポーター集団の)ウルトラスが中心になってW杯最終予選の前、代表選手それぞれの応援チャントのCDをソニー・ミュージックで制作して販売。ヒットチャートの20位くらいに入ったのですが、左SBとして都並さん、江尻さんのチャントは収められていましたが、最終予選前に招集されてドーハで戦ったDF三浦泰さんのチャントはありません。都並さんのバックアッパーは江尻だ! それがサポーター仲間の共通認識でした」

 オフト監督には「サイドバックの理想像」があった。まずは守り、そして他選手との連係、そして攻め上がってクロスを放り込む――。Jリーグ開幕前の1993年4月にアメリカW杯アジア1次予選が行われ、UAEとのアウェー戦でオフト監督は、不動の左SB都並に「互いにナイフで刺し合うような(緊迫した)試合では、前後半に1本ずつクロスを上げればいい」と指示を送った。大前提として守備重視があり、攻守のバランス感覚も重要視していた。

都並「あの当時の勝矢はフィジカルもメンタルも高いレベルで整い、ストッパーとしては最高の選手だった。でも左サイドバックとしての技術が足りなかった。サイドバックには<安定した守備><中盤でのつなぎ><攻撃の仕掛け>が求められます。手前みそになってしまいますが、それぞれの役割を最もバランス良くこなせる選手は自分しかいなかったと思います」

日刊ゲンダイDIGITAL 2019年4月30日 17時0分
https://news.infoseek.co.jp/article/gendainet_539076

浦和 興梠、平成ラスト弾でカズに並んだ!次戦“令和1号”で福田に並ぶ J1通算得点(139点)  

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1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/04/29(月) 06:36:34.66 ID:CzxIs6bb9
明治安田生命J1第9節 浦和2―0清水 ( 2019年4月28日 アイスタ )

「平成最後」のゴールはエースFW興梠慎三(32)が決めた。浦和は28日、アウェーの清水戦に2―0で快勝し3連勝を飾った。
歴史的な一撃は1―0の後半アディショナルタイム、興梠の放ったチップキック弾がゴールに消えた。
J1通算得点(139点)でも歴代6位のFW三浦知良(52、現横浜FC)に並ぶ偉業となった。
おしゃれに決めた。
その間、コンマ数秒。興梠の本能は迫り来る相手GKを察知した。「GKが見えた。チップキックでうまくゴールできた」。クロスに右足を優しく合わせ、美しい軌道を描いた。
既に他会場の試合は終了。時計の針は90分を過ぎていた。
平成5年の93年、Jリーグ開幕戦でV川崎のマイヤーで始まったゴールは、これでJ1通算2万1640点目。
平成最後のゴールは、平成最後のチャンスから生まれた。

一瞬の静寂の後、耳をつんざく歓声。そこを割って「これっ、平成最後のゴールじゃん!」。槙野の声が耳に響いた。
興梠は初めてメモリアル弾に気付いたという。前半から守備にも追われ、体力の限界は過ぎていた。「もう死んでました。
疲れ過ぎて逆に冷静だったし、思い切り蹴れなかったのが良かったかも」と笑う。これがおしゃれに決めたループの裏ストーリーだ。

運命か。平成の終わりと同時にJ1通算得点で歴代6位のカズ(139点)に並んでみせた。興梠も尊敬してやまない平成のスーパースター。
「そこは気になるところでした。カズさんも現役なのでまたいつJ1に上がってくるか…。今のうちに突き放したい」。歴代初の8年連続2桁得点が懸かる今季、まず第一の関門を突破した。

「平成」。興梠は「再会」の2文字を使って振り返った。思えば興梠が初めてレギュラー格に抜てきされたのは鹿島時代の07年だった。
「当時、オリヴェイラ監督の下で試合に出られるようになって、鹿島から浦和に来て、また再会する縁に恵まれて…」。練習はどこよりも厳しい。
時に弱音も吐く。だがだからこそ最後まで走り切れた。アディショナルタイムの平成ラスト弾も必然だった。

興梠はJ通算1万8000点、2万1500点と節目に強い。次戦は5月3日、「令和」となって最も早いキックオフ(午後2時)で磐田戦を迎える。
今度は浦和でのJ1通算得点で歴代1位の福田正博(91点)にあと1点と迫る中でピッチに立つ。「そこは一番うれしい。レジェンドですしね。塗り替えたい。
福田さんはサポーターから愛された選手、そうなりたい」。新ミスター・レッズの襲名はもう目前だ。平成の終わりにカズに並び、令和1号で福田に並ぶ――。主演は興梠。映画のようなシナリオにはまだ続きがある。

◆興梠 慎三(こうろき・しんぞう)1986年(昭61)7月31日生まれ、宮崎市出身の32歳。
鵬翔から05年に鹿島に入団し、13年に浦和に移籍。
J1通算387試合139得点。日本代表では国際Aマッチ通算16試合0得点。1メートル75、72キロ。

《最終アシストは汰木》浦和MF汰木(ゆるき)がJ1デビューで「平成最後」のアシストを決めた。
途中出場すると後半アディショナルタイムに右サイドを駆け上がり、興梠に右クロスを合わせた。
日頃から興梠を慕い、2人で一緒に居残り練習を繰り返す仲。
「ベンチでも慎三さんの動きを見ていました。ゴールが良かったですけど、目に見える結果は素直に喜びたい」と言えば、興梠も「次は僕がアシストします」と“お返し”を約束した。

https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2019/04/29/kiji/20190428s00002179476000c.html
2019年4月29日 05:3

J1 1 大久保 嘉人 ジュビロ磐田 184
J1 2 佐藤 寿人 ジェフユナイテッド千葉161
J1 3 中山 雅史 アスルクラロ沼津 157
J1 4 前田 遼一 FC岐阜        154
J1 5 マルキーニョス ヴィッセル神戸 152
J1 6 興梠 慎三 浦和レッズ    139
J1 6 三浦 知良 横浜FC   139
J1 8 ウェズレイ 大分トリニータ        124
J1 9 ジュニーニョ 鹿島アントラーズ 116
J1 10 エジミウソン セレッソ大阪 111
J1 11 柳沢 敦 ベガルタ仙台        108
J1 12 遠藤 保仁 ガンバ大阪 103
J1 13 藤田 俊哉 ジェフユナイテッド千葉100
J1 14 玉田 圭司 V・ファーレン長崎 99

横浜FCカズはベンチ外 視察森保監督に負傷明かす 

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中田英寿氏 「兄貴」と慕うカズへ「もう死ぬまでやめないで」 

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平成とは・サッカー編 代表との決別だった海外移籍 今や「海外組」死語に 

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45歳イチロー引退で52歳現役カズの注目度アップ!世界中で話題を呼んだイチローの衝撃的な引退劇  

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1: Egg ★ 2019/04/08(月) 20:48:09.01 ID:DHoaHFyB9
J2横浜FCの元日本代表FW三浦知良(52)が7日の福岡戦(ニッパツ)で3試合ぶりに先発出場した。

 1トップで出場したカズは、序盤から積極的に攻撃にからんで持ち味を発揮。後半7分に退いて無得点でシュート0本に終わったが、攻撃のリズムをつくり出しチームをけん引した。1―1で引き分けた一戦で存在感を放ったキングは「コンディションは良かった」と好調をアピール。自身が持つJリーグ最年長出場記録を52歳40日に更新したが「そこは重要視していない。毎試合先発で90分プレーしたい」と向上心は衰え知らずだ。

 ピッチ外でも存在感を増している。大手広告代理店関係者は「カズさんの人気はすごいものがある。これからまだまだ需要が高まるのではないか」と指摘する。昨季はリーグ戦で先発ゼロで、今季も出場機会こそ増えているが、苦境に変わりはない。なのになぜ企業から“モテモテ”なのか。

「(米大リーグ・マリナーズの)イチローさん(45)が引退したことで、改めてトップアスリートが現役を続けることの厳しさ、難しさに注目が集まっている。そこでカズさんのすごさが再認識されている」。日本のみならず世界中で話題を呼んだイチローの衝撃的な引退劇が、“レジェンド”として走り続けるカズの価値を一層際立たせているという。カズは現在も複数の大手企業に広告起用されているが、今後も当代きってのスターとして輝きを放ちそうだ

4/8(月) 16:45配信 東京スポーツ
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190408-00000042-tospoweb-socc

カズ、26年前の後悔を語る!あの試合でハーフタイムに思わず口にした発言「今だったら絶対に言わない」  

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1: Egg ★ 2019/04/09(火) 05:56:55.00 ID:Q5N1mejm9
TBSの特番「平成スポーツあったなぁ大賞」が7日放送され、元サッカー日本代表FW三浦知良(52=J2横浜FC)がVTR出演。「今だったら絶対に言わない」と26年前のあの試合でハーフタイムに自身が思わず口にした発言を悔やんだ。

 平成のスポーツで思わず「あったなぁ」と言ってしまう名場面、珍場面を貴重な映像とともに振り返る同番組。

 中学、高校、大学と10年に渡るサッカー経験があり、Jリーグでボールボーイのアルバイトをしたこともあるという俳優の向井理(37)が紹介したのは、日本悲願のワールドカップ(W杯)初出場を目前で逃した平成5年(1993年)の“ドーハの悲劇”だった。

 1993年10月28日にカタールの首都ドーハで行われたW杯アジア最終予選・日本―イラク戦。カズのゴールで先制した日本は2―1で迎えた後半ロスタイムに同点ゴールを決められ、あと一歩のところからまさかの予選敗退が決定した。「ゴンさんがすごい叫びながら崩れていく瞬間っていうのは一生忘れられない。それだけ自分としてもショックだった」。向井は、ベンチから崩れ落ちていくFW中山雅史(51=J3沼津)の姿をそう回想した。

 これを受け、VTR出演したカズは「後悔っていう言葉を使いたくないんですけど」と前置きした上で「『これでW杯行けるんじゃないか』って言ってた気がする」とハーフタイムを告白。カズがゴールを決めた試合はそれまで1次予選から全勝で「自分が点を入れて負けるっていうのはほとんどなかった」とし、「『これでW杯行けるんじゃないか』って言ってた気がするんです。あの時からもう後半に向かう中でみんなおかしかったんじゃないかって。今だったら絶対に言わないことです、ハーフタイムに。2―0で勝ってても3―0で勝ってても。そこでオフトが『シャラップ!』って言ってるんですよ、みんなに。『ちょっと静かにしろ』って」と当時日本代表を率いていたハンス・オフト監督の名前も出して後悔を語った。

 また、スタジオ出演した中山は試合中にスタンドから空き缶の投げ入れがあって試合が中断したことによりロスタイムが長くなった可能性があるとし「あれがなかったら、もしかしたら…っていうのもあるんですよ」と告白。それ以来「缶ジュースを飲んでもちゃんとごみ箱に捨てます」と話していた。

4/7(日) 21:50配信 スポニチ
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190407-00000252-spnannex-socc

カズ52歳初ゴールへ「あと一歩だったね」 17歳斉藤にキング魂注入  

1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/04/08(月) 08:30:12.00 ID:gDbAxV1b9
◇明治安田生命J2第8節 横浜FC1-1福岡(2019年4月7日 ニッパツ)

J2は7日、各地で11試合が行われ、横浜FCのFW三浦知良(52)はホームでの福岡戦で3戦ぶりに先発した。
自身のJリーグ最年長出場記録を52歳1カ月12日に更新。後半7分までプレーし攻守に健在ぶりを示した。
J史上最大の“35歳差コンビ”として同時先発したU―20日本代表FW斉藤光毅(17)は同点につながるPKを獲得するなど活躍。試合は1―1のドローに終わった。

あと一歩で52歳の初ダンスが見られそうだった。前半42分、スピードに乗ったカズがエリア内に走り込む。
左から絶妙なクロスが入った。だが伸びてきた相手DFの足が一瞬早く触れた。
「ほんの一瞬、あと一歩だったね。レアンドロなら、あそこに出してくれると思って走った」。
惜しくも幻に終わったが、ゴールのイメージはできていた。

3戦ぶりの先発は、前線で17歳の斉藤と組んだ。35歳差の同時先発はJ史上最大。
試合前、カズは「ピッチの中で年齢は関係ないからな」と伝えた。斉藤は「カズさんにそう言ってもらい、伸び伸びできた」と答えた。
後半34分、その斉藤のシュートがPKを誘発し、同点に持ち込んだ。最高の形でカズの魂は若手へと注入されていた。

前半2分に右クロスに飛び込み、同26分には胸トラップから右に展開。シュートはゼロながら、見せ場もつくったカズは0―0の後半7分に交代した。
「最低限、勝機を残して交代できた。体で感じるコンディションは良かった」と言う。
日々、スプリント系の練習でも10代選手に負けずにこなしていることは原動力の一つ。年の差コンビはカズにも刺激的だった。

イスラエル4部では4日に73歳のGKがフル出場したことが報じられた。カズも常に年長記録がつきまとう身だが、「僕の中で最年長出場記録は重要でない。
大切なのは先発して勝利に導く。その中でゴールを決めること」と言った。ほとばしる情熱。
この日は家族、タレントの田原俊彦、元ボクシング世界王者の内山高志氏も応援に駆け付けた。誰もが情熱の結晶のゴール、そして、52歳の初ダンスを待っている。

▼森保監督 本当によく動けるなという、驚きと尊敬ですね。私よりも2つ年上の先輩がまだ現役でいるというのは、自分のことを考えると凄いなって本当につくづく思います。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190408-00000013-spnannex-socc
4/8(月) 5:30配信

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カズ 26年前の後悔を語る「今だったら絶対に言わない」 

20190407-00000252-spnannex-000-3-view[1]


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