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ワシントン


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「ワシントンは強烈。日本人では止められないと思った」【栗原勇蔵が選ぶJ歴代最強チーム|未公開編2】 

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1: 2020/06/03(水) 13:30:55.88
「錚々たるメンバーで、ワクワクしてくる」

5月28日発売のサッカーダイジェストでは、「Jリーグ歴代最強チーム」と題し、現役選手や元日本代表など総勢50名に“歴代で最強だと思うチームトップ3”を選んでもらった。

昨季限りで“横浜一筋”の現役生活にピリオドを打ち、今季から横浜の「クラブシップ・キャプテン」を務める栗原勇蔵氏にも選者を依頼。栗原氏が選んだベスト3は、1位が「2019年の横浜F・マリノス」、2位が「2006年の浦和レッズ」、3位が「2002年のジュビロ磐田」という結果となった。

 自身のプロ5年目、レギュラーに定着したシーズンに「叩きのめされましたね」と回想する相手が、2位に選んだ06年の浦和だ。「武闘派が多くて、威圧感があった」という当時の浦和について、本誌では掲載できなかった未収録分をお届けする。

――◆――◆――

 帰化した(田中マルクス)闘莉王さんや三都主(アレサンドロ)さんを含めれば、ある意味、助っ人が5人ぐらいいるチームですからね。その時点で反則かと思いましたけど(笑)、とにかくガタイの良い選手が多くて、パワーに秀でるチームでした。

 長谷部(誠)や(鈴木)啓太君が中心で、ワシントンにポンテ、(小野)伸二さんもいたし、岡野(雅行)さん、永井(雄一郎)さん、田中のたっちゃん(達也)と、錚々たるメンバーで、ワクワクしてきますよね。レギュラーに定着して、調子にノッている若造がいきなり対戦するチームじゃないですよ(笑)。

 MVPはワシントン。強烈なFWでした。ボンバー(中澤佑二)やマツさん(故・松田直樹)も苦戦していたし、“川崎山脈”と言われるほど手強いフロンターレの3バック相手にひとりで4点も取るし。Jリーグで止められるDFはいないんじゃないかと思いました。

 07年にレッズはクラブワールドカップでミランと対戦するんですけど、ミランにはイタリア代表でも活躍した(アレッサンドロ・)ネスタがいて、あのワシントンをどうやって止めるのか注目して見ていたんです。そこで何かヒントが掴めるのではないか、と。

 そうしたら、ネスタも普通にやられていましたからね(笑)。これはもう、日本人では止められないと改めて思いました。

 競り合いとか、本当に強い。一言で言うなら“岩”ですよ。身体の幅があるから、回り込んでボールを取ろうとすると、くるっとターンされてかわされる。ステップワークは大雑把に見えて、キックフェイントもそこまで上手い感じはしないのに、モーションが大きい分、余計に引っかかる。サイズがあるから、ヘディングでガンガン勝負してきそうだけど、むしろ足もとを警戒しないとやられる。

 うちのシン(畠中槙之輔)とか今の若手にも、ワシントンぐらいのレベルの選手と対峙してほしいと思います。絶対に得るものがあるはずですから。

6/3(水) 11:33 Yahoo!ニュース 24
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200603-00074239-sdigestw-socc

元浦和FWワシントンが誓う日本への“凱旋” 「浦和に対する使命はまだ終わっていない」 

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1: 2020/05/25(月) 18:26:23.40
【あのブラジル人元Jリーガーは今?】ワシントン(元浦和、東京V):前編――浦和愛がゆえの栄光からの帰国
 2005年から3年間、Jリーグでプレーした元ブラジル代表FWワシントンは、東京ヴェルディと浦和レッズの2クラブに在籍した。05年の開幕戦でいきなり初ゴールを挙げて、日本サッカーに難なく適応。浦和では06年J1優勝、07年AFCチャンピオンズリーグ優勝、FIFAクラブワールドカップ3位など数々の栄光に貢献し、自身も06年にはJリーグ得点王を獲得した。

 ブラジルに戻ってからも、2011年1月の現役引退までさらに3年間、活躍を続けた。今でも「日本を愛している」と語るワシントンが当時帰国を選んだ理由は、まさに“レッズ愛”からだった。

「実際、Jリーグのいくつかのチームから、契約の話が来ていたんだ。でも、僕は浦和との一体感がすごく強かったから、日本で他のクラブのユニフォームを着ることが考えられなかった。だから、帰国を選んだんだ。ブラジルで1~2年間過ごした後なら、プロとして気持ちを整理し、他のチームのためであっても、日本に帰ろうと思うかもしれないしね」

 帰国後はフルミネンセでプレーし、ブラジル全国選手権で28試合21ゴールを記録して得点王に輝いた。少年時代からの夢だったコパ・リベルタドーレスにも出場、クラブ史上初の決勝進出に貢献した。

 翌年はサンパウロへ移籍し、1シーズン3大会(コパ・リベルタドーレス、ブラジル全国選手権、サンパウロ州選手権)で合計32ゴールと、クラブ史上でシーズン最多得点記録者となった。その後、フルミネンセに戻り、現役最後のシーズンを過ごした。

引退後、代理人業をスタートさせたことがきっかけで市議会議員に転身

 引退からの9年間、彼の人生は目まぐるしく変化し、様々な挑戦をしてきた。まずは下部組織時代からの古巣カシアス・ド・スウの本拠地である、ブラジル南部リオグランデ・ド・スウ州カシアス・ド・スウ市に拠点を移して建設会社を経営しながら、選手の代理人業をスタートさせた。その転居が、思いがけないターニングポイントとなった。

「2013年に市議会議員になったんだ。選挙では最高得票だったんだよ。リオグランデ・ド・スウ州のワールドカップ組織委員会で親善大使も務めた。そして、翌年はカシアス・ド・スウ市スポーツ局長に就任した。まさかの展開だったけど、人生を通してスポーツに関わり続けていくうえで、政治家という選択肢ができたんだ。アイデアを提案したり、スポーツを運営管理したり。様々なプロジェクトの土台作りもしたし、社会事業も手がけた。スポーツを通して街が成長するために、この仕事にベストを尽くしていた」

 2014年には3カ月間、連邦議会下院議員として国政にも従事した。

 そんな彼が、一旦政界を退いたのは、ピッチに戻りたいという思いからだった。サッカーの指導者と運営の講座を受けたのをはじめ、当時アトレチコ・パラナエンセを率いていたパウロ・アウトゥオーリ(現ボタフォゴ監督)やブラジル代表のチッチら、4人の名指揮官の下で監督研修をした。レヴィー・クルピ(元セレッソ大阪監督ほか)から数日間かけて、監督哲学なども聞いた。

 入念に準備した後、2017年に監督キャリアをスタートさせた。

「ヴィトーリア・ダ・コンキスタという、ブラジル北東部バイーア州のクラブの監督に就任したんだ。小さなクラブだけど、これから飛躍するための意欲的なプロジェクトを打ち立て、施設や設備などの基盤も整えていた。市民にも愛されて、環境が良かった。小さなクラブから始めたのは、そこから少しずつ目標を達成し、ステップアップしていくためさ。

 僕の夢は、Jリーグで監督を務めることなんだ。それが僕の心のクラブ、浦和であれば、そんなに素晴らしいことはないよね。あのサポーターの元に、監督として帰りたい。なぜなら、僕の浦和に対する使命は、まだ終わっていない。浦和のためにできることが、まだたくさんあると思っている。そのためにも、ブラジルのビッグクラブで結果を出すところまで行きたい。その段階を着実に経た後で、日本に挑戦するつもりだよ」
https://news.yahoo.co.jp/articles/20512561f8a3bb9f182c192518247470f1d1c7b1
>>2以降に続く

ワシントンから浦和&Jへのエール 

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1: 2020/04/23(木) 09:30:33.49
ワシントンから浦和&Jへのエール。
「忍耐強さは世界一だからこそ……」


今年で28年目を迎えたJリーグの歴史は、外国人(外国出身)選手抜きでは語れない。

欧州や南米の各国リーグと同様、外国人選手の過半数がアタッカー。彼らはチームに得点と勝利をもたらし、他のアタッカーに刺激を与え、間接的にディフェンダーの成長も促して、Jリーグと日本のフットボールのレベルアップに多大な貢献をしてきた。

これら外国人アタッカーで、Jリーグで50試合以上出場した選手のうち、最高の得点率(1試合平均得点)を誇るのが、2005年から2007年まで在籍したブラジル出身のワシントンだ。

189cmの長身かつ屈強で、体の使い方がうまい。それでいて瞬間的なスピードがあり、技術レベルも高い。右足からの強烈なシュート、高い打点からのヘディング、巧みなポストプレーでJリーグを席巻した。

2000年代中盤に彼のパワフルなプレーを目撃したファンには信じがたいことだろうが、日本へ渡るわずか2年ほど前、ブラジルのメディアとファンの大半が彼の選手生命は終わったと考えていた。

◆不屈の「コラソン・ヴァレンチ」。

フェネルバフチェ(トルコ)在籍中の2002年末、27歳のときに心臓に疾患がみつかり、手術を受けた。医師から「もうプレーはできない」と宣告され、クラブからも解雇されて、2003年5月、ブラジルへ帰国。

母国でも多くの病院を訪れて検査を受けたが、どこでも「引退するしかない」と告げられた。しかし「再手術をして、それが成功すれば、ひょっとして……」と言ってくれた心臓外科医がみつかり、藁にもすがる思いで頼った。

手術は成功し、2004年初めにアトレチコ・パラナエンセと契約。主力としてチームを牽引し、ブラジルリーグで38試合に出場して実に34得点(1試合平均0.895点)をあげた。これはこの大会の最多得点記録を3点上回り、もちろん得点王。この記録は、今も破られていない。

得点をあげるたびに右手で心臓を叩くポーズが有名になり、いつしか「コラソン・ヴァレンチ」(雄々しい心臓を持つ男)と呼ばれるようになった。

◆その決定力はJで圧倒的だった。

翌2005年、東京ヴェルディへ移籍。33試合に出場して22得点をあげた(得点王ランキング2位)。
そして2006年に浦和レッズへ移籍すると、ロブソン・ポンテや小野伸二ら名手から絶妙のパスを受けてゴールを量産し、26試合で26得点。マグノ・アウベスと並んで得点王に輝き、チームのJリーグ初制覇に貢献した。

2007年はJリーグ26試合で16得点とややペースが落ちたが、クラブ・ワールドカップで3点を奪って得点王となり、浦和が3位に食い込む原動力となった。

日本での3シーズンの成績を合算すると85試合64点で、1試合の平均得点が0.753。複数シーズン活躍した彼に比類するのは、エジウソンの0.729点(70試合51得点)、サルヴァトーレ・スキラッチの0.718点(78試合56得点)、エメルソンの0.71点(100試合71得点)だ。

>>2以降に続く

2020/04/21 11:50
Number
https://number.bunshun.jp/articles/-/843245

<ブラジル人の元Jリーガーたち>「日本選手がまだ弱いのは、フィニッシュでゴールを決めきれないところ」  

1: Egg ★ 2019/07/02(火) 09:10:05.31 ID:Y9AU2KrZ9
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コパ・アメリカ開催中のブラジルのサンパウロで、ブラジル人の元Jリーガーたちを中心としたトークショーが行なわれた。カレッカ、サンパイオ、ワシントンら往年の名選手たちや日本からは三浦泰年氏らが参加。そこで、コパ・アメリカの日本代表の戦いぶりや、気になった選手について語ってもらった。

◆         ◆         

「ウルグアイと互角の戦いをしたのはすばらしい」サンパイオ(元横浜フリューゲルス、柏レイソル、サンフレッチェ広島。現TV ESPN解説者、ジャパンハウスモデレーター、クラブ運営)

 初戦ではいきなり強豪チリと当たって、硬さが見られたね。システムや戦術的にうまくいかないことが多くあったが、選手のクオリティーというよりは、メンタルの部分も影響したんじゃないかな。若い選手にとって、コパ・アメリカという大舞台はプレッシャーもかかっただろう。

 2試合目のウルグアイ戦では、いい試合をした。ウルグアイのFW陣には世界屈指のストライカーが3人もいる。その相手に互角に戦ったのはすばらしい。ただ、日本は中島翔哉のPKを取ってもらえず、ウルグアイにはPKを献上することになってしまい、勝利をもぎ取ることができなかった。

 エクアドル戦では、試合を決定づけるチャンスが何度かありながらも、突き抜ける大胆なプレーが見られなかった。中島はすばらしいテクニックを持っているが、中山雅史のような気迫のこもったプレーはまだ出ていない。中山は最高のテクニシャンではなかったが、彼にはテクニック以上にゴールを決める才能があった。

 でも、今回の日本代表は監督が望む招集ができないなか作られたことを考えれば、それでウルグアイと互角の試合をして、これだけのパフォーマンスを見せられたのは立派なものだと思う。

久保建英のことは今回初めて見たんだけど、ダイヤモンドの原石だね。日本のメッシと言われることを彼は嫌うみたいだけど、いくつかのプレーでメッシを彷彿させるのは事実。テクニックに裏づけされた彼のアドリブ力は、相手チームのシステムを崩すのに大きな力になった。

 18歳以上のプレーぶりだとは思うが、まだ育成段階の選手であることを忘れてはいけない。要所、要所のプレーに、もっといい選択をすべきだったというものもあった。でも、それは彼の能力の問題ではなく、ただ経験不足というだけ。サッカー選手の最高の状態は24歳から29歳と言われる。久保は、この先まだ6年も最高の状態に持って行くまでに時間があるということだ。失敗をしながら、経験をしてさらに完璧な選手になる時間はたっぷりある。

 もう1人いい選手は中島だが、彼はすでに24歳で久保よりも一歩上を行っている。しかし、久保がこの先中島の年になったら、もっと上をいく選手になっているだろう。

「常に結果を出し続けないといけない」カレッカ(元柏レイソル。現カレッカーセンター経営者)

 チリ戦の0-4という結果は予想以上のスコアになってしまったが、初戦で、しかも若手主体で、プレッシャーを感じたのは仕方がなかった。

 ウルグアイは私の予想では優勝候補だったが、日本は互角に戦った。VAR判定でウルグアイがPKを得て、日本は反対に中島翔哉に対するエリア内のファウルだったにも関わらずPKをもらえず、結果は正当でないが、日本がいい試合をしたことには違いない。

 若手主体で、目標は来年の東京五輪を見据えてのチームということで、コパ・アメリカで経験を積んでいい方向に進んでいると思う。今の若い選手が、どんどん欧州のクラブに移籍して世界で戦っていることはすばらしいことだ。

 欧州の名だたるクラブと契約したのなら、それはその選手にそれだけの価値、才能があるということだ。ただ、1試合いいプレーをしたからって、信頼は勝ち取れない。常に一定以上の結果を出し続けなければ。

7/2(火) 7:17配信 スポルティーバ
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190702-00864190-sportiva-socc



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