Samurai Goal

トルシエ


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木村和司氏とトルシエ氏、殿堂入り 日本サッカー協会が発表 

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1: 2020/09/10(木) 19:07:10.67 _USER9
日本サッカー協会は10日、元日本代表の木村和司氏(62)と元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏(65)の日本サッカー殿堂入りを発表した。掲額式典は日時未定。

 投票で選出された木村氏は広島県出身。FKの名手として知られ、1985年の日韓戦で決めた直接FKは語り草となっている。86年には初の国内プロ選手として登録。国際Aマッチ54試合26得点をマークし、日産自動車(現横浜M)では黄金時代を支えた。

 フランス出身のトルシエ氏は特別選考による選出。2002年ワールドカップ(W杯)日韓大会で16強入りを果たすなど、ユース年代を含めて日本の強化を進めた。

https://this.kiji.is/676730216741209185?c=39550187727945729

<日韓W杯>トルシエがダバディに明かすトルコ戦の真実...「私の采配ミス」とは? 

1: 2020/09/10(木) 12:18:54.24 _USER9
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三都主がスタメン起用され、3-4-2-1システムで臨んだトルコ戦。トルシエ監督率いる日本は宮城の地で涙をのんだ


「ところでフィリップ、あれ以来、トルコ戦は観ましたか」

「ノン」

 およそ20年前の出来事について勇気を持って聞くと、フィリップ・トルシエは目を逸らし、顔を真っ赤にし、数秒間も黙ってしまいました。その古傷に触れると複雑な思いが蘇ったのでしょうか。

「私は初めてトルコ戦を観直しましたよ。日本代表はボールを支配しているし、終始トルコと五分五分でした。ナカタ(中田英寿)とオノ(小野伸二)はやはり上手で、本当に悔しいです」

 私は言葉を続けましたが赤鬼は反応しない。むしろさらに黙りこみました。

 ベトナムのU-19代表監督としてAFC U-19選手権2020に出発する前、ハノイの自宅からZoomで話してくれる約束でしたが、いきなり袋小路に入ってしまいました。

「試合を観る気持ちはないよ」

 私の質問がいけなかったのでしょうか。2つ目のセリフも、社交辞令で言った訳ではありません。DVDであの日韓大会のベスト16での敗退をフルタイムで観ましたが、記憶していたほどひどい試合ではありませんでした。

 失点は早すぎたけれど、アレックス(三都主アレサンドロ)のクロスバー直撃弾を含め、五分五分というより日本は押していました。西澤明訓だってシュートを枠に飛ばしているし、中田はいつも通り冷静に活躍していました。敗退の理由はスポーツ・ジャーナリストになって15年の私には未だに見えてこないのです。

 フィリップ・トルシエはメガネを触ると、少しずつ喋り始めました。

「試合を観る気持ちはないよ。今でも悔しいから」

 このテーマについて、およそ1時間は話を聞きたいと事前に知らせていましたが、それでも観られなかった様子です。しかし、彼の記憶は鮮やかでした。

失点のシーンは私を筆頭に……。
フィリップ・トルシエ(以下PT):「失点は前半15分?」

――12分です。ボールはペナルティ・スポットに飛びましたが、マークの受け渡しが一瞬曖昧になりました。ナラ(楢崎正剛)も一瞬飛び出しそうでしたが、結局は下がった。オノはニアポストから押し上げたけれど、ずっとポストにいた方が良かったかもしれませんね。

PT:「違うよ。このゾーンはデュエルが優先だから、ポストにいてもいなくても構わない。あのシーンは私を筆頭に、全員の集中力が足りなかったんだよ」

――集中力? 

PT:「危機感が足りなかったと言ってもいい。試合の立ち上がりは私たちのボール回しで始まっただけに、落ち着いていたと言ったでしょう? 結局はトルコを恐れていなかったことが最大の間違いだったんだ」

――トルコは国外の欧州クラブでプレーする選手が私たちよりも多いチームでした。私たちは十分に警戒していたはずです。

PT:「いいえ、君はジャーナリストのような考えをするね、そうじゃない。試合に入ってから、私たちは相手のプレッシャーをそれほど感じなかった。雨が降って、スタンドのサポーターはいつも以上に静かで、白いレインコートを着ていたね。トルコも攻めてこない中、私たちはコンフォート・ゾーンに入ったのです。精神的な疲れもあったはずだし、体は動くけれど頭とシンクロしていなかった」

つづく

9/7(月) 11:31 ナンバー
https://news.yahoo.co.jp/articles/0c9e0f342a077323534c21da0541eac80b47667a

トルシエが語る中田、俊輔、小野。 そして世界の扉を開けた森島寛晃。 

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1: 2020/04/19(日) 18:29:47.60
 フィリップ・トルシエインタビューの続きである。話題はU-21アルゼンチン戦の中村俊輔のゴール(https://number.bunshun.jp/articles/-/843237)から、中田英寿、中村俊輔、小野伸二という、2000年代の日本を代表する3人の選手について、さらにはトルシエが中村のゴールと並んで日本の運命を変えたという、日韓ワールドカップにおける森島寛晃のゴールへと移っていった。

――中村のゴールに話を戻します。稲本潤一と福田健二のワンツーが相手にわたり、それを俊輔がすぐに自分のものにして技術の高さを示して決めたわけですが。

「本当に魔法のようなゴールだった。サッカーで最も素晴らしいゴールは常に精巧だが、決めるためにはまずアルゼンチン守備陣の中に入っていかねばならない。それにはショートパスやワンツーが必要だ。また俊輔も、GKが前に出ていることを知らないと打てない。彼の示した動作は適切だった。

そこに資質が現れるが、彼は状況をコントロールした。自分がどこにいて、GKがどこにいるか状況を的確に把握した。それから彼は稲本のパスをよく見ていた。そこでボールを保持すべきかドリブルすべきかどうか、どのタイミングでシュートを打つかの判断も正しかった。

サッカーの3つの基準を完璧に満たしていた。

 さらに効果的な動きの実現という点でも、彼の仕上げは完ぺきだった。つまりサッカーを評価するための根本的な3つの基準――状況把握と判断、動作――を完璧に満たしていた。

 ふたつのことがこのゴールにはあった。ひとつは今言ったように3つの基準が完璧に満たされていたこと、そして卓越した技術と知性を持つ選手がそれを実現したことだ。だからこのゴールは私にとって、これからスタートしようとするプロジェクトの象徴となった。日本はディシプリンに溢れる方向を目指し、サムライの道を目指し、より技術的な道を目指す。サッカーのよりモダンなアプローチをとりながら」

中田、中村、小野の3人の関係性は?

――当時は中田英寿、中村俊輔、小野伸二という3人の才能あふれた選手がいました。あなたにとって彼ら3人はどんな違いがありましたか?

「3人は補完しあっていた。ヒデ(中田)にはフィジカルの強さ、力強さがあった。またパーソナリティもあった。だが中でも目立ったのはフィジカルの強さだ。決して怪我をしないし、力強く、大きな動きを作り出すことができた。技術的にも確固としたベースがあるから容易にボールを失わないし、攻撃でも効果的な動きをすることができた。

 繰り返すが3人は補完的だった。それぞれのパーソナリティは異なっていたが、選手としてのクオリティは同じレベルにあった。プレーをよく理解して、そこから最善の判断を下し、高い技術力でそのアイディアを実現する。3つの基準を彼らは才能として付与されていた。

>>2に続く


2020/04/18 11:55
Number
https://number.bunshun.jp/articles/-/843239?page=1

<ダバディ氏>日韓サッカーW杯の裏話暴露!トルシエ監督、選手にプールへ落され怒り 

1: Egg ★ 2020/01/24(金) 01:23:13.66 ID:9Q6hjDlT9
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2002年サッカーW杯日韓大会で日本代表を指揮したフィリップ・トルシエ監督のアシスタント(通訳)を務めたフローラン・ダバディ氏が、日本代表のベースキャンプ地だった袋井市にあるホテル「葛城北の丸」を18年ぶりに訪問。その様子が、25日放送の静岡朝日テレビの情報番組『とびっきり!しずおか土曜版』(前9:30~後1:00)で放送されることが24日、わかった。

 大会前から選手、スタッフと北の丸で6週間にわたる合宿生活を送っていたダバディ氏。18年の時を経て、再び北の丸に足を踏み入れた理由は、今年から自身が出演している番組コーナー「教えて!#ハッシュ旅」(>>1枚のインスタ写真を手がかりに聞き込みで、その場を訪ねて、インスタと同じ写真を撮る)のスタート地点にしたことから。ダバディ氏は「超懐かしいよ~。入口から続く石畳、スタッフの方々が出迎えてくれるおもてなしも、当時のままでした」としみじみ。

 選手全員が飛び込んだというプールを見て「グループリーグが終わって、リラックスするために庭でバーベキューパーティーをしたんですよ。でも、途中から選手たちが続々とプールに飛び込んで、松田直樹さんが中田英寿さんを落としたりして大盛り上がりでした。気付いたら、全選手23人がプールにいて、トルシエ監督まで落とされていました。監督は『私に何をする。みんな私の子どもたちじゃないのか』と怒っていました。私は逃げ回っていて、落とされることはありませんでしたが」と笑いながら当時の裏話を展開した。

 「葛城北の丸」は、袋井市の北部にあるヤマハが経営するリゾートホテル。大規模な本格的木造建築と広大な庭園を有するホテルで、隣接する葛城ゴルフ倶楽部は名門コースとして知られている。トルシエ監督は、代表合宿地に選んだ理由について「サムライたちが心身を休める場所として最適だから」と説明していた。

1/23(木) 22:33配信 オリコンニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200123-00000380-oric-ent

トルシエに頭をつかまれて バケツにつっこまれた男・永井雄一郎の回想 

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【迷采配】秋田豊「2002W杯16強トルコ戦でトルシエ監督がテンパってた。日本はもっと上に行けた」 

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1: ラッコ ★ 2019/03/04(月) 22:56:25.22 ID:cWhmsJ0d9
>>2019年2月23日(土)24:20~24:50にテレビ東京で放送の「FOOT × BRAIN【レジェンドと振り返る平成サッカー史!後編】」より抜粋

“夢”の平成14年(2002年)
「日韓ワールドカップ」“迷”采配の真実

ナレーター「多摩川に現れたアザラシのタマちゃんに子どもたちから歓声が上がったこの年、サッカー界でも大歓声が沸き起こった。
そう、初の自国開催となった日韓ワールドカップ。イングランドのベッカムを始めとした世界の超スター選手が次々と日本へ。
我らが日本代表も鈴木(隆行)の執念のゴールで火が付き、中田(英寿)、小野(伸二)、稲本(潤一)らシドニー・オリンピックを経験した黄金世代が躍動。
初勝利、初の決勝トーナメント進出に、老若男女問わず列島中が歓喜した。当時の盛り上がりに、メンバーだった秋田、楢崎は…」

・グループリーグ:日本△2-2△ベルギー、日本○1-0●ロシア、日本○2-0●チュニジア
・決勝トーナメント1回戦(ベスト16):日本●0-1○トルコ

ANALYST・福田正博「盛り上がりましたよね、自国開催だから。凄かったでしょ?注目が」

元名古屋グランパス・楢崎正剛「そうですね。凄かったです。でも試合の時は歓声が凄くて、声とか全然通らなかったです。代表戦で、ある程度そういう感覚は掴んでるなと思ってたんですけど、本大会のその感じは全然違いました」

ナレーター「期待されていたのも当然。当時のトルシエ・ジャパンのメンバーは、ワールドユースで準優勝し(1999年)、アジアカップを制覇(2000年)。世界と渡り合える力を持っていた。その強さの秘密とは?」

(※参考までに、1999年のワールドユースでは、大会ベストイレブンに日本からは小野伸二と本山雅志が選出される)
(※参考までに、日本は2001年のコンフェデ杯で準優勝。GL:日本3-0カナダ、日本2-0カメルーン、日本0-0ブラジル、準決勝:日本1-0豪州、決勝:日本0-1フランス)

ANALYST・秋田豊「これだけ組織的に戦うと、日本の力が出せるんだっていうのは初めて感じたことで、ラインコントロールを3バックでやることによって、相手にスペースを与えないとか、
そういうことができるんだっていうのが初めて知れた時で、本当にチームに一体感があって、あの時、本当にもっともっと上に行ける可能性があったんじゃないかなと思うくらい強いチームでしたね。まだまだ行けそうだったよね?」

・フラット3:3人のセンターバックを一列に並べて、DFラインをコントロールする

楢崎正剛「本当は『行かなきゃいけない』と思ってたんで、決勝トーナメントに行って、凄く雰囲気も良くて、自分たちもノッてた時に負けちゃったから、なんかこう、もったいないというか、そういう気持ちで終わってしまった感じはありますね」

秋田豊「ちょっとテンパっちゃったよね、(トルシエ)監督ね。ウイングハーフに小野伸二で、トップ下に三都主とか。
試合前に山本昌邦コーチに言ったんですけどね。『山本さん、こ、これはダメでしょ』って。皆がそう思ってたと思うんですけど。小野と三都主が逆なのに、それをやったっていう」

MC・勝村政信「確かに監督の“経験”ってのもね、僕らには分からなかったことじゃないですか。ワールドカップの経験が監督にそこまで無かったっていう、経験値の少なさっていう。そんなこともあるのかっていう」

【トルコ戦のスタメン(3-4-2-1)】日本0-1トルコ
     西澤
  三都主  中田英
小野        明神
    稲本 戸田 
 中田浩 宮本 松田
     楢崎

※参考
【ベルギー戦のスタメン(3-4-1-2)】日本2-2ベルギー
    柳沢 鈴木
     中田英
小野        市川
    稲本 戸田 
 中田浩 森岡 松田
     楢崎

【ロシア戦&チュニジア戦のスタメン(3-4-1-2)】日本1-0ロシア、日本2-0チュニジア
    柳沢 鈴木
     中田英
小野        明神
    稲本 戸田 
 中田浩 宮本 松田
     楢崎

>>2-5あたりに続く)

W杯を機に何が変わった?トルシエ氏が紐解く「サッカーは非人間的、機械的に」 

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1 2018/08/13(月) 13:13:32.61 _USER9
フランスの2度目の優勝で幕を閉じたロシア・ワールドカップを、フィリップ・トルシエはどう総括したのか――。
ジャンニ・インファンティーノFIFA会長が「史上最高」と自画自賛し、実際、プレーのクオリティ(も決して悪かったわけではないが)を除けば確かに間違いなく最高であった大会を、トルシエはどう見ているのだろうか。

大会直前から始まったイビチャ・オシム、フィリップ・トルシエというふたりの短期集中連載を終えるにあたり、多少時間は空いたがトルシエの電話インタビューをここにお届けする。
 監修:田村修一

(中略)

◾ 「ビデオ判定でなければ絶対に笛は無かった」

 ――ビデオ判定が結果に影響を与えたと言えますか? 

 「影響はあった。
 オーストラリア戦でフランスがPKを得られたかどうかは誰にもわからなかった。あのPKがなかったら引き分けに終わっていただろう。
クロアチア戦のPKもそうだ。ワールドカップの決勝で、ビデオ判定でなければ笛は絶対に吹かれなかった。つまりビデオがサッカーを多少なりともロジカルにしたと言える。

 これまでサッカーは非ロジカルなスポーツだと言われ続けてきた。サッカーでは1+1がときに3になると。『誤審』がその主な原因だったが、そこがこの大会では合理的になった。試合結果も合理的になり、1+1は常に2になったわけだ」

◾ サッカーは非人間的、機械的になった。

 「だが他方でサッカーの人間的な側面を排除したのも事実だ。レフリーの判定を議論するのもサッカーの一部であるからだ。その点でサッカーはより非人間的かつ機械的になったといえる。

 しかしあらゆる疑念を排除して、より明快になったのも間違いない。合理的な結果に到達することで、ロジカルな勝者をビデオが生み出した。
判定へのフラストレーションは常に存在したが今は違う。ビデオが示す結果に議論の余地はない。疑念や批判を挟む余地はなくなった。

だから今、批判されるのはデシャンの哲学であり、フランスのプレースタイルだ。それはサッカーそのものへの批判であり、監督に対する批判であり、選手交代やプレー哲学への批判だ。
判定がより正確になることで、結果に対する監督の責任がより重くなったといえる」

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180813-00831588-number-socc&p=4
続く

先駆者トルシエ氏が現状に警鐘!!『代表監督の兼任は不可能!』 

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 日本代表の森保一監督(49)は、2020年東京五輪を目指すU―21日本代表との兼任の重責に挑む。両カテゴリーを兼務するのは00年シドニー五輪と02年日韓W杯で指揮したフランス人のフィリップ・トルシエ氏(63)以来。経験者であるトルシエ氏は、当時と現在では日本サッカーの置かれた状況が違うと分析し“二兎”を追う道は厳しいと指摘した。

 なぜ私はA代表と五輪代表の監督を兼任したのか。1998年に日本代表監督に就任するにあたり、W杯まで段階を踏んでチームを作り上げていくべきだと考えた。日本のポテンシャルを把握し、2002年は24~26歳の選手が中心になると導き出した。つまり4年後のチームを構築するために、少なくともU―20代表から見ていかねばならないというのが私の結論だった。

〈続く〉
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180731-00000032-sph-socc

日本はベスト8に進出出来た!!トルシエ論ではベルギーに勝っていた? 

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1 2018/07/19(木) 07:52:39.65 _USER9
「日本はベルギーよりも良いプレーをしていた」

「日本はとても賢かったが、とても繊細だった。終盤はゲームをコントロールできていなかったし、今のところその原因を誰も説明できていない」

 日本は後半早々にMF原口元気、MF乾貴士の連続ゴールで2-0とリード。ところが後半途中から徐々に主導権を握られ、連続失点で2-2と追いつかれると、アディショナルタイムに高速カウンターから被弾し、最終的に2-3と痛恨の逆転負けを喫した。

「2点のリード後、ゲームをコントロールすることに経験を生かすべきだった。日本はベスト8に進出することができたはずだ」

 2点リード後にゲームをコントロールできていなかったと指摘。経験豊富な選手が多くいながらも、3連続失点で逆転された展開に驚きを隠せなかったようだ。

「多くの選手は経験が豊富で、欧州でもプレーしている。それでも、あんな未熟な形で敗れた。私の監督時代には見たことがない。あまりに繊細すぎた」

 かつて率いた日本代表の逆転負けをそう分析したトルシエ氏。「日本はベルギーよりも良いプレーをしていた」と評価しているだけに、2点リード後の展開に思うところがあったようだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180719-00122960-soccermzw-socc

『川島を外すメリット無し』トルシエが持論を展開!!“川島肯定” 

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1 2018/06/27(水) 20:01:50.72 _USER9
「とても驚いた」というのが、フィリップ・トルシエの第一声だった。

 日本対セネガル戦の直後、監督記者会見の後に電話をしたときのことである。

 彼の驚きは、恐らく試合を見ていたほとんどの人たちの驚きでもあっただろう。結果こそ2対2の引き分けだったが、それほどまでにこの試合の日本は素晴らしかったからだ。

 それではトルシエは、セネガル戦に何を見たのか。忌憚なき言葉でトルシエが語った。

哲学に基づいたプレーを実践した。
――どうして「驚いた」のですか?

「コロンビア戦もセネガル戦も、日本は相手よりも劣っていると見られていた。だがこの2試合を見る限り結果は妥当だ。今日、日本が勝っていても私には驚きではなかった。チャンスは日本の方が多かった。

 セネガルが頼りにしたのは彼らの長所で、とりわけカウンターアタックには威力がある。日本はそんなセネガルに対し自分たちの哲学に基づいた自分たちのプレーを実践した。そして幾度もチャンスを作った。先制点を喫した後も、まったく臆することなく、同じ意志の強さを示し続けた。

 選手たちが才能に溢れていることを日本は見せつけた。それはすでに分かっていたことだが、アジアではなかなか示す機会がなく、いつも4年ごとにワールドカップまで待たねばならないものだった。才能が発揮される舞台はワールドカップしかなかった。

 だからこそ驚きだった。4年ごとにしか機会がなく、アジアでの戦いに普段は専念しなければならない。だが日本は、4年ごとに着実に進歩していることをここに示した。その点を私は評価したい。

 今やすべてが可能だ。もちろんまだ何も勝ち取ったわけではない。しかし日本は運命の鍵を自らの手に握っている。必要なのは勝ち点1だ。そして今日の自信に溢れた日本を見る限り、グループリーグ突破の希望は大いにあるといえる」

つづく

2018/06/27 11:30
http://number.bunshun.jp/articles/-/831185?page=1



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