Samurai Goal

トッティ


スポンサード リンク





ローマ一筋のトッティ、レアル移籍の可能性があったと告白…「ラウール以下の権利を与えられるはずだった」 

20200519-00010000-goal-000-1-view




1: 2020/05/19(火) 11:25:56.20
選手キャリアを通じてローマ一筋でプレーし続けた元イタリア代表FWフランスチェコ・トッティ氏だが、レアル・マドリーに移籍する可能性が「80%」存在していたという。

スペインのフットボールカルチャーマガジン『リベロ』とのインタビューに応じたトッティ氏は、2000年代前半に、自身の憧れのクラブでもあったレアル・マドリーに移籍する可能性があったことを告白。「言ってしまえば、80%の確率でレアル・マドリーに移籍する可能性があった。それにローマは良い時期ではなかったから。(当時のローマ会長)センシは、僕のために何でもしてくれただろうけどね」と語った。

トッティ氏によれば、レアル・マドリーは当時ルイス・フィーゴ氏がつけていた背番号10を与える考えがあるなど、ほとんど糸目をつけることなく同氏の獲得を望んでいたという。ただし、チームの象徴であったラウール・ゴンサレス氏だけは、アンタッチャブルであったようだ。

「当時の10番はフィーゴだった? 私はあそこに移籍するため、あらゆることを与えられようとしていた。あらゆることを、ね。ただ、それはキャプテンの座以外だった。なぜならば、あそこにはラウールがいたからだ。ラウールは誰よりも権利を持つべき選手だった。彼はレアル・マドリーのキャプテン、象徴であり、誰よりも権利を持っていなくてはいけなかった。どんな選手であっても、手にするものはラウール以下でなくてはいけなかったんだよ」

「2004年、僕はローマとの契約が終わろうとしていた。会長と僕は、自分個人というか、そのほかのことでいくつかの問題を抱えていて、そのときにマドリーから金に糸目をつけないオファーを提示された。どんな額でもかまわなかったんだ」

「なぜ断ったのか? 拒絶したというわけじゃない。本当に考えたよ。さっき言ったように、あそこに移籍する可能性は80%あったんだ。決断は、自分の心でもって決められた。ファン、友人、家族のことを考えて決めたんだ。私はほかの選手たちが常々行ってきたことと違うことをした。多くの選手がマドリー、バルセロナ、バイエルン・ミュンヘンに移籍していったが、自分は残留することで、ほかとは違うのだと感じたのさ。僕は良い選手だったが、加えてずっと同じユニフォームを着ている選手としても、ほかと違ったんだ」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200519-00010000-goal-socc

「間違いかと思った…」「あれが全てを変えた」トッティ、伝説のユーベ戦での中田英寿との“交代劇”を語る! 

1: 2020/04/25(土) 19:19:43.98
「ナカタが入ったことでより…」

2001年5月6日に行なわれたセリエA第29節のユベントス対ローマは、日本のサッカーファンにとっても忘れられない伝説の一戦だ。

首位ローマと勝点6差の2位ユベントスとの直接対決は、スクデット(優勝)の行方を左右する天王山だった。この試合で大きな仕事を成し遂げたのが、元日本代表の中田英寿だ。

2点ビハインドで迎えた60分、ローマのエースであるフランチェスコ・トッティとの交代でピッチに立った中田は、79分に中盤でボールを奪うと右足を一振り。
強烈なミドルシュートでネットを揺らす。さらにアディショナルタイムにも、再び中田がペナルティーエリア外からミドルシュートを放つと、GKエドウィン・ファン・デル・サールが弾いたところをヴィンチェンツォ・モンテッラが押し込んだのだ。

敗色濃厚だった一戦で土壇場にポイントをもぎ取ったローマは、そのまま首位を保って逃げ切り。18年ぶり通算3度目となる優勝を果たした。

出場機会に恵まれず、不本意なシーズンを過ごしていた中田だが、この頂上決戦での活躍でスクデットへの貢献度を高く評価されている。

では、ロマニスタの絶対的なアイドルだったトッティは、中田との交代をファビオ・カペッロ監督に命じられ、何を思っていたのだろうか。

ローマ専門サイト『frozaroma.it』によると、インフルエンサーとのインスタグラムでの対談で、トッティは、「(交代は)間違いじゃないかと思ったよ。0-2で負けていて、
試合をひっくり返さなきゃいけなかったしね。でも、あの交代からすべてが変わった」と話している。

「中田が入って、ゴールを決めて、同点につながるシュートを放った。交代が大当たりしたんだ。事前にそうなると分かっていたら、前半が終わった時に交代していたよ。いや、出場すらしなかったさ」

さらに、“カルチョの偉大なる王子”は、「あの流れでは悶々としてもおかしくない。スクデットがかかった、あれほど大事な試合で交代させられるんだからね」と続けた。

「最後は交代がすごく当たった。あの状況では自分のことではなく、チームのことを考えるものだ。その時は悶々とするかもしれないけど、過ぎ去るものだよ。ナカタが入ってからより、
自分がいた時のほうがチームは苦しんでいた。カペッロが正しいタイミングで理解し、変えたんだ。拍手するしかない」

大一番で交代させられた悔しさをにじませながらも、中田の功績やカペッロ采配が奏功したことも認めたトッティ。悲願のスクデットを手にしたことで、屈辱も二の次とできたのかもしれない。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200425-00010002-sdigestw-socc
4/25(土) 6:11配信

https://www.youtube.com/watch?v=64saZjxuWjs


【中田英寿プレー集】中田が伝説となったゴール | ローマ編

no title

トッティ「涙してしまうからローマの練習場には入れない。死んだ方がマシ」 

20200420-00010021-goal-000-1-view




1: 2020/04/20(月) 22:46:41.60
トッティ氏が告白「涙してしまうからローマの練習場には入れない。死んだ方がマシ」

元イタリア代表FWのフランチェスコ・トッティ氏が、インスタグラム上で元同僚のルカ・トーニ氏と対談し、自身のエピソードなどを明かした。

1989年にローマの下部組織に入団して以降、キャリアを通じてローマ一筋でプレーしてきたトッティ氏。2017年の引退後も幹部としてクラブに貢献してきたが、首脳陣らとの衝突もあり、昨夏に慣れ親しんだ環境を離れた。

現在はローマの下部組織に所属する15歳の長男クリスティアン君の送り迎えのために、練習場のトリゴリアに足を運ぶトッティ氏だが、元同僚であるトーニ氏に対し自身の胸の内を明かした。

「こんな感じである限り、トリゴリアにも入りたくない。クリスティアンを練習に連れて行く時は、中に入らないどころか、車の中から出ないこともある。30年間にわたって私の家であった場所を見ると、涙が出てきてしまう。中にいる友人たちには会いたくなる。たまに向こうから挨拶に出てきてくれることもあるが、私は絶対に中に入らない。クリスティアンから中に入るよう頼まれるが、私にはまだ早い。正直、死んだ方がマシなくらいだよ」

続いてトッティ氏は、自身の現役引退に至る経緯を振り返り、悔しさをにじませた。

「私が決めていいと言われていたのだが、一転して『君はもういらない』と言われた。私は別に毎試合、出場したかったわけでもない。ただチームの一員でありたかった。必要な時にたまに10分くらいプレーできれば良かった。ローマの力になりたかったからね。私は常に自分の持てる力のすべてを捧げてきたのだが、他の者に進退を決められてしまった」

またローマのレジェンドは、セリエAで最強の背番号10番のファンタジスタを問われると、ユヴェントスのFWパウロ・ディバラを挙げた。「出場機会は少ないが周りのメンバーを見たか?リスペクトを込めて言うが、宇宙人だらけだからね」と述べた。



4/20(月) 19:53配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200420-00010021-goal-socc

<デル・ピエロ氏>トッティとの“不仲説”について「話をしなくても、よく理解していた」 

20200413-00373141-usoccer-000-1-view




1: 2020/04/13(月) 11:19:45.10
ユベントスのレジェンドである元イタリア代表FWアレッサンドロ・デル・ピエロ氏が、過去の不仲説について明かした。イタリア『トゥットスポルト』が伝えた。

デル・ピエロ氏は、1991年7月にパドヴァでプロキャリアをスタートすると、2年後の1993年7月にユベントスへと完全移籍。2012年7月までプレーを続けた。

ユベントスで10番を背負っていたデル・ピエロ氏は、同じ時期にローマで頭角を現していた元イタリア代表FWフランチェスコ・トッティ氏と比較されることが多く、常にライバルとして扱われてきた。

また、イタリア代表でも背番号10を争うことや、同じポジションであったことで“不仲説”が流れることもしばしばあったが、デル・ピエロ氏はこの件について否定。理解し合っていたが、監督が色々と試していたと語った。

「多分代表チームでだったと思うけど、よく覚えていない。私たちは若かった。2つの異なる世界を代表していたけど、互いに尊敬しあっていた」

「長年にわたって2人のキャリアは似ていて、お互いに話をしなくても、よく理解していた」

「2002年のワールドカップでも、トラパットーニ(当時イタリア代表監督)は私にフランチェスコ(・トッティ)と何度もプレーさせた。何度かあったけど、もう少し試したかったのではないかと後悔したよ」

一方で、2006年のドイツ・ワールドカップでは優勝を達成。決勝戦のフランス代表戦に途中出場したデル・ピエロ氏は、当時を回想した。

「(2006年の)ワールドカップ決勝後に最初に経験したのは、サッカー選手が完全に感じることができる完成度だった。説明するのは難しいけど、キャリアの頂点であり、最大の満足感だったよ」

4/13(月) 10:30配信 超WORLDサッカー
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200413-00373141-usoccer-socc

写真
https://amd.c.yimg.jp/amd/20200413-00373141-usoccer-000-1-view.jpg

トッティが中田英寿を変人扱いするも「お前のほうが変わり者」の総ツッコミ! 

1: Egg ★ 2020/02/06(木) 09:12:23.27 ID:y7FbRZSd9
元イタリア代表で「ローマの王子様」と呼ばれたフランチェスコ・トッティが、DAZNのインタビューで中田英寿について語り、話題になっている。

 中田は99年から01年までローマに所属し、トッティとはチームメイトにしてポジションを争うライバルだった。トッティは現役時代に最も驚いたエピソードを聞かれ、中田の名前を挙げている。なんでも01年にローマがセリエA優勝を決めた直後、スタジアム全体がお祭り騒ぎになる中、中田はロッカールームで本を読んでいたのだという。それを見たトッティは「(この状況で)なぜそんなことをしているのか」と思ったとか。

「ローマは熱狂的なファンが多いチームです。それが18年ぶりに優勝したわけですから、スタジアムはお祭り騒ぎ。試合終了のホイッスルが鳴る前にピッチになだれ込む観客がいたほどです。そんなフィーバーの中、読書をしている中田を、チーム生え抜きで優勝の重みを知っているトッティが理解できないのも当然です」(スポーツライター)

 中田を東洋の変わり者扱いしたローマの王子様だが、サッカーファンからは「トッティのほうが変わり者」とのツッコミが入っている。トッティはイタリアでは「天然キャラ」としてイジられているからだ。

 たとえば、悩みの半分を解決できるという本を見た彼は「2冊買えば悩みがすべてなくなる」と言って2冊購入した。また、自身の著書が100万部売れたことを聞かされると、「そんなはずはない。俺は1冊しか書いてない」と驚いたという。アニメ「キャプテン翼」が大好きだった子供の頃には、日向小次郎のシュートをマネして骨折したという逸話も残っている。

「どれも嘘か真かはっきりせず、作られたエピソードという気がしないでもないんです。ただ、トッティならやりそうと納得してしまうキャラクターなのは確か(笑)。はっきり言って、中田以上の変わり者、天然キャラですよ」(前出・スポーツライター)

 愛されキャラのトッティ。ぜひ監督としてピッチに帰ってきてほしいものだ。

https://asagei.biz/excerpt/12449


写真
no title

トッティと日本、知られざる4つの秘話。内気な少年時代の記憶、人生初の海外、奇跡と悪夢… 

20200131-00010000-realspo-000-9-view[1]

<中田英寿>スクデットを呼び込んだ活躍にイタリア紙が再脚光!「日出づる国のベッカムが物語を書き換えた」  

1: Egg ★ 2019/06/04(火) 18:06:24.23 ID:SqZqf34D9
約20年という月日が過ぎても、伝説のゴールは色褪せないのだろう。

 イタリア紙『Gazzetta dello Sport』は6月3日、セリエAの20年を振り返るシリーズの1回目として、2000-01シーズンをピックアップ。元アルゼンチン代表FWのエルナン・クレスポ(ラツィオ)が得点王に輝き、ローマが通算3度目のスクデットを獲得した一年を紹介した。

 ローマの優勝は、日本のファンにとっても忘れられない出来事だった。元日本代表の中田英寿が、当時世界最高峰だったセリエAのタイトル獲得に貢献したからだ。

 とりわけ、首位ローマと2位ユベントスが勝点6差で迎えた天王山で、2点を先行されたローマが中田の活躍でドローに持ち込んだ2001年5月6日の一戦は、語り草になっている。

 フランチェスコ・トッティとの交代で途中出場した中田は、豪快なミドルシュートを突き刺して1点を返す。さらに、終了間際にも遠目からのシュートでGKエドウィン・ファン・デルサルを襲い、こぼれ球を押し込んだヴィンチェンツォ・モンテッラの同点弾を演出した。
 
 Gazzetta dello Sport紙は「運命の男は、ペルージャでブレイクし、ローマでトッティの控えだった『日出づる国のベッカム』、ヒデトシ・ナカタだった」と紹介。途中出場から「物語を書き換えた」と賛辞を寄せている。

 さらに、同紙は、中田を「芸術とファッション、デザイン、ワインを愛し、わずか29歳で引退してからは日本酒のアンバサダーとなった、珍しい選手」と表現。シーズン中に外国人枠が撤廃されたことで、中田が「決定的な存在」になり、ローマの優勝につながったと伝えた。

 長い年月を経ても、現地紙から賛辞を寄せられているという事実が、中田の偉大さを物語っていると言えるだろう。

6/4(火) 17:57 サッカーダイジェスト
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190604-00059580-sdigestw-socc

写真
no title

ローマの王子トッティが“監督ライセンス”取得を断念していた!! 

1   2018/05/29(火) 11:18:33.97 _USER9
2018.5.29 07:02
http://www.sanspo.com/smp/soccer/news/20180529/ser18052907020001-s.html
no title


 ちょうど1年前、現役生活にピリオドを打った元イタリア代表のフランチェスコ・トッティ氏について、イタリア紙『ガゼッタ・デロ・スポルト』が27日、特集を組んだ。

 ローマのレジェンド、トッティ氏は昨年、40歳で現役引退を決断。昨年5月28日に行われたセリエA最終節ジェノア戦がラストマッチとなった。その後、トッティ氏は古巣の幹部に転身し、元同僚で指揮官のエウゼビオ・ディ・フランチェスコらをサポートし、活躍を続けている。

 ■引退後も変わらないトッティ

 トッティ氏の妻でタレントのイラリー・ブラージさんは、引退後の夫の様子について、「すべてが変わったようで変わっていない。彼はいつもチームに同行していて、ルーティンはほぼ一緒。ただスパイクを履いていないだけ」と明かすが、ローマ全体を見ても、トッティの引退前とほぼ変わらない状況であると特集では指摘されている。

 「今シーズンもずば抜けて売り上げが多かったのは、背番号10番のユニフォーム。トッティはスポンサーやメディアからのリクエストも最も多く、今も世界においてクラブを代表する顔であり続けている」

 なおローマの練習場があるトリゴリアでのトッティの活動についても紹介されている。ロッカールーム内において、重要な役割を担っていることが綴られている。

 「トッティは9月から毎日、トリゴリアに通い、チームとともに過ごす。(スポーツディレクターの)モンチと密に連絡を取り、ディ・フランチェスコには貴重な手助けをする。SNSを通じて(パトリック)シックにローマ入団を決意させ、(ジェンギズ)ウンデルには自身のロッカーを譲った。冬に(ラジャ)ナインゴランや(ブルーノ)ペレスの問題が生じるとコミュニケーションをとり、(会長のジェームズ)パロッタに面会し、様々なイベントに顔を出した」

 ローマ会長らの下で様々な活動に携わるトッティだが、昨年、監督ライセンス取得へ向けて講習に参加したものの、1カ月足らずで断念している。これについては、「監督業は彼に向いていなかったのだろう」と締めくくっている。

 ■トッティは6キロのダイエットに成功

 一方、私生活については、トッティがダイエットに成功したことが紹介されている。

 「フランチェスコは夕食のパスタが大好きで、デザートのティラミスは絶対断らないタイプだが、食事メニューについて専門家の指導を受けている。ここ数カ月において6キロ以上の減量に成功した」

 現役引退から1年が経ったが、ローマのレジェンドの動向は以前と変わらず、世界中の注目を集めているようだ。(Goal.com)

トッティ、イグアインのユーヴェ移籍に苦言 「心ではなく金を選んだ」 

1: 名無しさん 2016/07/27(水) 19:33:55.37 ID:CAP_USER9
ローマFWフランチェスコ・トッティは、アルゼンチン代表FWゴンサロ・イグアインがナポリからユヴェントスに移籍したことを快く思っていないようだ。

昨季セリエAで66年ぶりに最多得点記録を更新したイグアインは、この夏ユヴェントスへの移籍がずっと噂されていた。ナポリのレジェンドであるマラドーナ氏や同市の市長が痛烈な批判を浴びせるなか、最終的にはユヴェントスが9000万ユーロ(約100億円)を支払うことで取引が成立している。

トッティはイグアインの移籍を受け、巨額の資金により移籍が成立する時代を嘆いている。イタリア『ガゼッタ・デッロ・スポルト』がコメントを伝えた。

「今日、サッカー選手はまるで流浪の身だ。自分の心に従うのではなく、お金についていく。おそらく、そこには違いがある」

「自分の心に従う選手は多くない。僕がお金のことだけを考えていたら、10年前にローマを去っていただろう。僕にとって大事なのは情熱なんだ。お金じゃない。常にローマの色を愛し、そのユニフォームを着ていたいと思っている」

ローマの象徴としてクラブを支えてきたトッティは、イグアインの決断に苦言を呈している。

「ファンは楽しむためにスタジアムに行く。チームに忠誠を誓う選手を見るためにね。裏切られるなんてことは期待していない。イグアインがナポリからユヴェントスに移籍したのは完全な失敗だよ」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160727-00000015-goal-socc
no title

トッティ、今夏Jリーグに参戦か。伊紙が報じる 

1: 名無しさん 2016/04/20(水) 22:20:55.41 ID:CAP_USER*.net
ローマの伝説フランチェスコ・トッティが今夏Jリーグに参戦するかもしれない。

20日、イタリア紙『イル・テンポ』が報じた。

今季ローマのルチアーノ・スパレッティ監督との確執が報じられているトッティ。

23年間に渡ってローマを一筋を貫いてきた同選手だが、今季限りでのクラブ退団が噂されている。

移籍先としてトッティに興味を持っていると報じられているのはUAEのアル・ジャジーラ。

しかし、Jリーグクラブも獲得を近づいているとみられている。

かつては中田英寿氏とともにセリエA優勝を経験し、

2006年にはイタリア代表のワールドカップ制覇にも貢献したトッティ。果たしてJリーグ参戦は実現するのだろうか。

フットボールチャンネル 4月20日(水)18時20分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160420-00010024-footballc-socc

写真
no title



ブログパーツ


RSS
social_64px_color_feed social_64px_color_feed social_64px_color_feed social_64px_color_hatena

検索
カスタム検索

タグクラウド

月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
アクセスランキング
メッセージ

名前
メール
本文
QRコード
QRコード
記事検索