Samurai Goal

キング・カズ


スポンサード リンク





キング・カズ「ストイックすぎる53歳」に〝反発〟の声 

1: 2020/09/24(木) 11:43:35.88 _USER9
キングが新たな金字塔を打ち立てた。J1横浜FCのキング・カズこと元日本代表FW三浦知良(53)は、2―3で敗れた川崎戦(23日)に今季初先発し、2012年にFW中山雅史(当時札幌)がマークした45歳2か月1日のJ1最年長出場記録を53歳6か月28日に更新した。過酷な練習に加えて私生活も徹底管理。50歳を過ぎても全力疾走できる肉体をキープし、大記録を達成したが、その裏舞台では、ストイックなキングの姿勢に〝反発〟の声も出ている。

 53歳となったカズは若手と同じハードな練習メニューをこなし、休日でも体を動かすなど真摯にサッカーと向き合っている。シーズン後も恒例となったグアム合宿を行うなど、ほぼオフなしの1年を過ごし、睡眠や食事など私生活も徹底管理。プロとしてピッチで躍動するため、ストイックな生活を送っている。

 年齢にあらがい努力する姿は各方面から称賛され、カズと同世代の元日本代表FW武田修宏氏(53)らOBたちも「50歳を超えてるのにストイックにやるなんてマネできないよ」と声をそろえる。ただカズがこだわるストイックな〝スタイル〟については、周囲から反発の声も出ている。

 カズの父の納谷宣雄氏は「カズヨシのやり方はどうかな。オフに入ってすぐにグアム(合宿)に行って、またチームのキャンプが始まる前にグアムへ行ったり…。どう考えてもやり過ぎ。体の心配もあるから少しペースを落とした方が良いと言ったけどな」と苦言し、元日本代表MFラモス瑠偉氏(63)もかねて「カズは練習し過ぎなんだよ。もう若くなんだから練習量を減らしていかないと体がもたなくなる。練習はほどほどにして、しっかりと体調を整えて試合に備えるほうが良いって」と指摘していた。

 実際、加齢とともに筋力や心肺機能が低下していく中、20代選手と同じトレーニングをこなしても〝現状維持〟すら難しいところ。しかも若いころと違って回復力も衰えているため、日々の練習などで疲労が蓄積していけば、大きな負傷につながる可能性もある。カズにとっては選手生命に直結しかねないため、年齢に見合った取り組みを求められた格好だ。

 こうした指摘についてカズの代理人も務めた田路雅朗氏(65)が胸中を代弁する。「練習量を減らせと言ってもムリだろうな。常に全力でストイックにやる、それがカズヨシのフィロソフィー(哲学)だから。マジメに取り組んだということが自分の糧というか自信や支えになっている。ブラジル時代から、ずっとやってきたことだし、やめることはないな。そこは言うこと聞かないさ」

全文はソース元で
https://news.yahoo.co.jp/articles/d50ff69fc6623fa70590b30eb4db202030217a70
no title

衰え知らずのキング・カズ、本当に恐ろしい…パーソナルコーチ喜熨斗勝史さんが語る三浦知良 

1: 2020/09/24(木) 08:54:31.18 _USER9
9/24(木) 6:00
スポーツ報知

20年、グアムで自主トレする横浜Cの三浦(左は喜熨斗トレーナー)

◆明治安田生命J1リーグ第18節 川崎3―2横浜C(23日・等々力陸上競技場)

 横浜CのFW三浦知良(53)が川崎戦で今季リーグ初先発し、53歳6か月28日のJ1最年長出場記録を打ち立てた。2003年から三浦知良のパーソナルコーチを務める喜熨斗(きのし)勝史氏(55)が、J1最年長出場記録を更新したキング・カズとの17年間を振り返った。(取材・構成=田中 雄己)

 17年前の秋。突然、電話が鳴ってね。「三浦です」。カズからだった。話を聞くと、神戸で出場機会が減り、トレーニングを積んで復活したい。体を見てほしい、ということだった。そのオフに初めてグアムで自主トレしたのが最初だった。

 当時は、クラブでも代表でも体幹や体脂肪といった意識は薄かった。37歳のカズもどこか勢い任せな部分はあった。やらなくていいことをやめ、やるべきことをやるように意識した。無駄な部分に筋肉をつけず、むやみに走り過ぎない。スプリント走を多くしてなるべくボールを使う。サッカー選手としての練習に特化した。

 年々、年齢を重ねているのでメニューは変わり、同じ事はできない。ただ、練習量を落としていくのではなく、進化していくイメージで取り組んだ。新しい車はバンバン走るけど、クラシックカーはメンテナンスが必要なのと同じ。クラシックカーもしっかり整備さえすれば、新車より味があり、コンパクトな走りもできる。スピード勝負のレースは勝てないかもしれないけれど、サッカーはスピード勝負じゃない。技術が一番。それにカズはスピードでも負けていない。

 3年前、コーンを置いてジグザグに走るテストをした。ジグザグなので足の速さだけではなく、ターンや加減速を含め、敏しょう性が測定できる。それを、素走りとドリブルと2回行った。カズは素走りだと速くなかったが、ボールを使えば遜色がないどころか、若手よりも速かった。サッカー選手としての能力が衰えていないことが実証された。

 タッグを組んだ当時は僕が39歳で、カズが37歳。冗談で「2人足して100まで現役でやれたらいいね」なんて話していたけど、今は合計108歳(笑い)。でも、いまだにカズがガクッと落ちたことは一度もない。本当に恐ろしいよね。

 練習法や食事などが進化して長く続けられる選手が増えているけど、カズの存在が大きいんじゃないかな。(中村)俊輔や(松井)大輔、他のクラブでもカズを意識している選手は少なくない。皆の先頭で走り続けてほしい。“1967年型”の車なんて、街中でもめったに見ないけどね。

 ◆喜熨斗 勝史(きのし・かつひと)1964年10月6日、東京都生まれ。55歳。95年に平塚(現・湘南)で指導者のキャリアをスタート。C大阪、浦和、大宮、横浜C、名古屋などを経て、昨季は中国1部の広州富力で、ストイコビッチ監督の下でコーチを務めた。2003年からFW三浦知良のパーソナルコーチを務める。

no title


https://news.yahoo.co.jp/articles/4e45a39efe9aee4e40eca12e9a7fa3040a828ae5

<キング・カズ>仏W杯落選・・・ミラノでブチギレ!「フィルムを出せ!」「気持ちを分かってくれよ!」 

1: 2020/04/29(水) 06:23:04.26
22年前の初夏。キング・カズが人間・三浦知良をあらわにした瞬間を見た

1998年6月2日。日本が初出場したフランスW杯を目の前にしてカズは代表から外れた。「外れるのはカズ、三浦カズ」と声を震わせて発表する岡田武史監督の手には、
なぜかホテルのルームキーが握られていた。外す方も外される方も極限の状態にいた。

その直後、カズは合宿地のスイス・ニヨンを離れた。「ミラノ(イタリア)のフォーシーズンズホテルに向かったらしい。すぐに追いかけてくれ」とサッカー担当キャップから指令を受けた私はアルプスを越え、約500キロ離れたミラノへ飛んだ。
翌日。最初にカズに接触できたのは、私、日刊スポーツのN記者、テレビ局スタッフ2人の計4人。そのうち、テレビ局スタッフは日本テレビから依頼を受けた現地の外国人だったので、遠めからカメラを回しているだけだった。

普段、おおらかなキングは「今は勘弁してくれ。成田空港で会見する。それまで待ってくれ。今はまだ話せる気持ちじゃないんだ」と声を荒らげた。「1枚だけ写真を撮らせてほしい」と頼んだが、断固拒否した。
「オレの気持ちを分かってくれよ!」

カズの気持ちを分かった、と軽々しく言うつもりはないし、記者として正解か分からなかったが、私もN記者も、そこで取材を断念した。だから、6月4日付の本紙には私が撮影した写真は掲載されていない。
(日本テレビからの)クレジットが入った画像には激高するカズと途方に暮れる私の姿が映っていた。
翌日、もう一度取材を頼もうと待っていたが、前日と状況は一変。報道陣は約20人に膨れ上がっていた。ひとりのカメラマンがカズが姿を見せると同時に断りなくシャッターを切ると、カズはキレた。

「フィルムを出せ!」
そのカメラマンが「フィルムは出せない」と断ると「じゃあ、そのカメラごと出せ! ほかのを買ってやるから!」

このミラノの時ほど感情をむき出しにしたカズを見たことがない。

帰国したカズは、宣言通り成田空港で会見に臨み「代表としての誇りと魂は向こうへ置いてきた」という名言を残した。キングとして威厳あふれる名言も素晴らしいが
「オレの気持ちを分かってくれよ!」という魂の叫びは、より鮮明に耳に残っている。W杯に対する三浦知良の思いをあらためて感じる。(竹内 達朗)

◆1998年フランスW杯 悲願の初出場を決めていた日本は、岡田武史監督の下、25人の代表候補がスイスの直前合宿に参加。開幕直前にカズ、北澤豪、市川大祐が登録メンバーから外れた。
カズと北澤はチームから離れ、市川は帯同した。日本はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカに3連敗を喫し、1次リーグ敗退。地元のフランスが決勝でブラジルに3―0で完勝し、初優勝を飾った。

◆三浦 知良(みうら・かずよし)1967年2月26日、静岡市生まれ。53歳。静岡学園高を中退してブラジルへ留学し、86年にサントスとプロ契約。読売クラブ(現東京V)、ジェノア(イタリア)などを経て2005年に横浜C加入。
国際Aマッチ通算89試合55得点。J1通算321試合139得点。J2通算249試合24得点。177センチ、72キロ。家族はタレントのりさ子夫人と2男。

◆竹内 達朗(たけうち・たつお)1969年、埼玉県生まれ。50歳。東洋大時代に箱根駅伝に3回出場し、3回ブレーキ…。92年入社。

4/29(水) 6:00配信 スポーツ報知
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200429-04280259-sph-socc

写真
no title


【サッカー】<カズ>わずか1年でイタリア1部・ジェノアを退団した真相! [Egg★]
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1588074156/



ブログパーツ


RSS
social_64px_color_feed social_64px_color_feed social_64px_color_feed social_64px_color_hatena

検索
カスタム検索


月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
アクセスランキング
メッセージ

名前
メール
本文
QRコード
QRコード
記事検索