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インタビュー


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「W杯を知る男たち/ジーコ論」中田英寿、高原と重なる本田、香川。大事なのは… 

1: サムライ 2017/11/21(火) 12:12:05.12 ID:CAP_USER9
<W杯を知る男たち ジーコ論・上>

 W杯で日本代表を指揮した監督たちによる連載「W杯を知る男たち ○○論」の第4弾は、06年ドイツ大会を率いたジーコ氏(64)の登場です。

現役でもブラジル代表として78、82、86年の3大会に出場し、W杯を最もよく知る人の1人。鹿島時代を含め日本サッカー界に大きな影響を与えてきた。「ジーコ論」として06年当時のこと、今の日本代表に必要なことを2回にわたり語ってもらった。【取材=エリーザ大塚通信員】

 ジーコ氏が率いた日本代表は中田英寿、中村俊輔ら欧州でプレーする選手もいたが、約70%は国内組だった。現代表の主力は海外組。そんな中でジーコ氏は「海外で得られる経験もあるが、最も大事なのは試合に出ること」と指摘する。

 昨冬、欧州チャンピオンズリーグを観戦した時に日本代表スタッフと会った。「彼は欧州にいる選手が試合に出ていないと心配していた」。本田、香川、岡崎、長友らが出番に恵まれなかった時期だ。「彼らは(代表でも)試合のリズムに乗れず、いいゲームができなかった。その証拠に日本は好結果を出せる組にいながら、最終予選で苦戦した」。

 同時に「私もそれで苦労した。中村(セルティック)は出ていたが、中田英(フィオレンティナ、ボルトン)、高原直泰(ハンブルガーSV)は出番が少なく、小野伸二(フェイエノールト)は故障がちだった。素晴らしい選手だったが、明らかにリズムに乗れなかった」と振り返る。

 「この状況が続けば日本サッカーのレベルは落ちるでしょう」と懸念。海外組は代表合流もぎりぎりになる。「理想は選手のクラブと友好関係を持ち、試合に出ていない選手は早く派遣してもらうこと。私はすべてのクラブを訪問し頼みました。こればかりは友好関係を築かないとどうしようもない」。

 リズム、いわゆる試合勘やコンディションの問題のほかに、日本に足りないものとして「精神面の成長」を挙げた。「すごくいい試合運びをしているのに、1つゴールを奪われると取り乱し、2つ目、3つ目と流される。80分間いいゲームをしても精神面をコントロールできず、ピンチになると崩れ、たった10分ですべてを台無しにするリスクをつくってしまう。日本はここが重要だと思う」。

 まさに06年大会初戦のオーストラリア戦。「悪いゲームではなかったし、チャンスもつくったが、最後の7分で3点奪われて負けました」。前半26分に中村のゴールで先制も、後半39、44、45分と立て続けに失点した。「日本はオーストラリア戦とクロアチア戦、ブラジル戦の前半までいいゲームをした。でもW杯ではいい試合運びをゴールに変えなければならない。それを私たちはできなかった」。ブラジル戦では前半34分に先制。前半終了間際、後半8、14、36分に失点して1-4で敗れた。

 「W杯では何があっても、そこにたどり着いた時と同じ勢いで走らねばなりません」

 一方で、最も大事なのは準備だという。「私たちは万全の準備ができたし、そこでは全く問題は起きなかった。たくさんの試合を重ね、W杯にベストの状態で臨んだ」。W杯では日本より格上のチーム、世界のトップ選手が相手だ。「苦戦するのは当たり前。でも今は事前に情報を入手できるから、驚かされることなんてない。

どんなスクールやクラブ、アフリカ、欧州、どこの国でも映像や写真が手に入る。監督としての私は対戦チームすべてを観察するのが好き。W杯ではさらに必要。事前に準備していても、進化し続けなければいけないのです」。

 それでも誤算はあった。「ただ残念なのはドイツ戦で素晴らしい試合をしたけれど、チームで最高だった2人、加地亮と高原が負傷してしまったこと」。W杯開幕直前、地元開催に盛り上がるドイツとの親善試合は、高原の2得点で2-2と引き分けた。「W杯の1週間前に主力選手2人の故障というのは、本当につらいものでした」。(つづく)

 ◆ジーコ 1953年3月3日、ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。本名アルトゥール・アントゥネス・コインブラ。フラメンゴで活躍し、81年トヨタ杯リバプール戦で来日。83~85年はウディネーゼでプレー。ブラジル代表は76年に初選出され、通算72試合52得点。W杯では78年3位、82年2次リーグ敗退、86年8強。91年に鹿島入りし、94年引退。02年W杯後に日本代表監督になり、06年W杯は1分け2敗で1次リーグ敗退。

11/21(火) 11:03配信 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171121-00058079-nksports-socc
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【香川真司】ドルトムントで引退するかは「わからない」クラブ愛や将来について語る。 

1: サムライ 2017/11/20(月) 12:42:41.78 ID:CAP_USER9
ドルトムントに所属する日本代表MF香川真司が、地元紙『ルール・ナハリヒテン』のインタビューに応じてクラブ愛や将来について口を開いている。

2010年にドルトムントに加入した香川は、クラブでこれまで計198試合に出場してきた。“ブンデスリーガ・レジェンド”である奥寺康彦氏の234試合出場という記録は「越せるかわからない」と語る香川だが、自身の出場記録には満足しているようだ。

「その数字は意識していなかったので、少し意外ですけど、嬉しいですね。でもそれとは別に、ここで良いプレーを続けて、ドルトムントでさらにたくさんの試合に出場していきたいです」

これまでブンデスリーガでは38ゴールを挙げ、日本人の歴代最多得点記録保持者にもなっている香川。この記録は「誇りに思う」としつつ、「もっとゴールを獲りたいですし、そうしないといけないですね」とさらなる意欲を語っている。

■「信じられないような経験をさせてくれた」

香川は、ドルトムントに2010年から2シーズン在籍し、ブンデスリーガ2連覇を経験。2012年に加入したマンチェスター・ユナイテッドで2シーズン過ごした後、再び古巣に戻ってきた。

28歳のMFは、ドルトムントというクラブ、そしてファンへ感謝しきれないほど恩を感じているという。

「日本から直接ドルトムントのようなクラブに加わるのは、今ではなかなか考えられないですね。当時、僕にチャンスを与えてくれたことにはとても感謝しています。リーグ2連覇し、DFBポカールも優勝できたのは、信じられない経験でした。さらに、ユナイテッドで2年過ごしたあと、もう一度ここでプレーするチャンスを与えてくれたことには、いくら感謝してもしきれないですよ」

ファンのおなじみとなった“カガワシンジ・チャント”については「最近聞こえる機会が少なすぎる」と冗談めかしながらも、嬉しいものと話した。

「あれは元々日本でのチャントでした。それをドルトムントのファンたちがどこかで見つけて、ここでも歌い始めたようなんです。僕にとってはすごく嬉しいことですね。選手個人のチャントはあまりたくさんありませんし」

■愛するクラブで、できるだけ長く

今夏2020年までクラブとの契約を延長した香川。満了時には31歳となり、ベテランの域に突入する。

ドルトムントで引退するかは「わからない」としつつも、「偉大なクラブでプレーできることは本当に嬉しいことです。そして、同時にここでは成功を収めることが義務だと思っています。ここで長く過ごし、年齢も重ねていくに伴い、その実感が強くなっていきます」と答え、できるだけ黄色のユニフォームを着続けたいと話した。

そして、引退時期については「日本には51歳でもまだプレーする人がいます。カズさんみたいに長い間、現役でやれるのは夢のようですね。様子を見ましょう(笑)」と、大先輩である三浦知良(横浜FC)を引き合いに出しながら、まだまだ現役生活を楽しみたいと語った。

ドイツで5シーズン目を迎えている香川真司。相思相愛のドルトムントで、まだまだ歩みを止めるつもりはない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171120-00000009-goal-socc
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【中村俊輔】サッカー史に残る“日韓W杯落選”「落ちるのは当然だった」39歳の告白! 

1: サムライ 2017/11/19(日) 19:05:44.89 ID:CAP_USER9
◆【天才レフティーの思考|No.6】2002年日韓W杯のメンバーから漏れ、世間の耳目を集めた当時を回想
 
世界ナンバーワンの国を決める4年に一度の祭典「FIFAワールドカップ」(W杯)は、サッカー界最高峰の大会として知られる。
日本代表は今年8月にロシア行きの切符を手にし、6大会連続6度目のW杯出場を決めた。各大会のW杯メンバー選考は大きな注目を浴びてきたが、
J1ジュビロ磐田の元日本代表MF中村俊輔は「落ちるのは当然だったと思う」と2002年日韓大会に味わった失意の落選を振り返っている。

1998年フランス大会で悲願のW杯初出場を飾った日本は、02年日韓大会、06年ドイツ大会、10年南アフリカ大会、14年ブラジル大会に続けて出場。
そして8月31日、難敵オーストラリア代表に2-0と勝利し、来年6月のロシア大会行きを確定させた。

過去のW杯メンバー選考において、98年フランス大会ではFW三浦知良やMF北澤豪らが漏れ、06年ドイツ大会ではFW久保竜彦らが選外となり大きな話題を呼んだ。
そして02年日韓大会で憂き目に遭い、世間の耳目を集めたのが中村だった。現在39歳のレフティーは当時を回想する。

「(横浜F・)マリノスでキャプテンを務めさせてもらったから、チームをまとめる難しさも分かる。それを考えると、2002年日韓ワールドカップの代表メンバーで自分が落ちるのは当然だったと思う」

◆「トップ下で使ってくれれば…」の強い思い

中村は当時を思い浮かべながら、落選は当然と自ら口にしている。02年大会に向けてフランス人のフィリップ・トルシエ監督が日本代表を率いていたなか、
02年5月17日午後3時30分に始まった会見で23人の大会登録メンバーを発表。

トルシエ監督不在のなか、木之本興三・強化推進副本部長(当時)がメンバーを読み上げ、テ
ストマッチで結果を残していた中村をはじめ、FW高原直泰、MF名波浩らが選外となった。

とりわけ中村のリスト漏れは議論百出となったが、本人は「だって、ベンチで『くそっ』てやってましたから」と冷静に語っている。もっとも、トルシエ監督に反旗を翻していたわけではない。
「自分としては、ぶすっとしてるつもりは一切なかったです。ただ、自分をトップ下で使ってくれれば絶対にやれるのに…っていうギラギラした思いだけは胸に秘めていました」

トップ下に強いこだわりを持ち、人一倍の自信も胸に秘めていた。ところが、トルシエ体制では左アウトサイドが主戦場となり、ボールタッチの回数も減少。
指揮官へのアピールに燃える中村が、貪欲な姿勢を前面に押し出すのは自然の流れだった。結局、当時23歳のレフティーに非情通告が突きつけられたが、現在の中村は「今考えれば、その決断はよく分かる」と胸の内を明かす。

◆「秋田さんやゴンさんを呼んで…」と納得
 
02年大会でサプライズ選出となったのは、長らく代表から外れていたベテランFW中山雅史とDF秋田豊だった。その煽りを受ける形となった中村だが、今となってはトルシエ監督の選考に納得しているという。
「トルシエ監督からしたら、ワールドカップは短期間の大会だから、秋田さんやゴンさんのように豊富な経験があって、リーダーシップを備えた選手を呼んでチームを盛り上げたいだろうし、今考えればその決断はよく分かります」

横浜FMで11年シーズンから6年連続でキャプテンを務め、選手の立場ながらチームをまとめ上げる難しさも理解している。様々な経験を経て、中村の胸に去来する思いも移り変わっているようだ。

【了】

2017年11月19日 18時20分 Football ZONE web
http://news.livedoor.com/article/detail/13913193/

写真
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【内田篤人】「日本人は100%でやってない」ドイツと日本の違い!練習への姿勢 

1: サムライ 2017/11/09(木) 14:30:40.51 ID:CAP_USER9
内田篤人が「日本人は100%でやってない」と話したインタビューがおもしろい

2017年11月9日 12時12分
『スカパー!』で放送されている「スカサカライブ!」に出演した内田篤人。

岩政大樹がインタビュアーを務める人気企画「今まさに聞く」で、様々な想いを語った。


その中で「ドイツと日本の違い」を問われた内田は、練習への姿勢を挙げた。

その内容は海外で長くプレーした内田だからこそ感じられたであろう芯を突くものだった(09:00から)。



内田 篤人(ウニオン・ベルリオン)

「慣れっすね。

最初は結構失敗したり仲間と意見合わなかったり、失敗していく中でそれに慣れていかないといけない。

練習を100%でやるので、それに慣れていくって感じですね。だかた急にパンッと変われるっていうよりは、だんだんだんだんっすかね」
内田 篤人(ウニオン・ベルリオン)

「チームメイトの信頼を勝ち取るには、試合に出て勝たないとダメだなって思った。それで話とか会話が増えていく。

よく『ドイツ語喋れないからあの選手使えない』って言う人もいるけど、絶対ない。

試合に出てないからそういう風に言われるだけ。試合に出てないから居場所がなくなるだけ…って思ってる、僕は」

(練習の厳しさも大きな違い?)

「日本人はすごい勤勉で真面目って言われるけど、サッカーだけで言えば全然100%でやってねぇなって思いましたね。

やっぱこっち来て、100%でやるってこういことなんだって思ったっす」
信頼を勝ち取るにはまず練習を100%で取り組み試合に出て、勝利することが必要と語った内田。

語学力以上に試合に出ることの方が大切というのは、非常に興味深い意見だ。

http://news.livedoor.com/lite/article_detail/13866573/
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「日本はいつでも心の中に」上海上港・フッキ、日本での思い出を語る! 

1: サムライ 2017/10/27(金) 06:01:15.90 ID:CAP_USER9
Interview with
HULK
フッキ(上海上港)

“僕の人生はいつでもそう。毎朝起きた時にもっと強くなろうと考えてきた”

サッカー王国ブラジルを18歳で飛び出し、文化のまるで違う日本へ。
その後も欧州の中でも5大リーグではないポルトガルや東欧ロシアを経て、2016年に再びアジアは中国の地へと降り立ったフッキ。
ユニークなサッカー人生を歩み続ける“超人”が、新たな挑戦の地に選んだ中国の印象、
そして「いつでも僕らの心の中にある」という日本をはじめこれまでの旅路を振り返る。

インタビュー・文 藤原清美

中国の“居心地”

やって来る監督たちが、自分の哲学を植えつけていっている

――まず、中国でプレーするという大きな決断を下した、最大の動機から聞かせて下さい。

「決断するのには、少し時間がかかったよね。ヨーロッパには2008年から8年間いたんだから。
中国サッカーからオファーを受けたのは初めてのことじゃなく、何年か前にも僕を呼びたいという話があった。

で、昨年またオファーを受けた時に家族やみんなと話したんだ、機は熟したかなって。
中国サッカーは年々成長しているし、もちろん投資の額も凄い。僕が受けたオファーも、断りようのないレベルの金額だった。

でも、サッカーが凄く成長しているから来た、というのもあるんだ。
1年ごとにさらなる成長を遂げ、ビッグネームの選手たちとも契約している。それは中国スーパーリーグにとってすごく重要なことだよ」

――フッキの人生はいつも挑戦。日本、ポルトガル、ロシア、中国とまったく違う国ばかりなのに、それだけ適応できる秘訣は? 中国でも、デビュー戦でいきなりゴールを決めましたよね。

「サッカーというのは、世界のどこでも同じだと思うんだ。人間というのは、好きなことをする時には簡単に適応できるもの。僕にとってはそれがサッカーだ。
特に、新たな環境に飛び込んだ時に凄く歓迎されたり自由にやらせてもらえると、そういうすべてが助けになる。
ここに来た時もそうだったし、僕自身も大きな意欲を持ってここへ来た。

何よりもまず、乗り越えようとする気持ちだよね。確かに簡単ではない。どこへ行っても、目の前には多くののハードルがあった。
でも、僕の人生はいつでもそう。子供の頃から困難を乗り越えようとしてきたし、毎朝起きた時にもっと強くなろうと考えてきた。
そのために、日々学んできたんだ。だから、ここでも僕の歴史の一部を綴りたい。
ゼニトやポルト、日本のクラブで築いたような、美しい歴史をね。ここでタイトルを獲りたいし、多くの友情も築きたいんだ」

http://news.livedoor.com/article/detail/13805644/
2017年10月26日 22時0分 フットボリスタ

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【一問一答】インテル長友「メディアの評価は僕はどうでもいい」「2月に生まれるんで…」 

1: サムライ 2017/10/25(水) 22:52:09.58 ID:CAP_USER9
 「イタリア1部リーグ、インテル・ミラノ3-2サンプドリア」(24日、ミラノ)

 インテル・ミラノの日本代表DF長友佑都は先発出場し、後半39分までプレーして勝利に貢献した。以下は長友の一問一答。

  ◇  ◇

 -3点先取したが、後半は苦しい展開になった。

 「相手があんまりチャンスがない中で、ポンポンと2点目決められて。1点目を決められて、2点目はこっちが攻めている中で。まぁまぁ修正点はありますけれど、サッカーはこんなものかなと思います。少ないチャンスで決められてしまった」

 -前節のナポリ戦の疲れがあったのか。

 「ないとは言えないですね。同じメンバーで戦って中2日の中で。ないとは言えないですけれど、まぁただ相手も一緒なんで、それは」

 -すごく攻めていた。高い位置につけて運動量もかなりあったのではないか。

 「そうですね。何度も言うようにコンディションがよくて、それが今まで積み重ねてきた日々の食事の部分だったり、あとは練習以外でのトレーニングだったり、積み重ねているものが今、こうしてう花開いている感じじゃないかと思います」

 -かなり積極的にシュートを打っているが、監督から『得点が取れる時には行け』と言われているのか。

 「いや、それは別に言われていない。ただサッカーは得点を取って勝つスポーツなので、それはポジションがどうとか関係ないんで、自分も狙える時は狙って。ただ、自信を持って狙いに行けている」

 -前半30分のシュートは狙いに行ったか。

 「まぁそうですね、狙いに行きました。ああいうことを続けていけば可能性は広がっていくと思います」

 -40メートルぐらいのシュートは珍しい。

 「あんまり打たないですけれどね、いつもは。でもコンディションが良くて自信を持ってプレーしている分、遠くが見えている。(ボールを)持った時のイカルディの動きが見えている。常に遠くを見てプレーできているんで」

 -いいパスが何本か通っていた。

 「そう、あれがやっぱり通ったらビッグチャンスになるし、通らなくても相手がすごい嫌がるんで、相手がやっぱり戻りながらもディフェンスをしないといけない。そこでチャンスもたくさん作れるしチームも押し上げられるし、自分が使われる選手だけじゃなくてインテルで堂々と相手、味方を使っていける選手になりたいということで、チャレンジもします」

 -メディアの評価が上がってきている。ただ厳しすぎる評価もあるようだが、悔しい思いはしていないか。

 「メディアの評価は僕はどうでもいいんで、正直。良ければ称賛してくれるし、悪ければ叩かれるし。それはもうインテルの選手で出てる以上、このユニフォームを着て出ている以上、そのレベルのプレーを世界最高のレベルのプレーを求められているということなんでね。これが昔やっていたチェゼーナだったら、例えば絶賛されたプレーがここでは普通。それがインテルのプレーヤーとしては普通のプレーということになるし、それはメディアもファンもそうだし。でもそういう厳しい中でやれているというのは、ありがたいことですかね」

 -交代する時にすごく大きい拍手が送られた。スタンディングオベーションもあった。

 「僕もファンの方々が立って拍手してくれているのを見て、素直にうれしいですよね。このユニホームに誇りを持って僕はずっと戦ってきましたし、もちろん悪ければブーイングも浴びるし、それはインテルの選手として普通のことで。でもスタンディングオベーションは自分の誇りというか、自信にもなりますね」

つづく

10/25(水) 17:34配信 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171025-00000106-dal-socc
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【内田篤人】「俺には時間がない」率直に語るベルリンでの近況と代表 

1: サムライ 2017/10/19(木) 16:30:42.40 ID:CAP_USER9
2017年10月19日 11時25分
 内田篤人がウニオン・ベルリンに移籍しておよそ2カ月がたった。ここまで9試合を終えて、フル出場1回、途中出場1回、1アシスト。出場機会を求めて、かつてシャルケでともに戦ったイエンス・ケラー監督率いる2部のチームに移籍したことを考えれば、満足とは言い難い数字だ。

 そうは言っても、2015年3月からほとんど公式戦に出場していなかった選手に、現実はそれほど甘くない。それは本人だって承知のことだろう。10月15日のレーゲンスブルク戦でも、内田はベンチ入りしながら、出場機会はなかった。それでも、試合後のミックスゾーンでは明るく現在の状況を話してくれた。そのやりとりを、ほぼそのままお伝えすることにしたい。

練習試合で軽快な動きを見せる内田篤人(ウニオン・ベルリン)

――最近はどんな感じですか?

「どんな感じって言われても……。(引越し先の)家のWi-Fiがつながらず、ストレスがめっちゃ溜まってる(笑)。今、岩政(大樹)さんが取材に来ていて、明日、練習後に来てくれるんだけど、『今日も取材するよ』って言われて。試合後にスタンドの人とハイタッチしたら岩政さんだった(笑)」

――状況的には出場機会をじっくり待とうということですか?

「うーん、しょうがないよね、チームが勝っていれば(選手を)代えられないのは普通だから。攻撃の選手ならチャンスはあるけど、ディフェンスラインだからしょうがない。いいじゃん、じっくりちゃんと練習できると思えば。でも、この状態があまり長く続くようなら考えなくちゃいけないけど」

――え、早くも次を?

「そりゃそうでしょ。俺には時間がないから」

――焦りはありますか?

「いや、どうかな。しょうがないから、こればっかりは。(ウニオン・ベルリンは)CLがあって週2ペースで試合があるわけでもないし。この間、90分出た試合(ザントハウゼン戦)では勝てなかったし、俺もあまりよくなかった。代えるきっかけにはならなかった、ということだと思うよ。もともとこのチーム、いい選手が揃っているからね」

――現在のレギュラー右SB(クリストファー・)トリンメルのような守備的スタイルを求められているのか、それとも内田選手のスタイルでいいのか。

「と、思うけどね。それがダメなら出ていくだけじゃない?」

――それがダメなら獲得されてないですよね。

「たぶんそうだと思う。多少は合わせなくてはいけないところはあると思うけど。まあ何試合か見ていても、俺が(自分のプレーを)やれれば、やれるなというのはあるからね。あとは俺次第で、それが時間との勝負」

――出場機会が得られるのは早いほうがいいですね。

「早いほうがいい。でもチームが勝っているし、週に1回しか試合がないからしょうがないって感じ。でもね、流れってあるから。俺がシャルケに行った最初のころがそうだったけど、流れってあるからね。絶対、その時が来るから」

――現状、どういうところに不安がありますか。ケガの状態よりもゲーム体力ですか?

「ハリルホジッチが口にしたからかどうかわからないけど、ゲーム体力とか試合勘とか、今、結構よく使う言葉だと思うんですよ。そういうのも大事だと思うんですけど、そんなのは1試合、2試合で変わるので、結果が出ちゃえば関係ないというのもあるので、あまり気にしてないというか。もちろん、俺はちょっとみんな(他の日本代表候補の選手たち)とは違って、あまりにも長い間やってないから、試合数をこなすというのが大事かなと思っている。でもチーム状況もあるし、この前の90分出た試合の出来はチームも俺もパッとしなかった。それは自分の責任。しょうがないかなと」

――シャルケの最初のころと似ていますか?

「シャルケの場合は、1試合、バイエルン戦(2010~11シーズン第15節。シャルケが2-0で勝利)をやってリベリーを抑えたとか、スタメンに定着するきっかけがあった。そういうきっかけがあれば……。ずっと練習もしているし、今の右SBのトリンメルもすごくいい選手だけど、俺もやれるかなと。でもその機会がね(なかなか来ない)。覚悟して、知っている監督というので(チームを)チョイスしたつもりだし、プレースタイル、いい時の自分を知ってくれている監督だから、使いどころはある程度、見極めてくれると思う。でもそれがあまりにも遅くなるなら、俺は考える」

(続く)

http://news.livedoor.com/lite/article_detail/13769124/
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【 今まさに聞く!】ゴン中山が“雲の上の存在”と語ったライバルとは? 

1: サムライ 2017/09/26(火) 08:35:09.59 ID:CAP_USER9
スカパー!では、毎週金曜日午後9時から、サッカー情報番組『スカサカ!ライブ』をレギュラー放送している。
9月15日の放送では、レギュラー解説委員を務める岩政大樹(東京ユナイテッドFC)がプロデュースするインタビューコーナー「今まさに聞く!」
~アスルクラロ沼津 中山雅史篇~前編が放送され、岩政が「小さい頃に見ていた憧れの選手の一人」という中山が登場した。

J1歴代3位となる通算157得点を挙げ、国際試合における最短ハットトリックや4試合連続ハットトリックでギネス認定をされた経験を持つなど、
日本を代表するストライカーである中山だが、驚くことに学生時代は「自分がもし日本代表になるとしたら、
FWじゃなくてDFかな、とも考えていた」という。その理由として、今となっては少し意外とも言えるライバルの存在を挙げた。

「近くに武田修宏がいたのが大きかった。彼は“雲の上の存在”ですよ。小、中、高と彼を知っていますけど、常に上のカテゴリーで戦っていました。
国体の時に静岡県選抜で一緒になったんですが、武田がFWにいたんで、僕はストッパーをやっていました」

ともに静岡県出身の同級生、高校時代は武田氏が清水東高、中山が藤枝東高でしのぎを削る間柄だったが、FWとしての当時の実力は武田氏のほうがはるかに上だったという。

また、中山と言えば日本代表で長らくコンビを組んだ三浦知良(横浜FC)との関係が知られている。
中山より一学年上、やはり静岡県出身のカズだが、15歳でブラジルに渡ったこともあって学生時代には接点がなかったかと思いきや、
「高校3年の時にSBSカップがあって、彼はキンゼ・デ・ジャウーの一員で来日して対戦しているんですよ」と中山

「またぎのフェイントをガンガンやってきたから、『あ~これがカズか~』って。もう全然別物ですよ。すげーな、と思って」と当時を回顧した。

また、中山はヤマハ発動機(現ジュビロ磐田)に加入した後、ブラジルに3カ月間のサッカー留学をしたが、留学先だったモジミリンとカズが所属していたサントスが試合を行い、
その時に「どうも中山です」と挨拶した機会もあり、中山がブラジル留学を終えて帰国する直前、サンパウロ市内のサウナで偶然、カズと再会し、「俺も日本に帰るから」と教えてもらったという。

「(カズさんは)本当のプロフェッショナル。僕はカズさんじゃないのですべてをまねすることはできないですけど、
立ち振る舞いなどは勉強しなきゃいけないなっていうのは感じましたね」と、日本代表で再会した時のカズについても語った。

9月22日午後9時から生放送される『スカサカ!ライブ』では、「今まさに聞く!」~アスルクラロ沼津 中山雅史篇~後編のほか、
湘南ベルマーレの現役スカウトが登場し、普段はあまり語られることのない、「選手補強」の実情に迫る。
また、ゲスト解説委員の都並敏史氏らとともに、20日に開催される天皇杯ラウンド16のレビューも放送する。

http://www.excite.co.jp/News/90s/20170925/E1506308093604.html
90s チョベリー 2017年9月25日 11時55分
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https://www.youtube.com/watch?v=suEWO5EfJ9s


武田修宏の清水東高時代

https://www.youtube.com/watch?v=0QLoQcG4TnU&t=26s


第62回全国高校サッカー 清水東vs帝京【ダイジェスト】

https://f.image.geki.jp/data/image/news/253/14000/13836/news_icon_l_13836_8.jpg
https://f.image.geki.jp/data/image/news/253/14000/13836/news_icon_l_13836_7.jpg

吉田麻也を正当に評価してもらう!戸田和幸「日本人CBで総合力No.1」 

1: サムライ 2017/09/24(日) 12:25:17.12 ID:CAP_USER9
ロシアW杯最終予選の日本代表、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は試合ごとに陣容を入れ替える采配を見せた。その中で唯一フルタイム出場を果たしたのが吉田麻也だった。

 初戦のUAE戦で警告を受けながら、最終戦のサウジアラビア戦まで2枚目の警告を受けず、長谷部誠不在時にはキャプテンマークを巻き、最終予選のMVPに名を挙げる識者も多い。

 29歳にして充実の時を迎える吉田。そこで、プレミアリーグなど国内外の試合を数多く解説する戸田和幸氏に、その成長ぶりについて語ってもらった。

■センターバックとしてのトータルバランスが高い。

――今回は「センターバック吉田麻也」という選手の能力を正しく評価したい、というテーマでお話ししていただこうと思っています。まず根本的なところなのですが、彼のセンターバックとしての特徴から教えていただけますか?

「プレミアリーグのセンターバックと言えば、少し前で言うとリオ・ファーディナンドやジョン・テリー、現在ではストーンズ、コンパニ、アルデルヴァイレルトなどが代表的な存在だと思いますが、吉田選手も彼らと同じくトータルバランスに優れたセンターバックだと見ています。

 身長189cmは日本人としては非常に大きいですが、イングランドではそのサイズがCBとしてのスタンダードとなるので彼の高さ自体が大きな特徴にはなりませんがジャンプのタイミングや落下地点の予測が良いので空中戦にも存在感を見せています。

 スピードに関しては、昨シーズン途中にスプリントのスピードが速くなったとのニュースもありましたが確かに最初の10m、それから反転する動きとその後の足の運びは確実によくなってきると感じます。

 またセンターバックとしてはプラスアルファの要素になりますが後方から安定した配球ができるのも彼の強みです。

 もしセンターバックとしての能力を数値化して図形で表すならば、日本のセンターバックの中では最もバランスの取れた尚且つそのサイズが大きなその選手だと思います。

 そして地道なトレーニングやレギュラーとして出場し続けてきた事でその面積が少しずつ広がってきた印象です。

 インターナショナルレベルにおいて図抜けた身体能力を持ったCBではありませんが、それを正しく理解した上で頭を使ってプレーすることが出来ています」

つづく

2017/09/18 09:00 number.bunshun.jp
http://number.bunshun.jp/articles/-/828889
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鹿島 明かされた“金崎事件”の真相…【石井正忠×岩政大樹】 

1: サムライ 2017/09/21(木) 18:52:33.35 ID:CAP_USER9
「私が気にしないで普通にしておけば、ロッカーのなかで解決できた話でした」

鹿島OB対談の第3回は、2016年8月に起きた"金崎事件"の真相や、2017年の監督解任の"理由"に話が及んだ。

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岩政 金崎選手の事件についても、だいぶ時間が経ったので、そろそろ触れてもいいかなと思うんですが?
 
石井 全然、大丈夫ですよ。
 
岩政 私は見ていて「よく石井さんは、あそこでキレ返さないな」と思ったんです。
 
石井 いや、あの時は反応してしまったんですよ。
 
岩政 え? あれでも、ですか?
 
石井 夢生が何か言っているけど、私が気にしないで普通にしておけば、ロッカーのなかで解決できた話でした。世間的にも「夢生が監督に怒りを表している」というだけで終わったと思います。夢生の気持ちは、私も選手だったので理解できます。私は態度に表しませんけどね(笑)。岩政さんも分かるでしょ?
 
岩政 そうですね(笑)。気持ち自体はみんな持っていますから。
 
石井 あれをストレートにあの場で表してしまうか、秘めておくかどうか。もちろん、あの後に夢生と話をして「気持ちは分かるが、ああいう態度は良くない。それを出す場所とタイミングを考えなければいけないよ」と伝えました。
 
岩政 そう思ったんですね。見ている側としては、石井さんが反応しているようには見えませんでした。
 ただ、金崎選手の事件があったからというわけではないんですが、なんとなく外から見ていると、2016年の途中で、チームの歯車がちょっとズレ始めているようには感じていました。
 
石井 私は選手が何かを発した時に、まずは受け入れて「やってみよう」という方針でした。もし、やってみてダメだった時に、選手自身が気付けば問題ないというスタンスです。ですが、選手の間でも私に対していろんな意見があったので、それが選手のなかでまとまらなかった時に、私がもっとハッキリの方向性を示せばよかったと反省しています。
 
岩政 選手の意見が割れているのに、そのどちらも尊重してしまう場面があったと?
 
石井 そうですね。そこは自分の経験不足が出たと、正直に認めなくてはいけない部分です。
 
岩政 それを踏まえて2017年に締め直そうとしたわけですが、具体的には何を変えましたか?

■クラブには、振れ幅を「修正できていない」と判断されたと思う。


石井 自分の考えをはっきり示す場面を増やしました。今年は選手構成が大幅に変わり、その課題もありました。言い訳になりますが、準備期間も少なかったので、少し難しかったですね。
 
岩政 でも、結果は出ていましたよね。鹿島のリズムに新しい選手を合わせながら、上手くチームをコントロールしているなと思って見ていました。
 
石井 私も悪くないなと思っていました。しかし、今年はACLを獲らなければいけない年。2016年のクラブワールドカップは開催国として出場しましたが、今年はアジアの代表として出るという大きな目標がありました。それが果たせなかったので、クラブを去らなければいけないのは、納得はしていませんが、理解はできます。
 加えて、先ほど言ったチームの振れ幅の問題ですね。「修正できていない」と判断されたと思うので、受け入れるしかないと。
 
岩政 実際にここで終わりだと解任を伝えられるのは、呼ばれるまでまったく何もないんですか?
 
石井 ちょっと雰囲気は感じていましたが、その日までは具体的に何もなかったですね。
 
岩政 石井さんは、選手としてゼロ円提示を受けた経験がありますか?
 
石井 アビスパで引退した時にあります。あれはショックでした。本当に翌年の年俸がゼロと書かれた紙を見た時は……。
 
岩政 それとはまた違う感覚でした?
 
石井 違いました。
 
岩政 「監督になった瞬間にクビになる運命だ」といった格言がありますが、そうした感覚で仕事をされていたんですか?
 
石井 そうですね。セレーゾからバトンを受け継いだ時に、覚悟はできていました。
 
岩政 実際に監督をやられてどうですか? 楽しさと苦しさの両方があると思います。私はセレーゾに「監督は辞めておいたほうがいい」と話をされていました。
 
石井 楽しいことのほうが多かったですね。タイトルを獲れたのは、やっぱり大きい。だからこそ、今後も監督を続けたいという想いが沸いてきます。

9/21(木) 17:00配信 サッカーダイジェスト
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170921-00029991-sdigestw-socc&p=2
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