Samurai Goal

インタビュー


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【画像】浦和・興梠選手、はっきり言い過ぎww「代表は全く意識しない。ハリルさんは批判はよくするが・・・」 

853: サムライ24時 2017/04/27(木) 09:56:13.73 ID:irGixolP
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興梠「これ、書いていいですからね(笑い)」

ワロタ

【94年J得点王】オッツェ氏「ブレーメンはいい日本人選手がほしい」 

1: サムライ24時 2017/04/23(日) 12:45:37.34 ID:CAP_USER9
<94年J得点王オッツェ氏インタビュー3>

 ブンデスリーガの名門・ブレーメンの強化担当を務める、オッツェことフランク・オルデネビッツ氏(52)が、ニッカンスポーツコムの単独取材に応じた。3回目の今回は、鹿島アントラーズの日本代表DF昌子源(24)を今夏の補強候補にリストアップするなど、熱視線を送る日本人選手について語った。

 -Jリーグで注目している選手は?

 オルデネビッツ氏 います。Jリーグで活躍する選手の2、3人がリストに上がっています。特別、年齢にこだわりはないですが、若い選手を取って、ブレーメンで成長させるのもありだと思うし、乗りに乗っている選手を取って即、活躍、貢献してもらうケースもある。次のシーズンに向けて動いている事案だから、成就するかは分からない。獲得の希望はクラブに出しますが、決定権があるのは私ではありません。

 -欧州の移籍市場は、各国リーグのビッグネームから移籍が決まっていき、序列が低い日本人選手の移籍も左右されてしまう

 オルデネビッツ氏 欧州の選手がリストの上にいるわけではなくて、要はいい選手か、悪い選手かが問題。今は(インターネットなどで)世界中の選手を見ることが出来る。私はJリーグでもプレーした経験から、日本に知っている人もたくさんいて、情報をもらうこともある。05年にブレーメンのスカウトに就任した時から、かなり集中的に日本人選手のスカウティングをするようになり、今も何人もの選手を見ていますよ。

 -3月4日に湘南ベルマーレとの共同育成プロジェクトを発表した会見で、セビリアからセレッソ大阪に復帰したMF清武弘嗣の獲得に失敗したと明かした。日本人MFを取りたい?

 オルデネビッツ氏 決してMFに限っているわけじゃない。いい日本人選手を、ほっしているのは事実。ポジションにかかわらず、ほしい。

 -ポジション…もっと具体的に言うと、昌子は?

 オルデネビッツ氏 昌子? 細かいことは忘れたよ(笑い)やはり、日本人はブンデスリーガに合うと思っています。既にたくさんの日本人が活躍しているので、続いてドイツやブレーメンに来ることをイメージしやすいという部分で、他の欧州主要リーグより優位性があると思います。日本人選手に来てもらえれば、早くなじんで、チームに貢献し、活躍してくれると見ています。

 -日本人FWが欧州のクラブに移籍しても、サイドで起用されることが多く良さを出し切れなかった。大迫勇也はケルン3季目で、ようやくトップのポジションで起用されている。日本人FWの評価は変わったか

 オルデネビッツ氏 現代サッカーでは、プレーシステムとして1トップを採用することが多く、FWが1トップになり切れるか難しいところがある。バイエルンのレバンドフスキくらいのレベルになれば、そこしかないとなってしまうけれど、1トップ以外なら2列目、1列目と2列目の間などになってしまうかも知れない。FWのポジションが1つしかないなら、そこに座るのは(国籍に限らず)難しいところです。

 -ヘルタで原口元気が活躍している

 オルデネビッツ氏 トップでもサイドでもフレキシブルに出来る点で、ヘルタで生きていると思う。1人の選手がセンターバックとサイドバック、もしくは守備的MFなど幾つかのポジションがこなせることは重要で、非常にいいことだとされる時代。そういう要素を持ち合わせている原口は、もともといい選手だと思っていましたよ。

 -アーセナルからシュツットガルトにレンタル移籍したFW浅野拓磨については

 オルデネビッツ氏 知っています。今、2部でプレーしているけれど、たくさんのゴールを見せてもらいたいし、学んだことをサッカー人生に生かしてもらえたらいいなと。少しレベルが抑えめのリーグでやることで、上に上がれるチャンス、きっかけを得ることもあると思う。浅野は、そこに当てはまって、上に行ってほしいね。

 オッツェ氏は、J2湘南ベルマーレらと小学生年代の育成を行う、共同プロジェクトを立ち上げる契約を結び、神奈川で7月1日に開校する、日独フットボールアカデミー神奈川校の校長に就任する。昌子をはじめとしたJリーガーのブンデスリーガ挑戦、そして日本の育成年代をブレーメンで強化したいという同氏の決意は固い。【村上幸将】

日刊スポーツ 4/23(日) 11:57配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170423-01810694-nksports-socc
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【マンU・マタ】イングランドの食文化に適応、それでも「フィッシュ・アンド・チップスは嫌い」 

1: 名無しの24時 2017/04/04(火) 17:21:25.36 ID:CAP_USER9
マンチェスター・Uに所属するスペイン代表MFフアン・マタがイギリスでの食生活について語り、
同国の伝統料理の1つであるフィッシュ・アンド・チップスが未だに苦手であることを明かした。
イギリス紙『デイリー・メール』が3日付で伝えている。

 2011年夏にバレンシアからチェルシーに移籍し、2014年1月にマンチェスター・Uに加入したマタは、
イングランドでの生活は今年で6年目となる。
スペイン北部のオビエドで育った同選手にとって、初の国外移籍はプレー面だけでなく、
日常生活においても大きな不安を伴っていたようだ。

 スポーツソーシャルメディア『キッカ』のインタビューで
「あまりにみんなが悪く言うものだから、イングランドの食べ物については来る前から全く期待していなかった。
でもいろいろトライしてみた結果、僕の口にはとても合った。いい意味で期待を裏切られたよ」
と予想に反して自身がイングランドの食文化に溶け込めたことを明かしたマタ。
しかしその一方で、「フィッシュ・アンド・チップスだけは好きじゃない。有名な料理だけど、脂っこすぎる」と全てが好きなわけでなく、
“例外”があることも正直に語っている。

 休日には街中のパブに出かけ家庭料理を楽しむのが好きだといい、イングランドの食文化には何の文句も付けられないというマタ。
長年に渡って外国で成功を収めるためには、その国で過ごす日常への適応が最も重要なのかもしれない。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170404-00571791-soccerk-socc
 12

マルディーニが語った「世界最強DF」はこの2人! 

1: サムライ24時 2017/03/31(金) 19:52:24.58 ID:CAP_USER9
ACミランとイタリア代表の守備の要として活躍したパオロ・マルディーニ。

かつて世界最高のDFのひとりだった彼が思う、今最も強いDFとは…。
『Calciomercato』によれば、『Planet Football』のインタビューでこう語ったという。

パオロ・マルディーニ

「世界最高のDFについて?

セルヒオ・ラモスは非常に強いね。

でもチアゴ・シウヴァも好きだな。ミランにいた時から彼はすでにそのクオリティを見せつけていた」

まっ先に名前を挙げたのは、レアル・マドリーのキャプテンでもあるスペイン代表DFセルヒオ・ラモス。
圧倒的な身体能力を武器とするそのプレーをマルディーニも高く評価しているようだ。

そして、ミラン時代の後輩であるブラジル人DFチアゴ・シウヴァのことも忘れていない模様。
今でこそ世界最強DFとして評価されるシウヴァだが、ミラン加入時は欧州ではほぼ無名の存在だった。

だが、練習初日にそのプレーを目の当たりにしたマルディーニが「あいつのジャンプはまるでバッタのようだった」と驚嘆した話は有名。
その評価は今も変わっていないようだ。

http://qoly.jp/2017/03/31/paolo-maldini-names-the-best-two-defenders-iks-1
01
 

引退について激白!元日本代表GK川口能活「4年前のあの時からずっと…」 

1: サムライ24時 2017/03/30(木) 18:59:56.74 ID:CAP_USER9
川口能活が語る「三浦知良の価値」とは。

 いつ終わりが訪れてもおかしくない――。
そうした弱肉強食の世界のなかで、41歳の川口能活はプロ生活24年目のシーズンを過ごしている。

 ゴールキーパーとしては最年長の41歳。選手としてのエンディングと背中合わせにあるなか、
川口はカズこと三浦知良の活躍に心が躍った。2月26日、J2リーグの開幕戦で、横浜FCのカズが躍動する姿を見た時のことだ。
 
「カズさんの価値は、その存在自体にあると思うのです。ただピッチにいるだけで、惹きつけるものがある。
98年のフランス・ワールドカップで、カズさんは最終メンバーに選ばれなかった。
あの悔しさというものは、カズさんと北澤豪さんにしか分からない。
周りのひとがいくら想像しても、彼らの悔しさというものは分からないと思います。
あの経験をエネルギーに変えたことが素晴らしいことですよね。
僕も挫折や経験を積んでいるとはいえ、彼らが経験してきたものに比べることなんてできません」
 
 挫折を知る人間は強いとはよく言ったもの。パイオニアにして挫折を知る男、そこに三浦知良という人間的な魅力があると、川口は言う。
 
「だからみんながカズさんに魅了されるんですよね。トントン拍子でいっている選手も、それはそれで素晴らしいことだと思いますが、
人間的な魅力という点では、挫折を経験しているほうに感じてしまう。悔しい思いをした人は、人間としての深みがあるし。魅力がある。
年輪を重ねていくことで、いろんな味が出てくる。そういうものを、カズさんに見せてもらっていること自体、幸せなことですよね。
欲を言えば、同じベテランのひとりとして、そういった人間に、僕も近づけたらいいなと思います」

10年前、その三浦知良は40歳だった。40歳になっても現役を続けることで大きな話題となった。
そして今年、その日本サッカー界のレジェンドはついに50歳を迎えた。
 
「40歳になった時も、まだ現役でやれて凄いなって思いました。カズさんがずっと選手寿命の常識を覆してきているのは間違いないですよね。
永井秀樹さん(元東京ヴェルディ)も昨年45歳までプレーしていましたよね? 
それも凄いことなんですが、カズさんはさらにその上の50歳ですから。現役でい続けることがパイオニアであり続けている。
本当に日本サッカー界の宝です」
 
 カズを尊敬してやまない川口とて、いまやレジェンドの領域にある。ゴールキーパーとして最年長の41歳。
これまで「現役引退」を考えたことはあったのか。
 
「それはいまも考えてますよ。本当は考えたくないんですが、周りで引退していく人間が多くなってきていますから。
考え始めたのは4年前、ジュビロ磐田を離れることになった時。
まさか契約延長がないとは思っていなかったので、あの時は“引退”を考えたというよりも、このままでは終われない、
という気持ちのほうが強かったですね。でもあれから、ずっと“引退”という言葉は頭の中にはあります。
つねに“引退”と背中合わせで戦っている日々ですから。ここ数年は、このままでは終われないという気持ちでずっとやっています」
 
 2013年シーズン終了後、J1のジュビロ磐田を離れた後、川口はJ2のFC岐阜を経て、昨年からJ3のSC相模原でプレーしている。
果たして、川口が考える選手としてのエンディングとはどういった形だろうか。
 
「カテゴリーが下がっているにせよ、どこか自分のなかで納得のいく形で終えたい。
カズさんのような人生を送るのが理想ですが、現実と向き合いながら、いかにいい形で終わらせるか。
それがいまのモチベーションになっています。それがどういう形なのか分からないのですが…。
でも、納得のいくような形でサッカー人生を終えられる人なんて、そうそういないと思うんですよ。
想像したくないというのが、正直な気持ちです(苦笑)」

52
 

無念の代表離脱、長谷部が帰国…悔しさにじませつつ「仲間に託してきた」 

1: サムライ24時 2017/03/21(火) 19:24:43.64 ID:CAP_USER9
 負傷のため、主将を務める日本代表チームを離脱したMF長谷部誠(33=フランクフルト)が21日、
成田空港着の航空機で帰国。
「向こう(アルアイン)で話した通り残念ですけど、仲間に託してきた」と悔しさをにじませつつ、
改めてチームメートへの信頼を口にした。

 11日のバイエルンM戦でポストに激突し、左すねを6針縫い、さらにその後に右膝の負傷も発覚。
所属クラブで16日にMRI(磁気共鳴画像装置)検査を受けた結果、右膝が重傷であると判明した。

 日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督(64)の強い要望により、19日にとりあえず代表に合流。
だが、日本代表ドクターらの検査を受けた結果、プレー不可能の判断は変わらず、前日に日本代表を離脱。
その足で再検査のためこの日に帰国となった。

 今後は内視鏡検査を受け、複数の医師の判断を聞き総合的な判断を下す予定というが、
長谷部自身も「膝にメスを入れる可能性はかなり高い」と話しており、手術が不可欠となれば、
長期離脱は避けられない状況だ。

 ドイツ紙では半月板損傷による今季絶望の可能性が報じられている。
過去にはインテル・ミラノの日本代表DF長友佑都が手術を回避し、保存治療で復帰した例はあるが、
手術となれば、負傷の程度にもよるが、一般的に全治は1~3カ月となっている。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170321-00000131-spnannex-socc
19
 

【本田圭佑】議論呼んだ代表選出に持論「いずれは外れる。でもこの時点では本望ではない」 

1: 名無しの24時 2017/03/21(火) 12:46:06.17 ID:CAP_USER9
ゲキサカ 3/21(火) 4:08配信

議論呼んだ代表選出に持論…本田「いずれは外れる。でもこの時点では本望ではない」

その選考自体が注目を集めたFW本田圭佑(Kaoru WATANABE/GEKISAKA)

 言葉の端々にプライドをのぞかせた。所属クラブで出場機会に恵まれず、その選出自体が議論を呼んだ日本代表FW本田圭佑(ミラン)は「いいんじゃないですか。みんながそれほど盛り上がって。いずれは(代表から)外れるし、いずれはサッカーを辞めるし、いずれは死ぬわけですから。でも、この時点でそうなるのは本望ではない。自分の努力次第で切り開く。そのスタイルは変わらない」と言い切った。

 不安がないわけではない。17年に入って公式戦に出場したのは1月25日に行われたコッパ・イタリア準々決勝ユベントス戦のみ。それも後半アディショナルタイムからの出場だった。「コンディションは悪くない。試合勘のところだけ」。それは本人も自覚している。

「10cmでボールを失ったり、ボールを取れたり、10cmでゴールになったり、失点したりする。その10cmを感覚というのだと思うし、緊張感であったり、ガチでやってくる相手というのは練習ではいない」

 実際にピッチに立ってみなければ分からないというのが偽らざる本音だろう。しかし、それでもハリルホジッチ監督は「試合に出ていなくても、今の代表は本田を必要としている。20試合、我々は一緒に戦ってきたが、常に彼の存在はそこにあった。我々のトップスコアラーでもある」と、その経験値に期待して招集に踏み切った。

「得点に関しては2次予選と今とでは相手も違う」。昨年9月1日のUAE戦(1-2)でW杯予選7戦連発弾を記録した本田だが、最終予選でのゴールはこの1点のみ。その後は国際Aマッチ5試合連続無得点に終わっており、昨年11月15日のサウジアラビア戦(2-1)は先発からも外れた。

 経験という意味では「精神的なものではいくらでも役に立つと自覚している」と話す一方、「ピッチ上で貢献したい気持ちはサッカー選手として当然ある。自分が出たら点を取る気持ちでやる」と、プレーでチームを勝利に導く決意も口にする。

 ホーム初戦で敗れたUAEとのリベンジマッチは、勝てば2位以内をキープし、サウジアラビアが引き分け以下で首位に立つが、負ければW杯出場圏外となる4位転落の可能性もある。最終予選の行方を占う大一番へ、「勝たないといけないし、負けられない。勝ちしかないとは言わないけど、負けは(許され)ない。その緊張感は今が一番だと思う」と位置づけた。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170321-01637974-gekisaka-socc

【神戸】MFニウトンの背番号変更の理由が素晴らしい!ええ奴やんけ 

1: サムライ24時 2017/03/20(月) 19:05:23.44 ID:CAP_USER9
ヴィッセル神戸に所属するブラジル人MFニウトンが、ブラジルメディア『UOL』のインタビューに応じ、
背番号変更にまつわるエピソードを明かした。

 現在29歳のニウトンは、昨年6月にブラジルのインテルナシオナウから神戸に加入。
今季は明治安田生命J1リーグで開幕から4試合全てに先発出場し、
4連勝と好スタートを切ったチームの中心選手として活躍している。
ただ、昨季は背番号「10」をつけていた同選手は今季開幕前に7番に変更した。
どうやら、本人が希望した背番号変更ではなかったようだ。

 ニウトンは「ポドルスキが神戸に来ることが決まったので、会長から背番号を譲ってほしいと頼まれた」とコメント。
今月2日に加入が発表されたガラタサライの元ドイツ代表FWルーカス・ポドルスキのために10番を譲ることになったと明かした。

 ただ、代わりの背番号として当初は「7」ではなく、「19」を希望していたという。
ニウトンは「ブラジル時代からずっと着けてきた19番に愛着があるので、19番への変更を申し出たんだ」と告白。
しかし、19番は「僕たちのキャプテン(FW渡邉千真)の背番号」であったため、断念せざるを得なかったと明かした。

 とはいえ、「渡邉は神戸でとても尊敬されていて、クラブの決定は正しいと思う」と、
納得したうえで7番を選んだニウトン。
ポドルスキについても、「クラブのマーケティング面から見ても、とても重要な選手だと思う。
彼の加入で、クラブが多くのものを手にするのは間違いないし、
クラブがずっと望んできた初タイトルを手にすることもできるはずだ」と語り、
スター選手の加入による相乗効果に期待を寄せていた。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170320-00565081-soccerk-socc
 05

【宇佐美貴史】ジョーカーの役割との評価に「はっきりしてるし、イメージしやすさはある」 

1: 名無しの24時 2017/03/20(月) 17:09:03.80 ID:CAP_USER9
日本代表は、現地時間3月23日に行われる
2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選・アラブ首長国連邦(UAE)代表戦に向け、
敵地アル・アインでトレーニングを開始した。

「こういう自分自身の状況でも呼んでもらえてるんで、だからこそ貢献したいって気持ちは強いですね」
と語るのは宇佐美貴史だ。所属のアウクスブルクでは不本意なシーズンを過ごしている。
「アウクスブルクでは、自分本来のスタイルを封印しないといけないですが、
ここ(日本代表)では、より出しやすい状況にあると思います。
だからこそ、今のクラブの現状とかを見ずに呼んでもらえたのかなと思います。
どうチームに返していけるか、還元していけるかだと思います。
クラブでやれてることも、積み上げているものも、このチームに落とし込みたい」と、クラブでの経験を生かしつつ、
代表で求められている活躍をしたいと話した。

その宇佐美は、日本代表メンバー発表の記者会見で、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督からは
「ジョーカーになる」との評価を受けた。「ジョーカー」という役割については
「(日本代表では)途中から出ることが多いし、その辺は割と役割もポジションもはっきりしてるし、
イメージしやすさはある」と納得している様子だ。

「自分自身に期待している」と言う宇佐美は、「普段積み上げているものが無駄になってない」ことを強調。
「環境を変えた場所でやることで、自分に返ってくる部分もある。自分自身もポジティブになれたり、
いい刺激をもらってクラブに還元できるものもある」とした後、
「こういう自分自身の状況で、こういう場所(日本代表)に来られたことは、ありがたいですね」と、
日本代表に招集されたことに感謝を述べた。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170320-00000012-goal-socc

【大躍進】ライプツィヒの主将カイザー「チームの歯車になることを意識している」 

1: サムライ24時 2016/11/27(日) 20:28:46.79 ID:CAP_USER9
今シーズン、2部からの昇格間もないライプツィヒがブンデスリーガで首位に立つ(第12節終了時点)など、同チームをけん引してきたドミニク・カイザーはキャリア最高のシーズンを送っている。しかし、その裏で彼は下部リーグで地道に腕を磨いてきた苦労人でもあるのだ。12-13シーズンの4部リーグから、16-17シーズンのブンデスリーガ1部まで、彼はライプツィヒの一員として飛躍をともにしており、ドイツサッカー界に旋風を巻き起こしている。

『Goal』の独占インタビューで現在27歳のカイザーは、サッカー以外のスポーツを選ぶ可能性があったこと、ライプツィヒというチームがなぜここまで結束しているのかなどについて語ってくれた。彼の声を聞くことで、ライプツィヒの躍進が決して偶然ではないということが分かるはずだ。

――17年2月、ハンブルガーSVの監督になったマルクス・ギスドルがライプツィヒにやって来ます。その時、あなたは恩師と再会することになると思いますが、楽しみですか?

もちろんさ! 彼は僕のこれまでのキャリアの中で、最も重要な役割を果たしてくれた監督の一人だ。僕をアマチュアの世界からプロの世界に引き上げてくれたのは何を隠そう、彼だったんだ。当時はまだ20歳ぐらいの頃で、ホッフェンハイムのBチームでたくさんのことを学んでいた。ギスドル監督は僕のプレーを見て、ブンデスリーガでもやっていけると太鼓判を押してくれたんだ。今の僕があるのは彼のおかげだよ。彼が今、ハンブルガーSVの監督をしているのが不思議ではあるけど、彼がハンブルクで成功することを祈っているよ。あ、ただし、ライプツィヒと戦う時を除いてね(笑)。

――あなたはバーデン州の出身で、子供の頃には(バーデン州にある)シュトゥットガルトに入るのが夢だったということですが、なぜその夢を断念したのでしょうか?

当時の僕は、まだシュトゥットガルトに加わるほどのレベルに達していなかったということさ。シュトゥットガルトは育成部門からドイツ最高レベルの評判だ。当時の僕は体ができていなくて、断念せざるを得なかったんだ。だけど、その時は激しい練習に耐えられるとも思っていなかったから、入っても自信を失っていたかもしれない。当時の僕にとっては、ユースでついて行くことよりも、学校の勉強に力を入れることも重要だったと思っている。

――あなたはテニスの腕も素晴らしいと聞いています、しかも、バーデン・ヴュルテンブルクの連盟がプロテニスプレーヤーの卵であるあなたを獲得しようと力を入れていたとか。テニスの道を選ぼうとは思わなかったのでしょうか?

ああ、その選択肢を選ぶことはなかった。僕にとってはテニスよりもサッカーのほうが単純に楽しくてね。仲間と一緒にボールを蹴ることが好きだったんだ。テニスは個人競技であり、プレーしていて孤独を感じることもあるから、その道を選ぼうと思わなかったんだ。単純に、僕にはチームスポーツの方が性に合ってるんだよ。それにあの頃はサッカーの方がまだ自分に伸びしろが残されていると思ったんだよね。何しろ、テニスでプロのトップ選手になれるのはほんのわずかな選手だけだ。そこへ到達するのはものすごく難しいことだよ。

――あなたがブンデスリーガ1部まで駆け上がってくるスピードは予想外と報じられていましたね。当時はかなり異例と言える状況だった。

ああ、本当に異例だったね(笑)。僕の兄が、SCガイスリンゲンにいた頃からギスドル監督を知ってたんだ。僕は新しいクラブを探してるところで、マルクスはノルマニア・グミュントで何回か僕を見て興味を示していたらしいんだ。その頃はまだ、ホッフェンハイムもノルマニア・グミュントも同じリーグにいたからね。そしてホッフェンハイムがいつの間にか1部まで上がり、そこでギスドル監督がBチームの監督になるということで僕が引き抜かれたんだ。

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