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去就問題の渦中にあったヴィッセル神戸のMFアンドレス・イニエスタ(39)が25日、神戸市内のホテルで緊急記者会見に臨み、今シーズン末の契約満了を待たずに、7月1日の北海道コンサドーレ札幌戦(ノエビアスタジアム神戸)を最後に退団すると表明した。引退ではなく他国で現役を続行する方針。神戸と相思相愛のはずだった元スペイン代表のレジェンドは、なぜチームが首位に立つシーズン途中で5年間着た神戸のユニフォームとの別れを決断し、他国での現役続行を望んだのか。


「自分はずっとここ(神戸)で引退する姿を想像してきた」
 
 込み上げてくる思いを我慢できなかった。
 
 退団会見における冒頭のスピーチを必死に考え、日本語へ通訳する時間を含めて、17分近い長文にしたためて読み上げていたイニエスタの声が、半分あたりに達したところで突然途切れた。右手でマイクを握りながら、左手で何度も目頭を押さえた。
 
 神戸の全選手やコーチ陣、スタッフ、そして夫人のアンナさんと5人の子どもが見守っていたひな壇。スペイン代表で一時代を築いたレジェンドが泣いていた。
 
 会見に同席していた神戸の三木谷浩史会長へ、自らを日本へ導いてくれた感謝の思いを捧げた直後。続いて神戸というチームに関わるすべての人々を思い浮かべながら、Jリーグでデビューを果たした2018年7月以降の日々を振り返っていたときだった。
 
 それでもイニエスタは必死に涙をこらえながら、さらに神戸のファン・サポーターへ、Jリーグと日本サッカー界へ、そして日本という国そのものへ抱く思いを語った。なぜイニエスタの涙腺は決壊しかけたのか。答えは会見のなかで発したひと言にある。
 
「自分はずっとここ(神戸)で引退する姿を想像してきた」
 
 当初の3年半契約を、2年前にさらに2年間延長した。満了を迎える今シーズン限りでプロサッカー選手としてのキャリアにピリオドを打つ青写真を描きながら、イニエスタは「モチベーションが薄れたと感じたときには自分から(引退を)言う。それまではこのクラブと関わっていきたい」と明言。いずれにしても神戸が最後のクラブになるはずだった。
 
 しかし、契約を約半年残して退団する。現役引退ではない。会見では「ここ数カ月は激しいトレーニングを重ね、プレーでチームに貢献するための準備はできている、という感覚でやってきた」とサッカーへのモチベーションは衰えていないと強調している。
 
 しかし、イニエスタは「時に物事は希望や願望通りにいかない」と続けた。
 
「まだまだプレーを続けて、ピッチで戦いたい思いがある。しかし、それぞれが歩んでいく道が分かれ始め、監督の優先順位も違うところにあるとも感じ始めた。ただ、それが自分に与えられた現実であり、リスペクトを持ってそれを受け入れた。最終的には現実と自分の情熱とをかけ合わせた結果、ここを去るのがベストな決断だとクラブとの話し合いで決めた」
 
 開幕から低迷を続け、代行を含めて4人の監督が指揮を執った昨シーズン。吉田孝行監督のもとで終盤に5連勝をマークした神戸は、最終的には13位で残留を決めた。しかし、怪我で長期離脱を強いられたイニエスタは、残留争いの正念場でほとんど力になれなかった。
 
 迎えた今シーズン。コンディションが整わずに出遅れたイニエスタは、さらに夫人のアンナさんの第5子出産に立ち会うために開幕直後に一時帰国。3月中旬に再来日するまでの間に、引き続き指揮を執る吉田監督はイニエスタ不在の戦い方を確立させていた。
 
 守備では球際の強度の高さに、前線からの激しいプレスを含めて、無骨さと泥臭さを前面に押し出す。ボールを奪えばFW大迫勇也(33)をまずターゲットにすえて、右ウイングの武藤嘉紀(30)やインサイドハーフの山口蛍(32)らが相手ゴール前へ飛び込んでいく。

 イニエスタが加入した直後に掲げられた「バルセロナ化」とは対極に位置する、堅守速攻スタイルがはまった神戸は開幕から好調をキープ。昨シーズンの11勝に迫る9勝をすでにマークし、2位の横浜F・マリノスに勝ち点3差をつけて首位に立っている。
 
 その間、イニエスタは3試合すべてが後半途中からの出場に、プレー時間も合計38分にとどまっていた。今シーズンの神戸で居場所を見つけられない現実が「それぞれが歩んでいく道」であり、さらに「監督の優先順位」という言葉に反映されていた。
 
 キャプテンとして悲願のリーグ優勝を目指す今後の戦いを見守りたい。一方で自分のなかで燃えさかる炎も抑えられない。最終的には後者が上回って退団を選んだ。それでも神戸へ注ぐ愛情は変わらない。だからこそ、イニエスタをして「プロ人生で最も難しかった」と言わしめた決断に至るまでの葛藤が、会見でこらえ切れずに流した涙に凝縮されていた。
 
 会見のなかで、イニエスタはこんな言葉を残している。
 
「プレーを続けたいという私の気持ちを理解していただき、(シーズン途中での退団という)決断をリスペクトしてくれたことに心から感謝しています」
 
 神戸とイニエスタの円満な別れは、両者の未来へと繋がっていく。
 
 短期的にはイニエスタの見納めとなる試合だ。6月6日に東京・国立競技場での開催が決まり、すでにチケットも発売されている古巣バルセロナとの国際親善試合が、当初は神戸での最終戦になると国内外で報じられていた。しかし、会見の冒頭でホームのノエビアスタジアム神戸に札幌を迎える、7月1日のJ1リーグ第19節が最終戦になると発表された。
 
 バルセロナ戦を「日本中のみなさんと楽しみたい」と心待ちにしながら、イニエスタは札幌戦を「自分にとっても特別な試合になる」と位置づけている。
 
「ヴィッセル神戸のユニフォームを着て、過去5年間ホームとしてきたノエスタで最後のお別れを告げる日になる。ノエスタでお会いできるのを心待ちにしている」
 
 平日のナイトゲームで、しかも神戸ではなく東京で開催されるバルセロナ戦には、ホームタウンのファン・サポーターを軽視していると批判が寄せられていた。しかし、この一戦はバルセロナ側からJリーグを介して神戸に打診され、Jリーグが主催する形で、6月7日に予定されていた天皇杯2回戦を同14日に変更する特別措置の末に開催が決まっていた。
 
 自分や家族を受け入れてくれた神戸のファン・サポーターを愛するイニエスタとしては、やはり地元で最後の別れを告げたかったのだろう。バルセロナ戦後では初めてホームで開催されるリーグ戦が札幌戦となるなかで、おのずと最後の舞台に設定された。

 札幌戦を終えた後に関して、イニエスタは「まずは神戸での時間をまっとうして、そこからどのような扉が開かれるのかをみてみたい」と語った。スペインメディアの間では、資金力が豊富な中東やアメリカのクラブが興味を示していると報じられている。
 
 移籍が実現すれば、それが“置き土産”になる可能性もある。
 
 契約を残している場合は、移籍金が発生する。対照的に札幌戦をもって契約を解除すれば、移籍金がかからないフリートランスファーとなる。神戸の千布勇気社長は「契約の詳細はノーコメントとさせてください」と断りを入れながらこう語った。
 
「いろいろなことを総合しながら話をした結果、今回の形で決まりました」
 
 親会社の楽天の業績が芳しくない現状で、移籍金が発生する形になれば、夏の移籍市場で優勝に必要な新戦力を補強する場合には大きな後ろ盾になる。神戸を愛してやまないイニエスタが、契約を残したままの退団を希望していたケースも十分に考えられる。
 
 会見では引退後に「バルセロナに何らかの形で加わるのか」という質問も飛んだ。ラ・リーガ制覇を果たしたばかりの盟友、シャビ・エルナンデス監督体制が長く続いてほしい、と語るにとどめたイニエスタは、自身と神戸の長期的な関係にこう言及した。
 
「これは永遠の別れではない。この素晴らしい国、そしてクラブとの関係性はこれからも大事にしていきたい。イニエスタアカデミーなど、情熱をまだまだ注いでいきたいプロジェクトが残っている。違った角度で、最善の形で日本サッカー界に貢献していきたい」
 
 今後は状況を見ながら、定期的に来日する意向も表明した。7月1日までの残りわずかな時間は、イニエスタと神戸、そして日本との間で紡がれてきた物語のクライマックス。一度は離ればなれになるとしても、その先には“続編”がすでに用意されている。
 
(文責・藤江直人/スポーツライター) 



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