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ブラジルが親善試合でモロッコに敗れた。いくらW杯4位だったとはいえ、ブラジルがモロッコに負けるのは普通のことではない。実際、モロッコにとっては史上初のブラジル戦勝利だった。


 だが私はこの敗戦に怒ったり、悲観したりはしていない。なぜならこの試合はブラジルにとって、まるで意味のないものだからだ。今回のチームはあくまでも暫定的な、モロッコと戦うために仕方なく作られたセレソン(ブラジル代表)だ。それよりも私が嘆き、憂いているのは、ブラジル代表の現状、そしてこれからだ。

 この試合のブラジルには監督も、選手も、そしてネイマールもいなかった(ケガのため招集にされなかった)。カタールW杯後、ブラジル代表は空中分解したままだ。クロアチア戦で敗れたのち、チッチ監督は何も言わないままピッチを去り、チームを去った(大会前から辞任は決めていたが、それでも後味のいい去り方ではなかった)。その後任はなかなか決まらない。おかげで新たなチーム作りは遅々として進まない。

 正直、こんな状況でブラジルは親善試合などしたくなかった。他の代表チームのほとんどはこの間に2試合をしているが、ブラジルが戦ったのはこのモロッコ戦だけだ。それも単純にCBF(ブラジルサッカー連盟)のポケットに金を入れるためだった。一説によればこの試合のためにモロッコは150万ドル(約2億円)を払ったと言われている。

 暫定監督としてこの試合のセレソンを率いたのは、かつて日本の東京ヴェルディでもプレーしたラモン・メネゼスだ。彼は現U-20代表監督であり、2カ月後にはU-20W杯を控えている。そのため彼は自分の選手たちに経験を積ませるため、このチャンスを利用した。アンドレイ・サントス(バスコ・ダ・ガマ)、ヴィトール・ロッキ(パラナエンセ)、ロベルチ・レナン(ゼニト)などがA代表デビューを果たした。ちなみにロッキはこの日18歳と25日。1994年にロナウドが17歳でデビューして以来の早いデビューとなった。

【ミスを連発したモロッコ戦】

 彼らはヨーロッパの強豪から最も注目されている若手である。また、ブラジル国内で活躍しながらもチッチの下ではチャンスを得られなかったパルメイラスのホニやラファエル・ヴェイガなども出場した。

 多くの若手を試そうという意図はわかる。しかし、なにせ時間が足りなかった。今回のチームにはこれまで一度もともにプレーしたことのない選手が多かった。ベテランに若手をミックスするならば、それなりの時間がかかる。ほとんど練習時間はなくぶっつけ本番ではチームとは呼べない。

 また、プレミアの強豪アーセナルのエースであるガブリエル・マルティネリや、これまでチームの中心となってきたアリソン、マルキーニョス、ダニーロが呼ばれなかったことに、ブラジル人は首をひねった。

 一方、モロッコは落ち着いていた。6万人の大観衆に支えられ、W杯での活躍が彼らをよりどん欲にさせたのか、カタールで見た以上に攻撃的だった。90分間にわたり危険で、何度もブラジルゴールを脅かし、中盤を支配した。世界4位にふさわしいチームであることを証明した。

 試合はブラジルの失態から動いた。エメルソン・ロイヤル(トッテナム)が、エリア付近でまるで子どものような単純なミスからボールを失い、モロッコのFWソフィアン・ブファルがすかさずゴールを決めた。それに比べるとブラジルの同点ゴールは偶然の産物だった。カゼミーロ(マンチェスター・ユナイテッド)のシュートが相手GKのキャッチミスでゴールとなった。

 なかなか敵陣内に攻め上がれない4-4-2のフォーメーションを是正しようと、メネゼスはロドリゴ(レアル・マドリード)を偽9番としたが、この日の彼はひどかった。そしてカタールでもプレーしたエデル・ミリトン(レアル・マドリード)とアントニー(マンチェスター・ユナイテッド)の連係ミスを見逃さなかったモロッコが追加点をあげた。

 ヴィニシウス・ジュニオールとロドリゴ。レアルでプレーするこのふたりがいればセレソンは安泰と信じていた人たちは完全に裏切られた。彼らが本当にモロッコゴールを脅かすことはほとんどなかった。

【南米最強のブラジルはもういない】

 この試合がA代表デビューとなったロニはパルメイラスの得点王で、ブラジルリーグでは屈指の強さを見せる。誰もが彼のゴールを期待し、彼自身も代表レギュラー入りするためにかなり気負ってこの試合に出たはずだ。確かによく走ってはいたが、なんのテクニックもなく、結果的にはこの日のFWのなかで一番活躍していない選手となった。

 ミスの連発と攻撃力の欠如は、このセレソンに魂とスタイルがないことを明らかにした。試合後ヴィニシウス・ジュニオールは「これ以上の点差で大敗しなかったのはラッキーだった」と発言。キャプテンを務めピッチで最年長だったカゼミーロも「今の状況では......今回のこの結果は、うまくいったと言うべきだろう」と語った。

 これを聞いたブラジル国民は、世界の終わりを感じた。セレソンのキャプテンが敗れた試合を「うまくいった」と評価したのだ。彼のこの言葉は、今のブラジルを一番如実に表しているかもしれない。

 負け犬となった選手たちは、頭を垂れてピッチを後にした。ここ数年、我々が見てきた南米最強の、W杯予選で最高ポイント記録を叩き出したブラジルはもういない。ひとつのサイクルが終わった。だが、新しいサイクルが始まる兆候は見られなかった。一番の問題はここだ。

 新しい時代に踏み出すにはふたつの大きな問題がある。誰がブラジル代表監督になるのか。そしてCBFはどんなプロジェクトを持っているのか。これら先に進むに必要不可欠なものがまるで見えてこないのだ。

 CBFは代表監督にブラジル人以外の大物監督を探している。これまでの歴史のなかで、ブラジル代表は一度も外国人監督を招聘したことはない。なぜ外国人を呼ぶ必要があるのか。「彼らはブラジルのリーグもチームも選手もスタイルも、なによりブラジル人のメンタリティーというものも知らないじゃないか!」と、代表を率いることを期待していたブラジル人監督たちは怒り、失望している。これはブラジル人としてのアイデンティティーの問題でもある。

【サッカー連盟の見当違い】

 CBFの言い分は、「代表を任せられるようなブラジル人がいないから」だ。確かに最近では国内のビッグクラブでも外国人監督が増えている。この話を掘り下げると長くなってしまうので今は触れないが、とにかくCBFの決意は固い。

 だが、ここでひとつの思い違いが露呈する。ブラジル代表監督は名誉あるポスト。CBFは誰もが喜んで引き受けると思っていたが、それは見当違いもいいところだった。ジョゼ・モウリーニョ、ジネディーヌ・ジダン、ルイス・エンリケ、ジョゼップ・グアルディオラ......有名監督だけに焦点を当てて声をかけたが、受け入れる者はいない。

 現時点で唯一、可能性が残っているのはカルロ・アンチェロッティだが、それも確かなことは何もない。CBFの会長エドナルド・ロドリゲスは、監督探しのためにヨーロッパへ行くことを検討している。まずはアンチェロッティと交渉するつもりだろうが、モロッコ戦はマイナス要素だっただろう。こんなチームをいったい誰が率いたいと思うだろうか。

 どんなスタイルがブラジルには最適なのか。どんな戦術、どんなプレースタイルがいいのか。チームのリーダとなるのは誰か。ヨーロッパのビッグクラブでプレーするスターたちの間に、国内でプレーする選手たちをどのようにミックスしたらいいか。

 今のところこれらの疑問に誰も答えを持ち合わせていない。モロッコ戦の敗退は新しい時代の始まりを、遅らせてしまったかもしれない。

 W杯で予想よりも早く敗退した失望、新監督が決まらない不安、次世代を築く選手が活躍しない不満......しかし、一番問題なのは、こうしたフラストレーションが、人々を「セレソンなんてどうでもいい」という気持ちにさせてしまっていることだ。ブラジル人の心は、これまでにないほどセレソンから離れてしまっている。

 次にセレソンがピッチに立つのは6月。次のW杯までちょうど3年となる。少なくともここからは、新しい時代を始めなくてはいけない。

リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon



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