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男子プロサッカーチームで、フィジカル系のコーチを務める松本珠奈さん(37)。松本さんは、MtoF(男性から女性)トランスジェンダー。生まれた時に割り当てられた体の性が男性で、性自認が女性だった松本さんは、この1月にトランスジェンダーであることを公表した。決断までの経緯と周囲の反応、LGBTQを取り巻く環境について、思いを聞いた。(取材・文:栗原正夫/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

Twitterのフォロワー数が5倍以上に

「イチッ、ニイッ、サンッ、シッ、ゴッ、ラストーッ!」

5月下旬、緑に囲まれた横浜市内のグラウンド。選手たちが円になってアップしている中で彼女の声は響いていた。

サッカーJ3のY.S.C.C.横浜でアスレティックパフォーマンスコーチを務める松本珠奈さんは今季、同クラブで3年目のシーズンを迎えている。

シーズン開幕前の今年1月、SNS上でにわかに話題の人となった。MtoF(男性から女性)トランスジェンダーを公表し、「おそらくJリーグ初」とつぶやいたからだ。

公表に際し、登録名を「瞬」から「珠奈」に改めた。昨今、スポーツ界でLGBTQ(性的少数者)を公言する人が出てきたとはいえ、MtoFの方の公表は数少ない。だからこそ反響は少なくなかった。

Twitterのフォロワー数は一気に5倍以上に増えた。

「選手からはバズってるじゃんとからかわれましたが、ネットのコメント欄にはひどい書き込みもたくさんありました。エゴサもして、全部読みました。LGBTQの外の人たちに叩かれているのかなと思ったらそうでもない。マイノリティ同士での足の引っ張り合いのようなことがあるわけです(苦笑)」

だが、松本さんはカミングアウトしたことに後悔はないときっぱり言う。

仕事には自信もあったし、コーチングに性別は関係ない

「仕事柄、選手名鑑に名前も出ていたので、クラブのファンの方にはちゃんと伝えたいなと思っていました。(公表を)決心してからは、迷いはなかったです。それまでは隠しながら行動していた部分もありましたが、別に悪いことをやっているわけではないですから。仕事には自信もあったし、コーチングに性別は関係ない。家族や親しい友人、恩師などには事前に伝えていましたし、あとの人たちの反応はどうでもいいやって(笑)。母はショックもあったみたいですが、最終的には理解してくれて、そこはホッとしました。いまはカミングアウトしてよかった、という思い以外はないです」

両親とも日本人だが、ドイツ生まれでドイツ育ち。幼少期をドイツの(子どもの自主性を尊重した)シュタイナー学校で過ごしたこともあって、当時は自身がトランスジェンダーであるとの認識はなかった。

「髪も長かったし、女の子だと思われていたかもしれませんが、日本のようにランドセルの色が男女でわかれているわけでもなく、制服があるわけでもないので、子どもの頃に強く性別を意識することはなかったです。親がいないときにメイクをして、落ちなくなって困るという経験をしたり、女の子のお下がりの洋服を普通に着たりしていましたが。まあ、ドイツにいる日本人で、しかも男でも女でもあるような感じもあったのか‟宇宙人扱い”はされていましたね(笑)」

10代になり、女性として生きていきたい気持ちがあることに気づいたが、誰かに打ち明けるところまでは踏み切れなかった。

一方で、幼い頃から陸上競技に打ち込み、若くして指導者を志し、ドイツ、アメリカでコーチングについて学び、ライセンスを取得。2013年に28歳で来日し、日本で指導者を目指した。

「来日後の数年間はあと戻りできる状態ではなかったし、コーチとしての仕事を得るために、‟女性として生きたい”という思いは封印していました。少し余裕が出てきてからは、ストレス解消のために、たまにお化粧して、ヒールにスカートを履いたりはしていましたが、あくまで周りの目を気にしながらの話です」

少しずつコーチとしての経験を重ねながら、陸上十種競技で2度のオリンピック出場経験のある右代啓祐選手(2015-16年)やパラリンピアン、駅伝の実業団チームなどをサポートし、20年から現職。Y.S.C.C.横浜のコーチとして選手のパフォーマンス維持向上を促す役目を担っている。

コーチとしての自信を深めるなかで、当初は封印していた自分の本当の気持ちを表現したい思いも強くなってきた。

「薄かったメイクは段々と濃くしていって、もうちょいイケる、もうちょいイケるって(笑)。最初はコソコソしながら仕事が終わったら途中で着替えて、メイクして帰っていくという感じでした。ただ、今後ホルモン治療などをすれば、体の変化も出るだろうし、ずっと隠し通すのは無理。なら堂々と言うしかないかなって」

男として生きてきたことを全否定する気はない

公表後の周囲の反応は思いのほか好意的で、クラブの代表や監督、スタッフ、選手たちが変に気を使うことなく受け入れてくれたことには感謝しかないという。

「名前は『珠奈』と呼んでくれますが、普通に男扱い。ヘッドコーチには、よく『オマエ』って言われます(笑)。けど、それが逆に気楽というか。私はもう、人前で裸にはならないし着替えもしないですけど、選手は私がいても素っ裸になって着替えもする。もちろん、みんなに女子扱いされたいという思いはありますが、それを全員に強要するのは少し違う気がして。もちろん、トランスジェンダーの方のなかにはそうしたことを嫌がる人もいると思いますが、私は現実に去年まで男として生きてきたわけで、そのことを全否定する気持ちはありません。私がどうなろうとも当たり前に仕事を評価してもらい、普通に接してもらえていることが何よりうれしいっていうか救われた気がします」

公表してからは、何も隠すことがなくなり、自分らしく生きられるようになった。メイクやファッションは雑誌やYou Tubeから見様見真似で学んだ。かつて自分のことを「オレ」と呼んでいたが、「ワタシ」に切り替わった。目立たない程度にしていた化粧も、いまでは自分をオンにするスイッチとなった。

公表を機に身をひいた仕事もある

LGBTQという言葉は広く知られるようになったが、性的マイノリティであることを公表しやすい環境が整っている会社や組織はそう多くはないだろう。松本さん自身、公表を機に手放すことを決めたY.S.C.C.横浜以外の仕事があったと振り返る。

「組織が大きくなれば、いろいろありますからね。周りにバレないように薄いメイクをしたりもしていましたが、『男なのに髪が必要以上に長い』とマニュアルが送られてきて『〇〇は、こうあるべきだ』と書かれていたり。だから、私もギリギリの線をいっていたのですが……。困ったのは合宿で、ずっと一緒じゃないですか。場合によっては部屋にお風呂がなくて、みんなが寝静まったあと大浴場にこっそり入ったり。フットネイル(ペディキュア)をしていれば、合宿所でもずっと靴下を履いているしかない。私的には続けたいという思いもありましたけど、身を引きました」

だが一方で、企業や組織が安易に「講習会」などを実施し、型にはめたような対応をすることに松本さんは違和感を覚えるという。

「自分らしく自由にしてください。その一言で、よくないですか」

たとえば公的なものであれ、何かの会員の申し込みであれ、書類1つ書くにしても性別を明かすことが求められがちだ。

「あのマルを付けるやつ、なんで書かないといけないのか本当に理解できない。データを取りたいのはわかりますが、男女の区別ってそんなに大事ですかね。たとえば病院であれば、性別で処置が変わることもあると思うので理解できますけど。トランスジェンダーの人なら、必ずぶつかる問題だと思います。私はもう堂々と女性の方にチェックしちゃっていますけどね」

カミングアウトは自分が生きやすくなるため

トランスジェンダーへの理解不足は、海外でも感じるという。

「私が育ってきたドイツもそう。レズビアンやゲイに対しては結構オープンですが、トランスジェンダーに関しては閉鎖的というか。そこは、世界中どこも一緒。むしろ日本はテレビに‟オネエタレント”もたくさん出ているし、理解は進んでいる方かもしれません」

トランスジェンダーをカミングアウトすれば、就ける仕事は限られるかもしれない。だが、カミングアウトを迷っている人には堂々としてほしいし、その近道は性別に捉われない自分にしかできない武器(仕事)をみつけることではないか、と松本さんは考えている。

自身のカミングアウトも誰かのためではなく、自分がより生きやすくするためだったと改めて強調する。

「どう捉えられるかはわからないですが、人のためとか、誰かの勇気になればとか、そんな思いはなくて……。人に迷惑をかけないのであれば、自由に好きにしたいというのが私の考え。もちろん、結果的に自分のしたことが誰かのためになったらうれしいですけどね」

2年前にY.S.C.C.横浜に自分を誘ってくれた監督は、今季、別のクラブの監督に就任するためチームを離れた。新たな指揮官のもとで仕事を続ける松本さんにとっては勝負の年といえる。

「チームの結果はフィットネスだけの問題ではないし、私は戦術的なことや技術的なことはわからないので自分ではどうしようもない部分もあります。でも、プロの世界にいる以上、結果がいちばん評価されるところですから。

Y.S.C.C.横浜にずっといられるかはわかりませんし、もし他のクラブだったら私の選択ができたかどうか。ただ、私自身どんな競技かにかかわらず、アスレティックパフォーマンスコーチとして求められれば全力でサポートするつもりですし、自信もあります。いつかはJ1のクラブで仕事をしてみたいですし、WEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)やプロ野球、バスケットボールなどのチームにも興味はあります。まだまだ男性アスリートの世界には女性のコーチは少ない。もっといろんな経験をしながらまた新しいチャレンジができたら面白いかなと思っています」

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松本珠奈(まつもと・しゅな)
1985年7月27日生まれ。プロアスレティックパフォーマンスコーチ。ドイツ・ブレーメンで生まれ育ち、学生時代は地元クラブ「Werder Bremen」で陸上の跳躍競技を中心に研鑽を積み、10代で指導者を志す。ドイツ陸上競技連盟公認B級コーチライセンス取得(スプリント&跳躍)。米EXOS「パフォーマンススペシャリスト」資格取得。13年に来日し、バレーボール、陸上、サッカー等のアスレティックパフォーマンスコーチとして活躍。20年からJリーグのY.S.C.C.横浜のトップチームのコーチを務める。 










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