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 サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会(2022年11月開幕)で、初のベスト8入りを狙う日本代表。3月に7度目の本大会出場を決めた森保一監督率いるチームのアジア最終予選は、アウェー戦の生中継が日本国内のテレビでは放送されず、インターネット有料配信のDAZN(ダゾーン)でしか視聴できなかった。幅広い層が関心を寄せるサッカー日本代表戦は誰でも無料で視聴できるべきではないか――といった議論も活発化している。Jリーグの前チェアマンで、在任中にダゾーンと2017年シーズンから10年間の放映権契約を取り結んだ村井満氏(62)に意見を聞いた。(聞き手=込山駿・デジタル編集部)

ダゾーン配信、今回は「日本サッカーを救った」
 ――日本代表のW杯最終予選は、10試合のうちアウェーでの5試合でテレビ放送がなく、生中継はダゾーンに会員料を支払って加入した人しか見られませんでした。

 村井 アジア最終予選の放映権契約は、アジアサッカー連盟(AFC)が、放送事業者もしくは配信事業者に対して権利を販売するというビジネスです。ご存じのように放映権料が非常に高騰している市場で、日本のテレビ地上波放送を手掛ける各局がとても支払いきれない金額になったことが、今回の問題の本質です。

 ダゾーンは今回、最終予選の放映権契約で「地上波テレビを排除した」わけではありません。AFCとテレビ局の契約が不成立となり、アウェー戦の放送を日本では全く見られない可能性もありましたが、ダゾーンが配信してくれたことで見られるようになったわけです。

 ――「ダゾーンの放送を通じて、深夜の時間帯に応援してくれた方々が日本にいる」などと、日本の森保監督は最終予選中、たびたび感謝の言葉を発しました。

 村井 監督の言葉通りです。ダゾーンが救ってくれたというか、それに近い構図です。

 インターネット配信は、スマートフォンやパソコン画面、テレビ受像機といった端末を選ばず、いつでもどこでもタクシーや電車の中でも、極論すると授業中だってスポーツを見ることができる。あ、授業中に見るのは良くないですけれども。それはともかく、スポーツを楽しむ醍醐味の「1丁目1番地」は、今まさに進行している人間ドラマの目撃者になれること、声援を送れること、そういうライブ感にあります。学校や会社で誰からも結果を聞かないようにして、家に帰って初めて録画を見たいと思っていたのに、うまくいかなかった経験を僕も何回もしてきました。だから、インターネット配信はスポーツと極めて相性がいい面があると思っています。

 一方で、ダゾーンと会員契約をしていない方の視聴機会が、今回は失われました。子どもたちでも、熱狂的なファンでなくても、多くの人が無料で日本代表の試合を視聴できる機会を、どう確保するか。それが、次のテーマになりますね。

 ――W杯アジア最終予選の放映権ビジネスは2005年から本格化し、2020年まではテレビ朝日がAFCとの4年契約を更新してきました。しかし21年、ダゾーンがテレビ朝日に取って代わり、8年契約を結びました。推定契約額は、05年当時「4年90憶円」などと報じられましたが、今回はその10倍以上に膨れ上がったとも言われています。

 村井 契約額は非公表となっています。スポーツの持っている価値の再定義が世界的に進み、テクノロジーの進化とともに放映権料が高騰してきました。市場に地殻変動が生じているのでしょう。放送事業者は、各種のテレビ放送から、インターネットに置き換わってきました。たとえばスポーツ試合の勝ち負けなどを対象としたインターネット上の賭け(スポーツベッティング)が米国で合法化されて新しい市場ができ始めたり、選手の肖像権や著作権が商品価値をもつようなビジネスモデルが台頭してきたりしています。データなど多様な付加価値がつくスポーツ放送も目立ちます。

Jリーグとは「構造的に全然違うコンテンツ」

 ――日本サッカー協会の田嶋幸三会長はオーストラリアとのアウェー戦前に「日本代表の試合は、どなたでも見られる環境にあるべきだ」と発言しました。実現しなかったものの、テレビ生放送への道を改めて探る姿勢も示しました。

 村井 田嶋さんが抱いている思いは、まっとうもいいところです。1人でも多くの人にサッカーと触れてもらいたいのは、日本サッカー協会としては当然だと思います。それには地上波を通じて触れてもらいたいというのも現実的な考え方でしょう。ただ、思いや考えから、実現という次のステップへ移行するとき、そのハードルは非常に高い。

 ダゾーンは2017年からJリーグを支え、海外サッカーなどもずっと配信してくれています。田嶋さんもダゾーンには感謝していると思います。日本サッカーが発展していくためにW杯アジア最終予選をファンに届けなければという純粋な思いと、ビジネスの話が直結して誤解が生じないよう、世の中に伝えていかないといけないですね。日本代表戦を誰でも見られる環境を実現するために、今後は多くの人々の合意が必要でしょう。サッカー界を挙げて、全力で議論しなくてはなりません。 

 ――村井さんは、サッカーのインターネット配信の全面的な推進派ですか。

 村井 まずは、日本代表戦のようなグローバルコンテンツと、Jリーグのようなローカルコンテンツを分けて考えるべきでしょう。私は、その二つは構造的に全然違うと考えます。

 どう違うか、私のいたJリーグのほうから説明します。リーグには今、J1、J2、J3を合わせて58クラブあり、公式戦が昨年は1100試合を超えました。その全試合を、ダゾーンは配信しています。テレビ局が地上波などで、同じように全試合を放送できるかというと、番組編成上の問題で到底できない。Jリーグの試合は、1週間に1試合ペースで行われる「わが町のコンテンツ」です。各地のファン・サポーターは、とにかく地元チームの試合を見たい。「ホームゲームは近くのスタジアムで応援するけど、アウェーはちょっと行けないからネットで見よう」。こうしたニーズと、ダゾーンはマッチします。Jリーグのようなローカルコンテンツとインターネット放送は、非常に相性がいいわけです。

 ――グローバルコンテンツの場合は話が違うのでしょうか。

 村井 W杯やその予選は、4年に1度の大規模イベントです。日本代表戦も年間10日くらいの国際Aマッチデーを使って開催され、日常的に試合があるわけではありません。そして(地域のファンだけにとどまらず)、とても多くの国民が楽しみにしているコンテンツです。これらを年間何試合か視聴したいけれども、ほかの試合は見るつもりはないという人が、定額で何か月も会員料を払い続けるのは、ちょっと違うじゃないですか。試合ごとに視聴料金が発生する、いわゆる「ペイパービュー」みたいな方法も今後は使われて、支払いの多様性が生まれてくるかもしれません。

 本当は、W杯関係の日本代表戦のようなグローバルコンテンツは、NHKを中心とするテレビ各局が組む「ジャパンコンソーシアム」がAFCと契約を結んで、地上波テレビ各局でご覧いただけるようになればありがたいと思っています。放送権料と、購買するテレビ局側の予算がある程度うまく折り合い、バランスが取れるようになることを願っています。そうなるよう、僕らがサッカーの国際政治で頑張らなくてはいけないのかもしれません。

放送権料への税金投入「考えにくい」

 ――今回のW杯アジア最終予選では、コロナ禍の影響もあるにせよ、試合日の街角に青いユニホームを着た人をあまり見かけませんでした。前回のW杯予選までは、テレビ各局がスポーツニュースやバラエティーまであらゆる番組でテーマ曲やキャッチフレーズを連呼し、CMも連発して盛り上げていましたが、それがなくなった影響なのか、街から試合日の盛り上がりや熱気が消えました。今後、そうしたものを取り戻せるでしょうか。

 村井 テレビ局が試合生中継の放映権を持っていれば、その局はいろいろと番組宣伝をします。それがジャパンコンソーシアムならば、複数のテレビ局がする。でも、自分たちが試合を生中継できないのなら、番宣の頻度は上がりません。露出の機会が減ってしまいます。

 短く編集した動画や、以前の試合映像などを、どうテレビで生かすか。最終予選の生中継の放映権をダゾーンが持っている今、本当に多くの人に伝えたければ、やはりそういうところからでしょう。短い動画を購入して、テレビ側に金額を落として提供していくということに、日本のサッカー界は主体的に取り組まなければいけないかもしれません。

 ――今回のW杯アジア最終予選を機に、日本でも「ユニバーサルアクセス権」の議論が活発になりました。誰もが自由に情報にアクセスできる権利を意味し、スポーツ中継についてはイギリスで、1990年代から政府が指定するイベントの無料放送が義務づけられています。

 村井 法整備によって、ユニバーサルアクセス権をルール化する。「地上波で放送しなければいけません」というルールを作る場合、その規則を適用される当事者は誰になるのか。W杯予選の放映権契約は、アジアの場合はAFCと放送各社が当事者です。これがW杯本大会になると、FIFAと放送各社。契約を結んだときにルールの適用を受ける当事者が、大会によって異なります。

 また、サッカーのユニバーサルアクセス権が日本で認められれば、我々としてはありがたい話ですが、「じゃあテニスはどうなのか」といった話も次々と出てくるでしょう。ラグビーのW杯、他競技の世界選手権、もちろんオリンピック本大会とその各競技予選……。

  ――この競技もあの競技も、ではキリがありませんね。イギリスのユニバーサルアクセス権をみても、無料放送が義務づけられるサッカーの大会は「W杯本大会」「欧州選手権」「FAカップ」などとされていて、W杯欧州予選は含まれていません。

 村井 線引きをどうするかという話になってきます。サッカーにしても、W杯本大会と予選の違いはどうするのかと。アジアカップはどうするのかと。この辺の線引きをしていくためにも、やっぱり丁寧な議論が必要です。

 法整備にしても、どう定義するのか。税金で放映権を買うことになるのか、税金は使わないけれどもテレビ地上波の放送を持っている事業者でなければ放映権契約を落札できないというルールを作るのか。もし後者だとしたら、今回のように放送権料がテレビ局の予算と釣り合わなかった時には、放送がなくなってしまいます。イギリスの場合は前者で、ユニバーサルアクセス権を付与したスポーツに対して、国が税金から放映権料を補助しています。基本的には有料チャンネルでスポーツを視聴するスタイルというか文化がある国で、無料放送を手掛けるBBCなどの地上波テレビ局の数も少ない。日本でユニバーサルアクセス権の法整備をするには、イギリス以上に丁寧で慎重な議論と合意が必要でしょう。

 ――際限なく上がり続けている放映権料に対して、税金を注入することが妥当だという結論が日本で出ることはありえるでしょうか。

 村井 ちょっと考えにくいですよね。今の放映権料が妥当な金額なのか、ビジネスとして折り合いがつく値付けになっているか。議論はそこへ、ぐるりと回って戻ってきます。

 ――現状を打破する糸口はあるでしょうか。

 村井 今回のW杯本大会では、AbemaTVが全64試合を放送します。このアベマもインターネット配信業者ですが、視聴者には無料で試合生中継を届け、広告で収入を得るという経営の構造になっています。インターネットにも色々なビジネスモデルがあるわけです。

  日本でのユニバーサルアクセスというのは、果たしてNHKや民放テレビの地上波のことだけを言っているのでしょうか。子どもたちでもアクセスして見ることができる、コアファンでなくても無料で見られる、そういう機会の確保が目的であるならば、アベマは無料で誰もがということですからね。今回、ビジネスとして成功すれば、法整備までしなくても問題は解決しているではないかという話になるかもしれません。アベマがどういう成果をあげるか、まだ誰も分からないわけですが、非常に大きなチャレンジだと僕は思っています。

放送権料をJは「クラブに配分している」
 ――Jリーグはダゾーンと「2017年シーズンから10年間で2100億円」という放映権契約を結びました。得られた2100億円を、どのように役立てているのか、端的にご説明ください。

 村井 ダゾーンから、我々はリーグで一括して放映権料をいただきます。それを、基本的にすべてクラブへ落としています。均等配分金という定額と、各クラブの経営努力に応じて傾斜配分する額の組み合わせ。ダゾーンを通じて我々が届けているのは、各クラブの価値なわけですから、そうなります。

 ――ダゾーンとJリーグの契約締結が発表される約2年前、村井さんはチェアマンに就任されました。2014年のことです。

 村井 就任前からJリーグは財政的にひっぱくしていて、リーグ戦を前後期の2ステージ制にしてチャンピオンシップを開催していました。チャンピオンシップという優勝チームが必ず決まる試合があれば、それはテレビ地上波で放送してもらえるし、スポンサー離れにも歯止めがかかる。年間1ステージ制で争うのが、サッカーのリーグ戦本来の姿なのですが、財政的な理由から大会方式を変えて営まれていたわけです。各クラブも経営に苦しんでいました。なんとかリーグ財政を再建して年間1ステージ制に戻すことが当時、私の最大のテーマでした。その切り札が放映権料の収入増だったのです。

 14年夏、出張先のミャンマーでダゾーンの関係者と知り合い、インターネット配信の業界がスポーツ進出に興味を持っていることを認識しました。それから2年間、研究したところ「公式戦全試合のネット配信」をやっている前例は、ヨーロッパの主要リーグにもないことが分かりました。そこで、Jリーグの放映権契約が更新時期を迎えたタイミングで、ダゾーンと契約を締結しました。

 ――年間1100試合以上あるJリーグの試合が、2017年からダゾーンで生中継されています。リーグ全試合のネット配信は、サッカー界でJリーグが最初に実現しました。

 村井 「世界初」は、ギリギリのタイミングでしたね。イタリアなんかも今、ダゾーンでリーグ戦を網羅的に放送しています。リーグ戦の生中継をインターネット配信へ全面的に切り替える際、Jリーグはヨーロッパの主要リーグで実施するほど、導入コストがかからないという利点もありました。当時、ダゾーンとは「Jリーグでの成功実績をヨーロッパでのビジネスに持ち込んでください」という話をしていたものです。

ネットでは「市場がわかる」
 ――金額面のほかに、Jリーグが得た収穫は。

 村井 インターネット配信では、誰が、どの試合を、何分間、どういう端末で見たのか、すべて解析できます。全視聴者がサーバーとつながっているから「サッカーを見る人の何割が野球のファンでもある」といったことが、はっきり分かります。ライバルだと思ってきたサッカーと野球ですけれども、スポーツという筋書きのない人間ドラマを愛する人たちは「ある時は野球、ある時は相撲、ある時はサッカー」を見ているわけです。それがカーリングやスケートのこともある。インターネットを通じて「市場」が分かってきたのです。以前はいかにJリーグの方を向いてもらうかを考えていましたが、スポーツ全般を愛する人を増やしたほうがいい。テレビの視聴率やファンへのアンケートなど、すべてサンプル調査で観客や視聴者のデータを集めていたころとは、マーケティングの考え方が変わりました。

 全試合でJリーグがカメラを回し、映像の著作権を保有するということにも、我々はこだわりました。以前は、放映権を販売した先のテレビ局に映像制作も任せて、著作権も局側にありましたから、映像を自在に拡散することができませんでした。今回はダゾーンに「放映・配信権だけを販売する」契約ですから、我々Jリーグ側が直接、どんどんネットに映像を出しています。その結果、たとえばツイッターのインプレッション数は、ここ約3年で30倍くらいになりました。

 ――撮影や映像制作の現場とかかわることで、見えてきたものもありますか。

 村井 どうしたら見てもらえる映像を作れるか、我々自身が踏み込んで考えるようになってきました。一つの象徴的な例が、全チームで選手の背番号のフォント(書体や大きさ)を統一したことでしょう。多くの人が利用するスマホでの視聴は「いつでもどこでも見られる」反面、画面が小さくて固定されてもいないので、視認性がある程度落ちます。でも、サッカーを好きになってもらうためには「今のはどの選手のプレーか」が、一目で分かるようにしなくてはいけません。そこで、我々は背番号のフォントをリーグ内で統一し、クラブのユニホームの色彩と背番号の組み合わせまでパターンを決めました。色覚に特徴がある方を含め、誰もが見やすいようなデザインに変えました。自分たちで撮ってみて「あぁ、見にくい!」というようなことを感じて、初めてこれに気づきました。多くの人にサッカーと親しんでもらうためには、我々も「中」に身を置くのが大切だということです。

コロナ後の「ウィン・ウィン」へ、減額
 ――Jリーグは2020年、ダゾーンとの契約内容を見直し、再契約を結びました。12年間で2239億円。当初は10年間で2100億円でしたから、単年ではむしろ減額という計算になります。

 村井 そう、減額です。コロナ禍のまっただ中で、先が一体どうなるか分からない状況だった2020年8月に発表しました。その直前、Jリーグは2月末から7月の始め頃まで4か月ほど、中断していました。放送する試合がなくなったダゾーンも当然損失があり、視聴者数が下がり続けている状況でしたから、減額という意思決定をしました。

 2年間のコロナ禍で、多くのクラブもダゾーンも、非常に大きな経営上のダメージを受けているというのが事実です。今も、まだJリーグでは応援の声が出せない状況ですから、スタジアムに以前の熱気がそのままあるわけではなく、その影響はダゾーンを通じても表れます。ここから、双方とも経営をしっかり立て直しつつ、入場者数やダゾーンの視聴者・契約者数を増やしていこうと。どうバランスをとって、コロナ後に「ウィン・ウィン」の結果を得るかという議論が、すごく重要だと思います。

 ――まとめとして、日本サッカーの放送のあり方や未来について、どのようにお考えか、改めて語ってください。

 村井 Jリーグや日本代表のサッカーが人を引きつけるようなものであることが基本です。スター選手が日本サッカー界から次々と生まれ、野球の大谷翔平選手(エンゼルス)のような大活躍をするようになればいい。Jリーグは魅力的なサッカーを提供し、スタジアムへ大勢に足を運んでいただき、入りきれない人にインターネットなどでご覧いただく。

 僕らが価値を高められない限り、放映権料とのアンバランスが必ず生まれてしまいます。海外でのアウェー戦をたくさんの方々に見ていただけないようなことが増えないよう、バランスを取っていくこと。日本サッカーの価値に見合う、フェアな取引で放映権契約が成立しないと、長続きしないと思います。我々としては日本サッカーの価値と魅力を上げるため、不断の努力をしていくことが一番重要です。基本中の基本ですけれども、それ以外に、今できる取り組みはないと思います。

村井満・Jリーグ前チェアマン
 むらい・みつる 1959年8月2日生まれ、埼玉県出身。県立浦和高ではサッカー部員。早稲田大法学部から83年にリクルートセンター入社。執行役員、関連企業の社長などを歴任し、2013年末に退任した。08年からJリーグ理事。14年に第5代チェアマン就任、22年3月まで務めた。 










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