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「サッカーを遙かに超えた影響力を持っていた」

「私にとって、サッカーというものが何かを教えていただき、その後の人生にも大きな影響を与えてくださった方です」
 多様性を意味するポリバレントを、サッカー界に広めたのもオシム氏だった。必要に応じて複数のポジションでプレーできる能力を、オシム氏は指揮を執って5試合目、2006年10月のガーナ代表との国際親善試合の直前にこう表現した。
「ポリバレントとは化学の言葉だ。化学的なサッカーというのも悪くはないだろう」
 オシムジャパンでセンターバック、ボランチ、サイドバックを担い、ポリバレントの象徴的な存在になったのは阿部勇樹だった。21歳だった2003年にオシム氏からキャプテンを任され、精神的にも大きな成長を遂げた市原時代を懐かしみながら、阿部氏もまた自身のツイッター(@daikichi22abe)で哀悼の意を捧げている。
「まだまだこどもだった、自分を鍛えてくれた恩師!今の自分があるのは、オシム監督の指導のおかげです!またお会いにいって、サッカーの話をいっぱいしたかった」
 旧ユーゴスラビア(ボスニア・ヘルツェゴビナ)のサラエボで生まれたオシム氏は、現役時代は大型フォワードとして活躍。1964年の東京五輪にはユーゴスラビア代表として来日し、日本代表戦で2ゴールをあげた。引退後は指導者の道を歩み、1990年のイタリアワールドカップではユーゴスラビアをベスト8へ導いた。
 しかし、直後からオシム氏の人生は政治と戦争に翻弄された。
 旧ユーゴスラビアからの独立を巡り、イスラム系、セルビア系、クロアチア系の3民族が激しく対立する内戦が勃発。デートン和平合意が調印された1995年12月までの約3年半で犠牲者は数十万人にのぼったとされ、オシム氏自身も戦禍のサラエボに残した、夫人のアシマさんや長女と離ればなれの生活を2年半も余儀なくされた。
 忌み嫌う記憶が蘇ってくるからか。戦争を連想させる言葉をオシム氏は嫌った。敵地でのインド代表戦を控えた、2006年10月の記者会見だった。
「フットボールは美しいゲームだ。だからストラテジー(戦略)というより、タクティクス(戦術)という言葉を使うべきだろう。何よりもストラテジーは戦争用語であり、フットボールにはふさわしくない」
 敗戦国である日本に対して、特別な思いも抱いていた。

 東京五輪で初来日した1964年に、近代的な街並みを見せる東京に心を震わせたオシム氏は親日家になった。パルチザン・ベオグラードを率いて2度目の来日を果たした1991年7月には、国際親善試合で対戦したプロ化直前の日本代表の進歩に驚かされた。
 日本サッカー界の変化を目の当たりした一人として、代表監督の初陣となった2006年8月のトリニダード・トバゴ代表戦前にこんな言葉を残している。
「敗北から最も学んでいるのは日本だと、世界の人たちは考えている。これは経済の話だが、サッカーについても日本は敗北から学ぶべきことはたくさんある」
 大きな期待を背負いながら一敗地にまみれた、ジーコ監督に率いられたドイツワールドカップを「最良の教師」と位置づけたオシム氏はさらにこう続けた。
「(第二次世界大戦の)敗北を乗り越えて、日本は先進国の仲間入りを果たした。サッカーでもなぜそれができないのか」
 市原時代から掲げた「考えて走るサッカー」だけではない。オシム語録で有名になった「水を運ぶ人」も「ポリバレント」も、いまでは日本サッカー界の普遍的なものになっている。一人の人間として平和を強く望んだ思いは、ロシアによるウクライナ侵攻のニュースが連日のように届くいまでは、その尊さが伝わってくる。
 自身が目指した南アフリカワールドカップへの挑戦は、突然襲われた病魔によって道半ばで閉ざされた。バトンを継いだ岡田武史監督のもとで果たしたベスト16が、2002年の日韓共催大会、2018年のロシア大会と並ぶ日本代表の最高位となっている。
 強面で時に禅問答のようなやり取りをメディアとの間で交わしたオシム氏だが、ポロッとジョークをはさむことも忘れなかった。例えば就任間もないころに、代表チームにオートマティズムがないのでは、と問われた直後にはこう返している。
「結婚して40年になるが、まだ家内との間にオートマティズムがない。数回練習しただけの選手たちの間に、どうしてオートマティズムが生まれるだろうか」
 そのアシマさんら最愛の家族に看取られ、オシム氏は波乱万丈の生涯を閉じた。今後は成長の余地があると信じて疑わなかった日本代表がカタールの地で掲げるベスト8への挑戦を、厳しくも温かいエールを送りながら空の上から見守ってくれるはずだ。
(文責・藤江直人/スポーツライター) 










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