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3月14日、三浦知良がJFL開幕戦のピッチに立った。昨季はわずかに1分だった出場機会を求めて鈴鹿ポイントゲッターズに移籍。早速そのチャンスをつかんだ。55歳になってなお挑戦を続けるその姿を多くのメディアが好意的に伝えた中、ピッチ上でのパフォーマンスに対して厳しいコメントも数多くついた。実兄である三浦泰年監督との血縁関係は、それが理由で出場機会が優先されていると捉えられることだってあるだろう。「プロとは何か?」。その本質的な問いに、2人はどのように向き合っているのか。プロサッカー選手とプロ監督、2人の男の矜持と複雑な胸中をひも解く――。

(文=藤江直人)

先発で65分プレーもシュート0本に厳しい視線。カズと三浦泰年監督は“プロ”として…
苦戦の末に手にした勝利を喜び合う光景が一瞬だけ異彩を放った。チームメートやコーチングスタッフと拳を交わしていたカズ(三浦知良)が、指揮官とだけは抱き合ったからだ。

ホームの四日市市中央陸上競技場にクラブ新記録となる4620人の観衆を集め、ラインメール青森に2-0で勝利した13日のJFL開幕戦を終えた直後のひとコマだった

「いつも見ていて、監督業というのは本当に大変だと思うんですよね」

Jリーグで実施されているリモート形式ではなく、スタジアムに隣接する体育館内の小会議室で対面の形で行われた記者会見。実兄の三浦泰年監督とだけハグを交わした理由を問われたカズは、こう切り出しながら意外な言葉を紡いでいる。

「監督にとって、僕という選手は大きなストレスだと思うんです」

カズの何がクラブの指揮官にとってストレスとなるのか。カズは「これは最近、常に思うんですけど」と苦笑しながら前置きした上で、新天地に選んだ鈴鹿ポイントゲッターズだけでなく、昨シーズンまで所属した横浜FCでも抱いていた思いだと明かした。

「僕という選手をクラブが雇う中で、実際に使う監督にとってはいい意味でも悪い意味でもストレスになると。僕に関しては他の選手たちとまた違った意味で、いろいろなことを考えた上で使うのか、使わないのかを判断しなければいけない。その中で使ったら勝たなければいけないというか、勝たせなきゃいけないという大きな仕事がある。そこで最終的に判断して僕を使うということは、多分、大きな賭けでもあるんですね」

昨季はわずか1分の出場。最下位でJ2降格したクラブの戦力になれなかった
昨シーズン戦ったJ1リーグを振り返れば、カズがピッチに立つたびに自身が持つJ1最年長記録を更新、ゴールすればジーコ(当時鹿島アントラーズ)が持つ、41歳3カ月 12日のJ1最年長ゴール記録も塗り替える図式が出来上がっていた。

横浜FCの指揮を執った下平隆宏監督(現大分トリニータ監督)、そして早川知伸監督(現横浜FCヘッドコーチ)も、日々の練習でカズが見せる真摯(しんし)な姿勢を高く評価していた。

しかし、リーグ戦の出場は埼玉スタジアム2002で行われた3月10日の浦和レッズとの第3節のみに、しかも後半アディショナルタイムのわずか1分間に終わった。ベンチ入りを果たし、リザーブのまま結果を見届けた試合も「5」だけだった。

開幕から黒星を重ね、4月には監督交代のカンフル剤が打たれるも効果はなく、最終的には20チーム中の最下位でJ2へ降格した過程で最後まで戦力になれなかった。

カズが現役続行を望む限り、横浜FCは単年契約のオファーを出す関係ができて久しい状況にあった。昨シーズンのオフにも、もちろんオファーを受けた。

しかし、“プロとは何か”を第一に考えたカズがはじき出した結論は新天地への移籍だった。この場合のプロとは、ピッチに立てて、ゴールを狙い続けられる自分を指している。

オファーは横浜FC以外にも、国内外の8つのクラブから届いた。最終的には完全移籍ではなく期限付き移籍となったが、その中でJリーグではなく、頂点から数えて“4部”に相当する日本フットボールリーグ(JFL)の鈴鹿を選んだ。

「ヤスさんの存在が大きかった」。決意した17年ぶりの兄弟・共闘
リモート形式で1月末に行われた加入記者会見。Jリーガーではなくなる道を選んだ理由を問われたカズは、GM兼任で昨夏から指揮を執る泰年監督の存在を挙げた。

「実は昨シーズンも何試合か見させていただいたんですけど、とてもいいサッカーをしていて、僕自身もその中に入ってプレーできるイメージを持てました。あとはやはり、兄貴でもある、ヤスさんの存在が大きかったと思っています」

日本にプロという概念すらなかった1970年代から夢中になってボールを蹴り合い、最も身近なライバルだった兄を、カズは今も敬意を込めて「ヤスさん」と呼ぶ。

クラブでは、日本サッカーリーグ(JSL)時代の読売クラブを皮切りに、ヴェルディ川崎、そしてヴィッセル神戸でチームメートになった。さらに神戸では2003シーズン限りで引退した兄がチーム統括部長、そしてトップチームのコーチを務め、キャプテンのカズと共闘した。

日本代表では、まだ見ぬFIFAワールドカップ出場を目指していたオフトジャパンで3度共演した。後半アディショナルタイムの失点でアメリカ大会出場を逃した、1993年10月の「ドーハの悲劇」をカズはピッチの上で、兄はベンチで目の当たりにして涙した。

試合後、兄弟が交わしたハグの理由。「苦労をかけていると感じている中で…」
兄弟の間で紡がれてきた半世紀近くにおよぶ長い歴史の中で、監督と選手という関係になるのは鈴鹿が初めてとなる。心をワクワクさせながら新天地の一員になった瞬間から、しかし、兄はストレスをかける存在にもなった。

青森戦後の記者会見で、泰年監督とだけはグータッチではなくほとんど無意識のうちにハグを交わした理由を、カズはちょっぴり照れくさそうにこう続けた。

「監督に対して苦労をかけていると感じている中で、今回に関しては自分の兄でもあるヤスさんにこうして先発で使ってもらって、ヤスさんも勝利が欲しかったと思うし、僕自身もとにかく勝ちたかった。その意味で今日は勝てたことが何よりもうれしかったので、そういうハグになったのではないのかな、と思っています」

ならば、泰年監督は選手として接するカズをどのように受け止めているのか。

同席した加入記者会見で「距離感を保つのは難しいのでは?」と問われた指揮官は、カズの獲得をフロントへ進言した立場を踏まえて「楽しみの方が先行する」とこう続けた。

「ただ、楽しむためには苦労しなければいけないし、必死にならなければいけない。“苦しみの数ほど楽しむ”ということを実感できると思うし、カズだけでなく全ての選手に対してそういう目線でいる中で、この状況をしっかりと楽しんでいきたい」

距離感とはすなわち、いくらカテゴリーを下げたといっても、横浜FCで戦力にならなかったカズを起用すれば、何よりも結果を重視するプロ監督とプロ選手という間柄よりも、兄弟という血縁を優先させたと受け止められかねない状況を指していた。

「今日のためにどれだけの努力をしたか、準備をしたか」。シュート0本に終わるも監督の評価
果たして、カズは「11番」を背負って青森との開幕戦の先発メンバーに、3トップの一角として名を連ねた。もっとも先発自体は指揮官から事前に“告知”されていた。

カズが特別ラジオパーソナリティーを務めた9日の『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)で、途中からゲスト出演した泰年監督へ聴視者からストレートな質問が飛んだ。

「開幕戦のスターティングメンバーに背番号11は入っていますか?」

泰年監督は「入っています」と即答した上で、さらにこう続けている。

「なので、みなさん、見に来てください!」

カズに先駆けて臨んだ青森戦後の記者会見で、予告先発させたカズへの評価を問われた泰年監督は、まずはラジオで聴視者の質問にイエスと答えた意図を説明した。

「僕がイメージしているカズをこの日に、このタイミングでしっかりと頭(先発)からプレーできる状況に持っていきたい、あるいは持っていけたら、また新しい景色が見えてくるんじゃないかと考えていました。その中でカズ自身がしっかりと準備して、開幕戦のピッチに立ったことは本当に素晴らしいと思っています」

カズのコンディションが万全でなければ、プロの指揮官として、メンバーに加えない決断を下していたはずだ。その中で先発し、前半キックオフでまずボールにタッチしたカズは、JFL史上における最年長出場記録を更新した。

FWアマラオ(当時FC刈谷)が2009シーズンに樹立した43歳9日を、55歳15日へ大幅に塗り替えたカズだったが、期待されたゴールはあげられない。それどころか放ったシュートも「0」のまま、65分にベンチへと下がっていた。

この時点で両チームともに無得点の展開が続いていたが、71分に24歳のFW三宅海斗が右からのクロスを頭で決め、アディショナルタイムには28歳のDF菊島卓が豪快なミドルシュートをたたき込み、鈴鹿に軍配が上がった。

「フォワードですからもっとゴールへ進む自分を見せたいだろうし、周りも見たいだろうし、ペナルティーエリア内でシュートを打つシーンをもっと見たい。監督であればもっと要求していきたいところですが、この開幕戦においては非常に難しい状況で、大事な時間帯を本当にしっかりプレーしてくれたと思っています。カズが今日のためにどれだけの努力をしたか、準備をしたか、ということに対しても非常に感謝しています」(泰年監督)

「JFLでもプレーするに値しない」。ネット上には厳しい声も…
放ったシュート数が「0」だったカズへ、ネット上では批判的なコメントが相次いだ。精彩を欠いたと映ったパフォーマンスに年齢が加味された結果として、もはやJFLでもプレーするに値しないと一刀両断する厳しい声も少なくなかった。

もっとも、前半を振り返れば鈴鹿が放ったシュートそのものが「0」だった。

JFLでは異例となる大観衆は青森をも刺激し、足元へ突っ込んでくる球際の攻防の前にパスを寸断された。33分には青森のキャプテン、MF差波優人がスパイクの裏を見せてタックルする、著しく危険なプレーで一発退場を宣告された。

それでも青森の闘志は衰えず、さらにボールがポンポンと弾む、決して良好ではないピッチ状態が追い打ちをかける。理想とするきれいなサッカーができないと開始早々に判断したカズは、先に失点しないために、守備を優先させる泥くさいサッカーに徹した。

開幕へ向けたトレーニングマッチでカズを先発させた際に、泰年監督はハーフタイムになると「大丈夫か?」と声を掛け、その時の反応を見て後半のプレー時間を決めた。

しかし、当然ながら公式戦になれば事情も変わる。言うまでもなく私情が入り込む余地は皆無になる。迎えた青森戦のハーフタイム。泰年監督はカズにこんな声を掛けた。

「今日は何も聞かない。代え時は自分の判断で決める」

以心伝心というべきか。泰年監督が交代を考え始めていた65分に、カズが自ら交代を申し出る合図をベンチへ送った。胸中に抱いた思いをカズはこう明かす。

「僕が交代するちょっと前からチームのリズムは良くなっていたんですけど、自分の体力や試合慣れという点で、まだまだ足りない部分がある。60分過ぎぐらいからどうしてもガス欠になってしまうし、今日も自分ですぐにそれ(ガス欠)が分かったので」

ベンチへ下がったカズはスパイクを脱ぎ、ユニフォームの上にオーバーコートを羽織った姿で、ときにはテクニカルエリアへ身を乗り出してピッチの選手たちを激励する。

「カズの良さを一番知っているのも、欠点を一番知っているのも僕なのかもしれない」
「僕にとってカズは弟でもあるわけですから、カズの良さを一番知っているのも僕だし、欠点を一番知っているのも僕なのかもしれないですね」

血のつながった存在のカズをこう位置づけた泰年監督は、プロ監督として、チーム最年長選手の今後の起用法をこう説明した。

「自分がプロの監督だと自覚し、かつチームの勝利と選手の成長を必ず頭に入れておく。18歳の選手だけではなく、55歳の選手も成長しなければいけない。そこに監督がしっかり関わっていく必要があるし、それができれば55歳の選手のマネジメントもそれほど難しくはない。これからも継続して試合に出られる準備をしてもらえれば、僕自身、カズを積極的にプレーさせて、われわれの目標に近づいていきたいと思っています」

前述したように4620人の観客動員数は、鈴鹿のクラブ最多記録を大幅に塗り替えた。これまでの最多は、2019年5月5日のヴィアティン三重との“三重ダービー”の1308人であり、昨シーズンのホーム開幕戦の観客数はわずか569人だった。

普段は2桁に届かないメディアの数も、青森戦では42社76人に達した。ピッチに注がれるさまざまな視線は選手の血肉になる。実際、JFLの栃木ウーヴァFC(現・栃木シティフットボールクラブ)などでプレーした菊島は試合後に言葉を弾ませている。

「こんなにお客さんが入った中で試合をしたのは初めてです」

公式グッズでは『KAZU』のロゴが入った単価1500円のタオルマフラーが、用意された300枚が瞬く間に完売した。ファン・サポーターを呼び、お金を落とさせるのもまたプロの定義といっていい。泰年監督も試合後にこんな言葉を残している。

「大勢のファン・サポーターがわれわれの背中を押してくれたし、その意味でもカズが来た影響は非常に大きかった。当然、選手たちの成長にもカズが大きな影響を与えている」

泰年監督は兄と指揮官のはざまで…カズはピッチ上で貪欲に“プロ”を追い求める
カズ自身も「子どもからおじいちゃん、おばあちゃんまでが僕の名前を呼んでくれて、大きなモチベーションにつながりました」と、過去にない盛り上がりを見せたスタンドへ笑顔を浮かべ、鈴鹿のチームメートたちにも感謝の言葉を残した。

「みんなが受け入れてくれているから、そこは大きいですよね」

周囲を引き寄せるプロとしての存在感は、舞台をJFLに移しても健在だった。それでもカズは鈴鹿に新天地を求めた理由でもある、ピッチ上での“プロ”を貪欲に追い求める。

それは指揮官のストレスにはならず、起用を賭けとは思わせないパフォーマンスと一致する。そのための第一歩として、カズは65分間だったプレー時間を挙げた。

「長くしていかないとね。あそこから10分なり15分ピッチにいたらゴールチャンスも増えて、もっといい場面をたくさんつくれるんじゃないかと思っています」

JFLから上を目指す、年齢が親子ほどに離れたチームメートたち。温かく迎えてくれる地元のファン・サポーター。兄と指揮官のはざまで客観的な姿勢を保つ泰年監督。何よりも自分自身のために、カズはプロになって37年目のシーズンを全力で突っ走っていく。

<了>

文=藤江直人










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