20200621-00075104-sdigestw-000-5-view

スポンサード リンク




ガンバから宿敵セレッソに移籍した理由は?

 シーズン再開を待ちわびているJリーグファンを楽しませているのが、過去の名勝負を放送する「DAZN」の「Re-Live」だ。現在配信中の2010年シーズン第12節、セレッソ大阪対ヴィッセル神戸で解説を務め、C大阪の一員としてこの一戦でゴールも挙げた元日本代表の播戸竜二氏に当時のエピソードを伺った。ドルトムント移籍のため、これがJリーグ最後の試合となった香川真司(現サラゴサ)が決めた“惜別のFK弾”にまつわる裏話とは――。

―――◆――◆―――
 
――2010年は移籍1年目です。ガンバを離れた理由は?

「理由はシンプルで、2009年シーズンで契約満了なったんです。その年の10月頃に言われたんですよ、契約更新はないと。プロで最初のクラブだし、戻ってきて4年間やって、まがりなりにもチームに貢献していたという自負もあったので、そりゃあ傷つきましたよ。その時、僕は30歳だったんですが、同じ年に遠藤(保仁)、橋本(英郎)、加地(亮)がいて、二個上には明神(智和)さん、一個上には山口(智)さん、一個下には二川(孝広)、藤ヶ谷(陽介)と、30歳前後の選手が多かったんですよ。当時の山本浩靖強化部長の気持ちも分かります。世代交代もしていかなきゃいけないですし。いま言ったメンバーの中で、誰を最初に契約満了にするか、となった時に自分だったんです」

――新天地に選んだのが、ライバルのセレッソでした。

「ちょうど2010年にJリーグの移籍制度が変更されたんです。それまでは、30歳になったら移籍金なしで移籍できるというルールだったんですけど、僕らが30歳になった途端、それが撤廃になって、契約切れの選手は、年齢に関係なく誰でもフリーで移籍できるようになった。そうなったら、わざわざ30歳の選手を獲得しようとは思わないですよね。『どうしよう』と思ってた時に、セレッソが声を掛けてくれたんです。当時の強化部長の梶野(智)さんと藤田(信良)社長が、『ガンバでチームのために戦って、ムードメーカーもやって、結果も出していた。若い選手が多いセレッソには、この経験が必要や』と。それで、移籍することになったんです」


「乾はシュート下手やったけど、めっちゃ打ってた」

――加入当初はどんな印象でしたか?

「正直、移籍するまでセレッソに対しては、そこまでイメージがなかったんですよ。ライバルクラブというのと、ユニホームがピンクだというのは分かってましたけど(笑)。若くて活きの良い選手が多いみたいな話は聞いてましたけど、『どんな感じなの?』みたいな感じやったんですよ。ところがどっこい、加入してみると、香川真司と乾貴士の二枚看板がいて、家長昭博、清武弘嗣も移籍してきて、新人で扇原(貴宏)や永井龍が入ってきて、その上には山口蛍や丸橋(祐介)がいて、『おっ、なんか若くてええ選手いるやん』みたいな感じでしたね」 

――レヴィー・クルピ監督の印象は?

「セレッソはクルピ、クルピと言ってましたけど、全くどんな監督か分からなかったんですよ。実際に行ってみると、若手を使うのが上手いな、と。その気にさせるんですよ。彼らに対して数字の目標設定をするんですよ。フォワードは年間に10点から15点、これはマストやと。シャドーなら、8点から13点とかね。若いやつらはそれをクリアしようと思って、どんどん伸びていきましたから。

 良かったら若手をどんどん使っていくし、僕みたいなベテランにもちゃんとコミュニケーションをとってくれる。『バンはチャンピオンや、勝利のメンタリティーを持ってる。それをお前ら学べ、コイツの練習の態度、手を抜かへんやないか』みたいな感じで言うんですよ。こっちも気持ちええから、『レヴィーのために頑張ろか』となるわけですよ」
 
――クルピ監督の下、まとまっていたわけですね。

「僕が30歳で一番上やったんです。その次が2個下の茂庭(照幸)や羽田(憲司)という超若いチームやった。平均年齢25歳以下じゃないですかね。でもレヴィーはブラジルでの監督経験も豊富だし、強化部長にはセレッソの初代キャプテンだった梶野さんがいて、新参者やけど僕が入って、若くて活きのいい奴らがいて、すごくバランスが良くてまとまってましたね、今思うと」

――フォワードとして、香川、乾、家長、清武(弘嗣)という4選手が揃った中盤をどう見ていた?

「フォーメーションが1トップだったので、その中盤の選手を見た時に、『これは、真ん中から動かんとこ」と思いましたね。後ろに香川、乾、家長、清武というトップ下と言われるところで実力を発揮する選手が揃っていたので、そいつらの好きなようにさせて、僕はもうゴール前にいて、ペナルティエリアから絶対出ない、ゴールエリアで仕事する、『ワンタッチゴールが俺の仕事や』と。あとは、彼らのために、ポストになったり、潰れたり、壁になったり、しようと。最後の仕上げだけしようと思ったのに、あいつらみんな上手いから自分でゴールを決めちゃうんですよ。特に真司はシュートも抜群に上手かったからね。乾はシュート下手やったけど、めっちゃ打ってた」


「香川がFKを蹴ろうとしたら、クルピが怒ってたらしいんです」

――古巣の神戸戦(第12節)は覚えている?

「覚えてます覚えてます。しかも、解説のために、色々な選手に電話取材をしたので、さらに甦ってきましたね。シーズン序盤は、そんなに良い感じで勝てなかったんですよね。古巣の神戸戦やし、なおかつ真司がドルトムントに旅立つ試合やった。みんな、真司のためにも絶対勝たなあかんという気持ちで臨みましたね」 

――播戸さんは途中出場が多かった中で、この試合はスタメンでした。

「アドリアーノが怪我か出場停止で僕にチャンスが回ってきたんです。セレッソで初スタメンの試合だったと思います。『ここで点決めないと、ここからもうチャンスはないぞ』と意気込んで臨んだ試合でした」

――0-1で迎えた前半アディショナルタイムに、右サイドからのクロスに飛び込んで同点ゴール。得意の形でしたね。

「そうですね。高橋大輔からのクロスでした。彼とはなかなか試合で合わなくて、練習で『ここに出してくれたら、絶対に決めるから』とずっと言ってたんですよ。昨日も話したんですけど、『やっとバンさんが言う所に出せて、決めてくれて嬉しかった』と言ってましたね」
 
――その直後に香川選手が直接フリーキックを決めました。

「練習でもあいつがフリーキックを蹴るのを見たことなかったんですよ。『え、真司が蹴るの?」と誰もが思ってました。いつもは基本的にマルチネスが蹴っていたんですが、この試合はいなかったんです。この時の出場メンバーでいえば、左サイドバックの尾亦(弘友希)が蹴るはずだったんですよ。フリーキックが上手かったので。

 なのに、ようわからんけど真司がボールをセットしてると。ベンチでクルピが怒ってたらしいいんですよ。『何してんの』『誰が香川に蹴れと言うたんや』『最後の試合やからって王様気取りか』『もし外してたら交代だ』と。だから、もしあのフリーキックを外してたら、真司はハーフタイムに交代させられてたんですよ。

 でもそれを決めるわけですよ、あいつは。“持ってるな”とみんな思いましたよ。俺が1点目決めたけど、結局は真司に持っていかれたなと。やっぱり持ってるやつはこうやって成長していくんだなと。その後、ドルトムントに行って、日本代表の10番を背負う選手になっていくわけじゃないですか」


「『この試合の解説をするぞ』ってメールしたら、香川から返事が来て…」

――その香川選手とも話をされたんですか。

「メールしましたよ。『この試合の解説をするぞ』って。そしたら、『あれは生涯最初で最後のFKです』と返事が来て。いやいや、まだ現役なのに、最後って決めるのは早くないかと思ったんですけど」

――海外移籍について、播戸さんに話をしたりしていた?

「それはなかったですね。セレッソ行くって決まった2009年の年末に、たまたまあいつと会ったんですよ。そこで『海外移籍の話が出てるやないか。俺はお前と一緒にやりたい』と言ったら、『実はあと半年後に行くことになりました』と。「じゃあ、あと半年は一緒に頑張って楽しもうぜ」という話をしていた。で、実際に同じチームでやったら、上手いし、一緒にやってて面白いんですよ。だから、『真司、もう半年残れ、年末まで残れ』と言ったんですけど、『俺は行きます。勝負します』と決意は固かったですね」
 
――香川選手の後にも、セレッソから家長選手、乾選手、清武選手が海外へ羽ばたいていきました。何か理由があるのでしょうか?

「もちろん、第一に彼らにはタレントがあった。それが大前提ですよね。若くて能力の高い選手が多かった。第二に、それを上手く使うレヴィーがいた。若いやつらを上手く乗せてましたから。実績のある選手を獲ってくるんじゃなくて、若手に賭けたクラブの方針もある。3つ目は、その若手がのびのびやれる環境があったということですね。ベテランもいなかったし、ガミガミ言う選手も少なかった。その3つが良かったと思いますね」

――このシーズン、香川選手が抜けながらも、最終的に3位。昇格1年目でアジア・チャンピオンズリーグの出場権を獲得しました。

「真司が抜けるっていうのは、シーズン初めからだいたい分かっていたので、清武を獲っていた。そのあたりが上手いですよね。レヴィーも真司が抜けるのを見越して、キヨをちょいちょい使ってて、『お前が真司の代わりをやるんやぞ』と言っていた。この試合も最後に真司をキヨに代えるじゃないですか。

 その点が上手く移行できたのと、真司がいなくなったことで乾やアキ(家長)も『自分らがやらな』みたいな気持ちになったと思いますね。守備のほうでも、茂庭と上本(大海)という移籍1年目のセンターバックコンビのコンビネーションが深まっていった。チームが成熟して、成績がどんどん上っていった感じでしたね」

取材・文●江國 森(サッカーダイジェストWeb編集部)
協力●DAZN
https://news.yahoo.co.jp/articles/1b6147a26d8d49b6e3db71c09c666c89b418d8ca?page=1 

 

2020/06/24(水)
この後、香川、乾が海外で活躍して凄く嬉しかったな。
でも一番上手いと思ったのは家長だった。
この3人の奏でる中盤が楽しくて全試合観に行きました。

2020/06/24(水)
近年では2010年が一番楽しいサッカーしてたかなぁ。3シャドーにアドリアーノがコロコロポジションを変えてかく乱していた。
しかもあの年は茂庭、上本の鉄壁守備で、ジンヒョンが離脱してGK松井でも勝てていた。
ただ、それよりも終盤に高橋大輔からポジションを奪い返した酒本が、未だかつてないほどキレキレだった。
それの方が印象的だった。あの時は代表クラスに輝いてた。

2020/06/24(水)
回顧…もう10年も経ったんですね〜!
播さんより更に前の、モリシ、引退試合を見に行った世代としては不思議な気分で読みました(^.^;
滋賀県民として、乾君の野洲高校が滋賀県勢として初優勝したのも昨日のように覚えてるのに、その乾君もすっかりベテランになり。
そうこうしてるうちにも、次の世代のヒーローが生まれているんですよね。
都道府県またがる移動が許されたとはいえ、まだすぐには生の試合を見に行けないけれど、こんな時代だからこそ、オールドファンが次の若い世代を支えていかないと!

2020/06/24(水)
あの時J2で香川乾が強烈なインパクト残しJ1戻って清武家長と補強

そこから香川が移籍し1年に1人は海外に送り出す感じ

ボギョン倉田獲得し代わりが加入してきたり南野も高3とかで試合絡んでた

ただ若い故の緩い感じが悪い方向に出て崩れたときに一気に立て直せなくなった
残念ながらそれがフォルラン加入年だった感じ

2020/06/24(水)
1トップの役割がはっきりしていたチームだったね。ある意味黒子のような役割だからオレがオレがみたいなCFだったら香川や乾があそこまで数字を残せたかどうか。ただ香川は海外でもワールドクラスのFWと組んで結果を残していたから、やはり彼もワールドクラスだったんだろうね

2020/06/24(水)
シンジが移籍してすぐぐらいに初めてキンチョースタジアムにセレッソを見に行った。アドリアーノのワントップに乾、清武、家長のスリーシャドー。4点取ってF東京に快勝。内容も無茶苦茶おもしろくてあれから10年経ち、どっぷりセレサポ。
自国にきちんとしたプロサッカーがあるのにヨーロッパばかり見ていた自分に違和感を感じ、初めてJリーグを見に行きそこでJの魅力を感じさせてくれた事は自分にとって大きかった。日本サッカー低迷期を知ってる世代にとって今は夢。子供とサッカー観戦!最高。

2020/06/24(水)
自分も後輩指導する際は才能を引き出せるように、適度な目標設定と良いところを認めるってことをしていきたいね!パワハラしてたら人が育つってのは間違いだし、そんなの幸せにならない。みんなの幸福度を上げたい!

2020/06/24(水) 
セレッソは育成が上手いっよく言われてたけど
上手いのはクルピだよなってよく思ってた。
あと、絶好調の香川が抜けて絶対落ちていくと思ってたセレッソの順位が落ちなかったから、
清武って香川に近い能力の持ち主なのかって
認知した年だった。

2020/06/24(水)
香川、乾、家長、清武皆んな上手かったな〜
見ていて面白かった!

2020/06/24(水) 
あの年のシーズン前はどうせ補強したけどどーせそんなに噛み合わんだろうなと半信半疑だったけどシーズンはじめは予想通り、ほとんど勝てずに香川を見送る事になったがその後が凄かった!!
家長と乾のコンビも毎試合ごとみるみる良くなり清武も噂通りのいい選手でアドリアーノは開幕のガンバ戦から物凄いゴールを決めて直ぐに本物だと分かったけどあまり期待してなかった播戸はその後数年間活躍してくれる救世主となってくれました。
あのロスタイムに出てハットトリック決めて逆転してくれた試合は一生忘れない。
あの年のJ1残留は間違いなくバンちゃんのお陰だと感謝しております。
とにかく、香川が抜けてそこで途中からドイツに行く香川に負けてたまるか!という選手の気迫があの年の快進撃になりチームを強くしてくれたと思う。
社長の趣味でフォルラン取ったあの年はチームの方向性が完全におかしくなってしまったけどね。

2020/06/24(水)
2010年のセレッソはタイトルには届かなかったけど、観客もやってる選手たちもみんな楽しいサッカーだったなと思います。
近年結果は出せてきてるけど、2010年のセレッソを基準にしちゃってる人達にはちょっと物足りないんやろなと。
今年はロティーナ2年目なので、鉄壁の守備をベースに前線の選手が結果出してくれたらあの頃の楽しいサッカーが取り戻せそうな気がします。
坂元楽しみですね。

2020/06/24(水)
2010年のセレッソがワクワクした。
豪華な中盤での攻撃的なサッカーは魅力的だった。
このメンバーでタイトル獲れなかったのは残念だった。

2020/06/24(水)
この後にもボギョンや柿谷、南野などが台頭してきたんだよなぁ

今はA代表にヴェルディ時代の若手をどんどん送り込んでるロティーナ監督により瀬古や西川ら若手がどう化けていくか楽しみな所

2020/06/24(水)
家長は上手いけど代表には定着しなかったな。
代表に定着するには上手いだけじゃ駄目なのか。

2020/06/24(水)
ここまで良い選手が集まった時にタイトル取れなかったのは痛恨。
隣のライバルに獲得タイトル数で大きく負けてしまってる最大の要因だと思う

2020/06/24(水)
何年後かに同じ様に語られるチームや選手って今はどこなんだろう?誰なんだろう?

2020/06/24(水)
この三人を同時に日本代表で使って欲しかった︎

2020/06/24(水)
途中出場からのハットトリックは衝撃的だった。

2020/06/24(水)
播戸も家長も
セレッソ大阪というよりガンバ大阪のイメージ。

2020/06/24(水) 
香川や乾以外に、大久保や西澤も海外移籍していたね。

2020/06/24(水)
セレッソは岩石発掘が本当に天才的だよな

2020/06/24(水) 
このメンバーでもJ1で優勝できないのか。

2020/06/24(水) 
2014年の降格の原因は幡戸を放出したから。

2020/06/24(水)
桜吹雪は日本で一番 大阪が似合うね。

2020/06/24(水)
中島もセレッソに移籍してればもっと早く芽が出たかもなぁ…

2020/06/24(水)
香川、乾、清武、柿谷、南野の次は誰だろう?今の有望なセレッソの若手は西川かな!?


乾 南野 柿谷
 香川 清武
 長谷部 遠藤
長友 吉田 酒井(内田)
   川島

代表で見てみたかったフォメ。超攻撃的だけど笑

後ろめの選手もセレッソなら扇原、蛍、丸橋、茂庭かな。CBとGKは思い付かん。

2020/06/24(水) 
セレッソの下部組織は代々優秀だな。

2020/06/24(水) 
それだけ揃ってても
大した成績残せていないけどね

2020/06/24(水)
セレッソいたっけ?最低だなw











スポンサード リンク

ブログランキング にほんブログ村 サッカーブログへ