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 イタリアといえば堅守を象徴する“カテナチオ”が有名だが、一方でその守備をかいくぐってゴールネットを揺らす優秀なストライカーたちも輩出されてきた。ひと癖もふた癖もあるエースたちは、世界の舞台でも存在感を発揮している。2006年にはワールドカップ優勝も果たしたイタリア代表で、各世代のエースストライカーを担った選手たちの系譜を振り返る。


アメリカW杯(1994)

ダニエレ・マッサーロ
生年月日:1962年5月23日
個人成績(1982):0試合出場/0得点0アシスト
個人成績(1994):6試合出場/1得点0アシスト

 1982年にイタリア代表デビューを飾り、同年のスペインワールドカップではピッチ上でのプレータイムこそなかったものの優勝メンバーの1人となった。だが、その後は代表に定着できず、ワールドカップは1986年大会も1990年大会も出場できなかった。

 呼び戻されたのは1994年のアメリカW杯直前、8年ぶりの代表招集を受け、そのまま本大会でもメンバー入りを果たす。所属していたミランでリーグ戦11得点を挙げ、セリエA3連覇の原動力となったシーズンを終えてのワールドカップ参戦。ローテーション起用ながら6試合に出場し、グループリーグ第3戦のメキシコ代表戦ではイタリア代表では最初で最後のゴールも挙げた。

 決勝のブラジル代表戦では先発フル出場で120分間奮闘したが、PK戦でまさかの失敗。自身2度目の優勝の瞬間を味わうことはできなかった。ワールドカップの1年後にはインテルなどからも関心を示される中、Jリーグの清水エスパルスに移籍。日本では2シーズンでリーグ戦20試合出場10得点という成績を残し、1996年限りで現役を引退した。

ジュゼッペ・シニョーリ
生年月日:1968年2月17日
個人成績(1994):6試合出場/0得点2アシスト

 小柄だが高いゴールセンスを武器に、ラツィオのエースストライカーとしてセリエA得点王を3度獲得した。こうしたクラブレベルでの実績が豊富な一方で、イタリア代表ではアリゴ・サッキ監督の信頼を掴みきれず主役になることができなかった。

 1994年のアメリカW杯は直前のシーズンに自身2度目のセリエA得点王に輝いていながら、徐々に出場時間が減っていき、決勝のブラジル代表戦はピッチに立てなかった。準々決勝のスペイン代表戦では途中出場で不得意な左サイドを任されるなど不遇で、同大会は6試合出場無得点に終わった。

 ワールドカップから2年後の1995/96シーズンに自身3度目のセリエA得点王に輝き、1998年からはボローニャで長く中心選手として活躍した。キャリア終盤は往年のスピードこそ失われたものの、フリーキックやPKの名手としても円熟の輝きを放った。

●1994年アメリカW杯ラウンド16・ナイジェリア戦の先発メンバー

▽GK
ルカ・マルケジャーニ

▽DF
ロベルト・ムッシ
アレッサンドロ・コスタクルタ
パオロ・マルディーニ
アントニオ・ベナリーヴォ

▽MF
デメトリオ・アルベルティーニ
ニコラ・ベルティ
ロベルト・ドナドーニ
ロベルト・バッジョ

▽FW
ジュゼッペ・シニョーリ
ダニエレ・マッサーロ


フランスW杯(1998)~日韓W杯(2002)

クリスティアン・ヴィエリ
生年月日:1973年7月12日
個人成績(1998):5試合出場/5得点0アシスト
個人成績(2002):4試合出場/4得点0アシスト

 1990年代後半から2000年代前半のイタリアサッカーを語る上で欠かせない重戦車級のストライカーだ。1998年のフランスワールドカップは、1年だけプレーしたアトレティコ・マドリーでリーグ戦24試合出場24得点を記録して得点王に輝いた直後に参戦。もちろん絶好調で自身初のワールドカップでは5試合出場5得点という驚異的な成績を残した。

 2002年には日韓ワールドカップで4試合出場4得点。こうして個人レベルではエースストライカーとしての期待に応えてきたが、フランス大会ではベスト8、日韓大会はベスト16とチームとしての結果が出なかった。

 日韓ワールドカップ終了後は1年間だけラツィオでプレーし、1999/2000シーズンからはインテルで一時代を築いた。だが、3度目のワールドカップ出場は、負傷などの影響でかなわなかった。

 2005/06シーズンはインテルからミランに移籍したが、フィリッポ・インザーギやアルベルト・ジラルディーノらとの競争に敗れ、半年でモナコへ。結局、初参戦のフランスリーグでも往年の輝きを取り戻すことはできず、代表選考から漏れてしまった。


●2002年日韓W杯ラウンド16・韓国戦の先発メンバー

▽GK
ジャンルイジ・ブッフォン

▽DF
クリスティアン・パヌッチ
マルク・イウリアーノ
パオロ・マルディーニ
フランチェスコ・ココ

▽MF
クリスティアーノ・ザネッティ
ダミアーノ・トンマージ
ジャンルカ・ザンブロッタ
フランチェスコ・トッティ

▽FW
クリスティアン・ヴィエリ
アレッサンドロ・デル・ピエロ


ドイツW杯(2006)

ルカ・トーニ
生年月日:1977年5月26日
個人成績(2006):6試合出場/2得点0アシスト

 地方クラブを渡り歩いてきた流浪の巨漢ストライカーは、2005/06シーズンにセリエAで30得点を挙げて自身初の得点王に輝いた。そして迎えたドイツワールドカップではエースストライカーとして起用され、準々決勝のウクライナ代表戦で2得点。イタリア代表の優勝に貢献した。

 2m近い長身を生かした空中戦の強さはもちろん、足もとも巧みでポストプレーも柔軟にこなし、フィニッシュもチャンスメイクも一流のストライカーだった。イタリア代表としてプレーした期間は6年間ほどと短かったが、39歳になった2016年まで現役としてセリエAでプレーした息の長い選手でもある。2014/15シーズンに22得点を挙げてリーグ得点王に輝いた時は38歳。これはイタリアの歴代最年長記録だ。


●2006年ドイツW杯決勝・フランス戦の先発メンバー

▽GK
ジャンルイジ・ブッフォン

▽DF
ジャンルカ・ザンブロッタ
ファビオ・カンナバーロ
マルコ・マテラッツィ
ファビオ・グロッソ

▽MF
アンドレア・ピルロ
ジェンナーロ・ガットゥーゾ
マウロ・カモラネージ
シモーネ・ペッロッタ

▽FW
ルカ・トーニ
フランチェスコ・トッティ


南アフリカW杯(2010)

アルベルト・ジラルディーノ
生年月日:1982年7月5日
個人成績(2006):5試合出場/1得点1アシスト
個人成績(2010):2試合出場/0得点0アシスト

 パルマでプレーしていた2003/04シーズンに本格ブレイクを果たし、セリエAで23得点を挙げる。そのシーズン終了後にはアテネ五輪でも4得点を奪ってイタリアの銅メダル獲得に大きく貢献した。そしてA代表初招集も受け、名実ともにイタリアで最高のストライカーの1人となる。

 2006年のドイツワールドカップは、ミラン移籍1年目でリーグ戦17得点を挙げたシーズンの直後に迎えた。個人としては5試合に出場して1得点1アシストと期待されたほどの結果は残せなかったものの、ルカ・トーニとともに前線で奮闘し、イタリア代表の優勝に一役買った。

 ただ、この頃から大舞台での精神的な弱さを指摘され、ワールドカップ後のシーズンはミランでも不振に陥る。EURO2008ではイタリア代表メンバーにすら入ることができない状態にまでなっていた。

 それでも2008年夏のフィオレンティーナ移籍で評価を取り戻し、2シーズン連続で15得点以上を挙げてイタリア代表にも返り咲くと、2010年南アフリカワールドカップ出場メンバー入りを果たす。だが、自身2度目のワールドカップでは2試合に出場して無得点、チームもグループリーグ敗退と前回王者ながら屈辱的な結果に終わった。

 低迷と復活を繰り返しながら長く第一線でプレーを続けたジラルディーノは、2018年にセリエBのスペツィアで現役を引退。37歳になった現在は指導者に転身し、セリエCのプロ・ヴェルチェッリで監督を務めている。


●2010年南アフリカW杯グループリーグ第1節・パラグアイ戦の先発メンバー

▽GK
ジャンルイジ・ブッフォン

▽DF
ジャンルカ・ザンブロッタ
ファビオ・カンナバーロ
ジョルジョ・キエッリーニ
ドメニコ・クリーシト

▽MF
ダニエレ・デ・ロッシ
リッカルド・モントリーヴォ
クラウディオ・マルキージオ

▽FW
シモーネ・ぺぺ
ヴィンツェンツォ・イアクインタ
アルベルト・ジラルディーノ


ブラジルW杯(2014)

マリオ・バロテッリ
生年月日:1990年8月12日
個人成績(2014):3試合出場/1得点0アシスト

 インテルで17歳にしてトップチームデビューを飾った神童は、才能を持て余し、素行不良の面ばかりが目立って悪童のイメージが定着したまま30歳になろうとしている。2010年南アフリカワールドカップ直後にイタリア代表デビューしたが、これまでさしたる実績を残せていない。

 チェーザレ・プランデッリ監督が率いた2010年代前半のイタリア代表ではEURO2012や2013年FIFAコンフェデレーションズカップにも参戦。しかし、2014年のブラジルワールドカップではグループリーグ初戦のイングランド代表戦で1ゴールを挙げたのみで、イタリア代表を2大会ぶりの決勝トーナメント進出に導くことはできなかった。

 この大会の後はしばらく代表から遠ざかるようになり、クラブでのキャリアも低迷していく。リバプール移籍は完全に失敗で、2度目の在籍となったミランでも輝きは戻らなかった。2016年からはフランスに活躍の場を移して復活するも、故郷のブレシアに戻った今季も問題行動は収まらず、契約解除が濃厚と噂されている。

 恩師ロベルト・マンチーニ監督に呼び戻されたイタリア代表からも2年近く遠ざかっており、厳しい状況は続く。30歳を目前にしたかつての神童は、心を入れ替えて“大人”になることができるだろうか。


●2014年ブラジルW杯グループリーグ第1戦・イングランド戦の先発メンバー

▽GK
サルヴァトーレ・シリグ

▽DF
マッテオ・ダルミアン
ガブリエル・パレッタ
アンドレア・バルザーリ
ジョルジョ・キエッリーニ

▽MF
ダニエレ・デ・ロッシ
アントニオ・カントレーヴァ
アンドレア・ピルロ
マルコ・ヴェッラッティ
クラウディオ・マルキージオ

▽FW
マリオ・バロテッリ

フットボールチャンネル
https://news.yahoo.co.jp/articles/81c01ba1b15ba5979f6f3e1dbe6c8e14f1147db8?page=1 



2020/06/08(月)
日韓W杯でのヴィエリの印象は強烈だった。重戦車という表現がぴったり
彼がいて、トッティがいて、デルピエロも健在で、守備にはマルディーニ、ブッフォンがいて…日韓W杯で1番バランスが取れて強かったチームだと思う。1回戦での不幸な敗戦が残念でならない。

2020/06/08(月)
インパクトで図抜けているのはビエリだな。
あのサイズながら足元も上手い。
破壊力も抜群でなぜかなかなか名前が上がらないけど、2000年初頭はロナウドと並ぶ世界トップのストライカーだったと思う。
W杯も9試合9ゴールは凄すぎる。
ただケガは多かったね。

やっぱりイタリアといえばバッジォ、デルピエロ、トッティと連なるセカンドストライカーだよな。

バロテッリはもうダメだね。

2020/06/08(月)
94年大会で苦戦したのはバッジョの回復待ち、バレージのケガ、アメリカの暑さ(プレスがはまらない)、そしてストライカー不在だったこと。

サッキが率いたミランにはファンバステンという空陸で得点できる絶対的なストライカーがいた。
加えてフリットもいた。

イタリアは当時シニョーリ、バッジョ、ゾラという小柄なセカンドトップが得点ランキング上位だったが、他はお世辞にもストライカーとは呼べないようなダミーランナーやポストプレイヤーしかいなかった。

しかしながら空中戦や守備を考えるとそのマッサーロやカジラギを起用せざるを得なかった。

当時にヴィエリがいたら良かった。
あとサッキが頑なにヴィアリ招集を拒否したのも痛かった。ラヴァネッリもまだまだ実力不足だったしね。

2020/06/08(月)
イタリアってホント魅力的な選手が出てきた国だよね。
FW、MF、DF、GKとここまで満遍なくスターを輩出してきた国ってやっぱ特別です。
ただ、ここ10年、停滞している感があるね。
それまでのスターが凄すぎたからなんだけど。

2020/06/08(月) 
ストライカーで言えば、ヴィエリ、インザーギ、トニあたりかな。
でも、ファンタジスタであるバッジョ、デルピエロ、トッティは別格だった。
カテナチオの国で守備に注目が行きがちだけど、イタリアはストライカーやファンタジスタ大国(だった)

2020/06/08(月) 
うろ覚えですが、何かのテレビ番組で優秀なディフェンダー陣と対峙するフォワード陣は点を取るために絶えず進化しなくてはならないのと同時にただでさえ優秀なディフェンダー陣もその進化に対処してくるので
特にイタリアのチームはディフェンダーもフォワードもお互いに進化していくのが早いみたいですね。
インザーギ選手ももちろん大好きですが、ヴィエリ選手、ジラルディーノ選手、トニ選手みたいなディフェンダーをパワーで押さえ込めるフォワード大好きです。

2020/06/08(月) 
ヴィエリは凄かった。DFを弾き飛ばしてゴールに迫る迫力があった。得点力も高く、なんでもできた。スペインでも成功して生ぬるいと言ってイタリアに帰ってきた。ただ怪我も多くてリーグ戦で30試合以上出たのが一回しかない。インテル時代は凄かった。
 今はインモービレとベロッティが組んで出るもしくは片方のワントップが多いがどちらもクラブでのインパクトほど活躍できてない。W杯も逃したし。バロテッリは才能だけならずば抜けてたけど素行が悪すぎる上にあの性格。ずっと気にかけてシティに連れてきたマンチーニですらサジ投げた。

2020/06/08(月)
日韓大会のヴィエリは無双かと思いました。
強さと巧さを兼ね備え、ロナウドと得点王争いをするだろうなと。
あるサッカー番組ではK1選手と例えられたり。
それだけに韓国戦の不可解な敗戦は残念に思いました。

2020/06/08(月) 
破壊力あるストライカーで行けば、やはりヴィエリかな。重戦車の如くグイグイ突き進む姿はホント好きだった。2006年W杯のジラルディーノやトニも悪くはないが、ヴィエリに比べるとちょっと破壊力に欠ける。

2020/06/08(月)
サッカーを知り始めた頃のヴィエリはよく覚えている。当時セリエAが世界最強リーグで、イタリアではカテナチオ(かんぬき「門や戸をしっかりとしめるための横木」の意)でしっかりと守り抜き、わずかなチャンスを一発で仕留めて勝つ、それがスタイルだった。ヴィエリはそのわずかな隙を逃さず体を投げ出して泥臭く点を取っていたのが印象的だった。もちろん豪快なゴールもある。それぞれ時代が変わりサッカーの流行りも変わっていくが往年の名プレーは今でも心に残っている。

2020/06/08(月) 
段々小粒になっている印象もありますね、個人的にはシニョーリが好きでした。

1994大会ではバッジョの引き立て役にまわった感もありますが、予選ノルウェー戦は一人少ないなか攻守に走り回り、ファールを獲得して自ら蹴ってディノバッジョのゴールをあしすと。MVP級の活躍でした。

サッキと対立したのと、スタイルが近いキエーザの台頭で出番が減ったのが残念。

2020/06/08(月) 
ビエリはセリエAで得点王だけでなく、当時はイタリアの選手がイタリア国外でプレーするのは珍しい時代、スペインでも得点王になっていたな。

そして01-02年はロナウドとビエリのツートップはどんだけチームで得点量産するか期待したわ!
後ろにザネッティ・マテラッツィ・トルドなどいて、スクデットも取るのではと思ったわ!

2020/06/08(月)
一般的に、R・バッジョ、ラバネッリ、ヴィアリ、ゾラ、デルピエロ、インザーギ、ヴィエリ、ジラルディーノ、バロテッリ…等が印象深いと思うけど、
自分的には、この記事に載っていないモンテッラも名FWなので、忘れて欲しくないですね。
彼は、左足から魔法の様なゴールを量産した(クラブチームで 笑)ので、一時期かなり応援していたし、代表入りした時は嬉しかったです。

2020/06/08(月)
ヴィエリの評価が高そうですね。
この辺は年代的な違いもありそうですが、個人的にはシニョーリがもっとピックアップされて欲しいところ。

2020/06/08(月)
2006年くらいまでのイタリアは次から次へとトップレベルストライカーが誕生したイメージ。

かつて黄金のカルテットのブラジルを下した時のパオロ・ロッシに始まり、空中戦の盟主ジャンルカ・ビアリ、90年の自国開催でヒーローとなったスキラッチ、
そして自分がセリエA見始めた頃のシニョーリ、マッサーロ、もう少し後では天才デルピエロ、普段はケガばかりなのにW杯になると突然点を取り出すビエリや、ここには載ってないけど、アタランタでセリエA得点王になって以来のファンだったインザーギや、飛行機ポーズのモンテッラ、そして本文にもあるトーニもビオラファンとしては外せない。

セリエA全盛期を知ってるファンとして、あの頃のようなストライカー大国だったアズーリの復活が待ち遠しい。

2020/06/08(月)
インパクトで言うとヴィエリは別格。W杯ではないが2000年の欧州選手権はヴィエリがいたらと何度も思ったし。
あれだけの高さと強さがあるのに足元の方が得意という点も良かったし、ケガが多すぎたところだけがつくづく残念だった。

2020/06/08(月)
W杯限定で考えるとやはり、パオロ・ロッシですね。初めてリアルタイム(録画ですが)観たスペイン大会での2次リーグからの爆発振りは神懸かり的でした。スタジアムの雰囲気と共に1番インパクトありますね。

2020/06/08(月)
日韓W杯の韓国戦のスタメンは、負傷者とかの影響でベストメンバーじゃないんだよね。

日本の単独開催だったら、イタリアをあんなひどい目に遭わせないで済んだかもしれないと思うとつらい。

かなり危なっかしい試合してたから、ベスト16以上行けたどうかは別だけど。

2020/06/08(月) 
セリエAでは、3度の得点王のシニョーリ。
シェフチェンコやインザーギをおさえて、全盛期のセリエAでの記録。
イタリア代表のストライカーの中でも、過小評価されている気がします。

2020/06/08(月)
バロテッリはこの中に入れちゃダメでしょ。出てきた時は「これでイタリアのCFは10年安泰だな」と思ったけど、代表では全くと言っていいほど結果を出していない。結局注目を集めるのは素行不良の面ばかり。ヴィエリとかシニョーリと同列に扱って欲しくない。

2020/06/08(月)
記事の94年のメンバーはシニョーリが中盤でバッジョがFWだぞ

シニョーリがサイドでプレーするの嫌だって拒否してサッキブチギレというのは有名な話やん


アズーリはFWが機能しない事で有名なチーム、通算得点者見たらやばいぞ

2020/06/08(月)
ヴィエリでしょう。当時は世界屈指のストライカー。その他にロナウド、ラウル、アンリ、ファンニステルローイ、シェフチェンコ等。ウイイレでかなりお世話になった方いるのでは?

2020/06/08(月)
フィオレンティーナ時代のトーニ,ムトゥの2トップは個人的に最強の電柱シャドーコンビだったな。ムトゥもアレが無ければワールドクラスの点取り屋として名声を得ていたであろうポテンシャルの持ち主だったのが本当に残念。イタリアと関係ない話でごめんなさい。

2020/06/08(月)
個人的には前線にヴィエリ、トッティ、デルピエロが並ぶのがイタリアらしいと思う。
8人で守っとくから、3人で点取ってこい、みたいな(笑)

2020/06/08(月)
バロはEURO2012で2点取ってドイツを破った立役者になった時は凄いと思ったけど、あれ以降代表では目立たなかったな

2020/06/08(月) 
94年のワールドカップ。シニョーリはうまく使えば活躍できたはず。セリエA3度の得点王の実力はとてつもない。本当にもったいなかった…

2020/06/08(月) 
インザーギは大好きなFWでしたがあの細い体でゴールをする姿をみていて何が日本人FWと違うのかを考えさせられた。

2020/06/08(月)
個人的にはネスタが好きだったが
W杯では負傷の連続でしたね

残念

2020/06/08(月)
ヴィエリ、インザーギのツートップが一番イタリアらしいなと思ってしまう。

イタリアのFWはボックス内で勝負するタイプで、お膳立てはファンタジスタ系。

2020/06/08(月) 
トー二がバイエルンでも活躍したの書いてないやん

昔のアズーリは攻撃面も華があったな
守備はカテナチオ
ザンブロッタネスタカンナバーロマルディーニ

誤審の連続で敗れたのは残念だったね











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