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元ポルトガル代表MFのシモン・サブローサが、ベンフィカ公式チャンネルのインタビューでFCバルセロナでの2シーズンを振り返った。シモンは当時(1999/2000、00/01)シーズンのブラウグラナは並外れたレベルにあった為、簡単にはいかなかったと認めている。

スポルティングからバルセロナに加入した元選手は「グアルディオラ、フィーゴ、クライファート、デ・ブール(兄弟)...あのチームを見れば、ほぼ全員がコーチみたいなものだ」

「偉大なるアイドル、フィーゴとの共演は素晴らしいものだった。極端なことを言うと、『どこで勝負するんだ』と思っていたので、それが一番の挑戦だった。片方にフィーゴ、もう片方にリバウドがいたので、出場停止か彼らが疲弊するまで待っていたよ」と振り返った。

それでもシモンは「素晴らしい2年間だった」と強調した。「リバウドとの時間が長く、(現役の)グアルディオラとの会話も素晴らしかった。彼はすでに戦術的なセンスを持っていた。ある日、彼は一枚の紙を手に取り、ボールのないところでやるべき事を教えてくれた」

「飛行機の中では、フィーゴとグアルディオラの間に座って、サッカーやゴルフの本をよく読んでいた。私は19歳だったから、その間に何の話をしようと思っていたのかもね」と懐かしんでいる。

また、リバウドは練習熱心だったという。「トレーニングを終えて疲れていたんだけれど、リバウドが『練習に付き合って』と言ってきたので、断ることができなかった」とも明かしている。

シモン・サブローサは、バルセロナでの2シーズンで70試合に出場、4ゴール8アシストの記録に留まったが、その後はベンフィカやアトレティコで活躍した。

コルチョネロのクラブでは、168試合31ゴール31アシストをマーク、2012年から14年までプレーしたエスパニョールでは、63試合で5ゴール8アシストの記録を残している。またポルトガル代表としても85キャップで22ゴールを挙げた。

SPORT
https://news.yahoo.co.jp/articles/c051fcac20fb65c5c41656222d11153b1744cebe 



2020/05/25(月)
この頃のバルサはBSでよく見てた思い出。シモンも覚えてる。しかし一番覚えてるのはトップに器用なクライファート、両翼に違う特長を持ちながらとてつもない突破力と得点力を備えたリバウドとフィーゴ、そして中盤底にチームのすべてをオーガナイズするまさに司令塔のグアルディオラという布陣。

2020/05/25(月) 
今ほど世間も騒がしくなくていい時代だった。
バルサを離れてもじっくりとキャリアを積んで長く活躍した。

最近じゃ若くても高額な移籍金がかかって活躍できなきゃ世界中から批判されてそのまま潰れちゃうなんてざら

2020/05/25(月)
フィーゴ、リバウドも凄かったけど、グアルディオラのロングボールをクライファートが収めてそのままゴールみたいなのが凄かったな。シモンもたまに出てきてたけど、やっぱりあのレベルは凄すぎた。

2020/05/25(月)
リバウドって出来にムラがあったから、てっきり天才肌の典型的なブラジル人かと思ってたけど、練習の鬼だったんだな。

2020/05/25(月)
あの監督が来なければ、フィーゴとリバウドのコンビをもっと見れてたかもしれない

2020/05/25(月) 
シマオさんはキャリアを損ねることなくビッグクラブで重要な選手であり続けたんやから立派よね

2020/05/25(月)
バルセロナにいたころのシモン全然悪くなかった。チームがCLグループステージ敗退してたけど、当時20歳で孤軍奮闘してたイメージ。

2020/05/25(月)
三郎さんはベンフィカのイメージ?バルセロナの後もう一回スペイン戻った記憶が微かにあります

2020/05/25(月) 
確かU20の大会で小野等と対戦してた。PKで勝利したけど危険な存在だった気がする。うる覚えだけど。

2020/05/25(月) 
ポルトガルいいねサイドが

2020/05/25(月) 
当時バルサには、リトマネンもいたよな~。

2020/05/25(月)
あのネタなんだったんだろうな

2020/05/25(月) 
大沢あかねを思い出したよ

2020/05/25(月)
安斎肇曰く、三郎志門











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