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1: 2020/05/10(日) 03:19:29.24
【歴代名手の“私的”技術論|No.2】柳沢敦(元日本代表FW):日韓W杯を見返して驚かされた“上手さ”だけではない能力
2002年の日韓ワールドカップを戦ったFW柳沢敦【写真:Getty Images】

2002年日韓ワールドカップの日本代表の試合を見直してみた。といっても数年前のことなのだが、日本が初めて出場した1998年フランス大会から順番に見返していった。

3戦全敗だった98年大会のチームは、なかなか技巧的だった。中田英寿、名波浩、山口素弘のMFトリオが上手い。FWへクサビを入れ、レイオフしたボールをサイドへ散らす攻撃は、ハマると鮮やかだった。

4年間をワープして02年、初戦のベルギー戦(2-2)を見て驚いてしまった。

4年前にあった技巧的なパスワークは影も形もなく、パスは3本とつながらない。中盤をすっ飛ばしてのFWへのロングボールばかり。まるでヨーロッパ下部リーグの試合のようではないか。こんなんだったっけ?

この試合は現地で見ている。その時も少し蹴りすぎだとは思っていたが、こんなに酷い内容だったとは当時は感じていなかった。あれから20年近く経過しているし、98年から02年までの過程を飛ばして見たからだろう。
日本とベルギーはともにグループリーグを突破してベスト16へ進んでいる。どちらも弱いチームではなかった。

ロングボールばかりのラフな展開と感じたのは、4年間でサッカーが変化していたからである。

フランス大会では中田英が、ドリブルでスペースを突き進む姿が何度も見られた。グイグイ持ち出していく推進力は素晴らしかったのだが、4年後のベルギー戦ではそんなプレーはほとんど見られなかった。
中田英が劣化したのではなく、4年間でサッカーが変化していたのだ。ドリブルで突き進むようなスペースがない。やろうとしても奪われるか、ファウルで潰されるか。陣形はコンパクトになり、中盤のスペースはなくなり、試合の基調が潰し合いになっていた。

互いにコンパクトで密集した中盤をつなぐのは難しい。そこでトップへのロングボールを多用していたわけだ。思い返せば、フィリップ・トルシエ監督は最初からそのつもりでチームを作っている。

「10~15秒の攻防が200回あるのが現代のサッカーだ」(トルシエ監督)

ガンガンぶつかり合って、ボールを奪ったら可能な限り直接的に相手ゴールへ向かう、いわゆるダイレクトプレー志向がはっきりしていた。
トルシエがかなり極端な戦術志向の持ち主だったのは確かだが、当時のサッカー自体が全体にそんな感じだったのだ。

https://news.yahoo.co.jp/articles/11c831315d397edde026eb92d41c144a7e01110c
5/9(土) 20:10配信


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2: 2020/05/10(日) 03:20:02.04
柳沢がいなかったら…ベルギー戦の攻撃は成立しなかった

この試合を見返して、もう一つ驚かされたのが柳沢敦だ。

自分よりはるかに大きなベルギーのDFを相手に、ロングボールの競り合いで優位に立っていた。ジャンプ力、フィジカルコンタクトの強さ、ポジショニングのアジリティー……驚異の身体能力だった。こんな選手だったっけ?

当時の柳沢の印象と言えば「上手いFW」だ。

受けの名手で、鋭角的なプルアウェイで難なくマークを引きはがしてパスを受けていた。動くタイミングも素晴らしく、早すぎず遅すぎず。パスの出し手とタイミングが合わない時は、動きを止めずに連続的に受けるための場所を作っていく。この受けの能力が抜群なので、それだけシュートチャンスも多くなる。その割には決定力がいま一つだったのが玉に瑕だったが、自分の動きでラストパスを呼び込む才能は日本史上で最高レベルだったと思う。

鹿島アントラーズではそうした洗練された受けの技術で勝負していたので気づかなかったのだが、02年のベルギー戦を見返してみると身体能力がエグい。もし柳沢がいなかったら、ベルギー戦の攻撃はまったく成立していなかっただろう。

相棒の鈴木隆行も体が強く、この試合では印象的な同点ゴールを決めている。小野伸二からの縦パス1本だった。5秒ごとにぶつかり合うような試合展開、互いに1本か2本のパスでフィニッシュへ結びつけようとする。ディフェンスラインの裏はどちらも空いているが、その手前は詰まっていて、4年前のように手数をかけるための場所がない。一発狙いのやり合いは、トルシエ監督が言っていた「15秒×200回」そのものだった。

98年の日本代表は日本らしかった。今で言うなら「ジャパンズウェイ」だった。02年は全然日本らしくはない。ただ、たぶんトルシエ監督は正しかった。

ヨハン・クライフは「結果が出るまでは狂人扱いされるもの」と言っていたが、トルシエもその意味では天才型の監督だったかもしれない。ただし、結果が出ても天才とは評価されていないので、やっぱり変人のほうが近いのだろう。

3: 2020/05/10(日) 03:20:18.28
鹿島と大きく異なる環境で能力を発揮したポテンシャルは相当なもの

バヒド・ハリルホジッチ監督が日本を率いた時、「トルシエと似ている」という感想を持った人も多かった。だが、ハリルホジッチは勝利至上主義者だが、トルシエはむしろ自分至上主義という違いがある。トルシエは時代の流れを汲み取ったスタイルを日本に植え付けているが、その後率いたマルセイユでも同じことをやっているので、あれが彼のスタイルなのだ。

日本代表史上でも例外的なぐらいフィジカルを基盤としたスタイルは、その前とも後とも関連性がない。日本サッカー協会による強化の場当たり主義、消極的勝利至上主義をよく表していたといえる。

ともあれ、鹿島とはだいぶ違う環境でも能力を発揮していた柳沢のポテンシャルは、やはり相当なものがあったと改めて思った。敗れたトルコ戦(決勝トーナメント1回戦/0-1)では首を痛めて欠場した。トルシエ監督は三都主アレサンドロと西澤明訓の初コンビ起用のギャンブルに出て、ものの見事に失敗したのだが、柳沢が健在だったら、もしかしたら歴史は変わっていたかもしれない。少なくとも、あの時のチームでは替えのきかない存在だった。

4: 2020/05/10(日) 03:23:47.75
その四年後、急にボールが来たので

87: 2020/05/10(日) 10:44:07.71
>>4
あの判断はたしかに失態だが

あの受け方とかポジショニングはやはり天才

6: 2020/05/10(日) 03:25:18.67
梨花とハメまくってた人?

7: 2020/05/10(日) 03:28:04.48
おまえらQBKさんに謝れや

9: 2020/05/10(日) 03:31:38.87
それだけうまくてセリエでも試合には出てたのに
アタッカーとしての才能を認められなかったうんこじゃん

29: 2020/05/10(日) 04:48:14.83
>>9
シュート下手だからな
だからサイドハーフとかで使われた
逆に使われるのはある意味スゴいんだがな

10: 2020/05/10(日) 03:34:04.32
鹿島史上最高レベル
no title

11: 2020/05/10(日) 03:36:28.61
当時は高原が前線でボールもキープできて、ドリブルで一人抜いてシュートまで持っていける力もあって一番良かったと思う

12: 2020/05/10(日) 03:39:26.85
明らかに監督が無能

13: 2020/05/10(日) 03:42:04.85
りんかは羨ましくなかった

14: 2020/05/10(日) 03:42:11.60
もう上田綺世は見たくない

15: 2020/05/10(日) 03:44:32.60
トルシエの為に世界の潮流から4年遅れたとみてる

16: 2020/05/10(日) 03:46:22.47
「パスを呼び込む才能」っていうくくりなら上田が日本で最高の才能だろうな
南米A代表相手にU22のチームで戦えて決定的チャンスをくくりまくったのは、
明らかに上田の飛びぬけた才能だった

中山時代ではヨーロッパに手も足もでなかった訳だからな

17: 2020/05/10(日) 03:50:55.18
>>16
そのチャンスをことごとく外す才能も飛び抜けてたな

21: 2020/05/10(日) 04:18:57.40
>>16
1本でも決めてりゃそれ言っても良いけどな大会ワースト記録作って
それぞれの国が同じ時間でやってんだわ結果なしのFWには何も言えないし期待感ももてない

37: 2020/05/10(日) 05:29:05.11
>>21
代表歴無しの大学生がいきなりガチの南米チーム相手で期待感持てないと結論付けるの厳しくないか?

60: 2020/05/10(日) 08:31:36.14
>>16
森島じゃ

19: 2020/05/10(日) 03:59:39.88
岡崎のゴールへの嗅覚が備わってればレジェンドになれたかもな

20: 2020/05/10(日) 04:14:19.76
FWヘクサビって誰って思ってしまった

22: 2020/05/10(日) 04:22:56.67
パスを呼び込む才能って逆に言えば出しやすい場所にしかいないって事だからゴールに背中向けてしか受けれなくて決定力がなかったのでは
岡崎みたいに決定力のあった選手がパスを呼び込む才能って言われたら素直に受け止めれるけどw

36: 2020/05/10(日) 05:26:12.37
>>22
ゴールに背中向けなくても受けられるでしょ
サッカーしたこと無いでしょ君

69: 2020/05/10(日) 09:48:05.04
>>22
この人は何を言ってるの?

23: 2020/05/10(日) 04:23:44.70
上田が動きで決定的チャンスを作った回数はスアレス上回っていたからな
やはり飛びぬけてるといわざるをえない

24: 2020/05/10(日) 04:25:00.71
フランスW杯の時に中田に異常に嫌われていて不憫だな、って思ってたけど柳沢
要するにFWとして絶対に必要なハートが弱すぎたんだね

28: 2020/05/10(日) 04:46:47.18
>>24
それじゃイタリアでぱっとしなかった
理由にならない
結局鹿島でしか輝けない内弁慶

30: 2020/05/10(日) 04:49:09.35
>>24
そうか?
中田は誰にでも厳しかっただけだろ

35: 2020/05/10(日) 05:22:50.97
>>24
フランスW杯?
柳沢はまだ代表じゃなかったろ
フランスW杯は98年だぞ
柳沢は97年ワールドユースで中村俊輔とのコンビが良かった
99年ワールドユース準優勝組との融合でシドニー五輪ベスト8
南米選手権に出た代表がほとんど消えて、そのままシドニー五輪組が代表の中心になってアジアカップ優勝し2002年W杯ベスト16

引用元: https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1589048369/







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