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日本代表監督として2度のワールドカップを戦った、岡田武史。日本サッカー殿堂掲額を果たした男の歩んできた軌跡は、他に類を見ないものだ。

夫人に「負けたら日本には帰らない。そのときは子どもたちを頼んだ」と伝えるほどの想像を絶する重圧。三浦カズを外したあの決断。そして、森保ジャパンを見て感じた率直な思い。岡田武史という唯一無二の男にしか口にできない言葉の数々は、日本サッカーの未来へとつながっていく――。

(本記事は、9月23日に『REAL SPORTS』で掲載された記事に一部、加筆・修正を行って掲載しています)

◆日本サッカー殿堂掲額を果たした名将の軌跡

日本サッカー協会の殿堂入りに至った、自身のサッカー人生が凝縮される形で編集された数分間の映像を見ながら、岡田武史は日本代表監督という仕事と肩書きが持つ重みをあらためてかみしめた。

現役時代はジェフユナイテッド千葉の前身、古河電気工業サッカー部でディフェンダーとして活躍し、日本代表としても24試合に出場した。監督としてコンサドーレ札幌をJ1昇格と残留に、横浜F・マリノスをJ1連覇に導き、特に初優勝した2003シーズンは1st、2ndステージを完全制覇した。

「現役のころはたいした選手じゃなかった。いまだったら絶対に日本代表に絶対に入れないような、頑張り屋の選手だったからね。だって、野球をやっていたから。中学からサッカーを始めた選手なんて、いまの日本代表にいないでしょう。だから、現役のときは要領がよかったよ。自分が出て行かないようにしたらどうしたらいいか、味方を前に行かすためにはどうしたらいいかと常に考えていたから」

大阪市で生まれ育ち、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)が運営する「南海ホークス子供の会」の一員として、野球に明け暮れた小学生時代を引き合いに出しながら周囲の笑いを誘う。ユーモアとウィットに富んだ言葉が、代表監督に触れるときにはちょっぴり神妙になる。

「僕のなかではコンサドーレやマリノスはものすごく大きなものだったんだけど、ああやって編集されるとやっぱり代表のシーンが多くなるんだな、と。代表監督は最初が9カ月しかやっていないし、2度目も2年半くらいか。その意味では代表監督以外の方が長かったのに、やっぱりこういうふうになるんだろうな、と見ていて思いましたね」

昨夏のFIFAワールドカップ・ロシア大会で日本代表を率いた西野朗氏、2011年のFIFA女子ワールドカップでなでしこジャパンを初優勝に導いた佐々木則夫氏とともに日本サッカー殿堂の掲額者に選出。東京・文京区のJFAハウス内で、9月10日に催された掲額式典とレセプションに出席した後の第一声だった。

総勢80人と2つの団体を数える掲額者は、投票選考と特別選考とに分けられる。日本サッカー界に貢献した60歳以上の元選手を対象に殿堂委員会が候補者名簿を作成し、75%以上の得票率を得た者が選出となるのが前者であり、選手以外で顕著な貢献をした者、殿堂委員会が特に認める顕著な足跡を残した元選手、あるいは日本サッカー協会の歴代会長らが推挙され、選出されるのが後者となる。

第16回を迎えた今回は、いずれも特別選考での選出だった。西野氏は柏レイソル、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸、名古屋グランパスの監督としてJ1歴代最多の270勝をあげた実績がクローズアップされる一方で、他の2人は代表チームを率いて残した実績がまばゆい輝きを放っている。

「ものすごく光栄に思っていますけど、いろいろとうるさいから、ちょっとお堂のなかに放り込んでおこう、ということなのかなとも思ったりしている」

歴代の代表監督のほとんどが名前を連ねる殿堂を「お堂」に例えながら、再び周囲を笑わせた岡田にとって、1度目と2度目のどちらが記憶のなかに強く残っているのか。

「僕の場合は思い出ばかりだけどね。やっぱり日本代表の監督となると、いろいろなプレッシャーや批判を受けなければいけない。その意味では最初の代表監督のときが、僕のなかでは一番印象深いかな。初めてのワールドカップで、日本中がちょっと異常な状態だったので」

◆「負けたら日本に帰らない」 想像を絶する重圧

フランス・ワールドカップ出場をかけて、1997年9月に幕を開けたアジア最終予選。加茂周監督に率いられた日本代表は初戦でウズベキスタン代表を6対3で撃破するも、敵地でUAE(アラブ首長国連邦)代表と0対0の引き分け、ホームに韓国代表を迎えた大一番では1対2の逆転負けを喫した。

歯車が狂いかけた苦境で迎えた中央アジアでの連戦。カザフスタン代表と1対1のドローに終わった直後に加茂監督が解任され、コーチだった岡田に白羽の矢が立てられた。すぐにウズベキスタン戦がやってくる。Jクラブでの監督経験もなかった、当時41歳だった岡田は受諾するしかなかった。

しかし、ウズベキスタン戦も1対1で引き分ける。グループBの1位のチームだけが自動的にフランス行きの切符を得られるなかで、宿敵・韓国に大きく引き離された。敵地のロッカールームで「もうダメだ」と泣き崩れる選手たちを見て、岡田も腹をくくった。

ウズベキスタン戦だけの暫定のつもりが、帰国後に加茂前監督から了承を得たうえで正式にバトンを引き継いだ。しかし、ホームでのUAE戦も1対1で引き分け、旧国立競技場の代々木門で一部の心ないファン・サポーターが暴徒化。空き缶や生卵、パイプ椅子が飛び交う騒然とした雰囲気に包まれた。

「あのころはまさか有名になると思っていなかったから、電話帳にも普通に載せていたので脅迫状や脅迫電話がね。僕の家は24時間、パトカーが守っていましたから。子どもたちが危険だから学校の送り迎えをして、と家内からは言われて。そういう状態で戦っていたので」

敵地ソウルでの韓国戦(2対0)、ホームでのカザフスタン戦(5対1)に何とか連勝。たどり着いたイラン代表とのアジア第3代表決定戦を前に、岡田は夫人へ国際電話を入れている。当時の取材によれば「危ないから実家へ帰ってくれ。負けたら日本に帰らない。そのときは子どもたちを頼んだ」と告げたとされている。

中立地のマレーシア・ジョホールバルで、1997年11月16日に行われた一発勝負。勝てば天国、負ければ地獄と運命を大きく隔てるイラン戦を、最終予選で初めて送り出したFW岡野雅行の延長Vゴールで制した。不退転の覚悟と決意を胸中に秘めていたからこそ、いまも色濃く記憶に残っている。

すでに2002年大会を韓国とともに共同開催することも決まっていた。ワールドカップの舞台に一度も立たないまま、ホスト国になるわけにはいかないというプレッシャーからも解放された。

◆三浦知良を外した、あの決断

年が明け、フランス大会の初戦がいよいよ近づいてきた6月2日。岡田のひと言が日本中を揺るがせた。

「外れるのはカズ、三浦カズ」

スイス・ニヨンでの直前合宿に臨んでいた25人から、ワールドカップ本番では3人を外さなければいけない。熟慮を重ねた末にDF市川大祐、MF北澤豪、そして長くエースストライカーとして日本代表を牽引しながら、精彩を欠く状態が続いていたFW三浦知良が外れた。

「カズを外したことで、世の中の反応がまた厳しくなったとはキャンプ先で聞いていました。想像していたことですし、直接的に何かそれで(影響を受けた)、ということはないですけどね。カズのことはいまでも尊敬していますし、大好きですけど、あのときの自分はチームが勝つためにベストの選択を下した。ただそれだけで決めたので後悔はしていませんし、何も私心もありません」

フランス大会はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカに3連敗してグループリーグを去った。しかし、ここ一番で周囲の誰もが驚く決断を、迷うことなく下す。岡田のなかで力強く脈打つ勝負師の一面は、2度目の挑戦となった2010年の南アフリカ大会で奏功する。

◆一世一代の大博打に勝った、2010年

病魔に倒れたイビチャ・オシム監督から、急遽バトンを託されたのが2007年の年末。アジア予選を勝ち抜くも、肝心のワールドカップ直前になってチームが上向かない。セルビア、韓国、イングランド、コートジボワールとの国際親善試合で全敗。国内には解任論が激しく飛び交った。

ここで岡田も腹をくくる。精彩を欠いていた司令塔・中村俊輔から、本田圭佑へ大黒柱を変更。ポゼッションを重視した中村を生かすための[4-2-3-1]から、本田を1トップに据えた堅守速攻型の[4-1-4-1]へスイッチ。ゲームキャプテンをDF中澤佑二からMF長谷部誠へ、守護神を楢崎正剛から川島永嗣へと変える大ナタを振るった。

カメルーン代表とのグループリーグ初戦を、本田のゴールで制したチームは一気に波に乗る。オランダ代表との第2戦こそ敗れたが、デンマーク代表との最終戦では本田、MF遠藤保仁が立て続けに直接フリーキックを決める。MF岡崎慎司も続いて、2大会ぶり2度目のベスト16進出を果たした。

パラグアイ代表との決勝トーナメント1回戦では延長戦を含めて0対0のまま決着がつかず、PK戦の末に涙を飲んだ。それでも、一世一代の大博打と言ってもいい、開幕直前の戦術およびメンバー変更で結果を出した岡田の采配に、世論は一転して「名将」と拍手喝采を浴びせた。

◆森保ジャパンに感じた、期待と不安

あれから9年もの歳月が過ぎた。南アフリカ大会で4大会連続のワールドカップ出場を果たした日本代表はブラジル、ロシアの舞台にも立ち、来夏の東京五輪監督を兼ねる森保一監督のもと、7大会連続のワールドカップとなる2022年のカタール大会出場へ向けて第一歩を踏み出した。

いま現在はJFLを戦うFC今治を運営する株式会社今治.夢スポーツの代表取締役会長を務めている岡田は、日本サッカー協会のシニア・アドバイザーとして、森保ジャパンが2対0で快勝した9月5日のパラグアイとのキリンチャレンジカップを、県立カシマサッカースタジアムで観戦している。

「いまの代表は個で通用するチームになってきている。これまでにないことだし、誰が見ても生き生きしているし、いままでにないような面白いチームに、わくわくするチームになると思う」

森保ジャパンに対して初めて言及した岡田を、「面白い」と賞賛させた理由は何なのか。答えは1トップの大迫勇也(ヴェルダー・ブレーメン)と2列目の3人、中島翔哉(FCポルト)、南野拓実(ザルツブルク)、堂安律(PSVアイントホーフェン)が奏でる至高のハーモニーにあった。

「いままでは組織で戦うことを前提にしてきた。しかし、堂安にしても翔哉にしても南野にしても、大迫もそうだけど、個の力であそこまで打開し、あるいはボールを失わないというプレーができる。彼らが連係したときに素晴らしいプレーができているけど、きっかけは個のところが引き金になっている」
2度率いた日本代表でも、コンサドーレでも、マリノスでも、組織ありきで個を生かすチームをつくってきた。最大限の個の力を発揮させながら至高の協奏曲を奏でさせる、真逆と言っていいアプローチのなかにいま、無限の可能性を秘めた18歳のMF久保建英(マジョルカ)も加わった。

「一番の魅力はあの年齢にして、老齢なくらいの判断力。何でもかんでもいくわけじゃなくて、無理なときはシンプルなプレーに徹する。もちろん怖がって、逃げているわけではない。翔哉や堂安の方がいろいろな経験値はまだ高いけど、素晴らしいものを持っている。すごく楽しみですよね」

久保はパラグアイ戦の後半開始から投入され、45分間だけでチーム最多となる5本のシュートを放った。そのなかにはクロスバーを直撃した、あわやの一撃もあった。いまにもブレイクを果たしそうな逸材のプレーを目の当たりにした岡田は、一方でチームの未来へ対して一抹の不安も感じている。

「ところが、個というのはやりようによっては抑えられる恐れがある。ここまでの国際親善試合で日本代表を研究して、抑えにきたチームはなかった。アジア2次予選でレベルの低い、弱い相手が研究してきても打ち破れる。なので、次の3次予選で個を研究されたときに、初めての経験とならないのか、という不安がある。たとえば翔哉あたりをマンツーマンで抑えて、フリーでボールを受けさせなくする相手が出てくる恐れもある。そのときにどのような戦い方をすればいいのか。まあ、ポイチ(森保監督の愛称)はちゃんと考えているはずだし、これは老婆心かもしれないんだけど、自分が監督だったらネガティブな要素を排除しようとか、いろいろなことを考えちゃうので」

森保ジャパンの「いま」と「これから」を目を細めながら語る岡田は、中国スーパーリーグの杭州緑城足球倶楽部の監督を退任した2013シーズンを最後に、指導の現場から遠ざかっている。新たなチームづくりを進める森保ジャパンに、そしてタイ代表監督としてアジア2次予選を戦っている1つ年上の西野氏に刺激を受けることはないのか、と質問が飛んだ直後だった。

「ない! 自分で自分の限界がわかっているから」

指導者への未練を完全に断ち切らせた、株式会社今治.夢スポーツの経営者として奔走する日々は、いままでに経験したことのない刺激と責任感に満ちあふれている。

(文中一部敬称略)
<了>
文=藤江直人
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191004-00010001-realspo-socc&p=1



1 2019/10/04(金)
別記事でも書いたが、岡田さんは理想と現実のギャップを冷静に見極めて時として理想をかなぐり捨ててまで現実を見据えて結果に拘る事が出来る勝負師だと個人的には思っている
また、不調の俊輔の見切り、本田の1トップ適性の見極め、川島の直前起用、長谷部の主将抜擢、守備固め要員としての矢野の選出など改革の勘が冴えていてそれを迷わず実行出来る決断力もある
フランスの時も不調のカズの見切り、ヒデの代役としての小野の抜擢、とにかく失点を避けるために人数をかけて守り、ヒデに攻撃の全てを託す戦術、全敗こそしたがそれぞれの判断は決して間違いではなかったと思う
(カズはベンチに置いておけば城はもっと活躍出来たと思うが、その反省は南アの川口・俊輔で活かされている)

2 2019/10/04(金)
岡田さんのいいところは人としての奥行きがあるところ。頭はいいけど頭でっかちでない。
何よりも熱い。たまに感情が優先するくらい熱い。で、選手を絶対的にリスペクトする。このような監督の元だと多くの選手の心に響く。
細かな戦術なんかより大切なことがあると思っているところもいい。
以前、極限状態では戦術なんかよりハートが大切というようなことを言っていた。この発言は(自称)サッカー戦術通には不評だろうけど。
また、大きな観点では私利や感情で動かないところもいい。
青臭くカネに関することを拒否するのではなく、大きな目標に向かってはカネに執着してるに違いない。また、好き・嫌いで人事を行わない。代表チームで大木さんをコーチに招聘したときの理由が「自分と違う考え方だから」だった。
今後は今治を日本の中小クラブ(決してビッグクラブではない)のロールモデルとして築き上げてほしい。

3 2019/10/04(金)
2003年の横浜は「組織の中で個を活かす」が絶妙なバランスで実現されていて、歴代のあらゆるチームと比較しても優れていると思う。あっちを立てればこっちが立たずということがなく、爆発力はないけど勝負強くて安定度が高かった。その完成形が2004年の1stのチームで、もう負ける気がしなかった。惜しいのは、その後岡田さん自身が言及する「悪い癖」が出て、あのチームを維持しようとしなかったこと。まだまだ中核が元気だった2006年まで続けていれば3連覇だろうが4連覇だろうが可能だったと思う。

4 2019/10/04(金)
カズを外したのは権限だから認める、結果が惨敗だったのも相手があることだから仕方がない、ただ予選終了後に自身は視察と言ってヨーロッパを回り選手だけ帰国させて空港で城がならず者から水をかけられた時は一緒に帰国して選手をかばうべきだったと思います

5 2019/10/04(金)
岡田さんは他に見つけられないくらい人間としての奥深さを感じます。
ユーモアたっぷりで人を惹きつけ、理想と現実を見極める力があり、過剰に前に出過ぎない謙虚な姿勢、西野さんのようなスマートな顔立ちではないのところがたまらない。
BSの西野さんとの対談番組は最高でした。
ライセンス返上してしまったけど、さらなる活躍を期待します。

6 2019/10/04(金)
岡田さんは芯がある。決断力がある。カズや中村を外せる度胸がすごい。他の人なら絶対外していなかったと思う。
そして、香川や長友や内田や本田を見出だした。見る目がすごい


7 2019/10/04(金)
本人がどう思おうとあの時カズ、北澤を外したのは間違い。ただ、あのイランとのプレーオフで大胆にカズを外さないと負けていた可能性は大。ドン引きサッカーと揶揄されてるけど2010もあと1歩でベスト8。なんやかんや功績は大きい。

8 2019/10/04(金)
中島をマンツーで抑える。相手だったらこれは考える。ほとんどのチャンスが中島から生まれてるし、中島へのパスを断てば前につながらないこともある。どう解決するか。

9 2019/10/04(金)
マリノス率いてた時は、ドラゴン久保の個の力は結構大きかったと思うけど

10 2019/10/04(金)
南アフリカでのデンマーク戦はすごくよかったな
前評判では圧倒的デンマーク有利、そのデンマークをチンチンに
したのは気持ち良かった、本田の個の能力もすごかった

11 2019/10/04(金)
キーパーが左足を痛めたのに気づいた中田がその足にシュートして岡野が走り込んだあのシーンは忘れられない。

12 2019/10/04(金)
緊急登板ではなくしっかりと時間をかけて作った岡田ジャパンを見てみたかった

13 2019/10/04(金)
確かにサッカーの創成期、初のW杯の頃は、日本は少し異常だった。その中を責任をもってやり遂げたのは本当に凄い。

14 2019/10/04(金)
岡田さんのサッカーはつまらない。
2018年の西野ジャパンの試合は録画を何回も見返すけど。
2010年のW杯も2勝したけど殆ど後で見返さない。
それでも感動が大きいのは岡田さんの方。
そういうパワーを持った監督なんだろうな。

15 2019/10/04(金)
岡田さんが協会の会長になって欲しい。田島さんより日本代表を 強くしてくれそう。

16 2019/10/04(金)
「世界を驚かす、目標はベスト4だ!」と掲げておきながら結果ベスト16で大満足。ベスト4はハッタリでしたと認めたようなもの。次への布石にもならない。
監督なら「私の力不足で目標が達成できなかった。選手たちはよくやってくれたが申し訳ない」となぜ言えない。ほんとにベスト4を目指していたんだということをすべての人に印象付けとけよ。その上で次のW杯を目指したらより成長できると思う。そんなこともわかっていない。
W杯前の親善試合で、韓国に負けた時も、「私が監督続けていいんですか?」とか言ってなかった。そんな監督信頼できるか?できるわけない。
たまたまベスト16という結果はついてきたけど、監督の器ではないね。
名将なんてとんでもないわ。心がしょぼい。ジャージで指揮とか(笑)

17 2019/10/04(金)
当時は納得してなかったけど、いまのカズを見ると岡田監督が外した判断が正しかったと思うようになった。

18 2019/10/04(金)
これからも岡田さんを神と崇めたいと思います。

19 2019/10/04(金)
コンサとマリノスが大きかったのはみんな分かってますから心配なさらないで。
分かってないのはポッと出のニワカマスコミだけですから。

20 2019/10/04(金)
引っ張る存在感のリーダーのカズがいなくて、GL敗退3敗したのだから素直になったらいいのに!

21 2019/10/04(金)
結果を出したから名監督と言われてる監督。
実質は国内においても二流の監督だ。
それが自分で分かってるからこその監督業引退なのだろう。賢い人だ。

22 2019/10/04(金)
城を柱にって言ってまるでダメだったわけで。カズを外す判断は今でも間違いだった

23 2019/10/04(金)
ラグビーワールドカップを盛り立ててお休みしてるサッカー協会は立派だなぁと思う。
まさに一過性のブーム、実はラグビーの盛り上がりを受け止める組織が全く無い。
どうするんだあんなに集めたワールドクラスの選手、三年したら次のワールドカップ開催地代表になるから良いかも、、、
あんなに上手いラガーマン居なかったよ。
見ていて世界のゲームまで広がらないなぁと残念だが感じた!だからサッカー協会、バスケ協会も
静かなんだね。
話題に上がらないよ。

24 2019/10/04(金)
カズ切りだけは間違いでしたね。

25 2019/10/04(金)
カズ外して代表が纏まらなくて三連敗だったからな
あれに関しては口ではどういっても失敗だったと内心思ってるだろ

26 2019/10/04(金)
カズや北澤を外した時は本当にショックで信じられなかった。
Jリーグを盛り上げた功績者であるカズに海外の遠征先でゴミみたいに切り捨て、何の温情も配慮も無いやり方には驚き憤りしかなかった。
個人的には今でも岡田さんには心良くは思ってない。

27 2019/10/04(金)
北澤は岡田の事かなり恨んでいるみたいだね。岡田もコメント出さないわけだわ。

28 2019/10/04(金)
素人だね!
勝つこと?
勝つのは ある意味 運任せでいい!
事実 そうだから・・・
それ以前に タレント揃えて なんぼだと思う
この人は ゲームに勝ちもせず 代表の顔も はずすという とんちんかんな事を やらかしてしまったんだね~ 岡田は

29 2019/10/04(金)
個人的には、カズを下ろした時から大嫌い、顔も見たく無い。
監督として優秀かどうか知らないが、嫌い!

30 2019/10/04(金)
岡田監督は名将。いずれは武田信玄や東郷平八郎、山本五十六と同列で語られる英雄だ。勲章とかもらうんじゃないだろうか。












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