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◆そのはじまりは、チェンマイでの“出会い”

 黄金世代にとって、フィリップ・トルシエとの出会いにはどんな意味があったのだろうか?

 トルシエは、大きな野心を持って日本にやって来た。彼が言う「野心に満ちたプロジェクト」とは、A代表と五輪代表をひとりで統括し、単にピッチの上だけにとどまらない、日本サッカーをより大きな枠の中で進化させることだった。それは4年後に日韓で開催されるワールドカップのグループリーグ突破のための準備であると同時に、さらにその先に続く日本サッカーの未来に向けての準備でもあった。

 若い世代をベースに、ユース代表から五輪代表、A代表へとチームを順次統合させて、ワールドカップを戦うチームを構築する。トルシエがこのアイデアを得たのは、1998年10月、チェンマイで行なわれたアジアユースを視察したときだった。日本代表監督に就任してからまだわずかひと月。それが黄金世代とトルシエの“出会い”だった。

「この世代の技術力はA代表のベテランたちをはるかに凌駕している。彼らを将来のチームの中核に据えれば、日本の可能性は大きく広がる」

 観客もまばらなチェンマイのスタジアムで、「椅子が硬くて1日に2試合見るのはきつい」とぼやきながら、彼は傍らのわたしに想いを熱く語った。日本サッカー協会との契約になかったユース代表監督を日本に戻ってから引き受けたのは、大きなチーム作りという「野心的なプロジェクト」のスタートであり、統合の最初のステップであった。

 トルシエがラボラトリー(実験室)と呼んだチーム構築のプロセスは、若い世代にとって、いや日本サッカーにとってもまったく未知の経験だった。

 手の使い方、身体の使い方を教えるために、練習で選手に全力でぶつかる。そのボディーコンタクトの激しさもさることながら、彼らに大声で罵声を浴びせる。ときに脈絡なく怒りだす。理不尽で激しい怒りは、いまだったらアウトだろう。

 そんなトルシエに選手たちがさほど時間をかけずに慣れていったのは、10代後半だった彼らのほうがA代表のベテラン選手たちよりも順応性が高かったばかりではない。合理的かつ組織的なトルシエの戦術は彼らにとって理解しやすいものであり、戦術的オートマティズムもA代表に比べはるかに短時間で彼らは習得したのだった。

◆指揮官が重視したのは精神的・人間的な側面

 ピッチ上の技術・戦術と同等か、それ以上にトルシエが重視したのが精神的・人間的側面だった。

 選手同士の間ですらコミュニケーションがとれない人間が、5万人の観衆の前で自分を表現することなどできない。人間として経験を積み、成熟することでサッカー選手としても一人前になれる。彼が黄金世代の若者たちに求めたのは、自分の殻の中に籠らず殻を破って自分を表現することであり、ひとりの人間として現実の世界に目を向け、それと対峙することだった。

 ピッチの上では受け手の名前を言ってからパスを出すこと(パス・コントロール)にはじまり、ピッチの外ではさまざまな体験に選手たちを誘った。

 ナイジェリアでのワールドユース(現U-20ワールドカップ)本大会の2か月前に行なわれたブルキナファソ合宿は、彼らにはすべてが未知の出来事ばかりだった。アフリカでもっとも経済水準が低い国で、現地のものしか食べさせなかった食事。数時間かけて悪路を行くバス移動。冷房も効かず、寝室の中を一晩中蚊が飛び交うホテル。茶色い水しかでない水道。サッカーボールは貴重品で、ユース代表選手ですら古いスパイクを大事に履いている。そしてそんな環境で、彼らはサッカーをしている。

 移動の途中ではワニ園に立ち寄り、皇帝や国家元首への敬意訪問も行なった。ホテルのバーでは選手たちが楽器を奏でながらダンスも踊った。さらに大会期間中のナイジェリアでは孤児院も訪問した。

 選手たちを精神的に逞しくタフにさせるうえで合宿の効果は絶大だった。2か月後のナイジェリアの厳しい環境にも、彼らはまったく動じなかったのだから。ブルキナファソよりずっと過ごしやすいとむしろリラックスしているほどで、稲本はじめ幾人かの選手たちは、にわかに日本贔屓となった地元のサポーターたちと、試合後一緒に楽しそうにダンスを踊っていた。

 そうした体験を通じてトルシエが彼らに伝えたかったのは、人間が人間としてサッカーをすることの意味、であったように思う。2次元のゲームにもバーチャルリアリティーにも置き換えられない現実の中でサッカーをするのはどういうことか。技術・戦術・フィジカルの要素だけに還元できない、人と人とがリアルに交じり合う世界でサッカーをするのはどういうことであるのか……。

◆突出したタレントたちと特異な指揮官。どちらにとっても幸せだった

 トルシエは具体的にはなにも言っていない。選手たちも発せられなかった問いに対し、なにも答えてはいない。だが、一つひとつの体験が、彼らの心の襞(ひだ)に深く刻み込まれていったのは間違いない。

 小野伸二をはじめ高原直泰、稲本潤一、遠藤保仁、小笠原満男、本山雅志、永井雄一郎、播戸竜二、中田浩二、加地亮、曽ヶ端準……。ひとつの世代がこれだけ多くの人材を代表に送り、これほど長い期間活躍し続けたのは世界でも例を見ない。彼らが個を開花させていったのは、決して能力によるところだけではない。それがトルシエの無言の問いに対する彼らの答えであったように、わたしには思われる。

 プロフェッショナルとして世界に出ていこうとするまさにその瞬間に、彼らはトルシエという特異な指導者に出会えた。それはどちらにとっても幸せなことであったとわたしは思っている。

文●田村修一(フットボールアナリスト)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190424-00010006-sdigestw-socc



1 2019/04/24(水)
個人的にはこの黄金世代とトルシエが率いた代表が面白かった。日韓では結果もだしたがトルシエの限界でもあったが。しかし、確実に次のワールドカップに期待を持てる選手とチームは残した。はずだったんだけど、ジーコさんが壊してしまった。あの後、トルシエの戦術を継承する必要はなかったが、さらに戦術に優れた監督を選ぶべきだった。本当は年齢的にもドイツワールドカップがピークであるはずだった。

2 2019/04/24(水)
あの時代の日本代表には必要だった監督だと思う。
実際、アンダー、オリンピック、フル代表と結果を出したし。
間違いなく日本代表に貢献した監督。

3 2019/04/24(水)
トルコ戦後に『いつか、皆さんがこの旅を評価してくれると思う』らしき言葉を残していたけど、当時、各年代のトルシエジャパンと旅した者としては、本当に楽しい日本代表だったし、たくましくなっていく日本代表が誇らしかった。バカ本が必死に更迭しようとしていたけど、岡野さんは聞く耳すら貸さなかったのは見る目があるとしか言いようがない。2002年の韓国4位が比較対照にも去れるが、トルシエが築き上げた日本への功績は別次元なものだね。

4 2019/04/24(水)
賛否両論あるが、個人的には日本代表にマッチした監督だと思う。ユース、五輪、W杯で一定の成果残してるし。

5 2019/04/24(水)
とはいえ中田英寿はトルシエのことをあまり認めなかったよね。
世界標準で考えると世界と戦うにはかなり無理のあった監督選考だったけど、日本の段階的な成長や育成面においては適任だったのかなと黄金世代のコラムやインタビューを読んでて感じます。
戦術面では、、、トルコ戦でガッカリしたのも思い出します。

6 2019/04/24(水)
今ではあり得ないけど
同時の日本には適任だったのだろう
そういう意味では
文中にある双方にとって良かった
という表現は当たっているんだと思う。

8 2019/04/24(水)
代表歴代外人監督の中では結果もだしてるし評価してあげてもいいんじゃない?癖が強すぎて選手からは不評だったと思うがそれも個性だし。またJのクラブで指揮してほしいっすね。

9 2019/04/24(水)
近代日本サッカーの出発という感じだった。
小野選手の卓越したテクニック
高原選手の決定力
中田選手の相手攻撃を止めるフィジカル
フラット3を駆使した洗練された戦術。
本当に良いチームだったなぁ

12 2019/04/24(水)
みんなの評価が結構高いけど、トルシエが自分の上司だったらと思うと、黄金世代は大変だったなぁと思う。

14 2019/04/24(水)
彼なりに緻密に考えたんだろう。しかし何故あのトルコ戦でメンバー変えたんだろう。

15 2019/04/24(水)
野心家だったが、仕事に真摯だったのも事実。この頃ベンゲル氏に協会は翻弄されていたが、結果としては良かったのでは

17 2019/04/24(水)
そこまで将来を見据えたプロジェクトだったなら、あと4年やってくれたら良かったのに。
…いや、やっぱ無いか。

18 2019/04/24(水)
自分の言うことを聞かない川渕は何とかトルシエを辞めさせようとしたけど、その度に代表が勝ってしまうんだね
戦前クビか?なんて言われた試合後にサポーターのトルシエニッポンの大コールに川渕が苦虫を噛み潰したような顔してたのは痛快だった

21 2019/04/24(水)
今思えば日本に合ったいい監督だった
結果も残した

22 2019/04/24(水)
もっと評価されて良い監督。
在任期間と結果を踏まえると、日本代表史上No.1です!

24 2019/04/24(水)
敵も沢山いたし批判も沢山、
しかし間違いなく日本を強くした監督だなと。

25 2019/04/24(水)
いや、トルシエ途中までU20に微妙な反応だったやん。勝ち出してからでしょ、熱を入れ出したの。トルシエ結構調子いいから

28 2019/04/24(水)
歴代の日本代表監督の中で良い監督と言って間違いない。

29 2019/04/24(水)
代表監督が育てたわけじゃないけどね

32 2019/04/24(水)
時代が良かったに尽きる
まだ日本も世界知ってる選手が少なかったからトルシエに歯向かえなかったし
自国開催のW杯に向けて協会も今の倍以上の金をかけて育成してたからね

33 2019/04/24(水)
トルシエに小突かれた若手時代の前田

34 2019/04/24(水)
良い監督ではない。負けたときのインタビューは選手に非があるような言い方をしていたし、対フランス戦はジダンにサインをもらうわけのわからん行為。解任後はたいした成績を残してないしね。

36 2019/04/24(水)
俺は、トルシエ監督が好きだった!
あのくらいの激しい監督の方が、今の日本人にあっている気がする。

39 2019/04/24(水)
まあナイジェリアといえば日本からすると貧しい国の印象だろうがアフリカの中ではかなり裕福な方、産油国だしね。
ブルキナファソで合宿してナイジェリアならそりゃ全然楽だろうね、日本から直行したら厳しいけど。

40 2019/04/24(水)
また、W杯開催やろう。

42 2019/04/24(水)
学校の先生にあんな人がいてもらいたかったなぁ。

43 2019/04/24(水)
だからこそ、2006年のショックがでかすぎた。

44 2019/04/24(水)
なんで最近このネタ多いの?

47 2019/04/24(水)
人間が人間としてサッカーをすることの意味、、良い言葉だな。
No life No football だよ













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