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サッカーの長い歴史の中で、後世に語り継ぐべきチームがある。その後の戦術に大きな影響を与えたクラブや、金字塔とも呼べる成績を収めたクラブ…。今回は2000年代後半を彩った5チームを紹介する。


◆バルセロナ(05/06シーズン)

バルセロナ(スペイン/リーガ・エスパニョーラ)
05/06シーズン成績
・ リーグ戦:1位(勝ち点82/25勝7分6敗)
・ カップ戦:ベスト8
・ CL:優勝
監督:フランク・ライカールト(オランダ/当時43歳)
スタイル:ポゼッション

05/06チャンピオンズリーグ決勝(対アーセナル)先発メンバー
GK:ビクトル・バルデス
DF:ジョバンニ・ファン・ブロンクホルスト、カルレス・プジョル、ラファエル・マルケス、オレゲール
MF:エジミウソン、マルク・ファン・ボメル、デコ
FW:ロナウジーニョ、リュドヴィク・ジュリ、サミュエル・エトー

 その姿は、まるでピアノ・コンチェルト(協奏曲)だった。

 指揮者によって完璧に統率されたオーケストラの上で、自由に美しく旋律を奏でるソリスト。重厚でありながらも軽やかな音楽は、いつの時代も人々の心を掴んで離さない。

 フランク・ライカールトに率いられたバルセロナは、まさにそれだった。GKのビクトル・バルデスからセンターFWのサミュエル・エトーまで全員が明確な役割を持ち、完璧に機能する中で、左サイドに位置するロナウジーニョだけは自由を与えられ、常に美しいステップを刻み続けていた。

 今では世界トップクラブとして揺るぎない地位にあるバルセロナだが、200年代前半は決してそうではなかった。故ヨハン・クライフ氏によって作り上げられた哲学は徐々に失われ、02/03シーズンには一時は降格圏間近という位置まで順位を下げるなど、今では考えられないほどの混乱を見せていた。

 そんな不甲斐ないシーズンを終え、翌03/04シーズンから就任したライカールト監督は、同時に獲得したロナウジーニョの力を最大限に発揮できるスタイルを作り上げ、サッカーというスポーツで協奏曲を奏でた。

 ロナウジーニョが世界ナンバーワンだった時代は、リオネル・メッシの登場によって長くは続かなかったが、誰よりもサッカーを楽しみ、数多くの超絶プレーを見せた姿は多くの人々の記憶に残っている。

 このチームの成功こそが今なお続くバルセロナという崇高なクラブのスタートと言えるだろう。この時代のバルセロナは、圧倒的な支配率を記録するようなチームではなかったが、美しさという点ではのちのグアルディオラ時代以上のものを見せてくれていた。

◆ローマ(06/07シーズン)

ローマ(イタリア/セリエA)
06/07シーズン成績
・ リーグ戦・2位(勝ち点75/22勝9分7敗)
・ カップ戦:優勝
・ CL:ベスト8
監督:ルチアーノ・スパレッティ(イタリア/当時48歳)
スタイル:ポゼッション

06/07シーズン主な先発メンバー
GK:ドニ
DF:マックス・トネット、クリスティアン・キヴ、フィリップ・メクセス、クリスティアン・パヌッチ
MF:ダビド・ピサーロ、ダニエレ・デ・ロッシ、アレッサンドロ・マンシーニ、ロドリゴ・タッデイ、シモーネ・ペッロッタ、フランチェスコ・トッティ

 目立ったタイトルはなく、ワールドクラスの選手を多数抱えているわけでもない。それでも、サッカーの歴史において欠かすことのできないチームがある。それが、ルチアーノ・スパレッティが作り上げたローマだ。

 このチームの最大の特徴は「ゼロトップ」。スパレッティ監督は、それまで攻撃的MFとして世界最高クラスの存在だったトッティをトップに置いた。すると、中盤に下がってパスワークに参加しつつ、フィニッシャーとして得点を量産。9番と10番の仕事を同時にこなす驚異的な存在として、さらなる飛躍を遂げた。

 そして、この06/07シーズンのハイライトは、マンチェスター・ユナイテッドとのCL準々決勝である。当時のユナイテッドは、クリスティアーノ・ロナウドとウェイン・ルーニーが“期待の若手”から“ワールドクラス”へと変貌を遂げ始めた時期であり、世界のサッカーシーンの中心的なクラブだった。

 1stレグでホームにそのユナテッドを迎えたローマは、タッデイとブチニッチのゴールで2-1と接戦を制した。その試合内容も「ゼロトップ」システムが十分に機能し、会心と言えるものであり、世界中がローマを讃えた。

 しかし、続くアウェイでの2ndレグでは、まさかの7失点を喫した。1stレグで披露した戦いぶりとは全く異なる展開で、ユナイテッドに蹂躙される姿は世界中に衝撃を与えた。

 それでも、のちにジョゼップ・グアルディオラ監督やスペイン代表も「ゼロトップ」システム取り入れ、現在ではセンターFWは得点だけでなく全ての面において秀でた能力を持つことが求められる時代となった。このローマというチームが与えた影響は今なお大きい。

◆ロシア代表(08年EURO)

ロシア代表
2008年成績
・ EURO(欧州選手権)スイス・オーストリア大会ベスト4
監督:フース・ヒディンク(オランダ/当時61歳)
スタイル:ショートカウンター

08年EURO主な先発メンバー
GK:イゴール・アキンフェエフ
DF:ユーリ・ジルコフ、デニス・コロディン、セルゲイ・イグナシェビッチ、アレクサンドル・アニュコフ
MF:セルゲイ・セマク、イバン・サエンコ、コンスタンティン・ジリャノフ、イゴール・セムショフ
FW:アンドレイ・アルシャビン、ロマン・パブリュチェンコ

 2000年代のサッカーシーンで大きなインパクトを与えたのはクラブチームだけではない。代表レベルでは、08年EUROに出場したロシアが世界中を驚かせた。

 ロシア代表は、強豪ひしめく欧州の中では決して上位に位置する国ではない。直近のワールドカップでは開催国でベスト8という成績を残したものの、「想像し得ないほどの躍進」として伝えられた。

 2008年当時のロシアも、その立ち位置は大差ないものだった。名将ヒディンクに率いられているとはいえ、EUROでの好成績を期待する声は少なかったと言えるだろう。

 しかし、このチームは全てのフィールドプレイヤーが90分間休むことなく走り続け、高い位置でボールを奪っては電光石火のカウンターで衝撃を与え続けた。今でこそ攻守の切り替えの速さは不可欠なものだが、当時の特に代表レベルでは決してそうではなかった。

 ジルコフのサイドアタックや、アルシャビンのアジリティの高いプレー、パブリュチェンコの卓越したポストプレーはロシアのショートカウンターを完成させる原動力となり、大会後にはそれぞれチェルシー、アーセナル、トッテナムとプレミアリーグの強豪に引き抜かれた。

 最大のハイライトは準々決勝のオランダ戦。当時のオランダは、ファン・ニステルローイ、スナイデル、ファン・デル・ファールトらを擁してイタリア、フランス、ルーマニアと同組のいわゆる“死の組”を全勝で勝ち上がってきた好チームだった。

 そのオランダを相手に延長にもつれ込む激闘を演じ、最終的にはアルシャビンの1ゴール1アシストの活躍もあり3-1で勝利。日本でもど深夜に思わず声をあげてしまったファンも多かったはずだ。

 結局はグループステージ初戦と準決勝で、この大会を制するスペインに敗れる結果に終わったが、このロシア代表が世界に与えたインパクトは今なお鮮烈な記憶として残っている。

◆バルセロナ(08/09シーズン)

バルセロナ(スペイン/リーガ・エスパニョーラ)
08/09シーズン成績
・ リーグ戦:1位(勝ち点87/27勝6分5敗)
・ カップ戦:優勝
・ CL優勝
監督:ジョゼップ・グアルディオラ(スペイン/当時38歳)
スタイル:ポゼッション

08/09シーズン主な先発メンバー
GK:ビクトル・バルデス
DF:エリック・アビダル、カルレス・プジョル、ジェラール・ピケ、ダニエウ・アウベス
MF:セルヒオ・ブスケッツ、アンドレス・イニエスタ、シャビ
FW:ティエリ・アンリ、サミュエル・エトー、リオネル・メッシ

 このチームをなくして2000年代のサッカーは語れない。

 08年5月、ライカールト政権が終わりを告げると、選手としてバルセロナで育ち、バルセロナBを率いていたジョゼップ・グアルディオラがトップチームの新たな監督に就任することが発表された。

 グアルディオラは、ブスケッツをBチームから引き上げ、下部組織出身のピケをマンチェスター・ユナイテッドから買い戻すと、バルデス、プジョル、シャビ、イニエスタ、メッシらバルセロナで育った選手たちとともにチームの中核に据えた。

 グアルディオラに率いられた選手たちは、抜群の距離感を保ちながら細かなパスを寸分違わぬ精度でつなぎつつ、ゴールへと迫る。多くの試合の多くの時間を相手陣地で過ごし、ボール支配率は時に80%を超えながら、メッシの類いまれなる得点力を開花させ、記録的な得点数を叩き出した。

 そして、初年度からリーグ戦、カップ戦、CLの三冠王者に輝いたこのスタイルは「ティキ・タカ」と呼ばれ、多くの信望者を産んだ。さらに、グアルディオラによって生み出されたこの戦法は、攻撃面だけでなく、守備面でものちのサッカー界に大きな影響を与えた。

 高い位置から複数人が連動してボールを奪い、瞬く間にボールをリカバーする動きは、現在のハイプレスの手本になったと言える。このチームの誕生は、バルセロナというクラブがより崇高な存在になることを決定づけるだけでなく、サッカー界全体に革命をもたらし、より戦術的なスポーツへと昇華させた。

 一方で、ある意味では“功罪”とも言える。日本サッカー界を含め、このスタイルに魅入られたチームの多くはその水準に遠く及ばず、内容と結果を両立することができなかった。

 ただ、その事実こそがこのチームがいかに崇高かを示すとも言えるだろう。

◆ドルトムント(11/12シーズン)

ドルトムント(ドイツ/ブンデスリーガ)
11/12シーズン成績
・ リーグ戦:1位(勝ち点81/25勝6分3敗)
・ カップ戦:優勝
・ CL:グループステージ敗退
監督:ユルゲン・クロップ(ドイツ/当時44歳)
スタイル:ショートカウンター

11/12シーズン主な先発メンバー
GK:ローマン・ヴァイデンフェラー
DF:マルセル・シュメルツァー、マッツ・フンメルス、ネヴェン・スボティッチ、ウカシュ・ピシュチェク
MF:イルカイ・ギュンドアン、セバスティアン・ケール、ケビン・グロスクロイツ、ヤクブ・ブワシュチコフスキ、香川真司
FW:ロベルト・レバンドフスキ

 クロップ監督に率いられたドルトムントもまた、現代サッカーにおいて欠かすことのできない重要なチームである。

 当時、バルセロナに端を発したポゼッションスタイルが隆盛を極める中、ドイツで誕生したこのチームは、そのアンチテーゼとも呼べる戦い方を見せていた。

 このチームの代名詞は「ゲーゲンプレッシング」と呼ばれた。これは攻撃の前提が相手ボールの状態であり、相手が攻撃を仕掛けるために前がかりになっている状況で自らも受け身に回らずボールを奪取し、一気にカウンターを仕掛けるというもの。いわゆるクロスカウンターと言えるものだった。

 サッカーにおいて試合の優劣を見極める指標の一つとしてボール支配率があるが、このドルトムントは支配率が低い試合でこそ力を発揮する。逆に支配率が高まれば敗戦を喫するという、ある意味では矛盾したチームだった。

 そして、このチームで最大級に輝きを放っていたのが香川真司だった。香川の前線からプレスをかけ続ける姿勢、ワンタッチでボールを裁くスキル、狭いエリアをすり抜ける敏捷性は、この「ゲーゲンプレッシング」に欠かせないものであり、ブンデスリーガの全てのクラブから恐れられていた。

 この「ゲーゲンプレッシング」こそ、真逆とも呼べる「ティキ・タカ」の守備の面を参考にして編み出されたものであり、ロシアワールドカップによって決定的となったポゼッション時代の終焉の始まりだったと言える。

 現在、クロップ監督が率いているリバプールでは、この「ゲーゲンプレッシング」がさらに洗練された姿を見ることができるが、当時のドルトムントは荒削りゆえの魅力を持っていた。

 それはまるで、体制に抗うパンクバンドのようだった。

フットボールチャンネル編集部
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181114-00297024-footballc-socc&p=1



1 2018/11/14(水)
香川がドイツで大暴れしていた頃のドルトムントはいま振り返っても凄いチームだったな。CLでは結果が出なかったけど、国内ではバイエルンでさえ圧倒していた。攻守のバランスも良くサッカーの質が高かった。


2018/11/14(水)
どれもいいチームだった。
個人的には05-06のバルサがすごく好き。今となっては古典的かもしれないけどオーソドックスなサッカーの楽しさが詰まってた。
ロナウジーニョからジュリへのサイドチェンジのパスはすごく綺麗だった。


2018/11/14(水)
個人的にはスパレッティ時代のローマとトッティに魅了されてサッカーが好きになったから、同時代のバルサやユナイテッド、チェルシーのことは今でも鮮明に覚えてる。
自分が若かったこともあってあの頃はサッカーが本当に楽しかったし、あの時代を体験できて幸運だったし、誇りに思う。


2018/11/14(水)
いつのシーズンか忘れたけど、初めて欧州の選手名鑑を買った子供の時を思い出した。

断片的にしか覚えてないが、確かエトーがバルサで20点以上決めてて、移籍金ランキングではキャリックやホアキンが上位にいたっけな。。

レアルにジュリアバブリスタ?みたいな名前の人もいた気がする。旧ロナウドもいたなー。

裏表紙には小笠原満男もいたかな。
あの頃はこんなに多くの日本人が海外に行けるなんて想像もしてなかった。


2018/11/14(水)
ゲーゲンプレッシングは衝撃だったなぁ!
フィジカルの弱い香川があれだけ守備で貢献するんだもん!
あれで香川の守備の巧さがわかった!
ボールを奪うのではなく、パスコースを限定させ、
3列目以降で奪ってショートカウンターは本当に美しかった!
しかもフィニッシャーにはレヴァンドフスキいるから決定率も高かったし


2018/11/14(水)
タイトルの年代だとカカ全盛期のクリスマスツリーミラン、08で優勝したスペインの黄金の中盤、ジュニーニョのリヨン
タイトルまで獲れなかったにしても王様リケルメのビジャレアル辺りも入れたいな
10年代ならコンテ3バック、モウリーニョマドリーの高速カウンター、レスター奇跡の優勝、ラージョの超攻撃スタイル、シメオネのアトレティコ…
挙げたらキリがないけど、色んな戦術があってサッカーは本当に面白い!


2018/11/14(水)
ペップバルサのメンツ、監督含め改めて見るとヤバすぎるやろ。


2018/11/14(水)
贔屓もあるかもしれないが12-13のハインケスバイエルンも伝説的だと思う。


2018/11/14(水)
攻撃的なチーム上がる事多いけど、3冠インテルの守備は完璧に近かったと思うけどなぁ。


11 2018/11/14(水)
オレは、メッシ、ビジャ、ペドロの時が衝撃的強さだったと思ってる。ファギーユナイテッドにフットボールのレクチャーをしたと言われた決勝戦とか。余裕で勝つって凄くね?


12 2018/11/14(水)
ドルトムントとバルサ2つは凄い印象的。
あの頃はサッカーニュースを見るのが今より楽しかった。


13 2018/11/14(水)
どのチームも衝撃的だった。贔屓になるけど、クロップドルトムントが1番かな。敵エリア内が黄色でうめつくされる攻撃性はワクワクした。


14 2018/11/14(水)
ユーロから選ぶなら優勝したスペインかな。ほとんどの選手がキャリアハイで完璧な強さと美しさだった


16 2018/11/14(水)
EURO2008はロシアのほかにオランダ、スペイン、トルコ、クロアチアなどなど面白チームが多かった。


17 2018/11/14(水)
確かにドルトムントは凄かった!
けど、11-12は
2000年代後半じゃないよね笑


18 2018/11/14(水)
贔屓でもあるからなんだけど三冠ハインケスバイエルンは入っててほしかったなぁ


19 2018/11/14(水)
ライカールトの時代のバルサが一番好きだなぁ


20 2018/11/14(水)
何年か忘れたけどレバークーゼンも見てて面白いサッカーしてたなー。


22 2018/11/14(水)
200年代とか、ロシア代表の成績文章ではベスト4なのに、図だとベスト8になってたり、誤字多すぎ


23 2018/11/14(水)
当時の0トップは衝撃的だったな。
トッティ中心にみんなが流動的に動くから見てて面白かった。

200年代のバルサって…何百年サッカークラブ存在してるの(笑)


24 2018/11/14(水)
これはいい記事。


26 2018/11/14(水)
ドルトムントは00年代後半じゃないだろ。この記者は書いてる途中に違和感を覚えなかったのか?
ローマ入れるくらいならアンチェロッティのチェルシーを入れるべきじゃないのか?当時の得点記録とか作ってたし。


28 2018/11/14(水)
戦術で大きな変化与えたならモウリーニョのチェルシーを入れないとおかしいだろう
戦力的に圧倒的に上回っているチームが引いてカウンターを狙うっていうのはそれまでにはなかったからね
守備では引いてブロックを作り、攻撃は最前線のでかいのかサイドのスペースに蹴り込んでおくというリスクを徹底的に排除した合理的なサッカーはサッカー経験のないモウリーニョならではのもの、間違いなくサッカーを大きく変えた


29 2018/11/14(水)
11-12のドルトムントはCLでの成績がさっぱりだったので、ここで挙がってる他のクラブと比べると明らかに一段下がるよ

国内リーグでどれだけ圧倒してても一部から意味なく下げられてるパリSGと何も変わらない

ピークは香川移籍後、ロイスが加入した12-13シーズン


31 2018/11/14(水)
05-06のユベントスも伝説のチームだったけど、落選はカルチョスキャンダルのせいかな?ビエラ、エメルソン、ネドヴェド、カモラネージの中盤は、ボール奪取から崩すまでの過程がシンプルすぎて逆に美しかった︎


32 2018/11/14(水)
12-13シーズンのドルトムントの方が好きだなぁ。


33 2018/11/14(水)
10-11のミランでしょ。


35 2018/11/14(水)
10-11のバルサなしかよ


36 2018/11/14(水)
コメントをした現時点で00年代後半を彩ったというタイトルなのに、なんで11-12シーズンのクラブが入るんだ???


37 2018/11/14(水)
ドルトムントほんと好きだったなー
メンバーの名前みんな覚えてる











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