1: 名無しのSamurai
日本代表の停滞を招いたサッカー媒体の堕落。1敗1分は“メディアの敗北”である
http://www.footballchannel.jp/2014/06/24/post45096/
コロンビア戦を前にどうしても書いておくべきことがある。それはメディアのあり方だ。この試合の後になってしまっては勝利の余韻、あるいは敗北の懺悔でうやむやになってしまう。遅きに失した感はあるが、これを逃すともうこのタイミングはやってこない。

 コートジボワール戦、ギリシャ戦での停滞はなぜ生まれてしまったのか。要因はさまざまある。キャンプ地の是非、監督の采配、選手の戦術理解、4年間のチーム作り……。その一つにメディアも含まれる。

 ザッケローニ監督が就任して以降、メディアとしての責任を果たせた媒体がどれだけあるだろうか。私自身を含めて、反省すべき点は多々ある。一部の記者を除けば、選手や監督の言葉はただただ垂れ流されているだけだ。
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2: 名無しのSamurai
必要だった岡崎への厳しい指摘
http://www.footballchannel.jp/2014/06/24/post45096/2/
 岡崎慎司はコートジボワール戦後にこんなことを言った。「勝たなくてよかったと、正直、今は思っている。あのまま勝っていても、得るものはなかった」と。真意はどうあれ勝つことが最重視されるW杯でこのような発言をしてはいけなかった。

 私は直接聞いたわけではないのでやりとりは不明だが、記者は一言「岡崎選手、それは違うのではないですか?」と指摘すべきだった。得るものは間違いなくある。勝ち点3と決勝トーナメント進出への扉だ。

 ある媒体には「日本代表をポジティブに見るべき」という主旨の記事が掲載された。確かに一理ある。勝利のために選手・監督・協会・サポーターが一丸となって戦うことは必須条件だ。だがそこにメディアが入ってはいけない。

 フットボールチャンネルは比較的厳しいスタンスで代表について報じてきたが、それでも十分ではなかったと思う。例えば、吉田麻也。6月7日にブログを更新し、自分が出演する番組の宣伝をしていた。戦う気持ちになっていない。しかし、特に指摘することなくやり過ごしてしまった。

3: 名無しのSamurai
例えコロンビアに勝利してもメディアとしては敗北
http://www.footballchannel.jp/2014/06/24/post45096/3/
 サッカー界には「サッカーファミリー」という言葉がある。明確な定義は不明だが、同じサッカーを生業にする者、サッカーを好きな者同士、みな家族。そんな意味合いだろうか。それ自体は素晴らしい言葉だ。しかし、信じられないことに、メディアにも「ファミリー」の一員であると思っている人間は多くいる。

 メディアとは公平で、冷静でなくてはならない。取材対象者と“ファミリー”になっては、厳しい指摘ができようもない。もちろん選手に嫌われる可能性もある。だが、それを恐れるばかりにイエスマンになっては、日本サッカーの成長は望めない。

4: 名無しのSamurai



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